ここから始まる
パンッ!!と。
空気を含んだ紙袋を破裂させたかのような音があった。
「.........?」
ほんのわずかな間があって、だ。
思考放棄を辞めた大和の頭は、理解した。
その間に何が起きたのか。
簡単な話だ。
大和を焼き殺す......はずだった、炎が掻き消えていたのだ。
「えっ、あう...あ......?」
何が起こったのか全くわからなかった。目が点になって、だけど額を滑り落ちる冷たい雫の感触は本物で、だからこそこれが夢じゃなくて現実に起こったことなのだと強引に理解させられた。
『怪物』に成りきれない青年は、目撃する。
それは。その色は、霧が晴れたように。そこへ佇む『何か』が、偽りの現実を切り裂きぼやけた空間にただ一色が浮かび上がっていたのだ。
スマートフォンをタッチ操作するような気軽さで、『何か』が指を振る。
半透明の世界を遂に投げ捨て、現世へと現れたそれは指先を宙に置き、指揮棒でも振るうかのようにスライドする。直後にそれ目掛けて放たれた『爆撃』の軌道が捻じ曲がり、眼には見えない指揮棒の指示に従うかの如く彼女から90度方向転換してあらぬ方向で爆ぜてしまう。
あり得ないをとうに置いてけぼりにしてしまう衝撃だった。
一瞬、大和は自分が夢の世界に迷い込んでしまったのかと真剣に考えるほどに。耳をつんざく爆音に意識を引き戻された大和が見たモノは―――。
それは。
その少女は純白と青を組み合わせたマリンワンピースに身を包み、爆風の中で見惚れてしまう程に煌びやかな白銀髪をなびかせていた。
宝石の如く青く輝く瞳、小柄な背丈に真っ白な肌。
ラミル・オーメイゲル。
その身に『世界編集』の異能を宿す切り札が、もう一度盤をひっくり返す。
「俺も失敗し続けてきた身だからな、おんなじだ。切り札は最後まで隠し抜く」
敵を騙すにはまず味方から。
その身を削ってでも大和の盾になったのにも、彼にとっては他の意味の付属に過ぎなかったのだ。即ち、椎滝大和の影で。『世界編集』の透過で隠れていたラミルもそこにいた。もともと位置取りを二人で事前に示し合わせていたアルラとラミルだったが、今回はそれがうまく働いた。仮にすべてをラミルの独断に任せて自由に動かれていては、アルラでも守りきることは出来なかっただろう。
だが、例えその場にラミルが隠れていなかったとしても、アルラなら隙あらばとその未熟な青年を守っていたには違いないが。
「『作戦』は破綻した。んでもってこっからが本番だ、やったれラミル!!」
「はいっ!」
会話に合わせて白銀の少女が指を振るった。
魔法使いが、ステッキを振り回して唱えるような呪文の言葉があった。
「拡大表示、更に自由選択」
拡大表示は対象を見つけるため、自由選択は見つけた相手だけに効果を与えるためのモノ。
何もわからず大和が息を呑む。
『世界編集』は効果範囲内のセカイを自由に歪める異能の力、最適解を常に導き出し続けることによって、その驚異度は著しく跳ね上がる。何せ、その気になれば空気中の塵や空気そのものをも利用して超高圧下のプラズマを創り出すほどなのだ。しかも灰被りの方は一度それを喰らっておいて生還しているというのだから、どちらもちょっとおかしい。
ぐるん!!と世界の編集が始まった。
彼女の射程距離は自分を中心とした半径3mの球形。そこに入ってしまった『炎の巨人』に姿を変えた寿ヶ原小隈も、既に範囲内。
不可視につき、回避は不可能。そもそも彼女の異能の性質を理解していない、理解できない『炎の巨人』がそれを行動に移したところで、一度捉えられた標的設定は外せない。
ラミルの歪ませたセカイが寿ヶ原へ及ぶのに時間は関係ない。
「ふっ、んっ!!」
ズンッッ!!?と。
大和から見て正面、巨人の腹の中心に見えない釣り糸が引っ掛かった。全長にして5m以上、今では頭には悪魔を模した角に、腰には竜のモノに酷似したぶっとい尾も付け加えられた炎の巨人。その腹の真ん中あたりが不自然に盛り上がる。一点にだけ不可視の力が働いて、サイコキネシスかなにかで手前側へと引っ張られるかのように。それに釣られて全身が大和達に向かって逸れていくが、巨人も勿論の事ながら抗っている。
抵抗しているつもりなのか、断続的に炎が瞬いた。藻掻き苦しむ巨人が放った炎が明後日の方向へ逸れていく。
掲げた手を内側に引こうとしている少女の白銀が揺れる。
「えっ、だ、誰?ってか何!?」
「言ったろ切り札だよ。俺なんかよりよっぽど恐ろしい咎人。冗談抜きで魔王を倒す可能性すら秘めた『異能』サマだ」
そんな雑な説明は当然のことながら大和を理解させるには及ばなかったようだ。外もそうだが中身が悪い。
わけわからん様子の大和が何気なく前へ出ようとして、アルラに片手で制される。少し下がってろ、ということらしい。代わりに灰被りの青年の方が前へ踏み出した。
直後に、爆炎の抵抗が少女と青年を襲う。
巨大で歪な片腕を腹に当てて中身が飛び出すのを防ぐと同時、もう一方の手をハンマーのように地面へと叩きつけるモーションがあった。
ズドンッ!!と、直撃こそ躱したものの熱風は飛び散った。
直前で灰被りの方が白銀を攫っていく。片腕で少女の小柄な体を抱えるアルラの姿が巨人の頭上に現れる。そして、だ。
「貼り付け!!」
ブォン!!と虚空に無数の瓦礫が産み落とされた。
『世界編集』、世界の景色をパソコンで操るかのように編集する異能の力の一端。あらかじめ『コピー』で保存しておいた瓦礫が増殖したうえで散布されたのだ。質量保存の法則は無視してもそれらは重力に従い、当たり前のように真下の巨人目掛けて瓦礫の雨が降り注ぐ。
どがががががががががががっ!!という当たり前の轟音が景色を上塗りした。
爆炎の中で砂埃が舞い散る。
空中で生み出された瓦礫を足場に移動していたアルラが、着地と同時に少女を手放す。滑るように着地してから、更に一歩遠い間合いを保つようにしてバックステップを踏んだのだ。
その間合いが何よりも重要だった。
直線距離約20m、それだけ距離を取るとアルラは、
「俺はお前なんか知りやしない」
巨人を挟み、大和の対極となる位置。そこで、灰色の復讐者は息を漏らしたのだ。
酷く静かに。
そのうえで、突き放すような粗さの口調を残して。
「でも、知らない誰かでも意見する権利くらいはあるだろ?目の前で親友を殺されたんだっけか。そんでそれはそこの小僧が見捨てたからだと、そういう話だったよな。でも、おかしいとは思わないのか?だってそのシーンの登場人物の中にはお前もいて、条件は小僧と同じだったんだろ?なあ、教えてくれよ。本当に悪いのは誰だ??」
挑発的な疑問があった。
ラミルはあの中で眠っている奴を引っ張り出そうとしているが、奴の『憎悪』や復讐への執着が余程強いのか。きっと彼女の力だけでは引きずり出すことは出来ない。まるで、引きはがされることを拒んでいるかのように。
再度、燃え盛る獄炎の塊に対してだった。
睨みつけるように、鋭い怒気と哀れみの感情を含んだ口調で告げる。
「お前のそれは、もはや復讐でも何でもない。ただの八つ当たりだ。親友がこいつのせいで死んだって?ふざけんな。動かなかったのはてめえも同じことだろうが!!」
彼は話を聞いただけだった。
出会ったばかりの青年に、事のいきさつを聞く過程で耳にした話だった。
復讐は、非が100%相手にあって初めて成立する憎悪の成れ果てだ。
アルラ・ラーファは、寿ヶ原小隈の自分勝手な復讐心が許せなかったのだ。
聞こえて反応したのか、ただ敵意をぶつけられた故の反射的な反応か。ぶわっ!!と、噴き出した炎は燃料を再投下されたかのような荒々しさをイメージさせてくる。
砂煙が振りほどかれた。爆炎の巨大な腕が拳を握り、アルラへ向ける。そのまま振りぬくだけでも獄炎があちこち撒き散らかされて、立ち上った黒煙が瞬く間に生命の意識を切り離すことだろう。そもそも直撃したら有無を言わさず即死だってあり得るのだから、そんな攻撃後の付加効果にばかり気を取られてはいられないが。
轟音と共に迫る巨腕の向こう側から飛来したモノを空中で掴み取る。
掴み取られたのは金属で出来た細長いパイプのようなものだった。こちらからの直接攻撃では炎を通り抜けてしまうと理解したうえで、反対側の大和がアルラへと投げつけたのだ。
それはつまり、武器。
体の内側から亀裂が入るような『神花之心』の副作用を噛み殺し、極彩色が腕を伝って金属パイプに絡みつく。ブオン!!と空を割く音が炎をかき消したと思えば、風圧で横薙ぎに切り裂かれた巨人の片腕が火の粉となって飛び散った。
爆撃の雨を駆け抜ける。あちこちで熱波の渦が着弾している。
怨嗟にも似た、真の意味での【憎悪】を宿す青年の声があった。どす黒い、そして静かに燃える感情の渦巻。そんな世界を10年も歩んできた者の独り言。
寿ヶ原小隈には、椎滝大和には、全く理解できない言葉の羅列。
故に。
「復讐の意味も知らねえクソガキが......」
彼は、一方的な悪意を赦せない。同じ場に立っていながら、同じ状況でありながら、同じ立場でありながら責任を押し付けている少女を赦せない。そんな間違った復讐を拗らせて、いつの間にか世界全体を恨みつくすようになったなんて馬鹿馬鹿しい。
立場はみんな同じはずだった。
将来を奪われ、夢を失い、家族や親しい友人とも離れ離れに成ったのは他の『異界の勇者』も同じだった。辛いのは自分だけだと勘違いして、一人で悲劇のヒロインぶってる少女。
つまり、だ。
努力を忘れ、守るための成長を怠ったクソガキに。
俺と同じ、復讐者を名乗る資格なんて無い!!!
「何の罪もない一般人にまで冤罪かけて!!自分を正当化すんじゃねえええェェェェェェェェェェェエエエ!!!」
飛び出した。
極彩を帯びた渾身のドロップキックに突き刺され、巨人の中身が弾けて顔を出す。真っ赤な衣を剥がされた寿ヶ原小隈が。アルラの蹴りの先端でくの字に折り曲がり、そしてすさまじい速度で突き抜けたのだ。
風穴開いた巨人が前方につんのめる。
唯一の『実体』を失い、内部でバランス崩壊を起こしているのか。全身から噴き出す炎がまばらに瞬いて、バチバチと頭上では『爆撃』の出来損ないが市販品の花火みたいに散っている。
しかし、何かがおかしい。
確かに巨人のどてっぱら、寿ヶ原小隈が収まっていたスペースはぽっかりと穴が開き、内側の炎の色が覗いている。全身の輪郭は陽炎のような曖昧な状態になっているのか、顔のパーツや角が出たり引っ込んだりを繰り返しているのだ。
明らかに、勝負はついた。
なのに。
倒れない......?。
『ぐおおおおおおおおおおおおおおおがあああああああああああああああああああああああああああっっ!!!』
脳を揺さぶる咆哮の直後、巨人を中心とした衝撃波のような熱風が巻き起こったのだ。
「そんな......本体は抜けたはずだろ!?」
「元々自立稼働の魔装に乗り込んでたってだけなんだろうよ...!それに、素材の中には人が丸々もう一人組み込まれてるんだ、ありゃガワだけが動いているっていうより、もう一人の方の命を燃料代わりに女の感情が暴走してるって感じか......ッ!?」
げぼあっ!!という呻き声、更に大量の赤がアルラの口から吐き出される。
『神花之心』を使い続けるだけではデメリットが生じる、という事実を大和は知らない。急激に全身の筋繊維や細胞を活性化、強化するということは、それだけ莫大な負荷がかかるということでもある。元より、飛行船に乗りこむ以前のダメージすら完璧に抜けきっていないアルラがここまでやっただけでもおかしかったのだ。
今すぐ引きはがした寿ヶ原を連れてこの場から離れることは出来る。......しかしそうした場合、今度こそリミッターを失ったアレを誰がどうやって止めるればいいのだろう。着陸までにはまだまだ時間が掛かる。シズクの協力は見込めない、彼女は彼女でこの場の誰にもできない仕事を今も成し遂げてくれているはずだ。
解りやすい絶望が、大和の心を汚染する。
八方塞がり。
これ以上ないほどの積み。
ここまでやって。
.........そんなこと、あってたまるか。
「ふざけんなよ」
大和が、静かに着火する。
鋭い怒気を孕み、震える拳から滴り落ちた血の雫が地面を染めていたのを、アルラは横目に見ていた。
「ふざけんじゃねえぞ寿ヶ原!!どれだけ殻にこもれば気が済むんだ、どうしてそこまで光を拒むんだ!お前はただ逃げてるだけだ。救われた瞬間、自分の思想がどれだけ歪んでしまったのか認識したくないだけだ。そんなの、子供の駄々となんも変わんねえんだ!!!」
大和の魂からの叫びを聞いて、アルラが静かにほほ笑んだ。慌てて負傷したキマイラをこの場から引き離そうとしていたラミルは、思わず足を止めて振り返った。
椎滝大和が今まで貯めこんだ鬱憤が全て吐き出されたようだった。この飛行船の中だけで、もう何度も何度もぶつかった。それは寿ヶ原小隈だけじゃなくて、中には全身を液体に変える咎人だったり、今となっては『炎の巨人』の素材となることを自分で選択した男もいた。それらは、助けられなかった。だけど、今ここにいる彼女の.....寿ヶ原小隈の悪意を寄せ集めたような巨人は、まだ違う。
間に合う。今度こそ、手を伸ばせば。
彼が願ったのはシンプルで、かつ彼が考えうる限り、現状もっとも難易度が高いことだった。
つまり。
救いを拒む少女に、たった一つの希望ある救済を。
「頼む」
懇願を、アルラは聞いた。
『彼女を助けてくれ』、じゃない。『彼女を助けるために、背中を押してくれ』、と。
そういう意味での言葉を。
「最後にもう一回、力を貸してくれ......!」
だから。
「あいよ」
ゴアッ!!!という局地的な竜巻が発生した。
その身に『神花之心』を宿すアルラ・ラーファが再び極彩色を身に纏わりつかせ、無造作に掴み取った大和の腕に遠心力を加えたうえで解き放つことによって発生した暴風だった。
振り回され、投げ出された先の空中で大和はスパークしていた意識を取り戻す。弧を描き『巨人』へと投げ飛ばされた大和の体はあちこちが悲鳴を上げていて、幾つかの傷口から垂れ流しの鮮血が宙で飛び散った。
正真正銘。
これで最後、数秒後には巨人か大和...いずれかが粉々に砕け散って、消し飛んでる。
そんな確信がある。
大和を視認した『炎の巨人』も動き始めた。
ボオッ!!と。
もはや奴に残された力も少ないのだろう。生み出された爆撃はほんの二つ三つ......。明らかにダウンサイズしていたし、何より今までほとんど一瞬で発射されていた爆撃が、今では生成するのにも倍近い時間が掛かっているらしかった。
だが、腐っても縮んでも爆撃は爆撃。拳銃でも機関銃でも命を奪うことには変わりないよに。
肉体的に何の変哲もない大和がそれを受けてしまえば、大きかろうが小さかろうが粉々に爆散されかねないのはそのままのはずだ。
(まずいっ!!?)
悪寒が走り抜けた。
空中で身動きが取れない以上、相手にはこちらがどんな軌道を描くのか簡単に予想がついてしまう。いくら発射までに時間が掛かろうとも、気力をほぼ使い果たした上に、武器の一つもない状態で宙ぶらりんなところを突かれれば万に一つも生存は望めなくなってしまう。
熱波が伝える熱量が増した気がした。
爆炎が瞬く間に広がり、球状を形成したその時だった。
ぱちん、と。
それでも、救いの手はまだあったのだ。
「.........氷...血...ッ!!」
一瞬で、巨人全体が凍り付く。
声の主は更に離れたところで指を鳴らしたらしかった。
キマイラ。
大和と最初に出会った助っ人であり、あらゆる術式を地震に取り込む異形の存在。爆撃に巻き込まれて吹っ飛ばされた少女の指先......血に濡れた指先がぱちんと音を立てた途端、事前に仕込まれていた巨人の体内の『結晶片』が効果を一気に発揮したのだ。空中に飛び上がったが逃げ場がない大和を補助するために。一撃叩きこまれてもなお意識を保つことが出来た『怪物』のサポートは、一瞬にして炎の巨人の全身を結晶片で覆い隠す。包まれた...というよりは、全身の炎が結晶片に置換されたように見えた。
血液を司るヴァンパイアと、魔の象徴たるドラゴンの複合。
実際に固まっていた時間は三秒となかったはずだ。
しかし。
黄土色の少女が作った僅かな時間は、爆撃のタイミングを一瞬遅らせる。例えそのあとにもう一度炎が再燃しようが、一度通り過ぎてしまえばそれまで。そしてタイミングを掴むかどうかは大和次第。
その一瞬を見逃せばおしまいだ。残された僅かばかりの気力を振り絞ると、大和が『万有引力』で再び自分の体を持ち上げる。熱波が皮膚に突き刺さるとほぼ同じタイミングで、通りすぎた爆撃が背後で炸裂していた。
そして直下では、また別の主人公がいる。
(残された外側の部分......言い換えれば、表面化した寿ヶ原の悪意そのものってわけか)
ぐおんっ!?と何かが飛来する。
サポートにと自ら手放し放り出され、アルラの手へと渡っていた金属パイプだ。下で固まった巨人から少し離れたところに口元に血をにじませ、焼け焦げた足がある方の膝をついて息を荒げる青年がいた。
どうしようもないくらいに頼りなかったその武器を、今度は大和が掴み取る。表面に少しだけ極彩色が残されていたのは灰被りからの手助けか、それだけでただの金属の棒きれが何倍も頼もしく感じられる。
怖がるな。恐れるな。畏怖を脱ぎ捨てろ。
アレの、発端は、自分だ。
『罪』を受け入れて清算する。今の自分がやるべきことは他にないはずだ。
峠は越えた。
さあ、存分にせめぎ合おう。
そう思い、椎滝大和が頬を釣り上げた。
「きっとお前は、一生俺のことを赦してくれないんだろうな」
それならそれで構わないとさえ思っている。
一生悪者だとしても......罪人にいくら償う意志があろうとも、一度起こってしまった事実は捻じ曲がらない。寿ヶ原小隈の大切な人を奪った奴の中に椎滝大和という気名があっても、それは紛れもない真実なのだから。
それが椎滝大和の業だった。
同時に、今の椎滝大和を作った根幹でもあった。
落下の感覚が皮膚に伝わっている。既にそこに灼熱が存在しなくとも、緊張感はぴんと糸を張っていた。
「構わない」
そして、だ。
がぎんっっ!!と。
極彩の棒きれが振り下ろされた。キマイラの補助で動きを止めた巨人の肩のあたりへ、吸い込まれるような軌道を描いて二つがかち合う音があったのだ。
両手で、押し込める。
汚染の痛みも、開いた傷口から噴き出す鮮血も。
今の大和は止められない。
「何度でも相手になってやる。お前が俺を否定するように、俺も何度でも『お前は間違ってる』って言ってやる!!それがあの子の意思を尊重する者として一番正しいって信じているから!」
奥歯が砕けかねないほどの力で歯を食いしばっていることに遅れて気付く。衝突の凄まじい衝撃が両腕から伝わって、全身を刺激している。
こんな終わり方は生温い。ほんとの本当に相手が......椎滝大和が憎いのならば、きっとその復讐は相手がこの世に生存している限り続くに違いない。
チャンスは、自分の命の限りいくらでもある。
もしかしたらこのまま牢屋の中で一生を過ごす羽目になるかもしれないし、場合によってはまた日向を歩けるかもしれない。だったら、まだあるはずだ。
今度はこんな立場じゃなくて。
子供の喧嘩みたいに、ただ拳で殴り合う意見会のチャンスが。
だから。
「だから、だからお前もそんな姿は捨ててッ!!俺を、今度は!真正面からぶん殴りに来い!!」
ぴしっ、というどこか小さな音の破片を皮切りにして、だ。
巨大な人型の結晶が、ガラスを割るかのような音と共に打ち砕かれた。
粉々に砕けたどこかの誰かの『憎悪』の結晶が地面に散らばった。
どさりと腹から落ちたものの、パイプでぶん殴ったことによる衝撃が起こした減速と芝のクッションが大和の体を受け止める。ばらばらに砕けた憎悪が雪の結晶のように降り注ぐ中。焼け焦げた芝の上に倒れ伏した少女に届いたかな、なんて考えて、彼もまた意識を落とすのだった。
諸事情により次回投稿は7月10日になります。




