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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
147/268

チェックメイト



 無機質なビル群が立ち並ぶ、どこにでもあるように見えてここにしかない景色があった。

 魔法やら呪術やら錬金術やら......とにかく人知を超えた

 そもそもの話、この騒動を最初に構想し、実行に移したのは誰だったか。

 技術の国トウオウ。『国色使徒カラーパレット』と呼ばれる八名の権力者の内の、主に他国との取引や輸出入関係を指揮する立場にある『赤色』の女性。

 そんな堅苦しい肩書を持つ立場にあるとは思えないほどに異質、踊り子が着るような真っ赤なドレスに身を包んだローサ・テレントロイアスはデスクの前でゆったりと息を吐いていた。


此度こたびの野望は潰えた....か」


 ぎしっ、と椅子が揺れる。

 赤の女の声色に、悲観の感情は無い。

 それどころか映画のストーリーの行く末を楽しむ大人のように目を細め、ローサ・テレントロイアスはデスク上のタブレットPCの画面を眺めていた。

 映し出されていたのはカメラの中継映像だ。効率性を重視してか一つの画面の中で十数以上に切り分けられ、タブレットの狭い画面の中へ押し込められた中継映像の中には、恐らくは遠く遠く離れたどこか...まるで高級ホテルのような煌びやかな内装の廊下が映し出されているものもある。しかしその隣の画面は薄暗い灰色の配電室のような空間だったりと、まるで一つの町全体に敷き詰めたカメラを一斉に眺めているようだった。

 しかし、これらの映像は全て一つの人口構造物から現在進行形で送られてきているものだ。

 決して、街中に敷き詰めたカメラのモノではない。

 トウオウ国が誇る超巨大飛行船タイタンホエール号。

 核エンジンやら人口重力歪曲装置。バードストライクどころかどこぞの戦闘ヘリが最高速度で突っ込んできてもびくともしない装甲などなど、トウオウ国の誇るありとあらゆる技術が詰め込まれた船は現在無事にトウオウへと移動中であった。


「......それにしても例の爆弾。内部からとはいえ、あの装甲に傷をつけるだなんて。一個人が所有する兵器にしてはやけに恐ろしい性能ではなかった?」

「我々の知りえない、異界由来の技術の応用でしょう。もともとあのテロリストたちはそういった流れ者たちの集まりでしたので」


 横から口を挟んだ秘書の言葉に、『ふ~ん』といまいち納得したのかしてないのかわからない声を上げる。

 唇を尖らせて、彼女は画面内にひしめく映像のタブの一つをクリックして拡大表示する。一般人では、真の平和を教授するだけの生活を送る者には決して理解不可能であろう機会群。具体的には、最下層も最下層、粉々になってしまった核エンジン付近のカメラを、だ。

 にやりと笑うと、頬杖を付いて彼女は。


「おさらいしましょう。振り返ることは大切よ、特に次につなげるためにはね」


 そういうと、彼女はキーボードに軽く触れてカメラの中継映像を消してしまう。

 終わってしまった今となっては必要ないと判断したのだろう。適当にタブレットを閉じると雑にデスクの端まで追いやった途端、部屋の端で置物のようにひっそり佇んでいた秘書の女性がそっと脇から書類の束をデスクに広げ、その内何枚かには明らかに国家が抱えるには不自然な個人情報の山まで潜んでいた。

 パラパラと紙束を指でめくりあげ、一つに目を止める。

 名前の項には『寿ヶ原小隈』という文字が綴られていた。これらの情報は彼女ことぶきがはらの知らない所で高価な情報財産として取引され、最終的に傍らに佇む秘書によって回収されていたことを寿ヶ原小隈は知らないはずだ。つまりローサ・テレントロイアスは最初から彼女がどのような人物かを知って居ながら易々と飛行船へ侵入させたことになる。

 しかしながら、彼女を罰することが出来る者などいない。

 それは彼女がトウオウ国のトップであるのと同時に、こういった『活動』を徹底的に秘匿しているのも理由の一つだった。


「発端はそう、私が...国が持て余してしまった二つの組織。これらをいっぺんに処理したいと考えたことだったかしら」


 黒幕の癖に随分と適当な調子で言いやがってるものだから、当事者がこの場に居合わせていたらぶん殴られてもしょうがない。もっとも、大和やシズクといった当人たちが『黒幕』の存在にどこまで気づいているかは未知数だが。


「『傷口の蛆虫(ダスターズ・エリニス)』は新型の爆弾...より正確に言うには高度別自立起動爆破装置、でしたっけ?それを使って着陸寸前のより領土に近い位置の空中で飛行船を爆破解体することによって、汚染された瓦礫による港の壊滅を狙った」


 おさらいは続く。

 ぺらりぺらりと次々めくりあげられていく書類の中に、ちょうど今さっき話題にあげた爆弾についての記述があったにも関わらず、それらを見過ごしてまた別の情報の群れに視線を傾ける。

 今度は『箱庭』についての記述だ。

 元々彼らはオープンで報酬さえあれば誰でも依頼可能な組織を掲げている関係上、流石に個人レベルとまではいかずとも組織全体としての情報はある程度提示されていた。故に情報収集は他より断然やりやすかったのだろう、長い歴史のある組織なだけあって、組織全体の活動記録だけで既に『傷口の蛆虫(ダスターズ・エリニス)』のページ数を上回ってしまっている。

 それだけ、膨大な情報を抱えた組織という裏付けだった。

 しかも、これだけあっても、きっと全体の10%にも満たないのだろう。

 ここだけピックアップするとこの秘書はとんでもない功績を上げているということでもある。

 思わず声に出てしまう程に。


「それにしても、貴方よくここまで集めたわねぇ。相手はあの『箱庭』だというのに」

僭越せんえつながらプロですからね」


 どこか自慢げな秘書はほっぽって、デスク上の書類を手に取ったローサは、秘書が集めた『箱庭』の情報の一部を退屈気に記憶へ納めていく。

 次に手に付けた書類から、恐らくは秘書が記したであろう。マーカーペンで強調された部分を再確認していく。


「まずは『依頼』という形で、『箱庭』の主戦力を二つに分ける必要があったのよね」

「団長と副団長...ゼノとシズク・ペンドルゴンの事ですね」

「飛行船に割かれる戦力が大きすぎてはそもそもの『傷口の蛆虫(ダスターズ・エリニス)』との対消滅は成り立たない。かと言って少なすぎては依頼組だけが壊滅してしまい、居残り組は後出しで戦力を固めてしまえる。調整はかなり面倒だったわね。『箱庭』のわかっているだけの戦力を分析した上で『傷口の蛆虫(ダスターズ・エリニス)』側に人員や兵器を提供したりして」

「一番苦労したのは私ですが」

「知らない」

「そうですか」

「重要なのはここからよ」


 そう、一度区切ると。


「確かに、『箱庭』と『傷口の蛆虫(ダスターズ・エリニス)』は衝突し、結果として『箱庭』は生き残った。()()()()()()の甲斐あって『傷口の蛆虫(ダスターズ・エリニス)』は大幅に勢力を増強したし、そのおかげで戦力だけなら世界最高峰の『箱庭』ともいいところまでやり合うことができた。結果は置いといて、ね」


 『傷口の蛆虫(ダスターズ・エリニス)』は『箱庭』の手によって壊滅した。巨大飛行船タイタンホエール号の表面に敷かれていた大量の爆弾も、今頃『ジャッカル』や国から派遣された回収班らによって取り除かれてる頃だろう。組織としても目的としても、彼女らテロリストたちの思想は完璧な形で踏み潰されたということになる。

 さて、ここで気になるのはもう片方。つまり抗争の末生き残った『箱庭』の現状となるのだが。

 

「当初の計画、限りなく両者の力関係を均一化させた上でぶつけ合い共倒れに持ち込むというのは失敗に終わりました。ぱっとでのテロリストとこの国に600年の歴史を持つ『箱庭』を均一化するなんて無茶があったということです」

「でもそれって裏を返せば、生き残った『箱庭』もほとんど瀕死、吐息に吹かれる風前の灯火ってことでしょう?」


 『箱庭』の主力。

 どんな魔法を扱い、どんな方法で戦うかすら曖昧なシズク・ペンドルゴンは今回の件で大いに消耗してくれたことだろう。同行していた海獣族の少年ははなから戦力になどならないわけだし、新入りに至っては瀕死の重傷という報告を受けている。()()()も、こちらで別に派遣した戦力と交戦に入ったまま行方知らずだ。

 つまり、『箱庭』を取り囲む城壁は限りなく薄いということになる。例え獰猛な人喰いライオンだろうが、牙と爪を取り除かれた上に関節まで固められれば流石にどうしようもないように。

 くすりと笑って、ローサ・テレントロイアスは。


「ならばすぐさま追撃を。如何に獣と言えど、牙を抜かれ爪を折られた状態では抗うことなど出来ません。ここでキレイにチェックメイトを決めて、私の一人勝ちを演出するのもまだまだ遅くはないでしょう?」


 蟻を踏み潰す子供のように冷酷で、しかし明らかな愉悦も含む語だった。

 躊躇はしない。勿論、情けもかけない。理由が無い。『箱庭』という最大最悪のイレギュラーが無くなることで喜ぶのは何も自分だけじゃない。彼らに嫉妬し、憎悪し、排除したいと考える輩だって少なくないだろう。今まで『箱庭』の最強のレッテルの裏に隠れていた日陰者たちは溢れかえる。

 それをまた利用して、今度は国自体を大きく変えることすら可能になったのだと。喜びで全身が打ち震えていた。

 ローサ・テレントロイアスは考える。

 第一志望とまではいかずとも、この結果でも十分だ。後は、勝手に消耗してくれた『箱庭』を上から踏みつけるだけでいいのだから。強力な力を持ちながらも手懐けることは絶対に出来ず、常にイレギュラーのポジションを保ち続ける厄介な集団。奴らが居なくなることで受けられる恩恵は計り知れない。むしろ、今まで『箱庭』が自由だった分、取りこぼした恩恵を拾い上げなくては。

 やっと自由に動き回れる時間がやってきた。

 もう狂わされる心配は無いのだから。

 懐に温めておいた『計画』はいくらでもある。国を治める者として発表するには禍々しい計画がずらりと、だ。裏の顔を自重する必要はもうどこにも無い。

 周りと同じように、これからは私も好きにやらせてもらう。

 そう、高笑いする直前のその時だった。


『さすがに、ワレワレを甘く見過ぎダよ』


 機械を通したような、合成音声じみた声があったのだ。

 硬直し、それから探し出す。

 声の発生源は()()()()()()()()()()


国色使徒カラーパレット、赤色のローサ・テレントロイアス。残念だがキミはここまでだ』


 がくがくと不自然な痙攣を発する、傍らの秘書が居た。

 全身の輪郭をどろどろと崩し、体のあちこちを高い粘性を持つ液体へと変貌させる『何か』が居た。まるで、最初から秘書の骨格は偽りだったと主張するような変化は進んでいく。骨格そのものから再形成されているのか、粘液の奥にはまた違ったシルエットが浮かび上がっているのだ。

 やがてそれらは一つの集合体として再結合を終え、真の形を取り戻す。


「そん、な」


 思い当たる節が今になって噴出する。

 秘書は、彼女は。不自然なほどに膨大な『箱庭』の情報を集めてきた。今までの仕事ぶりもあってか、それをさも当然のように受け入れてしまったことがそもそもの間違いだったのだと今更になって気付いた。

 だって、まず基準が違う。

 『箱庭』以外から10の情報を持ち出すのと、『箱庭』から10の情報を持ち出す功績は等価ではない。草野球チームのホームランボールとプロ野球選手のホームランボールの価値は違う。二つとも同じホームランボールなのに、だ。

 釣り合わない。

 普段と同じような仕事をするだけでは、ここまで彼女がやれるはずがなかった。箱庭以外で10ならば、箱庭ではせいぜい1に届くかどうかだという事実が抜け落ちていた。

 しかし、ここに一つ例外がある。

 『箱庭』であろうがなかろうが、情報など等しく持ち運べる立場。

 ()()()()()()()()()ば、所()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


『ダレだ、とは聞かないのだな』

「そんな、待って。あり得ないわ。貴方は、いや!!そんなことはどうでもいい。()()()()()()()()()()!?」

『哀れなキミのために敢えて答えよう。()()()()()


 絶句するしかなかった。

 むしろ、どんな言葉、どんな質問をこれ以上ぶつけるべきなのかを判断できなかった。

 あり得ないと、数秒遅れでやっと脳が回転し始める。

 言葉の示す通り本当に最初からだとするならば、『箱庭』の連中は常にこちらの動きを察知した上で動くことができたはずだ。本当にその通りなら、ここまで事件が大きくなる前に止めるに決まっている。わざわざ事件が大きく膨れ上がるのを待つ必要は無いはずだ。そんなことをして『箱庭』に利益があるとは思えない。


『いいや、この言い方では語弊があるか。入れ替わったのはごく最近だ。ただし、もっとずっと前からキミの秘書には「ワタシ」を植え付けて監視していたのだがね。他方の介入のせいもあり反応が遅れてしまった。いやはや、術式を見直す必要があると感じさせられたよ』


 ずぶずぶ、という。沼の奥まで足を踏み入れた時のような粘着質な音があった。

 完全に秘書の姿形を辞めたその男(?)が、片手の先を液体で覆って不気味な形を形成しているのだ。それらは自然に一つの形へ纏まると、もうその手の先はすらりと細長い、女性を思わせる形へと変貌を遂げていた。見覚えがある。形成された『手』の形は......否、形だけではない。僅かなシミや形の誤差までも完璧に再現されたその手は、間違いなく自身の秘書のモノだ。


『こうして各地で諜報活動に勤しみ、本部へ届けるのがワタシの仕事だ。キミの秘書という立場は悪くはなかった。今までの環境の中では上から五番目くらいには快適だったよ」

「ご苦労だったなヴェルイン」


 二つ目の声があった。

 どこか大人びながらも、芯には冷静さを伺わせる男の声。それでいて、まるで()()()を嘲笑うかのような。

 彼女は。

 ローサ・テレントロイアスは。

 その声の主をよーーーーーーく、知っている。

 きぃ、とノックもなく開く扉の奥に佇む者の姿が、事前に知った情報と重なった瞬間。最高権力者たるローサの部屋へ無断で押し入った不届き者の名が自然と口から洩れていた。


「『箱庭』の勇者、ニコン......?」

「よォーく調べてるじゃないか」


 男はくすくすと微笑を浮かべると、入り口の扉をローサが見やすいように押し開ける。

 常に優雅な立ち振る舞いを崩さなかった権力者は自身の乱れた姿をも忘れ、現実を拒むように叫ぶことしかできない。

 だって、こんなことはあってはならない。

 『箱庭』の異常性は最大限理解していたはずだ。その過剰極まる戦力だってちゃんと計算に入れて、入念な準備を進めたうえで実行に移された計画だった。実際に途中までは計画書に記されたとおりに事が進み、彼ら『箱庭』の居残り組も


「対咎人戦闘ヘリ30機、トウオウ式強化外骨格部隊!他にもまだあったはずよ、国から預かった戦力たち......私が派遣した戦力はどうしたというの!?」

「どうなったと思う?」

「アレは私が保有する中でも最も高純度な『力』を有していた!!いくら貴方たちとはいえ無傷なんてありえない。あるわけがない!!」

「オレがここに立ってるってことが答え合わせだよ」


 極めつけは、直後の言葉だった。

 その言葉が、彼女から立っているだけの力をも抜き取ってしまった。


「オレたちが、この国に600年の歴史を持つ『箱庭』が。この程度でくたばるとでも?」


 これが『箱庭』。

 この国家の誕生とほぼ同時期に生まれ、その後一度として思想潰えることなく続いてきた組織。

 それぞれがそれぞれの目的のために団結し、協力を仰ぎながら多方面から『対極』を見据えて探究を続ける者たちの集まり。生半可な意思では敵対することすら許されない。依頼一つで、国家転覆規模の大事件から近所の公園の草むしりまで幅広い仕事を請け負う『親しき異常者集団』。

 ローサ・テレントロイアスの失敗は一つだけだった。

 にも関わらず全てが台無しになってしまったのは、その一つだけの失敗とやらが余りにも致命的だったからだ。

 彼女は。

 『箱庭』を知らな過ぎた。


「オレら『箱庭』は確かにお前ん所の保有戦力から襲撃を受けた。けど、それだけだ。確かにあれだけの戦力を投下されたら、オレたちだって無傷とはいかないだろうさ。でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ドアの影の暗闇の奥だった。天然パーマの勇者の背後に浮かび上がる影を見る。

 立っていたのはいずれも『箱庭』。

 中学生くらいになるかどうかという、可愛らしい印象を与える少女が眠たげに目を擦っていた。

 長身で穏やかな顔立ちの、絵に描いたような整った容姿を持つ青年がにこにことほほ笑んでいた。

 秘書としての化けの皮を脱ぎ捨て、体格までもを大きく変貌させた正体不明の男がそれらに加わった。

 個人で保有するには規格外の戦闘力と知識を兼ね備えた怪物たちが一人、また一人と、だ。それだけのことで、彼らの事を知る者にどれだけの威圧を与えているのか、当の本人たちには理解が及ばないようで。

 ここまで追い詰められたこともない彼女はきっとどうするべきかわからなくなっているのだろう。

 威厳たっぷりから一転、半泣きで今にも叫びだしてしまいそうなくらい弱々しい顔が歪んでいる。

 今まで成功続きだった反動だ。彼女は『失敗する』ことそのものに慣れていなかった。故に、一度の失敗で必要以上に取り乱してしまうし、その後どのようにして修羅場を潜り抜けるかという知識を持ち合わせていなかった。

 誰が見てもゲームセットだ。

 やがて、半分涙すら浮かべていたローサは何かに気づいたようにはっと顔を上げる。そして、気味が悪いくらい高い声で笑い出した。


「ぐ、く、ふふ。ふふふふふはははははははははははは!!そ、そうよ。恐れることなんてなかったじゃない!貴方たちでは私は裁けない!私は国色使徒カラーパレットが一柱、『赤』を担うローサ・テレントロイアス!このまま私を殺してしまうのは結構、しかしそれでは今度こそこの国に『箱庭』の居場所は無くなることでしょう。私の行いを知る者はここにいる者だけで、国のトップとたかだか個人経営レベルの組織の構成員では信用度の次元が違う。。貴方が私を殺した後で私の罪を告発しようが、貴方たちにそれを証明することは出来ない!!逆に貴方たち『箱庭』が国王殺しの罪をおっ被るだけよ!そうなれば、国家の全勢力が貴方たちを潰しに向かう!!」

「ああ、普通ならそうなるだろうな」


 生憎、自分たちは普通じゃないとでも語るように。

 心底面倒そうな調子で彼は言う。

 くるくると。いつの間にか取り出していた禍々しい短剣を弄んで。


「忘れたのかよ。国色使徒カラーパレットはそもそも、権力が一か所に集中して暴走するのを防ぐための制度だ。だからお前を裁くことができる奴だって他に七人もいることになる」

「それが何だというの?確かに私と同じ国色使徒カラーパレットは多数決で私を裁くだけの権限を持つ。けどそれは貴方たちの事ではないわ。私と同じ国色使徒カラーパレットじゃなきゃ。老いぼれ達を必死に説得でもしてみる?無駄でしょうけ......ど............?」

「だから、こういうことだよ」


 短い言葉と共に、提示されたそれはするりと自然に視界に収まった。

 ローサ・テレントロイアスの思考に空白どころか、ペンキで塗りつぶされるかのような沈黙が広がる。

 それが何か理解できなかったというわけではなかった。

 むしろその逆だ。

 見覚えがあるからこそ、ローサの意識の中に明確な空白が生まれていたのだ。

 それは、国家の中枢たる国色使徒カラーパレットが自らの肩書を記すための、ある意味身分証に近いカードだった。サイズは手帳ほど...表面にはバーコードにも似た個人識別のための認証コードが刻印され、免許証みたいにわかりやすい顔写真まではついていないものの、カードそのものに指紋認証による電源機能が埋め込まれているという極めて特殊な機器だった。

 それが何なのか、むしろ、この場において一番よく知っているのはローサのはずだったのに。


「そん、な。貴方は、まさ.........か」

「改めまして。『国色使徒カラーパレット』治安維持の『青色』だよろしく」


 赤いドレスの権力者の行き先が決まった。

 彼女はきっと、敵に回してはいけない者たちと敵対したことを心の底から悔いて墜ちてゆくのだろう。

 知ったことか。

 吹っ掛けられた喧嘩なのだから、責任はそっちで持て、と。

 そんな意味を言葉に込めて、だ。


「さよなら、だ」



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