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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
180/268

二度目



 パンッ!!と。

 不意打ちでアルラがポケットから取り出したハンドガンを構えようとした瞬間だった。

 ゲラルマギナが指で弾き飛ばしたサイコロがアルラの手に命中し、それを弾き飛ばす。下層のどこかから盗んできたハンドガンはそのまま簡単には手が届かない所まで転がって行ってしまう。

 そしてゲラルマギナが弾いたのは自身の術式の根幹を担う『サイコロ』だ。当然それは重力に従い落下すると、例外無く今まで通り術式を発動させる。

 ぐおんっ!!という空間を捻じ曲げたかのような奇怪な音を伴って、何か見えない強い力がアルラを上から押さえつけた。

 インド象にでも圧し掛かられたかのような重圧に、思わず情けない声が漏れる。


「ぐあっ!?」

「あまり我が社の()を持ち出すな。その小細工こそ君が異能を使えないよき証拠だよ」


 メギメギメギッッ!?と骨の軋む音があった。

 手足の一本すらまともに動かせない。自分の体が鋼鉄になったかのように、押さえつけられる力が強すぎて、内側から壊れていく己の体を自覚する以外の全ての行動が縛られている。

 強く噛み締めた歯と歯の隙間から赤が垂れる。


(抜けっ...出せない!!骨が軋んで、内臓までぺちゃんこに潰れそうだっ...ヤバい!!)


 『再生』なき今、受けたダメージを回復する手段はない。そしてこの重圧から抜け出すための『膂力』を得ることも。

 不意に、またあのサイコロの音があった。

 目の前に転がってきたソレの出目は、合わせて『4』。重圧攻撃と入れ替わるように『弾く』術式が発動し、既にぼろぼろのアルラを弾き飛ばす。

 受け身も取れず、されるがままに転がされる。

 

「いい加減に諦めたらどうだ」


 膝をつき、血反吐をぶちまけてでもなお立ち上がろうとする青年に、神人は冷たく言い放つ。

 力の差は歴然。この溝は『異能』のあるなし関係なしに深くて、少なくとも今すぐ並び立つことは何がどう転んでも不可能なほどに開いてる。そう言いたいのだろう。

 実際、何も間違っていない。

 例えば、一台の戦車を自由に扱う権利を得た軍人は、一人で一国を落とせるだろうか。?答えは勿論NOだ。強大な個があろうとも、ひとたびスケールが変わってしまえば、それは豆鉄砲以下の働きすら見せられない。一国の軍相手にたった一台の戦車で挑むのは自殺以外のなんでもなく、一国と争うには同等の軍事力を得なければ話にならない。時には知略で不利をひっくり返すケースもあるが、それすらまず同じステージに立ってからの話だ。

 今のアルラ・ラーファは、ゲラルマギナと同じ場所に立つことも出来ていない。


「君の牙では我の命に届き得ない。僅かながらにも可能性だけの話であれば、少女の方が高かったろうに」


 ジャリザリッ!という靴底がガラスを噛む音があった。

 もう終わりにしよう、と。博打を極めた神人ゲラルマギナはそう思った。

 抵抗できない敵をいたぶる趣味はない。本来であれば、誰のであっても血を見たくない。自分と彼がわかり合うことは無かったが、互いに人間だからそういうこともあるはずだと、無理に割り切って呑み込もうとした。

 結果、いつもの険しい表情が出来上がる。

 手の中の賽子サイコロを鳴らし、最善の出目は何かを考える。狙って出目を選ぶことは出来ないが、博打の神人としてのポテンシャルが、望んだ結果を引っ張り出してくれる。


「安心してくれて構わない。命までは奪わない」


 賽は投げられた。

 出目がどうであれ、確定した瞬間、アルラは()()

 一度に複数の術式を組み合わせることは出来ないのか、重圧が解けてアルラの体に自由が戻るが、与えられたダメージが大きすぎた。呼吸すらままならない。


「代わりに、意識は貰うぞ」


 からんからんと、抵抗の意思すらねじ伏せるサイコロの音が転がった。

 同時に、震える膝を抑えつけてアルラが立ち上がるも、目の前に転がってきたサイコロの出目が攻撃の意思を明確に伝えてきた。この小さな二つの立方体に、飢えた獅子と対峙したかのような威圧すら感じるほどに。

 3の出目が確定する。

 不可視の斬撃が空気中に構えられ、しかしアルラがそれを認識することは無い。構えた刀剣が振り下ろされれば、無力な青年は出血多量で意識を奪われる。それが最後、少なくともゲラルマギナの計画とやらが実行されるまでは目覚めることも無いだろう。

 刀剣にも迫る切れ味の、三本の『爪』が振り下ろされる。

 そして。


「!」


 血しぶきの一滴も無く、斬撃は床を抉り取る。

 攻撃がアルラを()()()()()()()()

 いいや、アルラが予め攻撃の軌道を読み、体を移動させていたのか。とにかくゲラルマギナの攻撃がアルラに命中することは無く、明後日の方向の無機物を抉るだけに留まったのだ。

 初めて、ゲラルマギナが今までとは異なる意味で、眉間にしわを寄せた。

 偶然だろうか?不可視の斬撃は今まで見せていないはずの術式だ。映像から可能性の一つとして存在を予想することくらいは出来たとしても、いざ実行され初見で完璧に回避できるとは考えにくい。

 そこまで考えて、神人は改めてサイコロを投げ捨てる。

 偶然ならそれでよし、奇跡は二度訪れないと踏んでの連投。『11』の出目が確定したのを見届けて、次の術式が発動する。

 上下から挟み込むような『牙』の攻撃が、またも空を切る。


「今のは......『戌』の目、か?神様よォ」

「...!!」


 三度投げ放たれたサイコロが確定するより早く、アルラが動いた。

 足元に転がっていた鋭利なガラス片を手に取ると、確定しかけていたサイコロにぶつけて、出目を変更したのだ。ゲラルマギナがどの出目が出るように祈ったかは知らないが、結果として確定した数字は『7』、直後の重圧攻撃もアルラの意識を奪うことは叶わず、ほんのわずかに床がめり込むだけに留まった。

 優位性が崩れる。

 どういうわけか、アルラ・ラーファにまで術式が届かない。いいや、届いているのに、寸でのところで反らされる。

 ぎろりと。青年の眼光が神人を貫く。


「思えば簡単なことだった。けど、()()()()()()()()()()()()()、可能性の枠からすっぽ抜けてた...っ!!」


 重圧......踏み付けは『うま』、弾く術式は『』。斬撃は『とら』で砲撃は『たつ』。他にも、サイコロの出目に対応するだけの獣があるはずだ。

 つまりは、そういう術式。より長時間接したキマイラが対応できなかったのは、ただ単純に、彼女にそれについての知識が無かったから。逆に僅かにしか術式に触れていないアルラが気付けたのは、それに関する知識を()()()()()()()()()

 奴は...ゲラルマギナはある種の反則技を使っていただけだった。

 この世界出身の人類では知りえない知識を用いて。対戦ゲームに別作品のキャラを持ち込むような暴挙で、終始アルラとキマイラの二人に優位を保っていた。いいや、二人だけじゃない。今まで彼と対峙してきた全ての『敵』に対して、優位に立ちまわってきたのだ。

 相手の知らない知識をおもむろに振りかざし、勝利する。たったそれだけのシンプルな術式。十二の獣と数字。12年で一周、東の地であまりにもポピュラーな概念。即ち、彼が術式の基盤に用いたのは――――――......。


「あんたの術式は『十二支』、7ならうま、11ならいぬ...サイコロの出目と数字に対応した獣の特性を単調化して引き出す。たったそれだけのシンプルな術式!!」

「知っているのか十二支それを。君も()()の出身だったか」

「ってことはあんたも」

「いいや、我は()()()()()()の生まれだ。十二支それについては向こう出身の友の知識として得たに過ぎない」

 

 カカンッ!!と。

 両者の丁度中間くらいの位置で、プラスチックを咬み合わせたような軽い音が発生した。ゲラルマギナが投げ捨てた白と黒のサイコロに向かって、アルラが足元の瓦礫やガラスを蹴り上げたことで生じた衝突音だ。

 当たり所がよかったのか、サイコロは二つとも弾き上げられる。おかげで落下までのタイムラグが生じ、アルラが冷静に一歩引いて出目を伺う時間が生まれた。

 キュインッ!!というナイフとナイフを擦り合わせたかのような音が発生し、身を躱したアルラの足元にソフトボールサイズの穴が無数に生じていた。

 すかさず、アルラは一歩大きく踏み出した。

 アルラの拳とゲラルマギナの掌が衝突する。


「例えこれに関する知識を持っていたとしてもこの短時間で結論には至るまい。観察力、想像力、理解力、どれも彼女以上だ。一人で身に付くものでもあるまい、素晴らしいを持ったな」

「うるせえ!!努力放棄して全人類皆殺しにしようって奴に褒められても何もうれしくねえよ!!」

「ふふふ、はははは!!楽しいな、ああ、何年、十何年、いや何十年ぶりだろうか」


 組み合った状態からのハイキックを、ゲラルマギナは掴んだ腕を強引に振り回し、アルラの軸をずらすことで回避する。

 ばっ!!と互いに距離を取ると、ゲラルマギナはべぎべぎと両手の骨を鳴らしていた。


「驚いたよ。ああ、驚いた。何十年ぶりだ?我の術式の本質へ辿り着く者が現れたのは」


 ざら、と。

 神人ゲラルマギナの背景が。彼の立つ床の僅かに背後が、不自然に盛り上がる。靴底で砂を噛むような音は次第に音量を上げ、やがて洪水かの如く溢れかえった。

 盛り上がった床が、弾ける。内容物は、膨大な数のサイコロ。ぶちぶちと左右に引きちぎるかのように分裂し始め、あっという間に壁と見間違う程にまで成長したと思えば、それは直ちに決壊した。

 ドザザザザザザザザッッッッ!!!?という音の大洪水と共に、立方体の津波がアルラの腰から下を呑み込んだ。

 衝撃に備えて態勢を低く保とうとするも、直後に気付く。

 自身の体をすり抜けていく無数のサイコロは示すことを、アルラはまだ理解できていない。だから、思わず困惑を口にする。


「ホログラム...いや違う、幻覚!?」

「悲しいな。君がもう百年長く生きていたのなら、或いは我と同等程度には戦えたかもしれないが」


 これもサイコロの『出目』の一つだろうか。

 無数の実態無きサイコロが蠢き、一つ一つのそれが生き物かのように結合を繰り返す。実態無き幻想の一部だと理解したところで、本物との見分けがつくわけが無い。増殖を繰り返し、やがて無数のサイコロは一つの形へとまとまっていく。

 それは全長数十メートルにもなるであろう、巨大な竜の形を伴って。

 アルラ・ラーファを吞み込んでしまう。

 やがて幻想は夢が覚めたかのように掻き消えて、現世が顔を覗かせた。静まり返った室内は、所々高温に晒されたかのように溶け落ち、また別のところは巨躯の獣に嚙み砕かれたかのように変わり果て、またある所は美しくすら感じてしまうほど綺麗に抉りぬかれていた。

 全てが収まり、気持ち悪いくらいの無音が溢れる世界で、だ。

 意識も無く、仰向けに地に伏せ、ぴくりとも動かなくなった傷だらけのアルラを見下ろして、神人は神人らしく残酷に言い放った。


「理解してもなお、君は我には届かない」



作者の多忙につき、次回投稿は8月6日となります。申し訳ありません。

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