様々に、始まってゆく
『傷口の蛆虫』が引き起こした、巨大飛行船タイタンホエール号における大規模テロ事件は遂に収束した。一連の事件を主導した寿ヶ原小隈は大和ら『箱庭』の面々によって捕らえられ、今のところは一応の鎮静が為されているようだ。
大量の怪我人が担ぎ込まれ、てんやわんやの医療機関がやけに騒がしかった。
船内アナウンスにてテロリスト制圧の知らせを受けた人々が集まり、自分たちの無事を喜び合っているらしかった。本来静寂が似合う医療機関ではあるが、一度こういう空気が広がってしまえばあっという間だ。お祭りムードに近いこの空気はあっという間に人から人へと伝染していって広がったのか、既に『落ち着いて自室へお戻りください』のアナウンスだけでは鎮静できないほどの騒ぎになってしまっているようだった。さながらどこぞのお国の大都会に置けるハロウィンパーティーである。流石に院内設備を調子に乗ってぶっ壊してしまうような輩までは出ていないようだが。
そんな中であって、どんより重たい空気を纏わせる者が中には居ることも確かだった。
例えば、
「......ちょっとした、本当にちょっとした休暇のつもりで乗り込んだんだけどなあ.........」
がやがやわいわいという、人々の声を聞きながら、だ。
全身包帯尽くめのミイラ男椎滝大和は、深い深いため息をついて一人医療機関の廊下を歩いていた。何処へ向かっているのかというと『箱庭』名義で借りた自室ではない。というか自室はメタリックシルバーの兵装との戦闘時に完璧に破壊されているので、プライバシーもへったくれもない広々空間へと変貌を遂げてしまっている。
あの後緊急手術を受けてそのままベッドへ担ぎ込まれたのだが、目を覚ましてすぐに尿意を感じてしまったのが全て悪かった。動けることを示してしまったのはまずかったせいか医者共は『そんだけ動けるならまあ問題は無いな!』的な判断でさっさと大和をベッドから退けてしまい、放り出された大和はいく当てもなくふらふら施設を彷徨っていたというわけだ。向こうも向こうで怪我人に対してベッドの数が足りていないらしく仕方ないは仕方ないと思うが、それにしてもこの扱いは酷いと思う。こちとら決死の覚悟でテロリストに立ち向かっていった今回のMVPサマなのに。
「褒められたくてやったことじゃないけどさ、そりゃあ......」
ぶつくさ言いながらふらふらと若干重めの足取りで施設内を彷徨っていると、ふと病室で会話を交わす親子らしき姿が目に映る。ベッドに寝かされた少女が父親らしき人物と笑顔で会話を交わすという、本当にそれだけの光景が酷く愛おしく感じられたのは、それ以前のどす黒い雰囲気が嫌に記憶に残ってしまっているからだろう。
仮に、『彼ら』の手助けなくして、あの子の笑顔を見ることができただろうか。そこまでイメージして、大和はそれ以上踏み込むのを辞める。悪い妄想が加速する前に妄想の外に出る。
これが地上の施設で発生した事件ならばまだマシだったかもしれない。着陸まで一切逃げることができないという閉鎖状態の中で彼らが感じた不安や恐怖は、まだ『ことの発端を知っていた』大和らとは比べ物にならなかったはずだ。
ゴールの見えないマラソンを走り続けろと言われたようなものだ。具体的に『どうすれば安全』というラインが見えないというのは、それだけで恐ろしい。
わからないというのは、何よりも恐ろしい。
形としてそこにある明確な恐怖よりも、だ。
「......俺が守った...って言っていいのかな。これは」
一人で成し遂げたわけじゃないのは重々承知。しかし全くの無関係かと聞かれても答えはNO。故に、成し遂げた異形が誇り高い反面、一人では何もできなかったという無力感の板挟みの中にいた大和は足早にその病室の前を去ることしか出来ない。
やがてたどり着いたのは医療施設の内部に組み込まれた、入院患者専用の食事スペースだ。広さはちょっとした小学校の体育館と同じかほんの少し小さいくらい。同じ施設内なので壁から床まで白一色なのは相変わらずだが、廊下や病室とはまた違った賑わいがそこにあるのは仲間たちと食事を囲むことができるからだろう。
どうやら患者であれば無料でいくらでも注文可能なシステムらしく、人の多さもあってか注文が止むこともなくおばちゃん従業員が慌ただしく動き回っていた。
せっかくだから自分も何か注文しようとメニューを探し、その直後だ。
大和の視界に異様な光景が飛び込んできた。
料理が厨房から出てくる受け取り口に最も近いテーブルだった。これでもかという程に積みあがった皿のタワーがそこにあったのだ。ところどころソースや肉汁が付着していることから、それは皿の上の料理を食い尽くされた後の残骸だということが一目で見て取れる。皿という物体自体は全く珍しくもないが、あそこまでの数が集まってしまうとこうも悪目立ちするものなのかと、小さく感心してしまう程だ。一つだけだと何てことない六角形も集まって蜂の巣みたいな形を形成するとちょっと気持ち悪いのと同じ理屈かもしれない。
そして、現在進行形で伸ばし続けている彼も、こちらに気づいたようだった。思わず声を漏らす大和に対して、もはや何の動物のものかもわからない得体の知れない肉を頬張りながら、彼はこちらへ視線を動かした。
「......おう」
医療施設の食堂だというのに問答無用で皿を積み上げているアルラ・ラーファであった。
ちなみに彼の隣の席でちょこんとうずくまるような姿勢の少女は周囲から向けられる視線を気にしているらしい。ほんのり顔が赤いラミル・オー・メイゲルに会釈で返され、やることも行く当てもない大和はとりあえず二人の正面の座席に腰掛ける。
彼らもまた今回の『関係者』だ。
......そういえば。
何となくでつい座っちゃったけど、よく考えたら話題が無くないか?
まずい、と額に汗を浮かべた時には時すでに遅しである。ある一定の時間沈黙が保たれてしまった以上、ここから話題を切り込むのはとってもとっても難しい。この場の雰囲気、敢えて一言で形容するなら『共通の話題を持たない知り合い以上友達未満の関係』であった。
何をどう話そうともやもやしているうちに、だ。
やがて沈黙に耐えられなくなったのか、アルラの隣でおろおろしていた白銀髪の少女ラミルが話題を振ってきてくれた。
「えっと、怪我はもういいんですか?あの時は随分な重症に見えましたけど」
「え、ああ。ティファイを保護してもらったおかげで『毒炉の実』の血清が作れたらしくて、全身の怪我も思っていたよりは軽かったみたいで」
「そりゃなにより。ところでお前今いくら持ってる?濃い口ばかりで味の付いた飲み物が欲しくなったんだがここはジュース類有料らしくてなあ。ぶっちゃけコーラとか飲みたい」
こいつ開口一番いきなりたかってきやがった。命の恩人にこういうのもなんだが神経がずぶとすぎやしないか?
思わずそう口に出さなかったのはまだ理性が残っていたからだろう。
そういえば、彼もここで食事をとっているということは、同じように事件後ここで治療を受けたのか。
その割には包帯どころか絆創膏の一つも見えないが......?
「......あんたも結構な重症じゃなかったっけ?背中の火傷とか」
「『神花之心』、代価さえあれば、俺は異能で傷を癒せるのさ。言わなかったっけ?」
言われてみれば、あのごたごたの中でそんなことを聞いたような気がしなくもない。実際に戦っている最中にも彼の驚異的な回復力は何度も目にしていた。
視線で察したのか、アルラは口元をティッシュで拭いながら、
「俺の異能は怪我を治せるが質量保存の法則まで覆せるわけじゃない。失った分を脂肪やらあちこちの栄養分で補ってるらしくてな、とにかく怪我したときは食べて食べてエネルギー補給しないといけないんだよ」
あれだけ食べてやっと満足したのかアルラは、ナイフとフォークをやっと皿の上に置く。
「軽く見積もっても10人前はあった料理が体のどこに収まるんですか...?質量保存の法則なんてばっちり無視してると思いますけど......」
「食ったそばからエネルギーに変換してるんじゃね?自分でももうよくわからん」
適当な調子で話すと、灰被りは試しに指先に淡い光を灯して見せる。おもむろに手に取ったナイフで光の灯る人差し指を傷つけると、みるみるうちに赤いラインが塞がっていった。
便利な異能だなと、素直に思う。
自分も自分で『万有引力』の異能を身に宿す咎人(?)だが、万能度というか、応用力というか、とにかくそういう『あらゆる場面に対応する力』では他の咎人より一歩劣ってしまう。せめて『縦方向にしか移動できない』という縛りを全く別の効果に応用出来れば話は変わるのだが。この辺は異能自体のポテンシャルか咎人自身の発想によるらしい。少なくとも、かつての持ち主はもっと上手く使いこなしていたと、寿ヶ原はそう話していた。
食事が終わり、やっと積み上げられていた皿が全て厨房へ下げられる。皿洗い担当の研修生が鬼人の如き表情でアルラを睨みつけていたのだが、彼はどうやら気付かなかったようだ。
話題が消えて、それからしばらくの沈黙の後に、だ。
「船体下部の爆弾は、トウオウの犬がきちんと処理したらしい」
アルラが、独特な形の電子機器を操作しながらそんな話を切り出した。
手元でちかちか画面を瞬かせる円形のタブレットが示す文字列に目を通し、僅かに目を細めているようだ。大和が思うようなこととは別として、アルラにはアルラが思うことがあるのかもしれない。
「あれ、ヤマトさん。怪我の方はもう大丈夫なんすか?」
独特の言い回しのある声だった。
とてとてと駆け寄ってきた少女はアルラやシズクともまた違った、どちらかというと人懐っこい雰囲気を醸す、正真正銘の『怪物』だ。
キマイラ。
黄土色のショートボブに、首からはネックレスのような恰好で紐通した携帯型スタンガンをぶら下げた少女(ただし巨乳)である。最初からアルラたちと待ち合わせでもしていたのか、するりとアルラの隣に椅子を下ろして座ると、リュックサックから書類の束らしきものを纏めたクリアファイルを取り出した。
ぽかんとあっけにとられる大和は置いてけぼりに、アルラは渡されたクリアファイルの中身をよく目を凝らして確認しているようだ。
少し間をおいて、はっとなって問いかける。
「キマイラ、今まで何を...?」
「ん、ちょっと事後処理というかなんというか。情報の裏付けを確認しにってところっす」
「裏、付け?」
「俺が頼んだんだ。どうやら奴らはただただ国家を破壊したいってだけの愉快犯じゃあなかったみたいだしな」
吐き捨てるように彼は言った。
そしてキマイラが端末の小さな画面をテーブルに広げ、大和に見えるようにして提示する。
画像として表示されていたのは地図...だろうか。青く塗りつぶされている場所は恐らく海、肌色交じりの黄色で表されている陸には、ところどころ赤の蛍光でマークが付けてある。インクの光沢がまだ新しいことから、これはキマイラが自分でつけた印だろう。
「トウオウの港の地図っすね。印がついてる建物は火力、原子力、そして今トウオウでは話題のマターと呼ばれる新物質と、とにかく全部が全部この辺一帯の電力を賄ってる発電所っす」
「発電所、ですか?」
「核は冷却水の供給、火力発電は燃料を外から輸入する地理的な関係で。マターってのはまあお二人に説明してもわかりそうにないっすから説明しません。問題なのは、これらの施設が全部飛行船爆破による残骸の『射程範囲内』ってことっす。万が一、汚染された残骸がこれら施設に降り注いでいたら、ってことなんすけど」
「汚染された残骸はもちろん、漏れ出た燃料やら放射線で街は壊滅だな」
「さてここで質問っすけど、無事計画を終えて脱出したテロリストたち本人はこの場合どうなると思います?汚染残骸が降り注ぐ関係上、船を使って海を行くルートは使えない。となるとヘリでも飛行機でも使った空のルートだけど、すると必ず一度自分たちで破壊した街に降り立つ必要がありますよね?」
「......そんなことしたら、巻き込まれる。天に唾を吐くなんてレベルじゃない、成功したって自分で壊した設備の被曝にやられて結局死んじまうじゃないか!!」
「ってことはアルラさん、これって...?」
「知らず知らずのうちに誘導されてたんだよ。テロリスト組織自体がな」
彼らが何を言いたいのか、大和はわからなかった。
黒々とした端末をポケットにしまい込み、代表するように今一度アルラが告げる。
「一連の事件を、裏で操っていた奴がいる。コトブキガハラとかいう女の思想抜きにしてな」
思考が、致命的なエラーに苛まれた。
プログラムがバグに食い潰されるように、たった一言が一瞬で大和の脳みその機能を停止まで追い込む。一定のリズムを繰り返していたはずの鼓動はあっという間に乱れてしまっていた。眼球が慌ただしく震えて、ひやりと氷みたいに冷たい汗が頬を滑り落ちた。
これは、どういうことだ。
一連の事件を主導していたのは寿ヶ原小隈だった。彼女はその経歴から来る私怨のためトウオウの港を襲撃し、それを皮切りにトウオウ国内へと戦火を広めようとしていた。そこには、計画には彼女以外の意思は無かったはずだ。彼女の本気の『思い』を聞いた身として、そこに寿ヶ原小隈以外の誰かの介入があったとはとても思えない。
何処かで、ズレが生じているのか。今まで真実だと信じてきた真相が、音もなく崩れていく。沈んでいってやっと海底だと思ったのに、よくよく見れば海底には裂け目があって、その奥に更なる深淵を見つけたような。
この事件には。今までより、もっと深くて暗くて怖い場所がある。
奥歯をぎちぎちと鳴らして、拳を何よりも固く握りしめる。『深いところ』の奥でこちらを覗く誰かに対して、言葉にならない感情が爆発する。
寿ヶ原小隈の感情までも、利用して。
そんな真の『悪役』に対する紛れもない『憎悪』が噴き出そうとして。
その時だった。
「そのことなら心配する必要はありませんよ」
後ろからの声に、思わず振り返る。
薄い青味が掛かった毛髪に口元の牙、どこか穏やかな印象を与える糸目の少年が松葉杖を両手に立っている。彼もまた『当事者』だ。最初にティファイを保護し、敵の魔手から守りぬいた上で、大和とシズクにバトンタッチしていった『箱庭』だった。
「...ホード」
「お久しぶり...でもありませんね。随分と眠ってた気がします」
初対面のアルラとラミルは『誰?』と顔をしかめていたが、構わずホードは大和の隣の席に腰を下ろす。まだ傷がどこか痛むのか、一連の動作の中のあちこちに硬直や体への配慮が混じっていたことに気付いたのはアルラだけだ。軽い紹介を終えた後に、ホードは今までの会話の核心を突く話を振ってきた。
「一連の事件を裏で操っていたローサ・テレントロイアス...つまり今回の依頼主は向こうに残っていた我々の仲間が処理したと、今さっき連絡が入りましたから」
「ろ、ろーさ・てれんとろ......?」
「ローサ・テレントロイアス。って、トウオウの最高権力者八名の一人じゃないっすか!!なんでそんなビッグネームが!?」
がたん!とテーブルが大きく揺れる。
思わず大声をあげて立ち上がってしまったキマイラに周囲からの視線が殺到し、それを受けてキマイラもまた静かに座席へと座りなおす。
少しの時間を置いて周囲から来る視線が切れた後に、だ。
「奴は主に外交関係を取り仕切る『役割』だった。そして国家間の摩擦を避ける目的で、他の権力者たちより大きな戦力を与えられていたのも彼女です。トウオウの窓口、その立場上常に暗殺のリスクがあったわけですね」
「なるほどな。今回派遣されてきた『ジャッカル』とかいう連中もテロリストも、枝をたどれば結局そいつに辿り着くってわけだ」
「結局何がやりたかったんすかね。『箱庭』を潰す、トウオウの港一帯に汚染された飛行船を叩き落す...どっちも外交担当の権力者にメリットがあるとは思えないんすけど」
「大方国家転覆なんて危険思想に憑りつかれでもしたんじゃないか?」
「いえ、もっと簡単な話です。ローサ・テレントロイアスは国内で徐々に膨張しつつある未来の有害因子と、古来から国に居座っていた我々『箱庭』を排除したい......これらの願望を一度に満たしてしまおうとしたわけです。どちらも先の読めないイレギュラー、後々の自分の計画に綻びが生じては困る。だったら二つをぶつけて同時に壊してしまえばいい、と」
寿ヶ原小隈の思想が生じた原因は、かつて大和が生んでしまった悲劇の中にこそあった。それが長い時間をかけて雪だるま式に増幅した結果、火山の噴火のように溢れて、彼女は計画を練り上げてそれを実行に移した。
人の憎悪を横から介入して利用しようとする者がいた。
身から出た錆だと、憎悪を一身に背負う覚悟を決めた者がいた。
以来の中で偶然見つけた命を何としてでも救おうとする者がいた。
そんな部下を信じて闘争を任せた者がいた。
......ただの偶然で巻き込まれながらも、結果として真相に最も深く関わった者もいた。
イレギュラーとイレギュラーの戦いの中へ、ぱっと出のイレギュラーが介入した。結果、誰も予測がつかなくなって、最終的には大和たち『箱庭』にいいように転んだというのが現実だ。誰がどんな議論を繰り広げたところで、タイムマシンでもない限り、この結果は永遠に覆らないだろう。例え書類上の報告と言う形だけなら捻じ曲げることができたとしても、実際にこの場で全てに関わる者の記憶は、一生をかけて守り続けられる。
これは、そういう『戦い』だった。
「何はともあれ、事件は終わったんだよな」
自分ではYESと言い切れなかったから大和は確認を取りたがったのかもしれない。
質問に対して、明確にYESと答える者はいなかった。
ホードもキマイラもアルラもラミルも、みんな同じだ。答えなんてわからなかった。自分たちが表層で戦っているのとは別に、深層で蠢く影を覗いた。それで、その深層も取り除かれたというのなら、だったら。
「少なくとも、俺たちの戦いは終わった」
白黒螺旋のミサンガをぎゅっと握りしめ、彼はそう結論付ける。
事実はこうだった。ただ失われていくだけだった幼い命は未来へと紡がれて、何千何万というどこにである命は救われた。世界のどこかで生じた悪意は、世界のどこかで生じた善意によって駆逐される。ここにいる誰もが願った共通項は、『救済』だった。
だったら、もうそれだけでいい。
これ以上余計な意見を押し広げる必要もないだろう。
そんな空気が出来上がると、自然に彼らの表情も緩んでいく。
「ま、IFをいくら考えたって仕方ないっすね」
「ですね」
「とりあえず俺も腹減ってたんだった、働きっぱなしの食堂のおばちゃんには悪いかもだけど何か頼んでこようかな」
「肉がお勧めだぞ肉が」
「アルラさんまだ食べるんですか?流石にその胃袋どうなってるのか気になってくるんですけど...」
「いいかラミル。まず俺たちはこの先どうなるかもわからない身なんだ、今日からは食べられる内に食べといたほうがいいぞ。なんせ財布の中身だけじゃ自販機でジュースの一本買うことすらままならないんだからな!トウオウに着いてまずやることは寝床探しと食料調達だな」
「だっ大都会のコンクリートジャングルでいきなりサバイバル生活とか聞いてません...っ!」
しばらく時間が過ぎた後にだった。
トウオウの誇る巨大飛行船タイタンホエール号は無事着陸、乗員乗客は皆トウオウの大地へ降り立ち、シズク・ペンドルゴンもまたそのうちの一人だった。
たった一人で、核エネルギーを利用した発電炉の役割を丸々担い続けた魔法使いだった。自家生産したエネルギーを、魔法を以て操り、飛行船全体へと余すことなく供給し続けることなど、他の誰にだってできやしない。第一、放射線に被曝される可能性がすぐ隣にあるというのに、それでも涼しい顔で作業を続けられる彼女の異常性はもはや言葉で表すことも無理な話だろう。
隣では、入国の手続きの面倒な作業にやられたのか、新入りがげんなりした表情で呻いている。
「へー、でも私も会ってみたかったわ。そのなんちゃらって助っ人」
「アルラだよ。アルラ・ラーファ、ものスゲー強かったなあ、
「僕にはヤマトさんとあの人がとても似てるように見えましたよ。口調とか動き方とか」
話題の助っ人の姿はどこにもなかった。
結局、あの食堂で別れた後は一度も姿を見かけなかったからだ。お礼もしたかったし、一度つながった関係なので余り手放したくはなかったが仕方がない。縁があればまた会えるはずだと、淡い期待を胸にトウオウ国内へと足を踏み入れる。
久しぶりという感覚はどこもおかしくない。
今までにはない灰色の景色がそこには広がっていて、立ち並ぶ無数の建造物に大和は涙まで覚えそうになる。
慣れた様子のシズクはと言うと、何気ない調子で自分の荷物を引いていた。
「.........本当に、持ってきたんだな。それ」
「関係者として、ヤマトは見過ごしても良かったの?」
「そういうわけじゃないけどさ、もっと然るべき場所と言うか処置と言うか」
「実際に戦ったのは私たちなんだからこれくらいの我儘は聞いてもらわないと困るわ。ま、誰も意見できないだろうけどね」
シズク・ペンドルゴンは上司だ。彼女がAと言うならば、椎滝大和はそれに従う義務がある。だが、だからと言って、これはどうなのだろう。
助けるとは言った。
しかしそれはきっかけの話だ。進むべき方角の提示はしても、一緒に手を引いてエスコートまでしようとはしなかったのは、そのほうが本人のためになるからに他ならない。知らん顔の上司に何度も言ってやろうかと思ったが、残念ながらそんな度胸はなかったのは悲しい話だ。大和がタイタンホエール号から降りた時点で、最低でも10回以上はそんな葛藤を続けたには相応の理由がある。
彼女の手元には、乗船時にはなかった大きなキャスター付きのスーツケースがあったのだ。
どこで調達してきたかもわからない分厚い黒光沢の鞄に向かってだった。
まるで魔女のような笑みを浮かべて、『怪物』は囁いた。
「暴れた分たっぷり働いてもらうわよ?主導者ちゃん」
沢山の誤字報告をいただきました
ありがとうございます




