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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
153/268

きらりと輝く瞳の中で



 キマイラと、周囲からそう呼ばれる少女がいた。

 純金にも似た濃い金のショートボブは、彼女が体を動かすたびにサラサラと揺れていて、女の子らしい華やかな香りを振りまいている。動きやすさを追求した結果なのか、ジャージのような質感のジーパンとシャツを着こなす少女の首では、ネックレスのように紐で括りつけられた一昔前のデザインであろう携帯電話?がぐらぐら右に左にと揺れ動いていた。

 不運だ、と、ブランドモノの財布の中身を確認しながら彼女は思う。

 久しぶりの楽しいショッピングのはずが、いきなり現れた暴君に昼ご飯の支払いを強要された上に、『ちょっと行く当てがないから泊めてくんない?』とだいぶ軽いノリで住居を侵略されそうになっているのである。普段から『裏』の仕事を扱い、こなし、『表』ではとても一日では稼げないほどの報酬を得ている身としては、他人に昼ご飯を奢ることくらいはなんてことないはずだった。

 しかし現実はどうだろう。

 ブランドのコーデを取り揃えるよりも遥かに大きい金額が、誰かさんの胃袋にすっぽりと収まってしまったではないか。

 それもこれも、全部目の前のこの男のせいだ。


「んぐんぐぐぐぐ、どうしたキマイラ。食べないのか?飛行船のメシほどじゃないけど結構いけるぞ」

「どこかの誰かさんのおかげで胃が痛いんすよ...」


 わけがわからないといった様子で、胃痛の原因たるアルラが眉にしわを寄せていた。

 その隣で、チーズハンバーグセット(税抜き1200円)とラミル・オー・メイゲルが奮闘していた。ナイフとフォークを一度に使うことにまだ慣れていないらしく、諦めて鉄板の端のほうに転がってるフライドポテトに標的を変えたようだ。左手のフォークで突き刺したぱさぱさのフライドポテトを口まで運ぶと、白銀髪の少女は満足そうにもにゅもにゅと顎を動かしていた。

 このような状況に至ったのには理由がある。

 神様ってのはまだ自分を見捨てていなかったのだと、本気でアルラが思い込んでしまうような奇跡があったのだ。

 せめてもの食糧確保にとモール最上階奥の献血ルームまで足を運ぼうとしたが、その道中の洋服店で如何にも『持ってる』側の人間を見つけてしまったのだから利用しない手はなかった。向こうはつい先日に厄介ごとを自分たちに押し付けてきた人物なので、アルラがためらうことは全くなかったのである。

 ただ飯にありつけたアルラはとても幸せそうだった。『ここで出会ったのも何かの縁』って切り出し方は使い勝手が良いものだ。

 とりあえず値段が高い順に3~4品注文を済ませ、かつ運ばれてきたそばから手を付けていったアルラは、試食巡りで一応は腹を満たしたはずなのに、まるで数日間砂漠をさまよった末に食べ物にありついた遭難者のような有様であった。飛行船で語っていた『食べれるときにうんと食べておいたほうがいい』をまさにその身で示しているようであった。『女の子に、それも年下の子に奢ってもらってプライドはないの?』と聞かれても、彼はたぶんへっちゃらだ。

 現実に直面して、アルラは気が付いてしまったのだろう。

 世の中は得した者勝ちである、と。


「飛行船で貸したもあることだし、今日からしばらく清算してもらうとしようかな」

「え?もしかしてあたし脅されてるんすか??」


 哀れなことに、キマイラはすっかり搾取される側に回ってしまったようだ。料理と共に運ばれ続けた伝票でついにいっぱいになってしまった半透明の伝票入れにどうしても目が行ってしまう巨乳美少女はぞっと背中を突き抜けた寒気に身を震わせていた。

 こう見えても彼女は『箱庭』の連中に負けずとも劣らないれっきとした『怪物』であるのだが、生存競争にどう勝ち抜くかに必死なアルラの前ではそんな『怪物』だろうと普通の少女に変わりはない。つまり、利用できるモノは何でも使っちゃえのアルラに対して貸しを作った時点で彼女はまずかったということだ。

 もうこの関係は切り崩せない。このモールで出会ってしまったのはまさにアルラが言う通り『何かの縁』である。

 ようやくナイフとフォークでうまくハンバーグを切り分けることに成功したラミルは口に含んだ肉の塊を飲み込むと、何気ない様子でキマイラに話しかけていた。


「キマイラさんはお金持ちなんですね」

「ま、まあ業界ではそこそこ名が通る方ではありますし?仕事の依頼にも事欠かないっすし衣食住には取り敢えず困らないくらいには稼がせてもらってるっすけど」

「いいよなあ、ちゃんと住むところがあって金もあって仕事もあって未来もあって!!飛行船の一件でだって相当稼がせてもらったんだろうなあ。だったらお手伝いを務めたこの俺たちにも報酬の一つや二つはあっていいはずだよなァ!!」

()()は別の仕事の準備中にシズクさんに呼び出されただけっすから報酬なんて一銭も貰ってないすよ。船内で使ったお金だってちゃんとあたしの財布から出たお金なんすから...骨折り損のくたびれ儲けって奴っす」


 そう語ると、丸テーブルの中央に置かれていた山盛りフライドポテトをの容器から一本摘まんで咥えたキマイラは天井を仰ぐ。

 アルラとしてはキマイラの今では自慢にしか聞こえないお財布事情なんて知ったこっちゃねえのだが、しかしせっかく生まれたこの『繋がり』をそう易々と切り離す気は毛頭もない。

 というか、キマイラを切り離してしまったら本格的な『積み』になりかねないのだ。流石に永遠と頼るつもりはないものの、せめて収入源か仕事が見つかるまでは頼りにしようと言うわけである。

 何が言いたいのかというと、噛り付く気満々なのである。

 すねに。


(『強欲の魔王』討伐にも何かと金は要るし、その前にくたばったら元も子もないしな)

「そんでキマイラはこの街に住んでるのか?パンフレットとか見た感じだと一軒家が立ち並ぶ住宅街とかはなさそうだし、どっかの高層マンションか」

「これからも末永くお願いしますね」

「さりげなく確約を取ろうとしやがった!?ダメっすよ絶対に!自分らの身の世話くらい自分でやってほしいっす!」


 チッ、とあからさまな舌打ちに効果はなかったようだ。キマイラは両手を顔の前でばってんに合わせて絶対拒否の態勢を取ってしまった。

 戸籍や所属、身分を証明できる物品を持たないアルラ達は、恐らくこの国でまともな職に就くことは叶わないだろう。誰だって正体不明の人物を仲間には引き入れたくない。せめて経歴だけでも証明できればいいものの、ラミルはともかくアルラのこれまでの人生を人に話したところでどこまで本気で聞いてもらえるだろうか。

 ともかく、冬を越すためにも必ず『金』と『住居』は必要だった。

 アルラは右手を首に添えると、骨を鳴らすように首を傾けながら、


「真面目な話、訳あって俺とラミルは戸籍の関係がかなり曖昧なんだ。多分だけどこの国でまともな仕事やアルバイトには就けないと思う。だから本気でピンチなんだよ」

「どうしてそんな無計画なままこの国まで来ちゃったんすか...?」

「色々あってその勢いです」

「その『色々』ってのがとってもとっても気になるっす」


 うーん...と腕組みして悩んでいたキマイラは、どうやら真剣にアルラ達のことを考えてくれているらしかった。対しておいしくもない、ぱさぱさのしょっぱいポテトを口に運ぶを繰り返し、うんうん唸っている。アルラが注文した料理もようやく全て食べ終えて、ラミルは座席に取り付けられた注文用のタブレット端末の画面を弄っている。

 しばらくして、キマイラははっと何か思いついたように表情を明るくすると、だ。


「『裏』の仕事に手を出してみてはどうっすか?」


 と、提案された。

 ぱっ!と表情を明るくして提案するようなことではないと思う。

 思わず、じっとりした表情で聞き返してしまった。


「.........俺たちに『犯罪者になれ』ってか...?」

「『裏』ってだけですぐ犯罪と繋げるのは少々早計っすよ。『裏』ってのは表沙汰にできない、()()()()()()()って内容の仕事も多いっす。表の警察では行えない秘密組織の潜入捜査、麻薬売買の現場確認......あらゆる事件を秘密裏に処理し、世間一般には『何もなかった』って信じ込ませる。そりゃもちろん違法なやばい仕事もごまんとありますけど、それを処理するのだって同じ『裏』、『裏』にだって秩序や正義は残ってますから」


 なんだかすごい話を聞いてしまった。

 『裏』の仕事なんて如何にもなワードを使っているものだから殺し屋や怪しい粉の売買とかばかりだと勝手に思い込んでしまっていたが、影から世界を守るダークヒーローみたいな活動まであるとは驚きだ。

 『裏』で生まれた悪を同じく『裏』の正義が抑圧する、一種の自浄作用が働いているのだろうか。謎は深い。


「やるかどうかはさておいてですけど、その手の仕事はまず最初にある程度の信頼が必要ではないんですか?ぱっと出の新人にまで仕事が回ってくるとはとても思えません...」

「あたしの紹介があれば多分問題はないっすよ。名が通ってるって言ったでしょう?」

「そこまでしてもらっていいんですか?仮に私たちがその手の仕事をやることになったとして、何か一つでも仕事に失敗してしまったら。私たちを紹介したキマイラさんの評判まで一緒に落としてしまいます」

「...人んち押しかける気満々だった人たちが何言ってんすか」


 そういえばそうだった。

 ラミルは思わず反射的に口を片手で塞ぎ、背もたれに大きく寄りかかったアルラの木製の椅子はぎしりと音を立てる。

 実際のところ、キマイラの提案はこれ以上ないというほどアルラ達にうってつけではある。

 戸籍がない、信用もない、己の価値を示し、まともな生活を送るには、実績を積む他ない。最も苦労する最初の一歩を、既に『裏』の世界の実績を持つキマイラが補助してくれるというのだから乗らない手はない。『生命を殺し、奪った寿命で力を扱う』アルラにとって、これほど行動しやすいフィールドはないだろう。

 最初から分かっていたことだ。

 『復讐』を選ぶ限り、光の道は歩めない。それは構わない。最初から覚悟して自分で歩んできたわけだし、これからもその道から外れて光の道を歩みたいとは思わないだろう。『裏』の世界に潜る...それ自体に抵抗は殆どない。それほどまでに根幹は『復讐』に呑み込まれていた。

 だけど。

 一つ迷いがあるとすれば、それはラミルのことだ。

 彼女は自分を信じてついてきてくれたというだけで、彼女自身に『復讐』の意思はない。

 故に、自分の命を消耗して初めて成り立たせるような、身勝手な『復讐』には巻き込みたくはない。せっかく目の前で助かった命が、自分のせいで危険にさらされるなんてまっぴらだ。

 ふと、隣の席の少女の顔を覗く。

 ラミルはきょとんとした顔で、『何ですか?』と表情で語るように見つめ返してきた。

 この純粋な瞳を、無垢な魂を。


(...俺の身勝手な『復讐』に、巻き込みたくはない)


 本当なら、飛行船のあの一軒にだって、彼女を巻き込みたくはなかったのだ。

 止めようとしたとき、既にラミルは『困ったみんな』のために戦おうとしていて、危険をいくら口で語ったところで無駄だった。

 『復讐』を選んだアルラと違い、アルラ同様に自分の大切な『家族』を奪われたラミルだが、『強欲の魔王』に対する憎悪はない。彼女はそれを運命を受け入れ心の成長を選んだ人間だ。アルラが出来なかった決断をして、本来あるべき人の姿を保つことが出来た、ある意味アルラの『対極』に位置する存在。アルラの旅に付いてきたのも、その成長の手助けをしてくれたアルラへの『恩返し』のためである。

 自分がこれから歩もうとする暗い道のりに、今ならまだ引き返せる少女を道連れにすることは...『復讐』に引きずり込むのは絶対に間違っている。自分の力で泥沼から這い上がった少女を、再び沼の底へと突き落とすようなものだ。

 今までの楽しい空気を払拭する、長い逡巡しゅんじゅんがあった。

 ラミルが心配してこちらの表情を伺っている。

 時間ばかりが過ぎていく。

 そして、


「今すぐ結論を出せとは言わないっす。飛行船で助けていただいた恩を仇で返すわけにもいかないすし、今日のところはお二人ともうちにご招待するっす。『裏』で行動するかどうかをいきなり決めろと言われても無理でしょうから」


 ぐうっと伸びをして、立ち上がったキマイラは半透明の円柱状の伝票入れから取り出した大量の伝票を持って、ファミリーレストラン入り口正面のレジカウンターへ向かう。銀色のベルを鳴らすとすぐに店員がやってきて、伝票のバーコードを機械に通すだけでレジに金額が表示されていく。遅れてアルラとラミルもレジカウンターまで移動する。

 機会に表示されたその金額に若干顔を青ざめながら、だ。


「...受けた恩の分は清算させていただくっすけど、そのあとはちゃんと自分たちで生活してくださいね!?永遠脛をかじられ続けるなんてまっぴらごめんっすよ!」


 会計を(キマイラが)済ませて店の外へ出た、その時だった。


 ズゴアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァアアアアアアッッッ!!という轟音を伴って。

 また新たな災厄がアルラ達の足元を切り裂いた。



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