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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
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明日の朝日を見るために



 受け取った言葉に、アルラは思わず絶句していた。

 いいや、アルラじゃなくたって、大抵の人が今のアルラと同じ状況に立てば同じように言葉を失っていただろう。

 ゆっくりと、アルラの開きっぱなしになっていた口が言葉を紡いだ。


「神...人......?」


 バスが信号に差し掛かり停車した。天井近くに設置されたモニターが、どうでもいいようなコマーシャルの映像を映し出した。どこかの車両メーカー、新開発のシステムとやらを十数秒でまとまるようにコンパクトに説明しているのはトウオウで今大人気の俳優だった。

 しかし、その声はアルラの耳に入りこそすれど、脳には響かない。

 じわじわと荒くなっていく自らの呼吸の方がよっぽど大音量で鼓膜を揺さぶっている。

 キマイラは敵を確信したからか、妙に冷静だった。


「神人って、あの神人のことか!?」

「アルラさんが言う『あの』が『どの』神人を指してるのかは分からないすけど、神人は神人っす。それぞれのジャンルを確立して極限まで極めた上位存在、『人にして人に非ず』とまで言われる連中の一人があたしたちの敵っす」


 『あたしは遭遇したこと無いっすけどね』と付け足して、しかしキマイラは気楽な様子だった。

 出来ることならば頭ごなしに『嘘だ』と否定したかった。

 だが現実は、彼が否定することそれ自体を否定した。キマイラがゆっくりと時間をかけて調べ上げていた情報と、アルラが実際に接触したことで生まれた確証は既に化学反応を起こしている。それら全部をひっくるめて、彼女の口から出る言葉こそが、この場で最も信憑性の高い情報なのだ。

 もう後には引けない。

 飛び出して、後出しじゃんけんで絶望を叩きつけられても、振り返ることは許されない。


「マジ...かよ」


 へたり込むように体の力が抜けていくアルラの腕をぐいっと引っ張って、キマイラはアルラを再び席に着ける。

 まるで糸の切れた人形のように為すがままだった。

 今日だけで散々引っ張られて張りつめていた精神の糸が、それを巻き取るリールごと大きく歪んで、たるんでしまっている。強度が足りなかったわけでも長さが短かったわけでもなく、根本から覆された感じだ。もっともらしい言い方に変化させるとするなら、糸を結び付けた両端の『何か』の方がイカれてしまった感じだ。


「ちなみに、アルラさんが傷に巻き付けてるその包帯もゲラルマギナのブリッツコーポレーション製っすよ」

「...その情報を聞いて俺はどうしろと?」

「そのくらい、あの企業はトウオウの日常に紛れ込んでるってことっす。民間の医療バッグや子供用キャラデザ絆創膏なんかは当然として、最近は医療系以外にも手を出してるらしいっすね。食品添加物の化学合成とか土中で分解されやすいプラスチックの開発だとか。ちょっと探すだけであちこち見つかるっすよ、ブリッツコーポレーションの足跡が」

「......」

「これが企業ぐるみの企みなのか、あるいは奴個人の計画なのかはわかりません。前者でも後者でも...結局あたしたちがやることは同じっすしね」


 キマイラは『神人』を見たことが無いと言っていた。

 アルラよりかは冷静でいられるのも、きっとそれが根本的な要因だろう。ゲームの攻略本のどこかのページに乗っていた敵キャラを眺めていれば姿形やステータスは分かるが、実際の戦闘力は測りようがない。ゲームをプレイする中で対峙して、初めてその敵キャラの『難易度』を理解できる。

 既に『神人』を二度目撃したアルラが冷静でいられないのも無理はない。

 全くの初見で何も知らずに挑むか、何度もコンテニューして敵の強さを知った上でもう一度対峙するか。

 その差は大きい。


(ようやく、事のスケールの輪郭が浮かんできたっていうのに)


 アルラは自分が置かれた状況と周囲の関係図を頭の中で思い浮かべようとして、思わず眩暈を起こすかと思った。

 神人と対峙する、ということの意味。それが示す内容。

 『神人』はこの世にたったの18人、それぞれ独自の分野ジャンルを人間として極限のレベルまで磨き上げ、そのうえで更に複雑な条件をいくつも満たし、『糧』を支払うことでようやく到達するとされる人類の到達点を指す。

 人類の到達点とまで称されるだけあって、世界にたった7名の魔王に続く強力な『力』を持つ神人は良くも悪くも人類全体に大きな影響力を持っている。

 それは暴力が全てを決定する場所に置いての影響力だったり、調和のとれた社会の中での影響力だったり、はたまた政治的な意味での影響力だったりするが、アルラ達がこれから対峙しようとしている相手はその二番目に当てはまる。

 自らが極め上げた何かしらの『力』を持って、社会的に強い立場を獲得した神人。国政にすらも横から口出しすることが許されるほどの『貢献』を行った人物。

 そんな奴が運営する会社と来たら、もう嫌な予感は外れそうにもない。


「最悪、その何とかっていう会社全体がグルかもしれないってことか......」

「最悪、その会社の所有施設を全部回らなきゃならないっす」

「?」

「ほら、アルラさんが言うように会社全体がグルって仮定するとっすよ」


 こちらに顔を向けた少女の表情が、より真面目なモノに切り替わる。


「トップの思想が組織全体を動かすってのは大きな枠組みでは当然のことっすよね?まるで人体みたいに」

「人体?」

「ほら、トップである脳みそが命令する。支配下の手足が命令を受け取って行動に移す。繰り返していく内に末端は反射でもトップと同じような癖を持つようになる。......人は他人の影響を受けやすい生き物っすから。いわば、全体の思想がトップに統治されるって訳すね。これが思想の伝播」

「なるほど。その環境に身を置いた下っ端が、知らず知らずの内にトップと同じような思考回路に染まっちまうって話か。神人レベルの思想が数千人単位に広がる可能性があるとなると、確かに厄介だな」

「組織全体がグルだったって場合の方がまだいいっす。最悪なのはこの事件がゲラルマギナ一人の手によって動いていて、尚且つ奴の思想が社内全体に広まりつつある場合」

「どういうことだよ」


 キマイラが薄く白み掛かった景色を投影していた窓......その下部に取り付けられていたスマホサイズの機械に指で触れる。

 ぶわっ!!と、今まで窓のフリを続けていた外部映像投影モニターは、二人が座る一部分だけ外部映像の投影を止め、黒っぽいタッチパネルモードに切り替わった。それを直接指先で操作して、巡回路のどのバス停で停車するのかを客が自分たちで設定するらしい。今は二人しか客がいないので他に停車予定は入っていなかった。

 何処へ向かおうとしているのかを、アルラは敢えて聞かなかった。

 質問の答えは質問という形で遅れてやってきた。


「一番簡単な雑草の処理方法って何だと思います?」

「ざっ......そう?」


 自嘲するように。

 心の底から軽蔑するかのような声だった。アルラに対して、ではない。彼女自身が話す、世界で循環しつつある仕組みについて、だ。


「厄介っすよねーあれ。切っても切っても根っこが残るすぐに生えてくる。種は風に乗ってどこからともなく運ばれてきて、どこだろうがあっという間に根を伸ばす。()()()()()()()()


 彼女の言おうとしていることが何だろうかと少し考えて、勘の良いアルラは気付いた。

 思わず『あっ』と声が漏れそうになるのを自覚する。


()()()()......末端が奴の攻撃的思想まで受け継いでしまう可能性...?」

「覚悟はいいっすねアルラさん」

「.........それはまだ何の罪も犯していない人間を、『奴の思想を受け継いでる可能性があるから』って理由だけで皆殺しにしていく覚悟のことか?」

「芽吹いてから、根を張ってから対処したって同じことを何度も繰り返すだけっすよ。思想は次々広まっていく。だから、その前に、根っこも含めて丸ごと焼き尽くす。神人を見たことは無くても、似たような状況だけは今まで何度も見てきたっすから」


 彼女が語る『状況』についての説明はついてこなかった。

 きっと思い出すことすらも嫌悪して、記憶の淵に留めて永遠に封印しておきたいと願っているのだろう。

 『新入り』のアルラへ忠告の意味も込めて、キマイラの口調は静かで鋭くなっていた。

 そして、きっぱりと言い放つ。


「冷徹になりきれないのなら、この世界では生き残れない」


 何かに区切りをつけるような言葉だった。

 多くの場合、それは表の世界と裏の世界だったり、温和な顔と冷酷な顔だったりして、両極端になる。

 何処からか取り出したエネルギーバーを一口齧った彼女の中の何かが、『私』から『公』に完全に切り替わる。

 食べかけの茶色い速攻食をアルラの鼻先に付きつける。


「敵が年端もいかない女の子でも人間を超えた神人でも、躊躇ったのなら命は無い。あたしとアルラさんがこれから飛び込むのはそんな場所っす。そしてもう後戻りは出来ない」

「...ああ、やるさ」


 今更命を奪うことに抵抗を感じたりはしない。

 アルラ・ラーファは自身に人間としてのセーフティーが存在しないことを、とっくの昔に自覚している。きっと母の最期を見たあの瞬間から、アルラの中の『人殺し』のタガは外れてる。そして『神花之心アルストロメリア』を受け取ったあの場所から現在まで、それは続いていた。

 殺さなければ生き残れない。

 たった数ヶ月で身に染みて感じてきたことだ。


「どうせ地獄行きは確定なんだ。だったら後悔しないようにやるだけさ」


 バスの扉が開いた。

 アナウンスと共に、一時的に外の景色を投影していた窓代わりの液晶が真っ黒に切り替わった。前と後ろの扉から差し込む光に立ち向かうように、二人は座席から立つ。



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