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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
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不法侵入



 程よい暗がりを僅かな星明りが照らし始める時間帯に、濃いブロンドのショートボブを揺らすキマイラは、六角ナットを積み上げたような形の建物の一室に潜り込んでいた。

 既に建物内は全域が消灯していて、人影らしき気配の欠片すら感じない。

 こんな仕事さえ入っていなければ、ホテルの高層階で優雅なディナータイムに舌鼓したづつみを打っていたのにと、叶わぬ願いが頭をよぎる。

 現在キマイラはアルラとは別行動を取っており、建物の中層...最上階から四分の一ほどの階層のオフィスと思しき一室で足を止めていた。監視カメラをハッキングしたように、携帯型スタンガンとオフィス内のパソコンをコードで繋いで社内のデータベースから情報を得ようとしているのだった。本来自前の端末を使ってデータベースへ侵入する行為はこちらの情報を抜かれかねないので、逆にハッカー(こちら側)の首を絞めるような危険行為なのだが、彼女の端末は特別製だ。彼女自身が開発した特別なプログラムは、トウオウの技術力をもってしても発見することが出来ない。

 異質な脳構造を持って生まれた()が生み出した技術はまるですり抜けるようにセキュリティの壁を突破し、目に見えず、するりと必要な情報だけを抜き取ってくる。


(『ゴースト』でデータベースに侵入しても保管場所が割り出せない、社内のデータベースとは完全に隔離されているって事っすね。当然と言えば当然、けどそこからわかることもあるっす)


 パソコンに繋げたコードを引っこ抜き、キマイラはオフィスから抜け出すと、廊下を挟んで反対側の扉の中へするりと侵入する。

 この中層のフロアは作った製品の売り出しを担当する営業部や開発部のオフィスがまとめられているらしく、社員食堂や一部研究室を除けばフロアのほぼ全域に同じようなオフィスが広がっていた。


(一般社員と研究員がほぼ完全に隔離された造り。少なくとも社内全員がグルって訳ではなさそうっすね、計画に関わるのは社長単独か、多くてもそれプラス幹部数人ってとこすか)


 短く息を吸って吐いてを繰り返し、キマイラは冷静に思案する。

 もっと慎重かつ丁寧に探索を進めれば何か見えるかもしれないが、今はその時間が何よりも惜しいのだ。こんなところで手に入るかもわからない情報を相手にして、薄い可能性にあまり時間をかけるわけにはいかない。

 慎重にカメラを避けつつ階段まで戻ったキマイラは、その足で上へ上へと歩を進めていく。建物が非常に大きいだけあって、普段からエレベータより階段を使う者は少ないのだろう。所々手すりや壁に埃や汚れが薄く溜まっていた。

 上の階層へ辿り着く。

 今度は階段の踊り場とフロアを繋ぐ扉が施錠されていたが、キマイラはそれを難なく突破する。

 このフロアの出入口だけ施錠していた意味は、侵入してからすぐに分かった。


「研究室......いや、この規模だと()()レベルっす」


 ぼそりと小さく呟いて、試しに扉のすぐそばにあったエレベーターに視線を向ける。今までの階層だとフロア自体が消灯していてもエレベーター自体は稼働していたようだが、ここはそうではないらしい。エレベーターのボタンの下に南京錠のマークが光を灯していた。

 推察だが、きっと下の階層のエレベーターには乗れてもこのフロアへアクセスすることは出来ないようになっているのだろう。

 

(なるほど、同じ社内の人間からも研究室はとことんロックしているわけっすか。万が一にも研究内容が外に漏れだすようなことが無いように)


 心なしか、カメラの数も多い気がする。

 それどころか、自走型の球体型警備ロボットまでごろごろと転がってフロア内を徘徊していた。あのモデルの警備ロボットはまだ市場しじょうには出回っていない、主に政府関係の機関にのみ設置が許された高級品だったはずだが。

 物陰にピタリと張り付いて過ぎ去るのを待つが、直後に警備ロボットがぐるりと向きを変える。球体上の体で固定されていた赤い小さな球状のレンズをこちらへ向けた。

 ぎょっとして、瞬時にキマイラが動く。

 音も無く天井すれすれまで飛び上がると、そのまま空中で体を回転させながら警備ロボットへ迫り落ちる。

 ズバチィッ!!というスタンガンの音と共に電撃が炸裂し、警備ロボットの動作を()()()()

 再び通常運転に戻った警備ロボットがプログラム通りの巡回路へ軌道を戻すのを確認しながら、キマイラは速やかにその場を走り去った。


(体温感知か何か...とにかく高度なレーダーが積まれてる?通常あのモデルにそんな機能は搭載していなかったはず...!!)


 ここにきて怪しい香りがぷんぷん臭ってきた。

 ブリッツコーポレーションには医療関係で政府との深いコネクションがあるのは分かっていたが、だからと言って一企業相手にトウオウ上層がここまで手厚く協力するとは思えない。

 考えうる可能性はいくつもあるが、中でも最悪のパターンが二つある。

 一つは上層部の一部の人間が神人ゲラルマギナに心酔し、宗教の如く協力者として行動している可能性。

 可能性が低いわけではない。実際、どこぞの王国では神人は神聖なる存在として崇め奉られていると聞く。何より彼ら神人は名称の通り、『神の領域に方足を突っ込んだ存在』だ。力だけでも抑制が効かない相手に国家の補助が加わった場合、歯止めが効かなくなるのは目に見えている。

 そして二つ目......キマイラが最も恐れているパターンはというと。


(上層部の人間まで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()...っ!!)


 ゲラルマギナが上層の人間を直接操るとなると、操る人間の意思を仲介しなくなるせいで余計に奴の自由度が増してしまうのだ。

 言ってみれば、一つ目のパターンがロボットアームをある程度動かせるリモコンを手に入れたような状態で、二つ目は奴自身の腕が国家そのものを動かすだけの力を得たような形になってしまう。

 似ているように思えるが、間接的に動かすか直接動かすかの差は大きい。

 そして仮にこの仮説が実際のモノだとすると、キマイラとアルラに勝ち目は殆どなくなってしまう。


「まずいっすねこれは...っ!」


 国家に対して個人が行う抵抗なんてささやかなモノに過ぎない。

 巨岩をそよ風で動かそうと言っているのと同義だ。

 ぐっと奥歯を強く噛み締めて、再び廊下の奥から警備ロボットが迫っていることを察知したキマイラは近くの手頃な部屋へ飛び込んだ。

 彼女が適当に選んで入った部屋はある程度のサイズの研究機材やファイルを保管しておくための保管室のようで、ちょっとした図書館くらいの空間の中に様々な機材たちが眠っている。

 扉のすぐ横の壁に背中を預け、床に腰を下ろす。

 持ち出して他の企業にでも売り払えばそこそこの儲けにはなるであろうファイル類が保管された棚には目もくれず、彼女が取り出したのは単四電池サイズの小さなツールだった。

 僅かに開いた扉からそれを外へ投げ出すと、彼女自身は己の携帯電話型スタンガンへ意識を切り替えた。


「(行け、電子寄生虫パラサイトプログラムっ!)」


 直後、機械仕掛けの芋虫が高速で移動を開始する。

 球状警備ロボットが探知するよりも早く接近した芋虫は下腹部の吸盤のようなパーツでロボットの溝へくっつき収まると、瞬間、警備ロボットの動きが硬直する。

 電子寄生虫パラサイトプログラム

 キマイラが()()()()()()()から仕入れた、まだ彼女以外の何者も知らない技術だった。

 行っている動作自体は先ほどキマイラが見せた『ハッキング』と何ら変わらないが、こちらは遠隔操作でプログラム内部まで入り込み、一度ハマってしまえば何処に至って別端末で操作が可能になるという発展型だ。おまけに乗っ取った機械に『寄生卵』と言うマイクロツールを埋め込むことで、電子寄生虫パラサイトプログラムが離れてからも操り続けることが出来るらしい。

 これ一匹が植え付けては離れてを繰り返すだけで、このフロアの警備ロボットくらいなら一斉に操ることも出来るだろう。

 手元の携帯型スタンガンの画面でロボットの視界を確認すると、少女はこのフロアの探索を支配下に置いたロボットに任せて先に進むことを決定する。

 階段まで移動するため立ち上がり、ドアノブに手を掛ける。

 ささやかな違和感が手首を伝ってきた。


(あれ?あたし扉閉めてたっけ―――...)


 小さな違和感を無視して扉を開いた瞬間だった。

 ボグオォォォォオオオオンッッ!!と。

 何もなかったはずのキマイラの背後から、奇妙な紫色の炎が噴き出したのだ。

 いいや、炎というよりは蒸気のような何かだった。触れた背中は熱を感じず、さも衝撃だけが突然爆発したかのように炸裂する。

 思わず、叫びそうになる。


「っっ!!?」


 まるで小規模なガス爆発のような有様だった。

 扉から勢いよく飛び出したキマイラの体は風圧に押し出され、宙を舞う。そのまま勢いよく廊下の壁へ叩きつけられて、肺の中の空気が無理やりせり上げてくる感覚に襲われる。

 ばっ!!と体勢を立て直し、スタンガンを手に戦闘態勢を取ったキマイラが外れた扉越しに部屋を見るが、そこにはやはり何も...何者も存在してはいなかった。

 それどころか、彼女と同じだけの衝撃を受けたはずの部屋の中のファイルや機材は、()()()()()()()()()()()()

 さも当然かのように、そこに居座り続ける。


(攻撃!?どこから、どうしてあたしの位置が!?いや、それより敵の位置はっ!?)


 考えてる暇も無い。

 次にどこから攻撃が飛んでくるか。どんな攻撃が飛んでくるかを予想できない状況で足を止めるのは危険行為が過ぎる。

 電子寄生虫パラサイトプログラムや既に操作権を得ているカメラを使って走りながら敵の位置を探そうとするも、一向に見つからない。

 相手は透明人間だとでもいうのか。そんな風に心の中で悪態ついて、あくまでキマイラは冷静に思案し続ける。


(カメラはともかく警備ロボットの方は体温検知の機能がある。何らかの方法で姿を目に見えないようにしていたとしても、体温までは隠せないはず!!)


 未知の方法で追跡されている可能性がある以上、まずは敵を撒くことが先決だと考えて、ひとまず隠れようと近くの研究室の扉に手を掛ける。

 ノブを捻り、肩で思いっきり押し開けようとして、またもや爆音が炸裂する。

 ついさっきの爆発の数倍大きな衝撃と蒸気に加え、今度は凍てつく真冬の吹雪に見舞われたかのような冷気が襲い掛かった。

 反射的にスタンガンを頭蓋に押し当てようとするが間に合わない。

 爆発をもろに喰らって吹っ飛んだキマイラの体がまたもや壁に激突する。

 びきりっ!!と、骨の軋む音を聞きながら、少女が膝をつく。


(まち...ぶせ?いや、違う。これは......ッ!!)


『いかがでしょうか、わたくしの術式は』


 敵対者に対して、気持ち悪いくらいに丁寧な言葉がアナウンスされていた。


『本日はご来訪頂き誠にありがとうございます。私は()()()()()()()()()()()()()()()()のカララ・オフィウクスと申します。以後、お見知り置きを』


 社内放送に使うであろうスピーカーの全てが同じ男の声を垂れ流している。

 はあはあと荒い息を整えながら、そして冷静さを保つように自分に言い聞かせながら、キマイラが冷気をまともに喰らって凍傷気味の腕を支えに立ち上がる。


(扉を()()()()()爆発した...トリガーはそれっすか。範囲指定地雷型の()()!!)


 トリガーは割れた。

 が、簡単に対処させてくれるほど甘くはないだろう。

 通信販売のセールスマンのような薄っぺらな音声がまだ続いてる。


『お客様に対してこんなことを申し上げるのは誠に心苦しい限りではありますが、我が社は既に営業時間外。ご用件はまた後日お聞きしたいと思いますので、どうか本日はお帰り頂けると幸いです』


 ズバチィッ!!と。

 スタンガンの電流が炸裂する。

 少女が腕に発現させたまるで獣のような金の体毛と鋭い爪が振るわれ、角からこちらを見下ろしていたカメラをぐちゃぐちゃに切り裂いた。

 スピーカー越しの声に、冷徹が混じる。


『......現状お客様は不法侵入者ですので、その気で在れば我々も武力行使をせざるを得ませんが』

「やってみるといいっすよ、三下が!!」



諸事情により次回投稿は3月9日となります。

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