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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
136/268

暴虐の灰色



 何がどうなってアルラがこの場に現れたのか、まずはここまでに至った経緯を説明する必要があるだろう。

 どこかの誰かから送られてきたチケットを受け取り、アルラが巨大飛行船タイタンホエール号に乗り込んだその日から、別の物語は展開されていたのだ。テロリストたちと正面切って戦いに挑んだ『箱庭』とはまた別の方面で。

 最初の交わりというのは本当に偶然に過ぎなかった。

 自販機でドリンクを買うのも躊躇われるほど所持金に困っていたアルラにとって、金を払う必要がないうえ制限がないバイキングコースは楽園そのものだ。食事を済ませ、自分の部屋へと戻る途中だった。こんなにも広い飛行船内で案内も地図もなしに感覚だけで元居た部屋に戻れると思ってたバカは、当然のように迷ってしまったのだ。


「なんだこれ、落とし物か?」


 よりにもよって各国のお偉いさん専用の宿泊エリアで。警備員から逃げ惑い、隠れるためにすぐそばにあったドアをくぐってしまった。

 そしてまた、よりにもよってだ。アルラが拾ったまま持って行ってしまったのは、どこぞのテロリストが必死に探し求めていた『導火線』の領収書だったのだ。ティファイと同封され、これが無ければテロリスト達はティファイを受け取ったと証明できない。商品だけ受け取って、後々金を払うといったときに支障が出てしまう。

 そもそもティファイはとある違法商社の『商品』だ。受け取りと同時に計画を進行させてしまおうと考えていたテロリストの計画をまず狂わせたのは、ほかでもないアルラということになる。

 あとアルラ・ラーファがやったことといえば、なんか突然襲い掛かってきた機械兵を数体ぶちのめしたくらいだろうか。直後に色々と()()があったとはいえ、種をまいたの奴らだ。こっちは悪くないし。


 時計の針は進む。

 蹴り散らされた『空圧変換エアロバズーカ』の熱気が地に伏せたまま動けない大和の頬を伝って、その熱気に直で触れたはずの灰被りの青年はぴんぴんしていた。

 灰被りの乱入者を除いて、その場の誰もがパニックに脳の機能を停止させていた。

 そもそも、急に誰なのだ?この人は。シズクからも新たな助っ人を呼んだなんて話は聞いてない。となると、本当に誰なのだこの人は。

 誰もが困惑を隠せないそこへ更に後ろから、だ。今度はようやく知ってる人物の声が割り込んできた。


「ちょっとアルラさん!!一人で飛び出さないでほしいんすけど...ってうわっヤマトさん!?どうしたんすかその怪我!」

「キマ...イラ......?」

「知り合いか?」

「あたしを巻き込んだ連中の新入りさんで...とにかく急いで応急処置しないと」


 黄色...というよりは、黄土色に近い毛髪を肩のあたりでそろえた少女が近づいてきた。

 人手不足につき、箱庭の外部からシズクが助っ人として呼びつけたキマイラという名の少女だ。今の今まで行方が分からなくなっていたはずだが。


「ん?ってこれヤマトさん、『毒炉の実(アシッドザクロ)』に汚染されてるんすか!?」

「...どうして、ここに...?」


 キマイラは這いつくばったまま動くことのできない大和のポケットの中に手を突っ込むと、ポケットの中に張り付いていた何かを引きはがす。引き抜いた手のひらの中にはサイコロのような形の金属片のようなものが収まっていた。

 見た目からしてホードが使っていたものとはまた別の発信機だろうか。サイコロのような形の機械の面の一つには赤色に発光するランプが取り付けられ、キマイラが親指と人差し指で挟むと簡単に点灯は消えてしまう。


「......もう何も信じれなくなりそう」

「仲間内でもこれくらいは警戒しといたほうがいいってことすよ。それより今は...」


 そう言って、キマイラが視線を投げた先。寿ヶ原小隈がうつむいて肩を震わせていた。

 終始優位に立っていたあの寿ヶ原が、だ。無理もない。

 彼女からしてみれば今の状況はまさに『予想外』。苦労して進めてきたゲームの終盤で、ラスボスを倒したと思ったら理不尽な敵キャラクターが現れてもう一勝負吹っ掛けてきたのに等しい。あとほんの一歩というところで望んだ結果が手に入ったというのに、だ。

 冷静を保てるはずがなかった。

 『毒炉の実(アシッドザクロ)』の激痛のせいで出る脂汗とも違う。もっと、精神的な苦痛から生まれる種類の汗が頬を滑り落ちていく。あちこちの血管が浮き出て今にでも破裂してしまいそうだ。心の深いところで怒りとか憎悪の感情がぐちゃぐちゃになるまで混ざっていくのがわかる。

 大和とキマイラの前に立ちふさがるアルラへと向かって、寿ヶ原が絞り出すように叫ぶ。


「どうして私の『計画』は毎度毎度こうなんだ。何故思った通りにならない!?あとちょっとのところで届くのに、あと一歩のところで邪魔が入る!?考えもしなかったトラブルが湧き水の如く現れるんだ!!!」


 左足首から下の感覚がおかしい。

 背筋は凍り付いたように冷たいし、皮膚の下の筋肉は硬直したようにこわばってて滑り落ちる汗もいつもと違うようだった。

 後出しじゃんけんでもやっているような気分だ。

 こちらが持てる力の全てと時間を費やして出した最善手が、ポンポンと後から湧き出たイレギュラーに押しつぶされていく。こっちは何をやってもうまくいかないというのに、『敵』は次々とトラブルを味方につけるのだから何度やってもきりがない。『万能薬パナセア』、メタリックシルバーの外装にイカロスと。どれだけ積んでも届かないのはいっそ超次元生命体かなにかの干渉すら考えてしまう程だった。

 寿ヶ原小隈の鼓動が乱れ始める。

 激しいダメージを受けた大和と違って、寿ヶ原小隈の痛覚は死んではいない。しかし、だからこそ『毒炉の実(アシッドザクロ)』の浸食による激痛もそのまま感じてしまうし、度重なるイレギュラーに体力を奪われつつある。

 ぜえぜえはあはあと息を切らして、白衣の少女はアルラを睨みつけたままぽつりと呟く。


「ボルダと雑兵をやったのはあんたか」

「いちいち名前なんて覚えてねえよ。今頃全員仲良く海に浮かんでるんじゃね?」

「どうしてそいつに肩入れする?あんたみたいな奴のことは事前の情報にはなかったし、

「そりゃお前、飛行船を爆破せんとするテロリストと真っ向からそいつらと戦う団体があったらどちらに付くかなんて考えるまでもないだろうが。個人的な恨みもあるけど」

「個人的な、恨み...?」


 僅かに首を横へ傾けた寿ヶ原にアルラは指を突き立て、


「一つ、てめえん所のヘンテコロボットに俺の部屋がぶっ壊された。おかげで静かに療養も出来ないし壁突き抜けてるからずっと隣の部屋から丸見えでしかも空いてる部屋もないときたもんだからこっちは大迷惑。二つ、仕方ないから休めるところを探してたらてめえん所の部下がヘンテコロボット引っ提げて襲ってきた。返り討ちにしたけどおかげで服が油臭くなった」

「じゃあなに。クリーニング代払えばここは黙ってお引き取り願えるの?」

「なわけ。もうここまで首突っ込んじまったんだ。事件の元凶たるテロリストをボコボコにしてから優雅な船の旅に戻るよ」

「......出来ると思う?」

「むしろ出来ないと思う?こっちは()、一人ぼっちのてめえじゃ勝ち目はないぞ」


 ブレザーの上から白衣を着込んだ少女が軽く指先を振ると、次の瞬間に運動場を明るく照らしていた天井の照明が半分ほどが一斉に砕け散り、カバーのガラスがぱらぱらと降り注ぐ。

 少女は眉すら動かさなかった。

 直後に放たれた『空圧変換エアロバズーカ』がもう一撃、頭上に降り注ぐガラスの雨を薙ぎ払う。

 弾き飛ばされたガラスの破片がアルラの耳の端をほんの少し切り裂いて、そこからじわりと赤い液体がにじみ出てきた。


「私の異能に数は関係ない」

()()?」


 嘲笑うかのように、アルラが問う。


「こうして会話で時間を潰しているのは?隙を伺って逃げるためか、はたまた頭の中で作戦を構築してるのか、それとも体力回復を狙ってか。どれにしたって普通にやっても勝ち目はないって自白してるようなもんだよな」


 グオンッッ!!!という爆風が吹き荒れ、いよいよ接点のかけらもない二人の戦いが始まった。

 芝生の上に散らかった大量のガラス片が二人を中心として外側に押し出される。

 とっさにキマイラがスタンガンを頭蓋に押し当てて骨の盾を形成していなかったら、大和もティファイも砲弾が弾け飛んだ風圧だけで遠くまで吹き飛ばされていただろう。

 そのまま外骨格を両腕を覆ったキマイラがティファイを抱え、空いた手で大和を担いで二人から離れた地点へと移動する。何処から取り出したのか、傷口に消毒液をぶっかけられて悶絶する大和を気にも留めず、キマイラは医療用のテープで雑に傷口を塞いでいく。


「大丈夫なのか...?キマイラ」

「何がっすか」

「何がって、あの人だよ!確かにぱっと見強そうだけど、寿ヶ原はお前やシズクみたいな『怪物』だ。そんじょそこらの魔法使いや咎人で相手できるような奴じゃない...!」


 彼女の危険性は大和が一番よくわかっている。

 元『異界の勇者』というポテンシャルに加え、錬金術師としての開発品でブーストをかけてくる彼女の行動を予測するのは至難だろう。

 オマケにただでさえ高い能力を有していた『空圧変換エアロバズーカ』を、寿ヶ原は自己鍛錬でさらに磨きをかけている。全速力で突っ込んでくる戦車くらいなら簡単に受け止めきれるし、その気になれば鉄筋ビルをもハチの巣に出来る。こんなことは大和が知る由もないのだが。

 しかし、


「シズクさんと別れた後、あいつを追ったその先で何を見たと思うっすか?」

「?」

「メタリックシルバー」


 ぞわりと。

 簡潔に告げられた一言だけで、椎滝大和の首から背中にかけて冷たい感触が下っていったのがわかる。もはやトラウマのようなものだ。一見すると大型重機をごちゃまぜにくっつけて人が乗り込めるようにした鋼鉄の塊でも、あれの凄まじさは大和の体が覚えている。

 ただ、どうしてそれが今出てくるのかは謎だが。直後に、大和の

 簡潔に告げたキマイラによると、


「安価で量産された劣化物とは言え、トウオウとニミセト区が共同開発を進めていた兵器...その残骸っすよ。それも一つや二つじゃない、十数個にもなるであろう残骸と()()()()が山のように積みあがってたっす」

「......それってまさか」

「来るぞキマイラ!お前そのガキ庇ってろ!!」


 視線をアルラへと移そうとしていた大和の頬を烈風が薙いだ。キマイラが語ろうとしていた真実について言及する暇もなく、一瞬で眼球を沸騰させてしまいそうな熱風に瞳を閉じざるを得なかった。

 直後に、暴風が吹き荒れた。いいや、その風は自分自身の形を持っていたのだ。

 『空圧変換エアロバズーカ』の異能によって圧縮、放出されたただの空気。ただしその空気は、物体は圧縮されるほど熱を帯びていくというルールを応用して作り出された『砲弾』だ。まともに喰らえば人体なんて軽々吹き飛ばされてしまう威力を持つ。

 ズガガガガガガガガガガガガガガガガッッ!!!という轟音が連続した。

 宙を舞うように『空圧変換エアロバズーカ』を回避した灰被りの青年が着地し、四肢に光を纏わせると同時に呟く。


「『神花之心アルストロメリア』」


 ズゴンッッ!!と、空気が真っ二つに()()

 片足を軸に回転の力を加えたアルラの蹴りは圧縮空気の砲弾を風船に針を刺すかのようにあっさりと突き破り、爆風だけが空気中にまき散らされる。アルラはその勢いを保ったまま一直線に進み、次々と雪崩れ込む砲弾に対して身をよじって回避すると、今度はハイキックの要領で光を纏った右足を寿ヶ原へと叩きつけたのだ。

 めぎぎぎぎゃっ!?と痛々しい骨の軋む音が二人の間に生まれていた。

 寿ヶ原も辛うじて左腕と『空圧変換エアロバズーカ』のクッションで防御するが衝撃を殺しきれない。骨の芯まで衝撃が伝播していく。舌打ちした白衣の少女が思わず砲弾を前方へ放ち、反動で背後へと大きく飛び退いた。

 ただし、灰被りの青年も逃がすつもりはないようだった。

 グオンッッ!?という空気が捻じ曲がる音とともに。

 砲弾が灰被りの青年にぶつかる直前というまさにギリギリのタイミングで、しかし彼は握りこんだ拳の甲を力いっぱい横に振ることで、空気の砲弾を()()()()()()()

 顔色一つ変えずに。

 尋常ならざる高温に晒されて、アルラの皮膚は焼け始めていた。触れた直後に熱ごと砲弾を転移出来た大和とはわけが違う。体を使って。物理的に空気の塊に触って弾き飛ばしている。

 体に加わるダメージもわけが違う。弾けた砲弾の爆風もまともに喰らうはずだし、となると全身を常にあの熱風に晒されているのと同じだ。激痛どころの話ではない。

 しかし。


「こい...つッ!!?」


 寿ヶ原のほうが焦りを見せていた。

 ダメージも何も無視して突っ込んでくるアルラに接近されたらまずいと考えたのだろう。

 寿ヶ原はとっさに標的をアルラ本人からその足元の芝生へと変える。発射された砲弾の一つが芝生を爆ぜて、大量の土がアルラの視界を遮った。砂を空気中に撒いて目潰しするのとは違うのだ。熱されて爆ぜた土は破片手榴弾の如く大量の質量をアルラへとぶつけてくる。

 突然視界を奪われたのと下から押し寄せた土の威力、更には平らだった足元が崩れたせいで、アルラのバランスが大きく崩れる。追撃とばかりに、今度はアルラの頭上から金槌を振り下ろすかのように砲弾を用意した寿ヶ原が、一斉にそれらを解き放った。

 あくまでもアルラはダメージを無効化しているわけじゃない。やせ我慢して痛みをこらえ、腕力で砲弾そのものを薙ぎ払っているだけに過ぎないのだ。いくら何でも全力の『空圧変換エアロバズーカ』を頭上から直撃されたら、肉体の耐久力を()したアルラの頭蓋でもスイカ割りのように潰されてしまう。

 しかし、結果は異なった。

 アルラは潰されていないし、そもそも頭上から降り注ぐ『空圧変換エアロバズーカ』を喰らってもいなかったのだ。

 『神花之心アルストロメリア

 ()()()()()()()()()()()()()()()()というアルラの『異能』

 淡い極彩色を纏った両腕を地面に叩きつけ、さっき以上の土が巻き上げられていた。だが、アルラの目的は違う。拳で地面を叩く...いいや、この場合は()という表現が正解だろう。極限の膂力で地面を押し出したアルラの体はぐるりと空中で前へ進みながら回転し、頭上から迫っていた『空圧変換エアロバズーカ』を回避したのだ。

 地面を押し出した力は、丸ノコのように回転を加えつつ容易にアルラを寿ヶ原小隈の目線の上へと運ぶ。体に極彩色を纏ったまま、アルラはかかと落としの要領で自らの右足を振り下ろす。

 すんでのところで再びガードされてしまうが、しかし寿ヶ原小隈の足は地面へとめり込み始めている。


「なんッ...このパワー!?」


 寿ヶ原が思わず声を出した次の瞬間だった。

 ゴッッ!!!と。

 自転車のギアを変えるように。押し付けたままより一層輝きを増した極彩色がガードを突き破り、轟音と粉塵が撒き散らされたのだ。



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