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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
一章
149/268

ハローワールド



『明日の深夜2時40分頃、近海を震源地とする大規模な地震が予測されます。津波の発生も予想されますので、住民の皆様は予めの対策、又はお近くのシェルターへの避難を行ってください。繰り返します.....』


 どこか近くスピーカーからそんな感じのアナウンスが流れていた。

 立ち並ぶ無数の高層ビルの窓に反射した光が、もう季節的には秋だというのに、感じさせないほど明るくまぶしく照り付けてくる。

 スゥーっ、と。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 技術。研究。異世界から伝わりしそれら全て。

 魔法や呪術や錬金術とはまた違ったベクトルの『技』を普及させる国の名は『トウオウ』。

 道路、という概念そのものを懐かしく思い、しかしそれでいて過去の社畜時代の記憶がフラッシュバックしたのか、頭から灰を被ったかのような髪の青年は苦しそうにぼやいた。

 周囲の喧騒にかき消されかねないほど小さい声でも、隣を歩く少女はちゃんと聞いていた。


「なんかすげー物騒なこと言ってなかった?あのアナウンス」

「でぃざすたーふぉーきゃすと...略してDFアラートというらしいですよ。なんでもプレートにとある液体金属を大量に混ぜ込んだ上で特殊な電磁波を当て続けて、跳ね返ってきた電波の反応から予め災害を予測するシステム、らしいです。トウオウはプレート直前にまで達するほど深い穴を掘りぬく技術まで揃えているとかなんとか」

「うへー、なんてSF技術だよそりゃ」

「たくさんのプレートの境界上にある島国なので、こういう災害対策の技術は特に発展させなきゃいけなかったんですかね」


 入国時にもらったパンフレットを読みながら、青年の隣を歩くラミル・オー・メイゲルはそんな風に説明する。煌びやかな街の景色に目がときめいているのは、彼女が森の中で育ったTHE・田舎っ子だからだろう。新しいマンガを買ってもらったばかりの子供のようにパンフレットへと熱心な視線を向けていた。

 この国に踏み入るのは初めてのはずなのに、思った以上に驚愕が少ない者もいる。

 魔法主流のこの世界。科学や研究......技術と言った、いわゆる『テクノロジー』が少数派な世界において、しかしこの世界の住民ながらそれら『テクノロジー』を知る者。

 『異世界人』という人種がいる。

 元は異なる世界の住民だったものの、様々な理由によってこちらの世界へ定住してしまった者たちを指す言葉だった。

 例えば、世界の『歪み』に巻き込まれてしまった者。まるで神隠しのように元の世界からぱっといなくなり、気が付いたらこちらへ身を置いていたという人達。

 あるいは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だが、彼はそのどちらにも当てはまらない。

 ぼさぼさな灰色の髪は長年の洞窟暮らしで日光を完璧に遮られた影響なのか、はたまたその心に刻んだストレスの影響か。

 ある程度一般的な体格に見えるが、若干の筋肉質。これも恐らくは洞窟暮らしで十分な栄養が得られなかったことによるものだろう。

 こんなもの何処で手に入れたのか、だっさいTシャツと下にはジーンズ姿の青年。

 アルラ・ラーファ。

 この世界ので生まれ、現代日本レベルの科学を知る灰被りの青年は、懐かし気に僅かに視線を緩めていた。都会で毎日会社勤めの前世でも、一度ひとたび懐かしめば止まらない。

 しかしだ。

 話には聞いていてし、それになりの覚悟を持ったうえで入国したのに。


「...すごいな」


 思わず声が漏れてしまうほどに、かけ離れていた。

 あの技術が数年進めばこうなる...なんて話じゃない。そもそも二つを比べるに当たって、基盤が違いすぎる。

 ()()()()()()

 自分の知る『科学』と目の前に広がる『科学』を比較するには、自分の知る『科学』は弱すぎる。石炭とダイヤをおなじ元素記号Cだからと言って同一視することはできないように、ここに同じ『科学』でも比べるようのない圧倒的な差があった。二つの『科学』に生じた隙間が、容易にアルラから言葉を奪う。

 過去の職場の周囲の環境と重なる都会の景色も、改めて見直すとどうだ。

 街行く人々がスマホの代わりに覗いているのは、腕時計のような端末から立体化した映像だった。道路を走るソレは車のように見えても、よくよく観察してみると排気ガスが全くない上に恐ろしく静かだった。そのすぐ後ろを駆け抜けていったモーターサイクルのような二輪車、アルラの動体視力が捉えた限りでは、それは中へ10センチほど浮かんでいるように見えた。

 さりげなく、隣を通り過ぎた冴えない眼鏡のおっさんをチラ見する。

 どうやら眼鏡までもが電子化されて何かしらのデバイスの補助を受けているのか。透明のレンズの中で細かな文字らしきモノが羅列され、『本日のニュース』の内容を表示していた。

 むしろ半端に日本で『技術』を知る分、驚きはアルラのほうが大きかったのかもしれない。自分が今まで住んでいた『世界』とここにまさに存在する『世界』がどうしても結びつかず、置いてけぼりを喰らったような気分になっていた。

 ウェーブのかかった腰まで伸びる白銀髪、そしてマリンワンピースのラミル・オー・メイゲルは、自分が(見た目的な意味で)目立っていることにちっとも気付いていないらしい。景色と手元のパンフレットを視線が行ったり来たりしながら、そして景色の中で何かを見つけてパンフレットを読み上げた。


「一部、魔法も取り入れてるらしいです」


 とてもそんな風には思えない。

 スピーカーに車に眼鏡と、どこもかしこも電気で動いていそうなものだが、確かにそういうわけではないらしい。

 道の小脇に、電話ボックスくらいのサイズの透明な箱を見つける。ご丁寧なことに、アクリルには黒文字で使い方が印刷されていた。


「えっと、携帯の充電器、ですね」

「何々?こっちの端子に携帯を繋いで?ここに手を置いて魔力を通すと電力に変換される、か。なるほどなあ、魔工学も技術の内ってわけね」


 魔工学とは読んで字の如く、魔法を応用した工学技術のことである。儀式的な魔法の自動化によって技術物に特異性を付与することで二つのジャンルの融合を果たす。サイエンスとファンタジーの融合技術と言うわけだ。かつてアルラが見たモノの中では、水と煉瓦の町ニミセトの水路に設置された『セルキーロッド』がこれに該当する。あまり世界全体へ広く知られた技術ではないが、トウオウでは極めて当たり前のことらしい。

 しかし、残念なことにそもそも携帯を持っていなかった貧乏二人。代わりにアルラが取り出した『ウィア』を充電してみようかとも思ったが、直後に画面でバッテンマークを表示されてしまった。どうやら非対応らしい。

 説明だけ読んでハイテクをスルーし、しばらく歩いていると、なんだか今までよりもっと広いところへ出てきた。交差点の奥のビルの外壁に取り付けられた大きな液晶モニターの中で、ニュースキャスターが朝のニュースを伝えている最中だ。トウオウ国内で発生している暴徒事件について語り始めた。

 なんだか見覚えのある光景と、アルラは思う。


「......この辺は、なんだか懐かしいな」

「?」

「何でもないよ」


 アルラ・ラーファは当然、この国に訪れたことはない。それどころか、()()()()()()()()()()()()()()

 なのに『懐かしい』という言葉が出てきたのは、彼が懐かしんだのが景色そのものではなく、記憶に根付くこの『雰囲気』を指し示すからだろう。

 鏡面みたいなビルに映った自分の顔が、酷く悲し気に見えた。

 偶発的にこの世界に現れた『異界人』......ではない。かと言ってもちろん、人為的にこの世界へと引っ張りあげられ、一国の兵力として利用されてしまった哀れな『異界の勇者』()()()()

 一般どころか誰にも知られていない第三の分類があった。

 異界で生まれ育ち、死してこちらの世界でその記憶を取り戻した者。

 敢えて形容するならば、『転生者』とでもしておくか。天文学的な確率が絡むのか何かしらの複雑な条件が作用するのか、とにかく何がどうあって記憶が蘇ったのかは本人のアルラでもわからない。

 『ウィア』曰く、アルラ以外にそんな存在が観測された例はないらしい。

 そんな非常に稀有な誰かさんはドリンクどころかちょっとした軽食やおやつまで販売している液晶自販機のお釣り口に手を突っ込んで何をしているのかと言うと、


「見ろよラミル、100リスク硬化見っけた」

「やめて下さい恥ずかしい!!ほら見てください通り過ぎ様にくすくす笑われてますよ、これじゃ田舎者丸出しです!」

「実際そうじゃん?ってかこんなのまだいいほうだよ。ホントに全く一切のお金が無いわけだから俺はなんでもするよ?河川敷のつくしだろうがパン屋の裏のごみ箱に袋で捨てられたパンの耳だろうがなんでも食べたやりますよ?だってそうでもしないと生きてけないじゃねえかこちとら無一文だぜ」

「人としての尊厳の話をしましょう?」

「食べられないならいらないでーす」


 平気に見えて心の中ではがっつり傷ついているアルラ。前世の記憶がある分『人間らしい暮らし』が出来ないことは相当に効くらしい。

 その後もふらりと立ち寄った携帯ショップで驚愕のお値段に泡吐きそうになったり、木箱の上に空き缶みたいな銀色の何かを並べていた怪しげな老婆に目をつけられたりと色々あって一時間ほど経った頃。

 当てもなくぐるぐる彷徨っていたら、なんだかおしゃれな建物ばかりの所へ来てしまった。今まで白、黒、グレー、ときどき半透明ばかりだった景色が一変してピンクとか水色とかの蛍光色が溢れている。

 ここはどのへんだろう?とラミルのパンフを借りて調べてみると、どうやら近くには大きな駅があるらしい。そして最悪なことに、この付近はその駅を利用する人達にターゲットを絞った飲食店の立ち並ぶエリアが完成されていて、パンフにも『絶対必見!ここに来たなら必ず入るべき飲食店!」なんてコーナーが組まれていた。一緒に転載されていた料理の写真は目の毒なだけなのでさっと視線を逸らす。

 アルラの額を雫が滑り落ちる。

 非常にまずい。

 こんな右からも左からも素敵な香りの漂う場所に居ては、己の空腹感に抗えなくなってしまう。腹の中の腹ペコ魔神が暴れだす前にこんな場所からおさらばしなくては、どんな行動に出るか自分でもわかったもんじゃない。

 今から引き返そうにも、なんやかんやで気付いたら半分くらいまで進んでしまっていた。いっそのこと気付かなかったほうが幸せだったというのに、意識してしまった今となっては止められない。

 大丈夫、心を無にして歩けばなんとかなる。

 人間、信じれば不可能なんてないはずだ。


「......アルラさん」

「大丈夫だラミル。鼻だ、鼻をこう指で摘まんで塞ぐんだ。それが嫌なら口呼吸すればいい、とにかく嗅覚を遮断しないとやられる」


 アルラとラミル、気分は地雷原を横断しようとする歩兵である。

 一歩でも踏み抜けば色々と助からない。主に食欲の暴走的な意味合いで。っていうか科学や技術で当然『衣食住』の食も発展してるであろう国のフードエリアに無一文を叩き込むのは反則じゃないか?幸いなことに今はまだ午前中、ランチ前に開いている店はそれほど多くないし、しっかり対策していればどうにか突破できるはずだ。

 なんてことを考えていると、一番近くの店のドアが開いて中から若い女性の二人組が現れた。『ここのカレーはがっつり食べたい時にぴったりだよね!ルーにしみ込んだ野菜の甘味と大きめのお肉が絶妙にマッチしてて!いくらでも食べれちゃうよね!』なんて話してやがった。

 アルラとラミル、共に被弾である。


「............アルラさん」

「言うな。言葉に出すともっとしんどくなる。大丈夫、大丈夫よ。音楽でも口ずさんで聴覚を遮断すればこんなことはもう二度と起こらないさ」


 残機はもう残り少ない。

 しかし嗅覚に加えて聴覚まで遮断(アルラはパンフレットに意識を集中させ、ラミルは両手で耳を抑えている)した二人にもはや死角はない。地雷原だろうがサメでいっぱいの海だろうが、足を付けずにヘリで空中を移動してしまえばそこらの平原と何も変わらないのだ!

 そんなアルラのおごりは一瞬にして打ち砕かれることとなる。

 殆ど不意打ちにも等しいタイミングでだ。

 ぐぐうぅ~~、という重音が漏れた。

 どこからかだって?

 隣の少女の腹の中から。

 いきなり正面に現れた電子公告板のクリームマシマシケーキが全て悪い。顔を真っ赤に染め上げた白銀髪の少女は、反射的にお腹を抑えてしまっていた。これが逆に、『この音はここで鳴りました』という証明になってしまって逃げ道を失っていることには気付かなかったようだ。

 一人が陥落してしまえば、もう一人も芋づる式である。

 取り敢えず全てを諦めた灰被りの恐ろしく雑なフォローはどうやら逆効果だった。


「とりあえず公園でも探すか。水道があれば飲み放題」

「水道水でお腹は膨れませんが!?」



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