今日の晩御飯
「とりあえず、とりあえずだよ。寿命の確保先問題、謎のチケット差出人問題は後にしてだよ?」
「はい」
「今俺たちが何よりも優先して行うべきはさ、やっぱり金だ金!!これが無いことには何にもできない、寝床はおろか今日の晩御飯だってありつけるかわからんのだから!!」
「こんな時でも一日三食きっちり食べるつもりなんですね...」
「一食分でも妥協したらダメなの。特に次にいつ食べれるかわからない状況なら猶更だろ。妥協し続けて一日一食生活にでもなってみろ、あっという間に体を動かすエネルギーなんてなくなっちまうよ」
商店街まで戻ってきた二人はそんな風に語り合うと、手頃な店の店頭へ吸い込まれるように歩き始めた。川の流水の如き無駄のない動きで試食用の爪楊枝が刺さったちまっとした料理が乗るお盆を持つ店員に近づくと、すかさず試食品を奪い去っていく。
食感的に芋料理だろうか、悩んで店に入る素振りを見せて、しかしアルラは他の試食へと進み出す。
歴戦の猛者の動きだ、と追従するラミルは思う。
普通こんなことやり始めたら人間として無様になるというか自分が情けなくなるはずなのだが、彼は最初からそれがなかったのか成長の過程で捨ててしまったのか、プライドなんて無いみたいに次々と試食コーナーの食品たちを掻っ攫っている。それに追従してしまってる自分が言えたことではないのだが、この緊急事態に早くも本能が適応し始めてるのが微妙に嫌だ。
あっという間にほぼ全ての試食コーナーを食いつぶすと、特に行く当てもなかった二人は道の先の駅の中まで足を踏み入れる。かと言って、電車に乗って別の駅まで移動するわけでもない。第一お金が無いのだから切符を買えるわけがない。
行く当てがなかったからだ。先ほどまで居た図書館まで戻ってもいいが、籠っているだけでは道は開けない、というアルラの意見があったのだ。......道とは即ちトウオウで生存する道だが。
巨大なホテルに隣接した駅ビルに入ってみると、そこにはちょっとしたモールが詰まっているようだった。ベルトコンベアみたいなエスカレーターに乗り、少し上の階層を目指す。下はお土産屋やらレストランばかり詰まっていて、ある程度溜まった腹が癇癪を起こしかねないからだ。
見慣れない人の多い場所は少し怖いのか、それとも迷子にならないためか。アルラの服の端をちょこんと摘まんでいたラミルがあちこち見まわしながら言ってきた。
「この建物なら仕事を紹介してくれるお店があってもおかしくなさそうですね」
「あー。けど俺たちってこの国で働けるのかね。よくよく考えたら戸籍も国籍も無いわけだろ?不法滞在者ってことにならないか?」
「よくわかりませんけど、引っかかってたらそもそも入国の時点で止められるんじゃないですか?」
なるほど、確かにそれもそうだと首を傾げる。
エスカレーターで登った先の、様々な種類のショップが立ち並ぶモールのような空間に出た。金がないので何も買うことはできないが、アルラたちでも店を見て回る権利くらいはあるだろう。歩きながら、ラミルがどこかの案内板から無料のパンフレットを引っこ抜いてきた。
「モール内の求人情報も載ってますねこれ」
「なら日雇いのバイトでも探してみるか?引越しの手伝いとか荷物運びくらいなら俺達でもできるだろうし」
「アルラさん重機系または建設機械運転の免許って持ってます?」
「あるわけねーだろバカ」
どうやらアルラが提示したような仕事はなかったようだ。手作業で運搬すればいいだけなのに一々『○○免許取得者に限る』とか資格を要求してくるバイトは滅びてしまえと心の中で毒づいて、この国に入ってから何度目かもわからないため息が漏れる。
こんなことなら飛行船の一件、バイト代としてある程度の金額を受け取っておけばよかった。
社会人時代(前世)もある程度貧乏だったが、流石にここまでひどくは無かったなと懐かしい記憶の片隅が蘇るのも無理はない。ふと気が付いて周囲の景色に着目すると、どうやら下の階から上の階まで覗き込める巨大な楕円形の吹き抜けがあるスペースに辿り着く。楕円の円周上が通路になっていて、その外側にまた蜘蛛の巣のように張り巡らされた小さな通路があり、巣の空白部分をショップが埋める形になっているらしい。
しばらく歩いたせいで疲労もそこそこ溜まっていたので、吹き抜けのそばのベンチに腰かける。
後方の吹き抜けの壁際に設置された巨大なモニターが、ニュースの合間に『季節の食べ物、秋の味覚編!』と大音量を鳴らしていた。よくよく見れば壁には紅葉の紙細工が、天井からはそれっぽい食べ物たちのオブジェが吊り下げられている。上の階層目的で訪れた客をあれこれで釣って下の階の食品売り場まで誘導する作戦だろうか、こちらとしては胃に悪いだけなのでさっさと視線を切ってしまう。
隣のラミルのパンフレットを横から覗き込みながら、アルラがまたため息交じりに言った。
「もっと手軽に稼ぐ手段はないモノかね...」
「......アルラさんの臓器を売って、異能で元通りに再生し続ければ......?」
「怖ぇーよラミルお前いつもそんなこと考えてんのか!?俺の異能だってそこまで万能じゃないっつーの!ってかそんなのお前の『コピー』で増やしまくればいいだろお!!」
「『世界編集』のどのような方法であれ、私の『世界編集』で生成したものは一定時間後に消えてしまうんですよ。だから食べ物を増やし続けたりお金を偽装したりは出来ません!」
そりゃそうだ。そんなことができるのならば、最初からこんな風に頭を痛めて悩む必要はないのだから(アルラはともかくラミルがやろうとするかどうかは別として)。
八方塞がりである。
いや、倍の十六方くらいは塞がってるかもしれない。
着の身着のままで訪れたため売れるものも無い。
こうなったら服をブラシ代わりに路上で靴磨きでも始めてやろうかと軽い覚悟を決めた、その時だ。
「あ」
「どうかしたか?」
「パンフレットのここのところに」
ラミルが、持っていたパンフレットを膝の上に広げて一点を指差した。
そこはどうやらモールの一番上の階のようだ。横文字もごちゃごちゃした店名のショップの一番奥で、赤い十字架マークのエリアがある。隣の説明欄を黙読する前に、ラミルが読み上げた。
「どうやらここで献血ができるみたいです」
「献血?んなことしたって腹の足しになるどころか体の一部抜かれてるじゃねーか。ボランティアはいいけど今は自分たち生かすだけでも精一杯...」
「どうやら提供した血液の量に応じてモール内の飲食店で使える無料クーポンがもらえるらしいですよ」
「人ってどんくらい血液失ったら死ぬんだっけ?三分の一?四分の一?取れる分だけ取ってもらおう」
「掌返し早いですね!でも血が足りなくなったらいざという時の怪我が深刻になりますよ、特にアルラさんはよくそういう目に合うんですから!」
「馬鹿野郎ラミルいつかの自分よりまずは今の自分!今生き残れなかったらいざという時なんてのはまず訪れないんだよ!」
一般人的なごく普通の認識のラミルに対し、異能で吐血や肉体の酷使が当たり前になってしまい、肉体は『消耗品』と考えるようになったアルラ。二人の自身の肉体に対する認識の違いが大きすぎる。
あっという間に火が付いたアルラは、ラミルでは止められなかった。
アルラは横からラミルのパンフレットを掻っ攫うように借りると、顎に手を当ててぶつぶつと思考し始める。
提示された血液量ともらえるクーポン、いくら渡せば何が食べられるのかという計算の最中に、青年の思考をまた違った考えが過ってく。
(...しばらくの間は、モールに籠るのもありかもな)
常に室温は快適に保たれ、トイレは使い放題。食べ物は定期的な献血で何とか賄えるだろう、洗濯も近くを探せば安いコインランドリーくらいはあるかもしれないし、何よりパンフによればモールは24時間通して開いている。シャワーを浴びることができないのは辛いが、これも周囲を散策すれば銭湯の一つや二つは見つかるかもしれない。
どうにか小銭を稼ぐことができるのなら、或いは...。
あれ?もしかしてここ楽園では?
「そうと決まれば早速向かうぞラミル!!今夜はハンバーガーとフライドポテトのセットだ!!」
「私に選択権は無いんですか!?」
言わなきゃよかったという彼女の思念は届かないようだ。
二人は吹き抜けのすぐそばのベルトコンベアみたいなエスカレーターを素通りして、少しだけ離れた位置のエレベーターへと向かう。内壁全体がモニターになって外の景色を映し込むハイテクエレベーターに乗り込みボタンを押して、献血ルームの存在する最上階へと直行する。
エレベーターの内壁が建物の外の景色を映し出している間、なんか隣で震えてた。
「(ううっ、献血、注射......ですよね、がくがくぶるぶる)」
真っ青な顔でナーバスになってる白銀美少女の声は彼女の威厳のために聞こえぬふりをして、ポーン、という電子音が到着を知らせた。両開きのドアの向こうへさっさと降りると、さっきまでの階層とあまり変わらない内装の空間が現れる。しかしどこか先ほどまでと『高級感』が違うのは、ここが最上階に位置するからだろうか。今回そっちに用はない。ってか恐らく未来永劫そっちに用は出来ない。
パンフレットの図に従っていけばいいだけなので迷うこともない。エレベーターから少し遠いだけで、道なりに進んでいくだけで辿り着けそうだった。
しかし。
再び歩き始めてから少しして、目的の献血ルームに辿り着く前に、だ。
そわそわとずっと落ち着かない様子だったラミルが立ち止まり、そしてアルラの服を引っ張って引き留めた。振り返ったアルラはラミルが自分とは別の方向に視線を向けているのに気付く。
「なんだよラミル、わかったよ注射が怖いんだな?俺一人で受けてくるからお前は待合室で...」
「違っ!怖いとかそうじゃ、違いますアルラさん、あれ...」
「ん」
ラミルが指差した方向に目線を移す。
壁や床まで黒と金色だらけの、一般人立ち入り厳禁と示しているようにすら思える、見るからに高級そうな洋服店がそこにはあった。どうやらあの店は値段ごとに売ってる商品が店内で区画分けされているらしく、入り口近くの一番安い区画でも一着五万、六万するようだ。
あまりにも現実的ではない金額を視認したせいか思わず眉間にしわが寄る。
洋服を欲しがってるのかと思ったが、そういうわけでもないらしかった。
意図せずして声が漏れる。
「......何やってんだ?あいつ...」




