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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
156/268

戒めるためにある制約



「......さて、と」


 どさりとその場に崩れ落ちた男を担ぎ上げたアルラは、周囲を今一度見回しながら呟いた。とりあえず、これでこの男との戦いは終わりだ。

 この『敵』の男も殺したわけではない。首が折れない程度に捻って意識を奪っただけだ。この敵の背後にまた大元がいることは確かだ、情報を聞き出すためにも、今は生かしておく必要がある。

 ひとまず、この男が目覚める時に備えて、拘束できる場所とモノを探す。遠目に、自分でこじ開けたエレベーターの扉の横を見ると、当たり前のように各階層ごとの案内板が設置されていた。

 アルラが目を細め、近付かずにその内容を目視しようとして体を若干前のめりにして、だ。

 がちゃん!!と。男のポケットから、ガラスの試験管のようなモノが滑り落ちた。


「やべっ!」


 落ちて砕けた音に反応した警官の一人がこっちに振り向く。

 間一髪だった。

 慌てて近くの柱の陰に身を隠したが、どうやら切り崩された現場を調べている最中であろう警官たちには気付かれずにすんだらしい。この状況を見られて厄介なことになる前に、男を肩に抱えたままさっさとその場を離れることにする。

 肩の重りと緊張がほどけたことによる脱力があるのか、階段を上るアルラの足は重い。


「はあ...はあ...、寿命も補給しねえと。追加の敵にでも出くわしたらもう対応しきれないぞ...!」


 思わず、愚痴が零れていた。

 アルラの『神花之心アルストロメリア』はシンプルかつ使い方によって様々な色を帯びる異能だが、代償が余りにも大きい。消費するのは己の寿命...『寿命』イコール生命そのものである。その上肉体を強化することは出来ても、強化の負荷に体は耐えられない。異能を使えば使うほどアルラの体はぼろぼろになっていく。

 『神花之心アルストロメリア』の追加効果で、アルラは他者を殺せばその残りの命を奪うことが出来る。が、大都会トウオウでは、そう易々と他の命を奪って寿命を確保することも難しい。

 そしてアルラは飛行船の一件から、ほとんど間を置かずしてこの騒動に巻き込まれてしまった。

 つまり、だ。


「もう、ほとんどストックはない、な」


 アルラの灰色の髪が。

 ただでさえ薄い色素が、更に薄まっていたのだ。

 ありふれた現象だった。

 寿命を消費する...当然、肉体は比例して老化していく。アルラの場合一瞬で大量の寿命を消費するためか、いきなりおじいちゃんになるということはなく、見た目はそのままに運動機能が削がれていくという形に収まっている。

 仕方なく、足と手の傷の『再生』を取りやめる。

 どうせ浅い傷だ。既に止血は済んでいるので上から絆創膏なり包帯なりを巻き付けておけば、時間はかかるが自然と治癒できる。

 重い足を動かし階段を更に上り続ける。

 息を切らして辿り着いた階層で、案内板に記してあったとある区画の入口へと向かう。下の事件の影響だろう、モールに訪れていた客や従業員のほとんどは避難を済ませた後のようだ。僅かに残っていた人々も、警備員の指示に従い避難を進めている。

 その警備員の目を避けて、進んだ先のとある扉を潜る。扉の向こうは会員制のジムになっていて、アルラは更にその奥の事務室へと足を踏み入れた。恐らくは使用中に避難を開始したのであろう、ほっぽり出された機具が散乱していたメインルームとは打って変わり、事務室はデスクや書類だらけの...一言でいえば前世で見覚えのあるような空間になっている。

 幸い、事務室に人はいなかった。

 適当に並べたデスク上の書類系を両手で押しのける。出来上がったスペースに男を放り投げると、アルラは散策を開始した。


「えっと...?どっかにあるはずだ...お、これか?」


 機具を使った激しい運動を行い、怪我の心配もあるジムならば、一通り応急処置の道具は揃ってるはずと踏んでの移動だった。

 アルラは棚の奥の方で見つけた大きめの救急箱から消毒液を取り出すと、まずガーゼにびちゃびちゃに染み込ませたうえで傷口へと押し当てる。びりり!!と電流が奔ったかのような痛みを無視して、今度は乾燥した新しいガーゼを傷口に添えて上から包帯を巻き付ける。

 この時重要なのは、消毒に使ったガーゼを直接包帯と共に巻き付けないことらしい。消毒のし過ぎは、返って傷の治りを遅くしてしまうとか何とか。

 これで雑菌による傷口の化膿は防げる。

 半分くらい寝ていた気がするが、前世で上司に無理やり出席させられた『非常時のための医療講演会』がこんな時に役に立つとは思いもよらなかった。いつも仕事を押し付けてきやがった上司にちょっと感謝。

 一通りの応急処置を済ませ、救急箱の蓋を閉じたアルラが向き変える。

 即ち、意識を失いデスクへ仰向けに転がされていた男へと。

 アルラは男の背広を剥がし取り、各ポケット類へと手を突っ込んで中身を確認していく。

 胸ポケットにはスマートフォン。サイドポケットからは特にこれと言っておかしな点など見当たらないハンカチと財布が見つかった。ズボンなども一通り調べてみたが、どうやら身に着けていたのは本当にこれだけらしい。カバンや腕時計も持ってなかったことから考えると、この格好は周囲に『溶け込む』ための服装の可能性は高い。


(スマートフォンは、と。ダメか、パスワード式。指紋は使えなくなってる)


 何度か男の手を勝手に使って指紋認証を突破しようとしてみるも、そもそも登録そのものがされていないらしかった。こんな時に『ウィア』があれば市販のスマートフォンのセキュリティくらいは突破できるだろうが、ラミルに預けてきてしまっている。

 ないものねだりが無意味なことは分かっている。

 さっさと諦めて、今度は服ごと全部取っ払って男を調べようとしたその時だ。

 その異様な姿に、意図せず表情が固まる。


「......これは...」


 捲り上げられた袖の中。つまり見た目の年齢の割に筋肉質な男の素肌、その表面上に、びっしりと。

 今まで見たこともないような密度で傷跡が刻み込まれていることに、アルラは気付いた。

 もはや、人の腕には見えないくらいだった。どちらかといえば木皮みたいな、細い傷跡がいくつもいくつも無数に繋がって、それが歪に見えるほど集まっているのだ。

 刃物で付いた傷にしては

 熟考するまでもない。

 紛れもなく、これは。


「切断痕...。しかも自分の『異能』で付いた傷、か?」


 リストカットにしてはやけに腕全体に広がっている傷だった。つーかこんな強面のおっさんがリストカットしてる図が浮かばない。

 だが、このおっさんには『異能』がある。

 確か、名前は『万能切削ブレードワーク』。本人によれば、触ったものならどんなものでも切断出来る上に、他の物体を巻き込むことで二次災害を引き起こすことが出来る異能。

 本当ならかなりの脅威だ。そして本当なのだろう。実際、アルラとラミル、それにキマイラの三人は姿を隠したこの男に為すすべもなく不意打ちを喰らっている。

 ただ、明らかになっている『異能』の詳細というのは全てこの男の口から出たモノだ。故に信憑性に欠ける。この男が真実を語る一方で一部真実を隠蔽したとしても、アルラは分かりようがない。

 そう、例えば。『異能』のデメリットとか。


「よく見たら顔以外ほとんど全身傷だらけじゃないか」


 反対側の袖も捲り上げると、やはりびっしりと傷跡で埋め尽くされていた。普段から怪我ばかりのアルラにはわかる。中にはまだ治癒して間もない傷もある。ごく最近に付いた傷はそう少なくないし、どの傷も不自然に痕跡が残ってしまっていることから相当深い傷もある。

 普段からこんな『戦い』に明け暮れる人生だったのだろうか。

 そんな風に考えたが、アルラはしばらく傷を観察して思い出す。

 男は『なんでも切断できる』と言っていた。硬度に関わらず、なんでもだ。それが、真に言葉の通りならば、こういう可能性も湧き出てくることになる。

 つまり、咎人である自分自身をも。


(なんとなく分かりかけてきた)


 生まれ備わった機能の全てがメリットとは限らない。

 どこかの目つきの悪い青年が保護した少女のように、それが騒動の発端になることもある。今目の前にいる男のように、デメリットで傷付くこともあるのだ。

 だから、彼は自分で『異能』を押し込めていたのだろう。

 呆れたように、アルラはぽつりと呟く。


「普通に使うだけだと自分の体も巻き込んでしまう。だから意図的に制限を設けて、あえて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。例えば『既にそこに存在する線や溝にそって物体を切断する』、みたいな」


 骨の檻には繊維状の線が奔っていた。コンクリートの上には、落下の衝撃で生じた亀裂が奔っていた。

 アルラが切断されたのは踵の上と手首。...どちらも、生活する中で必ず『しわ』が生まれる場所だ。

 これこそが共通点。

 例えば包丁が料理人の指を切り落とすこともある。ウイルスに苛まれたパソコンが、持ち主の個人情報をばらまいてしまうケースなんて今時珍しくもない。『道具』や『使われる存在』が、必ずしも『使い手』にプラスの効果だけを与えてくれるわけではないといういい見本がそこにあった。

 『異能』は、時にそれを扱う咎人にまでも牙を向ける。

 今まさに。アルラが己の『神花之心アルストロメリア』に()()()()()()()ように。

 決して他人事ではなかった。しかしだからと言って、このままこの場所で足踏みするわけにもいかなかった。

 こいつを拘束せねば。


「普通に両手を縛るだけだと抜けられるよなー。やっぱ」


 クエスチョン。男が目覚めた時に備えて『異能』を封じるにはどうすればいいだろう?

 アルラは適当にデスクの引き出しや棚の中身を引っ張り出していく。見つけて手にしたのはテーピングに使う粘着テープと、引いて伸ばしてでストレッチに使う平べったいゴムチューブだった。びびびびっ!とテープからある程度の長さを引き出して、男の両手を彼の左胸に添えた状態でぐるぐる巻きに固定していく。

 作業を終えると余ったテープを放り捨て、アルラはその辺にあった椅子に腰掛けた。

 なんでも切断するのだから、当然こんなテープくらいは容易く切り飛ばせるだろう。しかし、心臓付近にがっつり両手を固定されたまま...そして更に上からは伸ばされて殆どしわのないゴムチューブで縛り付けられた状態で『異能』を使おうとはこの男も思うまい。

 そんなことをすれば、例え自分で『異能』に制約を設けていても『巻き込み』は防ぎきれない。アルラが心臓に近い左胸にわざわざ両手を固定したのはそうやって、『異能』を逆に利用して行動を封じるためだった。

 自分の『異能』に体の自由を縛られるとは中々に滑稽な光景だと思いつつも、今の自分では笑えないことに気付き重い息を吐く。

 さて、やることがなくなってしまった。

 とりあえず第一に考えるべきはこいつの始末と更なる追手なんかについての調査だが、ちょっと一人では無理そうだ。

 せめてキマイラがこの場にいたなら...。


「あ」


 そうだ、忘れてた。

 こいつの最後っ屁を喰らってしまったキマイラを地下に置いてきたままだった。あの時見た感じだと傷はかなり深そうだったが、直接この目で確認してみないことには判断のしようがない。

 ラミルが付いているとはいえ、まだ他の敵が潜んでいないとは限らない。そうなれば、逆に不安の種が更に増えることになる。

 やることは決まった。

 拘束済みの男をもう一度肩に乗せ、アルラは少しだけ焦ったようにぽつりと独り言をこぼした。


「ラミルたちと合流しないと」



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