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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
145/268

救えよ勇者、吼えよ乙女。その身焦がすまで



 全てを聞き終えてようやく、大和は自分の激しい鼓動を自覚した。

 そもそも、彼の話は本当に現実で発生した会話だったのか?極限の緊張状態に置かれた自分の精神が勝手に見せた幻想だと言われても、今なら信じてしまいそうだった。

 ある朝起きたらニュース番組で死んでもいない自分の葬式が取り上げられていた...くらいの衝撃。あからさまなウソか、それとも自分が狂ってしまったのかわからない。

 そのくらいにぶっ飛んでる。少なくとも、自ら進んでやりたいとは絶対に思えない。


「正気......なのか?」

「ああ」


 震える声で質問したのにやけに簡単に答えられた。

 あっさりと答えたアルラももはや万全とは言えない。背中を焼かれ、飛行船であれこれ蓄えた『寿命』の底も見えてきた。治癒力、細胞の再生能力の強化で急速に怪我は回復しつつあるものの、足を焼かれたときに比べればその速度の差は歴然としている。焼き過ぎたトーストのように黒焦げてしまった背中。尋常じゃない、『毒炉の実(アシッドザクロ)』にじわじわと浸食されつつある大和の腕とも比べ物にならない瞬間的な激痛を喰らったはずなのに、だ。

 『作戦』を大和らへ話し終えたアルラの表情は痛みらしいものを感じさせない。むしろ、逆だった。希望を見出したように両の目をこじ開ける。どんな些細な変化だろうが見逃さないために。炎の巨人の害意なんて押しのけてしまえと言わんばかりの意志の力を持って、その体を持ち上げる。

 キマイラは何も言わず幾つもの『壁』をこの空間に精製している。それらの隙間を縫うように移動しつつ敵をかく乱し、しかし彼女も首を横に振らないことから、アルラの作戦には乗る方向で決意を固めたようだった。

 大和はまだ迷っていた。


「でもっ、それじゃあんたの負担が大きすぎる。本来あんたは『部外者』なんだ、ここで出張って命を削るような真似は...っ」

狼狽うろたえんな。首突っ込んだのももとより俺のほうなんだ」


 べしっ!と、アルラのデコピンが大和の鼻先を捕らえる。

 少し仰け反って軽い気持ちのデコピンにしては大きすぎるダメージを鼻で感じつつも、尚大和の迷いは晴れなかった。

 アルラの提示した作戦を実行すべきか否か。

 確かに、彼の言う通りならば、勝機は見える。別にこの作戦が成功したところで自分が不利益を被ることもないし、全部うまくいったならこれ以上とないほどのハッピーエンドになるのだろう。可能性は、存在する。

 今ならまだ、()()()()()()()()()()()

 もごもご口を動かして、しかしどういった言葉を返せばいいのかわからない。

 大和が返答に戸惑っていたそのタイミングで、三人を十分に巻き込める位置の地面が噴火する。地面に熱波を送り込んでの噴火に晒されるアルラを、キマイラが咄嗟に巻き上がった灼熱の土塊から逃がした。どさどさどさっ!!と今度は重力に従って落ちてくる土塊を、大和は手に持っていた金属パイプを叩きつけることでその身を防いだ。


「覚悟を決めるっすよヤマトさん!アルラさんの言うことがほんとなら、確かにそこに活路はある!このくそったれのひねくれ女も助かる、私たちも無事トウオウに辿り着く!!爆弾は爆発しない、誰も死なずに全部終わらせられるっす!!」


 爆音が再び屋上を支配した。

 地面からは送り込まれた熱波が噴き出し、空では無数の爆撃の予備弾が威圧するかのように漂っていた。赤一色で爆撃が豪雨のように降り注ぐと、着弾地点は土だろうが歩道のタイルだろうがお構いなしにぶっ飛ばし、飛び散る破片は赤熱を帯びて彼らを焼く()となる。

 花火大会でも聞かないような連続する轟音の中で、大和は思案する。

 単調に見えてどれもが一撃必殺の威力を持つ『炎の巨人』の攻撃は、少なくとも自分では耐えられるものではない。一撃でも浴びれば即ノックアウトな自分がおかしいわけではない。アレを二発も喰らって、まともに生還している灰被りの彼のほうが異常なのだ。いくら肉体強化の『異能』で身体機能を底上げしていても、痛みそのものを感じる機能は普通だろうに、肉を焼かれる痛みに涙も見せず耐え抜いた彼の耐久力は異常という他表せない。

 これ以上長引かせても何も生まれない。短期決戦に越したことはない。


(どっちにしろやらなきゃ殺られるんだ。こんなところで戸惑って足踏みするわけにはいかない!)


 というか、こんなところで足踏みしてたら冗談抜きで踏み潰されそうだ。何の比喩表現でもなく、言葉そのままの意味で。

 『炎の巨人』は容赦しない。そもそも意識がここに存在しないのだから、容赦するしないの概念があるとも思えなかった。

 ぐごがああああああああああああああああ!!という咆哮の直後、巨人の背後を漂っていた『爆撃』が解き放たれる。

 背景に無数の獄炎の球が発生したと思った瞬間には、そのうちの幾つかが大和やアルラに目掛けて飛来してきたのだ。ここまではさっきと同じだが、だからと言って気を緩めるわけにはいかない。第一、今までだった一発も喰らわなかったのは周りの援護と幸運あってのことなので、余計に油断ならない。

 恐怖で一瞬、足が動きを止めた。

 普通に襲い掛かってきた砲弾は、大和を爆ぜさせることは無かった。

 ぴすっ!と横から割り込んだ小さな破片のようなものが大和に迫っていた爆撃を射抜き、衝突前に『起爆』する。どうやらアルラがその辺の瓦礫を指で弾いて飛ばしたらしかった。起爆後の熱風がまともに肌に突き刺さるが、直撃しなかっただけまだマシだ。爆風に押し出され、思わず尻餅をついてしまったのもまずかった。

 一気に狙いが集中し始める。

 位置的に近づいてしまったのも原因の一つか、今度は遠距離からの『爆撃』だけでなく、巨人がその異質な右腕を()()()()振り回してきたのだ。

 さながら、その巨腕はガソリンで火をつけた鉄球クレーン車の一撃のようだった。容赦ない叩きつけ攻撃が上から振り下ろすように大和へ襲い掛かる。


「こん、のォ!」


 対して、腕で爆炎の発する光から目を守る大和は全身をばねのように使って足で地面を押し出すことで、巨腕と地面にサンドイッチされる前に脱出に成功する。風圧に押し出され、飛び退いた直後の体がぶわりと宙を舞った。

 すかさず、適度な距離を保つアルラが足で瓦礫を蹴り飛ばす。一つや二つではなく、十数個を連続で。サッカーのフリーキックを狙いすましてゴールへ叩きこむように、炎の巨人の至る箇所にぶつけにいく。

 ひゅんひゅんひゅん!!と風切り音が連続した。あらゆる『強化』を施した瓦礫はそこらの投石器の速度など余裕で追い抜いてしまう。目にも止まらぬ高速で発射されたが故に、その軌跡が残像として残るほどだった。

 蹴り弾かれたアルラの『弾丸』は彼が狙った通り、頭の中で巨人を()()()()()()()()()()()ごとに、そして順番に射抜き、そしてすり抜ける。


(右腕、左腕、足、腰、頭、残るは...っ!)


 実体を持つ部分を炙り出す。

 瓦礫はもちろん炎を貫通するが、奴本体が中で生き残っているということは、必ず体のどこかには『実体』が残ってるはずだ。順番に物理的な攻撃を仕掛けていって、()()()()()()()()に奴はいる。運良く直撃した上に奴の意識を覚醒させられれば、無意識を前提に暴れまわるあの『巨人』も消えるかもしれない。

 アルラに続いて、今度はキマイラが動く。

 片手の操作でスタンガンに新たな式を書き込み、電流の形に変換して直接頭に叩きこむ。彼女の口が『セイレーン×ワイバーン』と発した直後、手をメガホンの形で口に添えたキマイラの『声』が空気を超速で振動させたのだ。

 声だけでワイングラスを割ることのできる『人』がいる。

 指向性音響術式ソニックヴォイスボムとでも呼ぶべきか。先の例を限りなく異常な方向に拡張させたキマイラの()()()。要約すると、超正確な一定数の周波数を持つ彼女の大声が二人を避けて巨人にのみ殺到しているのだ。暴風に似て非なるその音響爆弾は巨人の全身を叩き、そして纏わりつくような全身の炎を後ろへ仰け反らせる。

 キマイラが全身くまなく攻撃を叩きこんでくれたおかげでアルラの観察眼が光る。

 自身が放った瓦礫の砲弾とキマイラの指向性音響術式ソニックヴォイスボムを重ねて見てみると、だ。

 浮かび上がってくる。

 瓦礫が貫通しなかった場所。もしくは、自然と巨人がガードの態勢を取ってしまった際に守っていた場所。


「見つけた、奴本体は全体の丁度中央上辺り、つまり巨人の胸の中にいる!!」


 居場所は割れた。

 もう奴を守る壁は薄い。残るは獄炎の壁、彼女を外側からパテで上塗りするかのように固めていて、狂気的なまでに渦巻く

形を得た『憎悪』だけだ。ここまでくればちまちまやすりで削り落とすような作業にシフトするまでもない。

 景色が今までと違って見えていた。

 ふり絞った勇気は、大和から見える世界をぐるりと180度反転させる。生き残るための戦いを辞めて、救い出すための戦いに身を投じた元『異界の勇者』が睨みつけたのは巨人ではなく、()()()()()()()()()()()

 吼える。

 届かなくても、その名を叫ぶ。


「寿ヶ原ァァァァァァアアアアアアアアアアアアアア!!」


 応じるように、だ。

 直後、カチッ!という些細な音が異様に目立っていた。よくよく聞き耳を立ててやっと聞き取れる程度の音量のはずなのに、テスト中ペンケースを落としてしまった瞬間のように異常な存在感を放つ音だった。

 直後、着火する。

 空間、そのものが爆炎に包まれた。アルラの背中を焼いたあの攻撃だ、それが再び押し寄せようとしていたのだ。

 逃げ場はない。

 さっきは守ってくれた彼も今は彼方、もう頼れる人はいない。

 一人ぼっち。

 しかし。

 吼える。


「どっるぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああっ!!?」


 雄叫びを上げて恐怖を振り払う。恐れを己の声で吹き飛ばす。

 そして、だ。

 通常では、考えられないことが起こっていた。

 示し合わせたかのように、大和の体が宙へ浮かび上がり、爆炎を直前で回避していたのだ。別にアルラが手を貸したとか、キマイラが遠くから補助を入れたとかいうわけでも無かった。大和が、自らの意志で、回避した。

 自分でもうまくいきすぎて怖いくらいだった。

 あまりにも奇麗すぎる。

 まるで最初からそこに来ることが分かっていたかのように。巻き上げられた土塊込みで大噴火を躱し切った大和の脳裏に、つい先ほどまでの記憶が反復する。

 全てのトリガーは灰被りの青年が発した言葉だった。


『ガスだ』


 あの時、彼は端的な言葉を並べて説明していたのだ。

 大和とキマイラ。双方に自分の体で気付かされた事実を。


『奴は自分の体から可燃性のガスを絶え間なく放出して、そいつを圧縮させたに引火させてたんだ。何もない空中に炎が浮かんだり......そうだ、そういえばそうだよな、奴が取り込んだ材料の中には『毒炉の実(アシッドザクロ)』の汚染物質があった。そいつを気体に状態変化させて運用してるとしたら全部説明できる』


 静かな看破が場を包み込んでいた。

 確かに、それで説明はつく。

 本来、誰もが気付けないはずだったのだ。可燃性の影に隠れ、発せられたガスが本来の機能である毒性も併せ持っていたことまではアルラも想像つかなかったのだろう。そしてその毒性が彼らの内側から嗅覚を蝕み続けた結果、確かな特異臭があるにもかかわらずガスの存在に気が付けなかったのだという事実にも。必死に避けて逃げて躱してを繰り返すだけの大和やキマイラではまず間違いなく見抜けるはずがなかった。

 しかし、『部外者』がいた。

 暗闇の中の10年で五感を研ぎ澄ましたアルラだからこそ、それを看破できた。

 そして根本に気付けば対処法も浮かび上がる。

 空気を押しのけて沈殿する気体があるなら、それが溜まりきる前に()()()小規模の爆発でも起こしてやれば『蓄積』は無くなってしまう。相手の必殺技ゲージが完全に溜まりきる前に小技を連発させることで、わざと相手のゲージを減らすようなモノで、さっきアルラが受けたような大規模爆破攻撃は完璧に封じることができるというわけだ。

 あとはガスの充満を察知する身体機能さえ取り戻せばいい。

 つまりだ。


(『神花之心アルストロメリア』、失われた分の継ぎ足しだ、みんなの嗅覚を『強化』した!)


 既に、布石は打たれていたのだ。

 限りなく機能を奪われたのならば、何倍でも何十倍にでも『強化』で継ぎ足してやればいい。猟犬並みの機能を一度ひとたび与えてしまえば、それはガスを扱い爆炎を操る奴に対して究極の防御術に成りえる。繰り返せば繰り返すほどに精度は上がる。もう、爆炎の津波も地面直下からの噴火だって怖くない。

 恐怖は得体の知れないものに感じるモノだ。一度気付けば。ウワサの廃病院の謎の幽霊の正体がただそこに住み着いただけのホームレスだとわかってしまえば、()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「異臭を感じ取ったその瞬間に動けば間に合う!!」


 ボグォオオンッ!!という雪崩のような轟音が、棒高跳びの要領で高く飛び上がった大和の真下で炸裂する。気力不足で『万有引力テトロミノ』が使えなくなかろうがマジックの種明かしは既に済んだのだ。ただでさえキマイラが小さな火種をまき続けて爆発の規模を抑えている。万が一喰らってしまっても、先ほどのアルラのようなダメージを受けることは無いだろう。

 あとは事前にガス弾に着火を済ませた発射してくる『爆撃』にさえ気を使えば、奴はただ図体がでかいだけの木偶人形に過ぎない。

 熱波は足元に散らばる炎の揺らめきで軌道を予測する。噴火攻撃はあらかじめ地中にガスを通した後になぞるようにして着火しているようだから、先の手順で臭いを感知すれば容易に回避できる。燃え盛る肢体を駆使した直接攻撃はそもそも奴の動きそのものが単調だから、並の運動神経の大和でもなんとか躱すことができる。

 奔る。

 大和が、そしてアルラが戦場を疾走する。後ろに下がったキマイラは、遠距離攻撃で二人を後方から支援する。


「突っ込むぞ!!キマイラ準備しろ!」

「手筈通りに進めていいんすね?キマイラちゃん、頑張っちゃうっすよォ!!」

「なんでこいつこんなにテンション高いんだ!?」


 十数秒に圧縮された、無数のやり取りがあった。

 爆撃の豪雨を掻い潜る。極限まで研ぎ澄まされた集中力の正体は大和に内緒でアルラが施した『強化』であった。とにかく頭上から降り注ぐ無数の爆炎を、大和は片手にそれなりの重量を感じさせる金属パイプを握って潜り抜ける。ズドドドドドドガガガガガガガガガガガッ!!という連投の直後に殺到したのは火炎放射器のような威力を秘めた炎のブレスだった。くるりと体を逸らすと、次の瞬間大和の体のすぐ横を炎の濁流が通過していった。

 アルラはアルラで『神花之心アルストロメリア』の身体強化を駆使し、アクロバティックに全ての攻撃を躱している。時折ときおり体を炙るものの、特に気にするような様子も見せない。

 ゴワアアアッッ!!と。

 背後から、今度は横殴りのあられのような結晶と骨片の援護射撃が巨人に向かっていった。それらは発射直後の『爆撃』の中心を射抜くと、即座に起爆を引き起こして大和達への『着弾』そのものを防いでくれているのだ。

 空中で。撃ち抜かれた無数の『爆撃』が夏の夜空を彩る花火の如く炸裂する。

 結果として、誰一人として傷を負うことなく生き残るという現実が現れた。


(このままだ)


 そして大和が取り出したのは、何の変哲もないただのライターだった。あらかじめキマイラから受け取っていたものだ、あらかじめ嗅覚のレーダーで自分の周辺にガスが充満していないことを確認した大和は、取り出したそれを着火させて放り投げる。

 吸い込まれるように巨人の足元へ山なりの軌道を描いて落ちた直後、今までに比べれば極小規模の爆発が生まれる。

 もちろんのこと、巨人に対してダメージなんて全く存在しなかったのだろう。爆発を危うる奴が自分の爆発に巻き込まれていたらどうしようもない。ただし、補足説明すると、大和がライターを投げ込んだ先には粉砕されたキマイラが散々投げつけた骨片や結晶片があちらこちらに散らばっていたのだ。奴自身の足に踏み潰され、すりおろされて粉状になったそれらは爆風に乗って、爆風に色を付ける。

 キマイラによって更に多く()()が投下されグラウンドの白線引きをひっくり返したかのような粉塵が巻き上がっていた。

 すなわち、目くらまし。

 奴は魔力の感知などではなく、自身の知覚を取り込んで行動している。より強大な魔力を持つ者ではなく、自身に近づいた者を優先的に攻撃するのがそのいい証拠だ。だったら目標を見失えば当然狙いも狂うに違いないという予測は功を奏す。

 大当たりだ。

 視界を奪われたことで直前まで発射準備を進めていたであろう『爆撃』があらぬ方向へ飛翔していく。


「更に、もう一手」


 甘い、囁くような声が告げた。

 声の主はキマイラ。その手に煌めくはスタンガンから発せられた電流であり、彼女に新しい術式をもたらす彼女の真髄。簡単に、彼女は二度だけ単語の連なりを口にする。『ドラゴン×ヴァンプ』、『セイレーン×ワイバーン』と。その頭の奥深くで()()()による凄まじい激痛が渦巻いていることなど悟らせない表情を保ち、キマイラが吼えた。

 空気中に無数の、そして拳大の大きさの菱形が生成され、それらは後から発動させた指向性音響術式ソニックヴォイスボムの速度にる《・》ことによって恐るべき速度で襲い掛かる。時速換算で何キロになるだろう、などと考えることも馬鹿らしい。野球ボールに風を当てて加速させる要領で、結晶片と『音』の二種類の遠距離攻撃が巨人の内部に埋め込まれていく。


(このまま、突っ走る!これで全部終わらせる、あの大馬鹿勘違い野郎を引きずり上げて!!)


 心の中で叫び、今一度大和が飛び出した。

 適切な距離を保っていた関係で、奴との直線距離は30m歩かないかというところまで迫っていたが、いつの間にか並走するように灰被りのほうの『怪物』がいた。

 手筈が整った。

 全身をぎちぎちと折り曲げ、前かがみの態勢を取りながらもしっかりと片手には武器となる金属棒を握りしめる。

 アルラが提示した作戦というのは、実は作戦と呼ぶにも相応しいかどうか判断が付かないほどのもの......極端なまでにシンプル極まりない、ありふれたものに過ぎない。

 『状況判断を通常の生物のように知覚に頼る奴は、一度に多方向から来る攻撃には対応しきれない。だから二人は陽動だけに専念して、その間に俺が腕力であいつを中から引き釣り出す』と。

 今思い出すだけでも身震いするような、強引極まりないものだった。アルラの言ってることは、極限まで肥大化させた自己犠牲と同義だ。ただ巻き込まれただけの『部外者』なのに、そこまでしてくれる理由はどこにあるのかも聞きそびれてしまった。

 大和が、『万有引力テトロミノ』を駆使した『上』の陽動を請け負った。

 キマイラが、人並外れた身体能力を駆使して地上を騒がせる役割を買って出た。

 それぞれに役割がある。

 『神花之心アルストロメリア』の淡光で体を覆った灰被りの『部外者』は、横道へと逸れるように円を描いて巨人の視線から離れようとする。爆撃、噴火、熱波、etx......暴虐極まる無数の連打を撃ち落とし、その上アルラと大和の間を抜け、キマイラが最後方から最前線へと躍り出る。

 そして、だ。

 盤面が、遂に崩れた。

 ()()()()()()()()()()()()


「ごぶっ......?」

「なっ」


 まさしく、突然発生したアクシデントだった。

 グジャゴグガガガガッシャァァァアアアアアアアアアンッッ!??と。

 大和の隣を走り抜けて最前線へ躍り出る......()()()()()キマイラが、突如として消えた。消失してしまう。あるはずの姿が煙に巻かれるように瞬時に無くなってしまった。

 ぎぎぎぎぎぎぎっ...?と、壊れた人形のように首を曲げて、やっとわかった。『消えた』という表現は全く正しくなかった。もっと早い段階で一度見ているはずなのに、若しくはこの瞬間も理解したのに脳が受け入れることを拒んだのか。

 振り向いて、遥か後方。最低でも50m以上は離れているであろう位置で燃え盛る樹木に押し付けられるようにして、キマイラが背を預けていたのだ。びくんびくんと不規則な痙攣を繰り返し、口からは止めどなく赤黒い液体が漏れ出している。


「なに、が」


 予想外の事態に、思わず呻いてしまう。回答は帰ってこないと知ってても疑問を口に出してしまった。

 遅れて、本当に遅れて理解した。

 奴の...巨人のバックには今まで通り無数の爆炎の球体が蔓延っていた。

 しかし、しかしだ。それは、()()()()。今までずっとずっと、発射のタイミングまではただひたすらにその場でその時を待つばかりだった『爆撃』が。アルラの予想では、『空圧変換エアロバズーカ』の要領でガスを圧縮、引火させることで生み出したであろう炎の塊。縦、横、前後と、それぞれが空間を立体的につかみ、衝突しあい、或いは自ら爆ぜることで爆風に他の爆撃を加速させている。

 クリエイトとボンバーの組み合わせ。出し惜しみする理由は無い、今まで見せなかったということは...或いは......今この瞬間に獲得した『技術』なのか。

 まさか、学んだとでも言うのか......?


(複数の爆撃同士をかち合わせて無理やり軌道を変えたっ!?幾つも球をぶつけあってポケットに入れるビリヤードみたいに!!)


 解った時には遅かった。

 どがんどどどどどっ!!?と爆音が木霊こだまする。

 次に、無数の瓦礫が宙を舞っていた。。ただでさえ一度焼かれていた肉体を容赦なく、10トントラックに突っ込まれたかのような衝撃が、既に遠くの樹に背中を預けるような形でぐったりしていたキマイラへ降り注いだのだ。

 手を伸ばす暇もなかった。

 爆炎が飛び散る。焦げ臭い香りに混じって鉄臭い独特の臭いが撒き散らされる。

 どちゃっ、と。

 みずみずしい音で大和の脳が許容量を超えた。それ以上でも以下でもなく、恐らくはここまでの戦闘の中で爆風などに晒され、容赦なくへし折られた外灯であろう細長い金属矢。あちこちに赤を撒き散らすキマイラの横腹を貫通する形で、黒々とした金属の円筒がその背後の樹木をも貫通していたのだ。


(キマイラの()()を見て思いついたのか!?それも即興で、持ち合わせの手札だけで瞬時に再現して見せるだなんて...っ!?)


 逆立つ炎の髪に、爆炎と灼熱風の皮。恐らくは寿ヶ原が意識を失う直前、己の心に渦巻く『憎悪』をイメージ元として作り上げたであろう大傑作。

 憎悪そのもの。人一人の悪感情を粘度のように捏ね上げ、成形し、じっくりと時間をかけて焼き上げた何か。生物でありながら無生物。使い手でありながら道具。歪な形の人型は、大和らが並べた盤をあっさりひっくり返して見せた。


『ぐ、ご、ごああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!』


 獣というより...人というより、神話の住民のような咆哮があった。立ち尽くす大和に向けて再び放たれた爆撃を、辛うじて反応したアルラが飛び込み、突き飛ばす。爆撃そのものが直撃することは無かったものの、爆風に押された大和はごろごろと炎が広がりつつある芝の上を転がった。

 放心が解ける。

 片膝をつけて、下からのぞき込むような恰好で巨人を見上げるアルラの姿を見た。

 そし......て......?


「あ」


 いっそのことあっけなく、だ。

 突然巨人の腕の付け根に『揺らぎ』が生じて、中身の空洞が露出する刹那の瞬間だった。

 歪な巨腕が、増殖した。

 右と左。両腕のど真ん中、中間線でも引くかのようにに白い線が肩から手にかけて通ったと思ったら、ばごんっっ!?とクワガタが顎を開くかのように上下に分かれたのだ。しかも、それだけじゃない。腰のあたりからは二足歩行の肉食恐竜を連想させるように丸太の如くぶっとい尾が生え、毛髪のようにめらめらと立ち上っていた頭の炎は固まって悪魔の角のような形を形成している。彼女は一瞬にしてその機能を拡張させて、完璧に三人を撃退する態勢を整えたのだ。

 ここまでの変化は一瞬だった。余りにも絶望的な変貌に、青年の脳はそこで思考を放棄する。どうにかできるイメージなんて、平々凡々な青年には湧き出なかったのだった。

 どうにもできない。

 終ってしまう。

 せっかく、積み重ねてきたのに。ジェンガでいきなり一番下のピースを引き抜いてしまうかのように、倒壊してしまう。

 大和の瞳から景色が消える。ぶつかる。憎悪の獄炎に、呑まれる。

 戦いとは、闘争とはこういうモノ。一瞬で何もかもがひっくり返ることが、普通にあり得てしまう。

 己の死する姿を認識する。

 そして――――――.........。



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