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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
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彼はどうやってもダメらしい



 ラミル・オー・メイゲルはキマイラから受け取った小銭を手に、まるで診療所みたいな一応は病院らしい建物を出る途中だった。

 こつこつと廊下を歩いていても、患者どころか看護婦の一人とすらすれ違わない。それもそのはず、キマイラが言うにはこの小さな病院は個人経営らしい。たまに来る僅かな客を相手にするだけなので一人でも経営を賄えるという話を、ラミルは気絶していたアルラを運びながら聞かされた。

 一応、病室はいくつか確保されているらしい。開きっぱなしの扉が、廊下にはいくつも並んでいる。通り過ぎざまに横眼で覗いてみるも、どの病室にも人らしき姿は見当たらない。きっと今はアルラのほかに客がいないのだろう。そんな風に考えて、少女は小さくため息をついた。

 どうして新天地に来て早々こんな施設に頼らないといけないのか。


「......まったく。厄を呼び込む体質でも持ってるんですか、あの人は...」


 神様とか運命だと、そっち系のオカルトはあまり信用していない。

 しかしこの短期間で彼の周囲に起こった事件のことを考えると、そうも言ってられないのかもしれない。

 こんなことが続くようなら、本当に神頼みでもしてみようか。魔王がいるのなら、案外神様だって実在するかもしれないし。

 ちゃりんちゃりんと手の中で小銭を揺らしながら、そんな思考を頭の奥底へとしまい込んだ。ガラスドアを両手で押し開けて、なまくらな日光が差し込む外へ出る。

 大都会の景色からハサミで切り離されたかのような、ビルの壁の灰色に囲まれた道が真っ直ぐと伸びていた。

 キマイラは外の自販機と言っていたが、そもそも客が来ない私営の病院なんかに自販機が設置されるわけがない。わざわざ儲からない場所に手間をかける業者などいないだろう。人足がほとんど無いので、自販機を利用する者も限られるのだ。なので彼女が言葉で指していたのはきっと、この薄暗い脇道から本道に出た先にある自販機。距離はあるが、客に事欠かないのでドリンクの種類くらいは充実している。

 喧騒が舞い上がる本道に辿り着いたラミルは、出てすぐ左側の建物の陰に設置された、三台ほどが横に並ぶ自販機群へと足を運んだ。

 数ある飲み物の中からわざわざ『超絶!枝豆入りコンポタソーダ!』なんて名前からしてえげつなさ全開のゲテモノを選んだのは、彼女のほんの些細な抵抗でもあった。

 がたん!と、得体のしれないゲテモノの入った缶が落下してくる。


「ふふ、たまにはやり返したって構いませんよね」


 手に取ってみると『あったか~い』でも『つめた~い』でもない、その中間くらいのやけに生暖かい温度感が掌に伝わってきた。この商品を最初に考えた人は、一体どんな人生を歩んでこの思考に行き着いたんだろうか。思わずそんなことを妄想してしまうほどだ。よほど疲れていたのか、それとも味覚が究極までバグってしまっていたのか。ともかく今後の人生で関わり合いにならないことを願うばかりである。

 このまま帰ろうと思ったが、手元にはキマイラが少し多めに渡してくれた分のお金が余っていた。迷惑料ということで、自分のために使っても彼女は何も言わないはずだ。隣の自販機でごく普通のホットココアを買ってからベンチに腰掛けた。

 もうすぐ、吐く息が白い季節になる。

 住む家もまだ見つけていない身としては、あまりうれしいことでは無いか。それを見つけたとしても、この先の自分がどんな道を辿るのかは未知数だというのに。

 かしゅっ!という音の直後、手の中の缶から暖かい空気が漏れだして来る。少しだけすすって、ほっと吐いた息まで、白が染め上げる。

 いったん落ち着いてしまったせいで、先ほどまでの不安が蒸し返してきた。

 もう一度、はあ、と溜息を吐いて。


(わかってもらえなさそうですね。あの人には......)


 無論、アルラのことであった。

 病院を出ていく前の一言も、きっと彼は聞き入れてくれはしない。

 彼は何でもかんでも自分一人で背負い込もうとする節がある。まるで何かを極度に恐れているかのように、悪いことや物は何もかも人から遠ざけて自分一人に纏めようとしているように見えてならないのだ。

 毎回毎回、事がうまく運ぶ保障なんてあるはずがない。

 あのアルラを一撃で気絶前追い込んだ敵がいる。

 その事実こそが何よりの証明だった。

 ()()()()()()()

 ヒーローが必ず勝てるのはテレビの中だけだ。今そこにある現実を生きる人々は、何においても『確定』を持てずに生きるしかない。世の中に100%は無い。

 手の中の温もりを噛み締めて、天を仰ぐようにして、少女はまた考えた。


「どうして、敵はアルラさんを見逃したんだろう―――...」


 ベッドの周りでは結局曖昧になってしまったが、ずっとそれは引っかかっていた。

 こんなことを考えるのは少々アレなのだが、自信がその『敵』の立場になっても、きっと情報を得たアルラを逃がすことはしないと思う。

 何故なら理由が無いから。彼を逃がすことで得られるモノが一つでもあるかと考えて、やはり何も浮かんで来ない。むしろデメリットだけが自己増殖している。情報を与えたことで、敵に付け入る隙を与えてしまっている。それともこんな風にあれこれ考えさせて混乱させるのが狙いなのだろうか...だとしても、デメリットを打ち消すほどのメリットには成りえないだろう。

 考えるほどに、こんがらがっていく気がする。

 その人の考え方を無理に理解しようとして、頭が痛くなる感じだ。

 はてさてその行為に意味があるのか。


(......やめましょう。考えるだけ無駄な気がしてきました)


 若干熱の冷めたココアをぐいっ!と飲み干して、備え付けのゴミ箱に捨てると、白銀髪をなびかせてラミルは今度こそ横道を舞い戻る。行きと変わらない薄い日光に出迎えらえる。

 入口の扉を押し開けて、廊下を潜り、病室の中に踏み入った。


「買ってきましたよーアルラさん。どれが良かったのかわからなかったので適当に選ん...で......?」


 そこで、止まった。

 歩みも言葉も。更には脳の理解さえも。

 信じられない...というよりは、信じたくない光景が目に映る。

 何が起きたのかというと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それだけじゃない。更には、そのベッド横の巨乳の少女まで。神隠しにでもあったかと錯覚するほど...ラミルが少し飲み物を買いに行って休憩するくらいの合間に、影も形も残さずきれいさっぱりと消えていたのだ。

 いいや、そういう風に誘導されたのか...?

 気付かなかっただけで......?


「やられた......!」


 思わず、少女は声を震わせる。

 アルラはともかく、キマイラまで。

 二人そろって抜け出して、自分だけこの場でお留守番を強制していった。テーブルの上に置いておいた『ウィア』まで持ち去られ、痕跡なんてたった一つを除いて残っていなかった。

 ふと、ラミルが枕の上の書き置きを目にした。

 荒々しい文字はよほど急いで書いたのか、『晩御飯までには帰ります』とだけ。

 たった、それだけ。

 彼女の頬が赤くなって膨れるのも、流石に無理はない。




 その時、アルラ・ラーファとキマイラは裏口から病院を抜け出して、キマイラの案内に沿って街の人混みを掻き分け進んでいた。

 身を案じてくれたラミルに多少の罪悪感は抱いているが、やはり巻き込めない。出来ることなら何もかも一人で突き進めるほどの力が欲しいが、今はキマイラの力を借りてようやく土俵に立っている程度だ。そんな状態で、彼女を背中にしながら立ち向かえるかどうか、アルラには分からなかった。


「悪いことしたっすねラミルさんには!後でケーキの一つでも買って帰ってあげたらどうっすか!?」

「ウチに経済的余裕が無いのわかってんだろ!買えても駄菓子屋の太郎シリーズがせいぜいだよ」


 言い合いながら、二人は川の流れに逆らうかのように道を登っていく。

 滝を登り龍へと昇華しようとする鯉の如く、人という名の激流に逆らって歩く。


「受け身受け身じゃ相手のペースだ。いつまでたっても進まない!」

「ってことは?」

「今度は、こっちから攻める!!」


 少女がどれだけうれいでも、彼は止まる気になれないのだろう。

 病気のように突き進み続けるだけだ。


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