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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
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ともだちのこえ



『どうしたの?どこか、痛むの?』


 その些細な一言が、今思えば全ての始まりだった。

 別に、入学早々腹を壊していたとかじゃない。別々の学校へ進んでしまった友達が恋しいとか、これからの将来に対する不安感に押しつぶされそうになっていたとか、そんでもなかった。

 ただ馴染めなかっただけだ。

 新しい生活の始まり。窓から外を覗くと満開の桜が咲き誇り、きゃっきゃと楽しげな声が聞こえてくる。

 むしろこれはありふれた悩みだった。

 新しい仲間に、友達に、クラスに馴染めない。元々自分に『友達』が少なかったのと、同じ地域の他の学校からも生徒が繰り上がる方式のせいで、ピカピカの教室の全部が知らない顔だったのは途轍もない不運とも言える。話し相手がいなくて、一人で不貞腐れて落書き一つない机に突っ伏してた自分に気を使って話しかけてきてくれた『あの子』。

 どこにでもあるような少女の葛藤に気を使ったのか、本当に具合が悪いと思ったのか。あの時はどうでもよかった。真っ暗な押し入れが外から開いて光が差し込んだような感覚が残っていた。

 ちっぽけだけど明るくて暖かい。一言だけどそれ以上の思いやりを込めて。

 その日から始まった。

 『私』は『あの子』に救われた。

 三年経ったある日の事だった。

 確か、帰りのホームルームで進路指導の話を聞いた帰り道だ。一枚の紙ぺらを掲げて、お日様に透かしながら歩いた歩道橋で。


『進路かあ』

『言われただけじゃ中々難しいもんだね。一年後の自分の姿って何となく想像つくようで全くわからない。まだ将来の夢を決めるような年じゃないのにねえ』

『そうじゃなくて』


 はにかんだ様子で彼女が言う。


『先生がね、私の学力なら県外の進学校とかのほうが将来のためだって言うんだよう。でも県外なんてほら、ただでさえ未来なんて考え付かないのにもっとこんがらがっちゃう』

『......それは学年一位サマのささやかな嫌味でございますかあ?下から数えたほうが早い私に対しての!』

『違う違う!あっ待ってやめてスカートめくろうとしないで!悪かったから謝るからぁ!デリカシーが足りてなかったのは私でしたぁ!!?』


 生まれた時から、周囲にはこんな『普通』を繰り広げられる同世代なんていなかった。

 当たり前の青春を当たり前なのだと自覚させてくれる人がいなかったのも、原因は私だ。私は外見ばかりは派手さを求める癖に妙なところで人見知りが働くという性質があるらしい。

 ......まあ、そんなこんなで自分にはいなかったのだ。『友達』と呼べる存在が。一緒にファミレスに入ってくだらないトークで盛り上がって。帰り道に商店街でコロッケを買って食べ歩きしながら好きな漫画やアニメの話をしたりして。将来の話や試験の出来不出来を語り合えるような誰かが。

 彼女を除いて居なかった。

 依存...?

 ふっ、確かにそうかもしれないわね。もともと一人ぼっちだったから指摘してくれるような人がいなかったのもあるけど、今思い出すと確かに......うん、そうだった。私は『あの子』に依存していたのね。

 シングルマザーの子供が『父親の愛情』と聞いてもピンとこないみたいに。私は『彼女以外との友情』が考えられなかった。でもそれは今まで歩んできた道のりを考えると至極当然の結果ともいえるような気がするし、私の成長の在り方次第ではもっと別の繋がり方だってあり得たわけで、そこんところを一つ一つ言及しだすとキリが無くなってしまう。

 友達の関係。

 学校でまず挨拶を交わして。暇があったら適当な世間話や趣味の話で盛り上がって。都合が合えば帰り道を共に歩く。

 ただそれだけだ。

 たったこれだけのことに『日常』が感じられる。


『人ってねー、一度『流れ』が出来ちゃうとすぐそっちのほうに流れちゃうんだって。自分がどう思ってるかは関係なしに、大勢の意見に合わせちゃうの』


 確か、休みの日に二人で出かけて、そろそろランチにしようということになって入った昔ながらの定食屋のテレビを見て発した言葉だった。画面の中では偉そうなスーツの男がニュース番組の中で討論会のようなことをしていて、直前に話題を振るつもりで「あの男のどんなところが好きなの?」と聞いたのだが、当時はまだその私の質問に対する返答だと気付くことは出来なかったのだ。

 もじもじと恥ずかしそうに語ってた姿を覚えてる。

 コップに入った水が運ばれてきて、私は一気に飲み干した。メニューに軽く目を通して、女学生にはあるまじき『一番コストパフォーマンスが高そうだったから』なんて理由でチョイスした注文をすらすら並べて、メモ帳とペン片手のおばあちゃんが厨房へ戻っていったタイミングだった。


『それで流されなかった人は異端児扱いされて、でも最終的に()()流れに加わっちゃう。大きな波ってのはそれだけで強力だからね。ちっぽけな自我の意見じゃ太刀打ちできない』


 何の話かとも思った。

 しかし、身に覚えが無いわけではない。『あの子』が語る内容はどれも記憶を探ればその片鱗のような光景が浮かび上がってくる。

 大勢による個の統一。

 学校の文化祭のクラスの出し物を決めるとき...メジャーなモノがまず黒板の羅列されて行く中で、いざ自分でやってみたいと思ったことを素直に言い出せる奴は中々の勇者だ。自分以外の大勢が『まああれが一番いいよな』『今から準備が楽しみだね』なんて和気あいあいとしてる中出た意見、状況と場合によってはそのまま『空気を読めないヤツ』の烙印を押されて永久に孤独に耐えねばならなくなるなど、想像するだけで身が震える。

 雪を積もらせるように地道に築き上げた関係が一瞬で崩れる様子を思い浮かべればいい。

 それがどんなに恐ろしくて悍ましいことなのか。私のようにごくごく少数の関係しか積み上げなかった者よりは理解できるはずだ。


『でもたまにいるのよ、多人数の激流に当てられても「自分」を保って正しくいられるが。踏ん張って踏ん張って、もうダメ!って思った時でも力を抜かない人。最終的に負けちゃったとしても、胸を張って自分はやりきったって思える人が』


 「そういう人こそ奇人変人~~なんて言われちゃうんだろうけど」と苦笑いしながら付け加えていたのを覚えてる。

 懐かしい思い出でも蘇ってきたのか、若干頬を釣り上げて。

 仮定の話で、だ。

 一人の青年がこの『世界』全体の敵になったとしよう。

 彼は幾つもの国を跨ぎ、逃げる過程で大勢の追手を殺めたとする。その光景が全世界で放映されて、人々は彼を指差しで非難するのは当然だ。ある軍事国家の最高指揮官は戦車や戦闘機を持ち出して、ある民衆はバットやフライパンなどを凶器として扱い追いかけ、遂にはこの世から逃げ場が無くなる。消滅する。

 これが『流れ』。

 初めは小さな意見の波から始まり、それが徐々に人を巻き込んで肥大化していく現象。進行方向の岩石だろうが対抗意見だろうが全部まとめて『数』で押し通してしまうようになったらそれはもう汚染と言い換えてもいいだろう。群れた途端に自分が強くなったと錯覚するのは『人間』のさがだ、どうしようもない。

 実際には見ていないにも関わらず。画面越しに語られる薄っぺらな『悪行』だけに視界を奪われ殺意を向ける民衆の流れは果たして『善』なのか。

 彼が実は病に侵された少年を救うため、世界中を飛び回って解決策を探していたとしたら?

 社会が未知の病に侵された少年をウイルスのような危険因子と見なし、排除のために彼を追っかけていたとしたら?

 孤独な少年のために立ち向かい、結果多くの命を奪った青年は果たして本当にただの『悪』なのか。例えその全貌を知ることができたとして、彼に賛同するものがどんな悲惨な結末を迎えるのかは言うまでもない。


『でもそれって凄いことでしょ?自分以外みーんな敵でも飛び込んでいける。例え全世界の誰も認めてくれなくたって迷わず踏み込んで「流れ」を捻じ曲げられるなんて。普通じゃできない』


 結局、何が言いたいのかというと、だ。


『彼はね、そういう人。間違ったことをちゃんと「間違ってる」って負けずに言える人。だから、私は彼が好きになったの』


 そう言って『あの子』は笑う。

 ヒレカツ定食に夢中だった私は、惚気話はうんざりだと片眉を引いていた。

 頬張りながら、こんな風にも考えていた...と思う。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう、と。そもそも間違いと正しいの判定なんて人それぞれなのだ、確かに『流れ』に沿って身を任せただけの者も含まれていただろう。しかし波の中にはその『誰か』みたいに、自身の心から吐き出された真の意見で助力しようとする者も少なからずいるはずだ。

 どちらも自分が正しいと思い込んでいる。

 そこまで行ってしまうと、もう違う。

 それは『善』でも何でもない。自分の思うように行かなくなったから、事が進まないから。ゲーム売り場で喚き叫ぶ子供の駄々のような押し付けでしかなくなってしまう。

 【独善】。

 自身の『正しい』を無理やり押し広げようとすること、自分だけの尺度で測った善悪を押し付けて、自分だけは絶対善の位置に立っていると思い込む姿。


『......急に何話し出したかと思えば結局は惚気のろけか』

『むぅー。そっちから聞いてきたくせに』

『親友とはいえ全ての意見が合致するとは思わないことだね、まあ伝えたいことは伝わったけれども』

『紹介したげようか、あなたにはもっと友達が必要だと思うよ?』

『そんなことより早く食べなよ、炒飯が冷めるよ』

『おっと』


 結局この過去の振り返りも、虚ろに揺れる意識の残片...言わば走馬灯とごっちゃになった夢のようなものなのかもしれない。

 丁度いい温度になった炒飯を頬張る彼女はもういなくて、このビジョンが走馬灯という奴なら私の命の先も短い。

 しかし。

 何度思い返しても。

 何百回と記憶を探っても。

 その笑顔に含まれていたかもしれない屈託を探して。せめて、違う言葉をかけてくれていたらと悩んで。

 しいて言うなら、一人の少女の『道』を案ずる友達が居ただけ。そうなることは無いだろうと踏んでいながらも、怖くなって振り返りたくなったような一瞬の迷いに促された少女の一言があった。

 恐らくは、先読み。

 私がその時どんな気持ちで味噌汁をすすっていたのか、きっと『あの子』は知っていた。心の中の葛藤と、思い浮かべた『波』や【独善】の話を感じ取っていた。

 故に、呟いていたんだ。


『何があっても、そっちに進んじゃだめだからね』


 この言葉を聞いた上で進んでしまったのは私の落ち度だ。

 故に、もう引き返せない。

 何がはばもうとも。



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