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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
176/268

お見知り置きを



 白いボディの目は黒く。

 黒いボディの目は白く。

 一対の六面体がそれぞれ同時に投げ捨てられて、少女の前でからんころんと転がった。

 気を取られ、極限まで張りつめていたはずの緊張がゆるみ、キマイラの反応が遅れる。

 上からくる『圧縮』を警戒し咄嗟に背後へ飛び退いた、しかしその直後にだった。

 ぐおん!?と空気が捻じれた音を聞いた。

 そしてキマイラは足元にぴんと張られた見えない何かにつまずいて、体勢が後ろ向きに大きく崩れる。また受け身を取るため体を動かそうとして、異変に気付く。


(体が動かない!?)


 どさりと背中で地面を受け止めた少女の口から息が漏れた。

 

 体がまるで見えないワイヤーにぐるぐる巻きに縛られているかのように言うことを聞かないことに気付くが、どんなふうに体をよじったり動かしてもちっとも緩む様子が無い。体の自由が無いどころか、その圧迫で肺まで締め上げられて呼吸すら難しい。時間が経つごとに締め付けを増していくその見えないワイヤーを切り裂こうとスタンガンに指を掛けるも、そもそも頭まで手が届かない。

 キマイラの術式は『他人の術式を電流の形で保存し、スタンガンから直接脳へインプットする』ことで発動する。そもそもスタンガンの電流が頭まで届かないのでは発動のしようがない。

 縛られたままでは、術式は発動できない!!


「ぐっ、くっ!?なんすかこれっ!!」

「『へび』か、良い目だ」


 そう呟いたゲラルマギナにキマイラがほぼ反射で視線をやる。

 いつの間にか、投げ捨てたはずの一対の賽子さいころが奴の手元に戻っている。

 術式の内容はともかく、これでほぼ確定した。


(魔道具!あのサイコロの仕業か!!)

「チィ!!」


 両腕を胴体の横にぴったり張り付けられたまま、キマイラは上半身ぐいんとしならせ、不格好なばね細工のように反動で起き上がる。

 再び投げ捨てられた二つのサイコロへ飛びつこうとするが、少女より落下が速かった。

 瞬間、キマイラの拘束が解け、今度は背後から蹴りを喰らったかのような大きい衝撃に突き飛ばされ体が宙を舞う。

 どがっ!?と、少女の体が大木に衝突した。

 何度目かもわからない呼吸困難の感覚に襲われ、キマイラの表情が曇り始める。

 ゲラルマギナは無表情で語り始めた。


「トウオウには二人の神人が居座っているが、その内の一人が我、ゲラルマギナだ」


 何よりも優先して頭に押し付けたスタンガンが電光を放った瞬間、キマイラの右腕が獣のように変容を遂げる。右腕全体が毛皮に覆われて、ナイフのように鋭く大きく変容した爪の先を銃を構えるように右腕を神人へ突き出すと、バシュッ!!というエアダスターにも似た音と共に鋭利な爪が発射された。

 それを、神人ゲラルマギナは上体を僅かに動かすだけで回避する。

 すぐさま生え揃った爪を次々発射しても、奴には当たらない。今度は避けるどころか、片手で受け止められてしまう。

 ならばと今度は左手に骨の剣を生成して近接戦を仕掛けるも、やはり歯が立たない。勢いに任せて振り回した刃は簡単に捕らえられた上に、剣身に肘撃ちを喰らい、骨の刃はいとも容易くへし折られた。

 返す刀でゲラルマギナはキマイラのまだ獣化したままの右腕を掴み取ると、ぐるんと回して一回転させた上で投げ飛ばしてしまう。


「神人となった人類はより長い寿命せいめいと人間離れした身体機能を獲得する。そして何よりの特徴は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。世界に18人いる神人の全員が、各々の最も得意とする分野ジャンルを極め尽くしたエキスパートというわけだ」


 思わず息を呑み、後ずさりするように自ら引き下がろうとする足を押し戻し、しかし今度は奴のターンが始まる。

 次々と、だった。

 サイコロが投げられては手元へ戻り、そしてまた投げられるのループ。対策しようにも毎度毎度現れる攻撃の種類が異なるから、少なくともキマイラはサイコロを投げられた瞬間に今まで喰らった攻撃全てを考慮して動かなくてはならない。

 対策に、思考も体も追いつかない。


(何種類術式を操ってるんすかこいつ!?)


 天井すれすれの空間から真下へ降り注ぐ、まるで竜の吐息かのような烈火は、キマイラの次の行動の幅を狭めるための威圧として働いた。

 目と鼻の先から現れた小規模な爆発が、キマイラから後退以外の選択肢の全てを奪う。

 そしてバックステップで飛び退いた先の人口川が腰から下を濡らして、直後に訪れた不可視のワイヤーによる捕縛攻撃への対応を遅らせる。

 ばしゃん!!と水しぶきが飛び散り、川へ倒れたキマイラの全身が水に包まれた。今度の捕縛はより完璧な形で決まってしまったためか、足までがっちりで藻掻くことすら出来ない。

 ゲラルマギナはキマイラを溺れさせて意識を奪う気だ。


「察しの通り、この賽子が我の武器。神人としての我のアイデンティティそのものだ」


 ズバチィィィイイイッッ!?という音が水に埋もれて響く。

 全身浸かった状態で放たれたスタンガンの電流が、水とその中の不純物を伝って人口川の送水装置を破壊したのだ。当然キマイラも感電することになるが普段から電流を扱ってる分耐性がある。ある程度のレベルなら、ダメージは残るが耐えられると踏んでの行動だった。

 排水装置が破壊され、人口川の水かさがどんどん下がっていく。

 どうにか呼吸を取り戻し、キマイラはげほごほと大きくせき込んだ。体は見えないワイヤーのような何かに縛られたままだが、奴の術式の特徴の一部に気付いた今、焦る必要はない。


「はあ、はあ......。()()()()()()()()()()()()()()。あたしを縛りながら同時に攻撃は出来ない」

「その通り。この短時間でよくやる。素晴らしい観察眼だな」


 ぱしゅん!!という音があった。

 同時に拘束が再び解かれ、キマイラはずぶぬれの前髪をたくし上げながら立ち上がる。

 呼吸は乱れ、心拍数も異常に上昇しているのがわかる。

 肉体ではなく、神人という格上の存在と拳を交えたことで精神の方が疲弊し尽くしているのか。奴からすれば今のキマイラは、押せば倒れてしまいそうなくらいに弱々しく感じられることだろう。

 ゲラルマギナは勝敗以前の問題として、キマイラを『敵』とすら認識していない。

 自らキマイラを拘束していた術式を解いたのがいい証拠だ。

 ゲラルマギナは余裕を欠片も崩さず一言口にした。


「我は博徒だ」


 ガッ!!と、少女が勢いよく跳んだ。そして電撃を一度頭へ奔らせた後、少女はまるでピンボールかの如く縦横無尽に神人周囲を跳ねまくる。

 足場として彼女が活用するのは、部屋中央に密集するように植えられた樹木の幹。厳密にはそれ含めた、部屋の中の立体物全てだ。

 奴の術式の詳細はまだ分からないが、発動条件のキーが『サイコロの落下』なのは間違いない。逆に言えば、サイコロを()()()()()()()()()()()()()()()()()()。キマイラの反応速度と術式で強化を施した肉体なら、人間ピンボールで奴の周囲を飛び回っている内は投げ放たれるサイコロの落下にも容易く対応し、落下そのものを防ぐことが出来る。即ち術式を封じることが出来る。


「ハッ!!」


 右手に剣を形成し、一撃で奴の首と胴を切り離すべくキマイラが神人に切り掛かる。

 ぐりんっ!?と唐突にゲラルマギナの視線がキマイラへ向かった。そして刃が首に触れるより速く体勢を低く移動させると、軽く小突くような頭突きで刃を破壊してしまう。

 飛び散る破片の隙間から、奴の視線が少女を捕捉した。

 バシンッ!!と、裏拳がキマイラの顔面を捉える。


「んぐっ!?」

「出来たのなら、君が言うように『神』に成りたかった』


 手の中に秘めていた物体を、ゲラルマギナは背後へ放り投げる。

 反撃で体勢も崩され、視認できない位置に投げられたサイコロの落下を防ぐことは出来ない。当然警戒したキマイラが慌てて地面を蹴り、枝を蹴り、樹木の更に上へと退避するが、訪れるはずの術式が訪れるはずのタイミングで現れない。

 不信感はすぐにあらゆる可能性を少女の頭に植え付ける。樹木に生い茂る葉で下の様子が伺えないのは失敗だった。


(フェイント!!最初に投げたのは小石か何かっすか!!)


 慌てて防御態勢を整えようとした次の瞬間、遅れて下から上へと突き上げるような烈火がキマイラに襲い掛かった。

 身を焼く灼熱に持続性が無かったのが唯一の救い。これが消火器みたいにトリガーを引いてる間はずっと放たれる仕組みだったら、体は焼かれ続け原形を保てなかっただろう。

 直撃を喰らい、真上に打ち上げられた後落下した少女の体に、衝撃が背中から胸へと突き刺さる。

 吹き散る木の葉と火の粉の雨を受けて、男は僅かに拳に力を加えた。


「だが無理だった。人はどこまで進んでも人なのだと思い知るだけだった。おのが生命を担保とし、無駄と知りつつも偽善を口にするだけの博徒は、人生の分岐点の全てで負け続けた」

「さっきからっ、何の話っすか!!」


 向こうは聞いちゃあいなかった。

 今一度殴りかかった少女の拳を軽く受け止め、そのままぐるりと互いの位置を入れ替えるようにぐるりと回転すると、キマイラの腕を背中に押さえつける。いわゆるハンマーロックと呼ばれる逮捕術にも応用される関節技に持ち込んだのだ。

 ぎちぎちと少女の関節が噛み合わせの悪い機械部品のような嫌な音を響かせる。苦悶に表情が歪んだ瞬間、腕は解放され、どん!!と背中を押されたキマイラが前のめりに倒され

 自嘲気味に己を『博徒』と呼んだ彼は、僅かに瞳を細める。


「故に、我は妥協した。妥協して、諦めて、神にすがり、祈り、無駄だと知って、失望した。結果、この我が生まれ落ちた。人の運命に絶望した我は、運命を司る力を手にしたかった。世の理不尽全てをひっくり返すだけの力を」

「.........」

「今一度名乗ろうか」


 手の中で二つの賽子さいころを鳴らし、一つを親指で弾く。

 落下してくるそれを再びキャッチすると、奴はこう名乗ったのだ。


「『博打ばくち』の神人ゲラルマギナだ。以後、お見知り置きを?」



次回投稿は6月25日です。また、その時から投稿頻度を上げる予定です

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