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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
152/268

国の導き手



 トウオウ国の入り口...『エントランス』にある駅から出発し、バスをいくつか乗り継いで3時間。途中で休憩がてら偶然見つけた喫茶店へ寄ったりもしながら、たどり着いた()()()

 昼間なのに不気味なくらい薄暗く感じるのは、そこが裏路地の入口だからだろうか。案内されるがままに少女の背後を追い、そして彼女に(半ば無理やり)持たされたやたらと大きなトランクケースのキャスターがきゅるきゅるという音を立てている。プラスチックのごみ箱から飛び降りた野良猫が足元を通り過ぎて、先のまだ見ぬ闇の中へと消えていった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 何も聞かされずにただ『ついてこい』の一言だけで着いていったが、流石に不安になって声を掛ける。薄暗い闇の中、大和の声がよく響く。


「本当にこんなとこにあるのか?『箱庭』の隠れ家ってのは」

「むしろ表通りの目立つ場所でもあったらそれは隠れ家とは呼ばないわよ。オープンな活動をしているとはいえ基本的に秘密結社みたいなものなの。隠れるときは隠れなきゃいけないわ」


 隠れ家と一括りにしても、実は結構な選択肢があることを大和は知らない。

 ただ『身を隠す』ためだけに存在するものから、ある程度の生活を送ることが出来るように設計されたものは基本というだけで、例えば人混みに紛れて一般的な生活を装うためカフェテリアに偽装することもある。裏表が激しい、そして他の組織から狙われることの多い『箱庭』はとことん隠蔽型というだけだ。

 こちらに振り向いてそんなことを話すのはシズク・ペンドルゴンという中学生くらいにしか見えない背格好の少女だ。栗色ショートヘアの癖毛を冷たい風にたなびかせ、ケミカルな内容物の入った『無機物ジュース(材木味)』を片手に携えた少女は呆れたように言う。


「......本当は私たちも『セントラル』に拠点を構えたいんだけど...」

「あそこはトウオウの中心なだけあって物価も家賃も高いですからね。なるべく報酬を研究につぎ込みたい我々としては多少不便でも我々にはこの街くらいがちょうどいいんですよ」

「不便って...この街だって技術の国トウオウの一部だろ、全然そんな風には見えないんですけど」

「一度セントラルで暮らしてみればわかりますよ」


 『箱庭』という組織がある。

 秘密結社のはずが、オープンな活動も同時に行っているためそこそこ名が知れてしまったという間の抜けたエピソードを持ちながらも、こと戦力に置いて右に並ぶ組織はないとまで言われる少数精鋭のチームである。

 その組織の新入りは、背後を歩くホード・ナイルの説明に、いまいち納得できないのはやはり経験不足だからだろう。一度大都会で暮らした後に普通の街で暮らして不便を感じるようなものなのかと無理やり納得して、くねくねと曲がりくねった迷路のような裏路地を進む。

 やがて、シズクが足を止める。

 ようやく到着したのかと思って辺りを見渡してみるが、それらしい扉や入り口のようなものはどこにも見当たらなかった。怪訝に思い、どういうことかと声を掛けようとしたその時だ。

 周囲を警戒するように首を振って、雫がそっと壁に小さな手を当てる。それから、力を加えるように壁全体を押し出そうとして、変化があった。

 ズッ!!と。

 シズクが手を当てた壁の一部が壁に沈み込み、直後に沈み込んだ正方形の隣の壁が動き出したのだ。壁の中にスイッチが仕込まれていたのか、入り口のこの仕組みは科学的というより少しばかり古臭いと口にしなかったのは大和なりの配慮である。

 代わりにそっと息を吐く。


「......RPGの謎解きみたいな入口なんだな」


 この入り口の設計者とは仲良くなれるかもしれない。

 大和は若干低めの入口を潜り抜けると、そこから先は今までと打って変わって純白の空間が広がっている。細長い通路の先に見えるもう一つの扉の向こう側が、目的の場所だ。わざわざ扉一枚で直接部屋と繋げないのは、最初の扉が開いた一瞬の隙を縫うように機密だらけの部屋を見られないようにするためか。窓どころかこれといった装飾もない、ただただ無色の廊下の先の扉へと歩く。

 ほんの少しの緊張を押し込め、逆に期待を前面に押し出すようにして前へ進む。シズクがドアノブに手をかけ、改めて、二つ目の扉を潜り抜けた、その時だ。


「遅かったじゃねェかよ」


 荒っぽい口調のその男は、入って正面の壁に体を預けていた。

 パーマのかかった、チリチリの短髪が目立つ男だった。年齢はぱっと見て20代前半から後半にかけて、中肉中背の体付きの男は、白いシャツの上から真っ黒な皮のジャケットを着こんだ上にジーパン姿だった。

 男は壁から背中を離すと近くに置いてあったクーラーボックスからペットボトルを取り出して、それを大和へ放り投げる。隣の異常味覚が喜ぶような劇物ドリンクかと身構えたが、受け取ったそれは至って普通の飲料水だった。

 どうやら長旅をねぎらってくれているようだ。礼を言う前にシズクが大和の方向に振り替えり、人差し指で男を指す。こっちから声を掛けようと思ったが、いざとなると緊張してしまう。


「紹介するわヤマト、このチリチリはニコン。『箱庭』の戦闘員で、あなたと同じ『勇者』よ」

「よっ、よろしく」

「タメ口で構わないぜ。よろしくな、歓迎するぜヤマト。...そんでもってシズクよぉ、チリチリは余計だチリチリは。第一アンタもチリチリじゃねえか」

「わかってないわねニコン!私のは癖毛、あんたは天パ!」

「同じじゃないですか」

「違うのよ!こう、オシャレレベルが!!」


 技術の国トウオウ、その国土の一部。街の玄関口とも呼べる駅からしばらく歩いた裏路地の先に存在する秘密のアジトは、清潔感漂う白の壁面に似たような色彩のタイルの床を合わせたシンプルな構造になっていた。

 入口と繋がるこの部屋の広さは学校の教室ほどと言ったところか。しかし部屋はここ一部屋ではないのか、側面の壁には別の場所へ通じているであろう扉が見える。そしてこの部屋はリビングのような役割なのだろう、簡易的ながらもキッチンやテーブル、ソファーやテレビに加えて観葉植物の鉢まで置いてある。ちょっとしたホテルのようになっているようだ。

 何やらぎゃーぎゃーやってる二人は放っておいて、ホードはちゃっちゃと長方形型のテーブルに席ついていた。

 所見の場だったのでどう動いていいのかわからない大和もトランクを入口の扉の近くに置いた後、取り合えずホードの向かい側の席に着く。受け取ったペットボトルの蓋を開けて、疲労の蓄積した体へと流し込むと、重い荷物を引きずって歩き続けた疲労がぶり返してくるようだった。

 自分の部屋の一つくらいは与えられるのだろうか、なんて考えているとだ。ようやく自分のテリトリーへ戻ってこれたことで緊張が解けたのだろうか。到着前に自販機で買っていたコーヒーの缶を開けながら、ホードが問う。


「ところで、他のメンバーは?」

「ヴェルインは次の任務、リーダーはまあいつものだ。ほっとけ」

「猫はどうしたんです?」

「そこにいるじゃねえか」


 そこ?

 そういえば妙な違和感を感じる。そう思い、ニコンに指差された自分の腰辺りへゆっくり視線を落とすと、だ。

 そこには見たこともない黒っぽい半透明の変なのが引っ付いてた。

 それはクラゲを黒く塗りつぶしたような半透明の物体で、内側に薄く僅かな紫が透けて見えている。

 直後、気の抜けた声があった。


「おっすー...」

「うぎゃあああああああああああああああああああああ!!?」


 反射的に、飛びのいた。朝目を覚ましたら布団の上にGが乗っかっているのを目撃してしまったような、そんな凄まじい勢いで。


「耳元でさけばないで、うるさい」

「あっごめんなさい...じゃない!なっ、えっ、ああ!?」

「うん、うん。やっぱり、ニコンとおんなじ、『聖』の属性...」


 驚くことしかできなかった。

 その紫髪の、シズクよりも更に幼い印象を与えてくる黒いクラゲのようなフードを被ったおさげの少女は、大和の体をぺたぺた両手で探って、それが終わるとぷい向きを変えとソファーのほうへ向かってしまう。

 心臓が鳴りやまないのは、不意を突かれたからというだけじゃないはずだ。油断していたとはいえ、初対面でこうもあっさり『意識の隙間』を突かれたことでまた一つ『箱庭』の怪物性を目の当たりにしてしまったから。

 いくら気を抜いていたとはいえ、大和も何度か死線をくぐってきた『異界の勇者』である。戦いの中で生き残る術を学び、そして実践して生き残り、現にこうしてそれらが『箱庭』の面々からの評価につながって引き抜かれる形になったのだ。

 なのに。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 敵意はないのはわかっていても、恐ろしいことに変わりはなかったのだ。


「あっ...あの子は......?」

「キャッテリア。キャッテリア・ビナフィッシュ、あんな見た目と性格だが凄腕の魔法使いだ。怒らせないほうがいいぜ」

「キャッテリ、ああ、だから猫...。まっ、魔法使い...って、シズクにも言えることだけど何歳いくつなんだ!?」

「13さいだよー...。まだまだ成長期、ふふん」


 ソファーから顔だけをこちらへ向けた少女がそう答える。

 人を驚かせて得意気になってるのは年相応のいたずら気質か。心象は穏やかじゃない。


(こっ、こんなのがまだ何人もいるのか...?箱庭ってのは)


 こんな『怪物』たちの中でうまくやっていけるのか、不安でしかない。

 うんざりしたように目を細めて深い、それは深い溜息を吐いて体重をすべて椅子に預けた大和。すると、天パ勇者のニコンが大和の隣の椅子を引いて席についてきた。

 そして。

 話題が尽きそうになった、そのタイミングでだ。

 背もたれに体重を預け、自分の分の飲料水を口に含んで飲み込み、『ところで、』と切り出したニコンの視線が一点を指し示す。どこから尋ねればいいのかわからないといった感じで、まだ半分ほど残っていたペットボトルの中の水を一気に飲み干してしまう。

 ホードも、その一言で彼が何を言いたいのか察したようだ。ちらりと一瞬視線を向けた後、自分の胸に抱きかかえたそれにもう一度視線をやっていた。


「大事そうに抱えてる()()について話を聞こうじゃないか」


 ニコンはその鋭い目つきを、薄青髪の少年が丁寧に抱きかかえる『荷物』へと向けていた。当然、言葉で指定した先もそれだ。彼は困ったような、怒ったような表情で、本気でそれの取り扱いに困っているようだ。

 いいや、そもそもそれは『荷物』ではない。

 ティファイという、恐らく生後一年ちょっとの子供だ。

 話題の中心にいる少女は呑気なものだ。ホードからもらった木製のがらがらを振り回して遊んでいる。

 

「シイタキヤマトの勧誘こそ当初の予定だったはずが...余計なもん持ち込みやがって」

「メインの任務はクリアしています。問題はないはずですが」

「施設にでも預けりゃよかったものを、わざわざ引き取ってる辺り情でも沸いたか」

「......」

「頭のいいオマエのことだ、わかってんだろ」


 ホードはすぐには答えなかった。

 大和は二人の会話に割って入ろうとはしなかった。

 ニコンは、ただ真実を伝えようとしているだけだ。そこにホードを陥れようだとか、仲間のために気を遣うといった感情は持ち合わせてもいないのが、たったあれだけの会話でひしひしと伝わってくる。

 これが自分たち全員のためだと、姿勢をテーブルの前へ傾けて、ニコンは思う。

 過大でも過小でもない、ただありのままの評価は、剣のように人の心臓を射抜いてしまうことがある。それをわかっていてもなお、心に浮かんだ通りに言葉を紡ぐことが常に最善であると。


「オレたちは『怪物』の集まりだ。仕事はもっぱら戦場に出向いて他人の恨みを買うこと、戦闘は日常茶飯事、オレらにとっちゃ毎日三食の食事みてーなもんだ」

「我々がこの子を匿うことは、返って我々の日々の危険に巻き込むことに等しい......ですか?」

「やっぱりわかってるじゃねえか」

()()()()()()()()()()


 ホードの言い回しにニコンが僅かに眉をひそめた。


「この子は『毒炉の実(アシッドザクロ)』という極めて危険かつ軍事応用力の高い異能を宿す咎人です。しかも一度は『オークション』に攫われて売られている関係上、この子の情報は全世界の『裏』に筒抜けだ。全世界の我々と似たような組織は喉から手が出るほど欲しがるでしょう」

「それで?オマエはこの赤ん坊を兵器として転用したいって訳か?」

「全世界がこの子を狙っているという話です」


 きっぱりと、ホードは断言した。

 世界の『黒いところ』にその有用性を知られてしまった彼女を日の光の当たる所に置くことがどれだけ危険なことなのか。二人の話をここまで聞いて理解できないほど大和も馬鹿ではない。

 はっと、恐ろしい真実が頭の中を横断した。

 そしてそれが実際に起こりえることだと言うのは、大和自身が空で目にした現実が物語っている。


「一般の施設に預ける?三日も経つ頃には痕跡一つなく攫われるでしょうね。ならば我々で保護したほうが都合がいい」

「そこまでしてコイツを手元に置くメリットは?」

「手元に置いている間は、彼女の異能に怯える必要はないといったところでしょうか」


 しばらくの沈黙があった。

 

 やがて、ニコンは空になったペットボトルをキッチンの脇に置かれた小さなゴミ箱へ投げ捨てると、テーブルに肘をついて眉間を右手の親指と人差し指で抑えた。

 どっちが『折れた』のかはすぐわかった。


「チッ、まあソイツについてはまたあとで考えよう。今はそれよりも、だ」


 何のことだろう、と首を傾けたのは大和だけではなかった。

 いつの間にか、ソファーの正面に設置された壁掛けの薄型テレビから声が漏れている。時間はもうすぐ昼休みが終わって、会社員たちは自分たちのオフィスへ戻るであろう時間帯。番組と番組の隙間の時間を埋めるために挟まっているニュースで、女性キャスターが午前のニュースを伝えている。

 ソファーのに仰向けで寝っ転がっているキャッテリアが目配せで何か合図を送っていた。まるで何かを()するかのように。


「つまりな、えーっと」


 心底面倒そうに、ニコンは頭を掻いてから、簡単に説明した。


「またこの国は面倒な向きに傾きつつあるってことだ」



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