表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
134/268

あの三日月の空をもう一度



 第二の振動。そして轟音。

 もはや揺れているのは船ではなく、この星そのものではないかと錯覚させられるほどの狂気の中で、女が笑っている。最初だけでも立ってられなかった大和が地面を転がされている。ようやく、数十秒かけて振動が収まって立ち上がると、天井から崩れ落ちた照明の部品があちこちに散らばっているようだった。

 寿ヶ原小隈が腹を抱えながら狂ったように笑っていた。


「ああああああああっはははは!!!あっはははははは!!はは、ははははははははははは!!」

「....何をした」

「はっはっはっはっ...ひー、ひー苦しっ!あっはっはっはっはっ...」

「この『船』に一体何をした!?寿ヶ原ァァァァァァァァァァァァァアアア!!」


 やっと、大和の危機感が刺激される。

 目の前の女が何かしでかしたのだと。根拠もないのに確信だけが押し寄せて、仲間たちの安否を気にする心が余計に大和を焦らせていく。

 安否不明の少女が二人いる。重症の少年は一人、今も眠ったままだ。中央の医療施設でパニックを起こした乗客たちがなだれ込めば、巻き込まれて彼がどうなるかはわからない。

 ようやく。

 馬鹿笑いが収まったらしい少女が。三日月のように口を裂いて、目の端に涙を浮かべて口を開いた。


「......第二次大戦さ」

「は?」


 最初、スケールの違いのせいだろうか。彼女が唐突に口にしたワードの意味を理解することすらできなかった。いいや、『世界』が混同していたのだ。二つの世界に身を置くことで、二つの歴史を学ばざるを得なかった椎滝大和ら『異界の勇者』に対し、行き成り一方的な単語をぶつけるとどうなるか。同じ経歴を持つ彼女であれば、知らないはずはないのに。

 予想の斜め上...すら、突き抜けた。

 一生懸命に思考を張り巡らせていたはずの大和を嘲笑うかのように。

 気にせず、寿ヶ原小隈は。


()()()()()()()()()()()()()()()()()。当時、考案されては書類の山に埋もれて消えていった技術の一つには『気圧の変化を読み取り起爆する爆弾』なんてのがあったのさ。もちろん当時の技術じゃ開発どころか理解もされなかっただろうけどお」


 突然の言葉に、しばらく口が開いていた。

 ......寿ヶ原は。

 この元クラスメイトは、何を、言っている?

 地球の戦争と、こっちの世界のテロリズムがどんなふうに繋がるっていうんだ...!?


「隻腕の男と戦ったでしょう?若作りしちゃいるけどあいつは元米軍上層の人間で、()()()()知識を私にもたらしてくれた同胞でもあるのよ」

「できっこない」

「出来る出来ないじゃなくて、やったからこうなってんでしょって、わかってる?」

()()()()()だったお前が!知ってたところで作れるはずがない。進めるはずがない!いくら何もかも絶望して世界丸ごと恨んでようが、()()へ至るまで何もなかったはずがないんだ。『普通の高校生』だったお前の心には良心なり夢なり、いくらでもブレーキくらいあったはずだ!踏みとどまっていたはずなんだ!!」

「何言ってんの?」


 ブレーキを壊したのは誰だったか。

 はっと思い出した大和の表情が青く染まりつつあったのだ。自分で聞いておいてなんだが、今更思い出してしまった大和はごくりと喉を鳴らす。額を上から下へ滑り落ちる汗の玉や、見ただけでは判断突かないほど小さく不自然な足の震え。

 全部ひっくるめて、椎滝大和の内面を表すかのように。

 そして少女は笑みを崩すことなく、さらりと言ってのける。


「私をこんな風にしたのは『世界』と、お前だ」


 ぐるおんっ!?という音があった。

 それは寿ヶ原小隈がさらに自らの頭上で圧縮空気の砲弾を作る際に発生した音で、また親指ではじいた透明なカプセルが吸い込まれて割れる音も含まれていただろう。

 空気に、白いもやがかかる。

 ただしそれらは圧力の檻に閉じ込められているせいか、すぐ真下にいる白衣の少女にこぼれ落ちるようなことは無かった。割れたカプセルから這い出てくるように現れた白いもやを空気中にはべらせて、寿ヶ原はまた笑っていた。


「気圧感知式陰魔道起爆物。通称は『イカロス』。名前の通り気圧の変化に敏感な、集団で街一つぶっ飛ばせる爆弾だと思えよ」


 ......神話や歴史の類に強くはないが、確かイカロスというのはイタリアとかイギリスだとか、とにかくそっち系...ヨーロッパの神話に登場する人物だったような気がする。迷宮に閉じ込められて、そこから脱出するために頭上を飛び続ける鳥たちの抜けた羽を何年も集めて、翼を作って脱出したとかそんな話だったはずだ。

 なるほど飛行船を()()()()爆弾の名にぴったりだ。

 得意げで、それでいてねばつくような悪意に満ちた声の次の瞬間だった。薄っすらと。白いもやを含んだ空気弾の数が、徐々に徐々にと増えていったのだ。まるで粘土を手でちぎって丸めるように。気付くと一つの球体から派生したのか、十数個もの霧掛かった砲弾が生まれている。

 後ずさりするように構えたまま、三度みたび向かい合った大和は動けずにいた。

 意味不明な言葉の羅列もそうだが、まず彼女が頭上に侍らせた大量の『砲弾』をどうさばくのかを考えなくてはならない上に、背後では大声で泣き叫ぶティファイを常に気にしながらの戦いになる。『空圧変換エアロバズーカ』と『万有引力テトロミノ』の相性以前の問題として、彼女があの謎の白いもやを生み出したカプセル以外の隠し玉を隠していないとは言い切れないのだ。

 それこそ、未知数で無限大。

 夜の暗闇の中のサバンナを、護身具の一つも持たずに歩かされるようなものだ。情報という名の武器を探り当てて初めて大胆な行動が許される状況。

 唐突に。

 寿ヶ原の説明が終わっていることに気づいた。表情に注目すると、だ。


「それじゃあ、再開しようか」

「ッ!?」


 有無を言わさず。

 寿ヶ原のがにっこり笑って告げたその直後だった。白く濁った砲弾は辛うじて反応することに成功した大和の隣を通過していき、遠くの壁にぶつかったと思えば鋭い爆発音とともに飛び散ったのだ。

 飛び込んだ先の芝生ではっと振り返ると、途轍もない温度の塊に激突されたであろう壁面が歪んでいた。それも、ただ黒焦げになっているわけではなかった。前回の芝生のように、半透明のジェル状物体が覆いかぶさっている。

 それも、遠目で見ているだけなので確信は持てないが、ぐじゅぐじゅと動いているようにも...?


(なにか、ウイルスみたいなものか!?触れるのはまずいっ!!)

「うふふふふ、ほらっほらっほらァ!!」


 引き続き、数十発。ドガドガドガドガドガドガッッ!!という無差別砲撃のように連続する轟音にかき消されてはいるが、遠くの地面で怯え泣き叫ぶティファイの恐怖が伝達してしまったかのような、どす黒い恐怖は増すばかりだ。『発射』されてはまた新しい砲弾が寿ヶ原の意のままに生み出されては、何度も何度もガラスのカプセルを放り込まれ白く染まっていく。

 霧がかかるような、薄っすらと気味の悪い白。

 ただ圧縮する際に発生する熱を利用した、どこにでもある空気だけで作られる高火力というだけでも恐ろしいのに。情報と記憶にない追加効果まで付与されては成すすべがない。

 だけど。

 腐った果物の中身みたいな外見のそれの動き方。カプセルの中に納まるサイズと、彼女の『使い方』からヒントくらいは導ける。

 聞こえた単語を切り分けて推察するとだ。


「腐食性、それにmould(モールド)...カビか!?」

「案外優等生よなあ椎滝ィ、あんましそれの意味知ってる高校生いないよ」


 わかったところでどうにもならないのは変わらない。

 暗闇のサバンナの例をもう一度使うなら、懐中電灯を渡されただけだ。敵に対抗しうる『武器』にはなりやしない。

 爆弾の爆発ほど大きくはないが、一撃一撃『空圧変換エアロバズーカ』が芝生や壁に食い込むだけで、僅かな振動が起こっている。触れただけでも大火傷の砲弾に、それほどまでの重みと威力が加わっているという証だ。加えて見たこともないようなカビの力も未知数だが、着弾点の芝生を見る限り触れないに越したことはなさそうだった。

 わかっていたことだが、何度も何度も回避を重ねるごとに、大和には重りを積み上げていくように焦りとともに湧き出る考えがあった。

 こちらの攻撃手段といえば殴る蹴るの基本二択だというのに、相手は遠距離から一発命中するだけでこちらの全身を粉砕できる砲弾を『発射』することができるというのは、なんとも差がありすぎる。コルク銃でマシンガンに対抗しろと言われているようなものだ。髭面の偉そうなおっさんが瞳を輝かせて語るような『人間に不可能は無い!』とかそんなきれいごとは通用しない。

 大和は近くで落下した時の衝撃で壊れていた照明に近づくと、そこから一本の金属製らしき棒を引き抜いた。

 何も持たずに立ち向かうよりはマシだが、これでも全然頼りない。彼女と本気で戦うつもりなら、それこそこちらもマシンガンくらい持たせてもらわないと釣り合わない。

 『人間』ではなく、『兵器』

 そう考えたほうがずっと自然なのは、異能や魔法といったオカルティックな思想基本の世界だからかもしれない。そして彼女と自分たち...元『異界の勇者』をそんな風に順応させたのも...


(近づくんだ)


 鉄棒を槍のように構えつつ、そう考えていた。


(近づかないと始まらない。あっちはこの距離から一方的に攻撃出来るってのに、こっちの攻撃範囲はこの腕一本が届く距離じゃあ何時まで経ってもジリ貧だ!)


 勢いよくこちらを狙う砲弾へ。大和は手にした鉄の棒きれを思いっきり振りかぶる。真っ白に染まった砲弾は野球ボールと呼ぶには大きすぎるが、もともと大和の狙いはそれを打ち返すことではなかった。

 上向きに構える野球とはむしろ真逆だった。下向き、体の捻らせ方からフォームまで、詳しいところは形をとってる大和でもわからないが、どちらかといえばゴルフのインパクトの瞬間のような体の使い方。

 ドズッッ!!と。

 鈍い音が直後に炸裂していた。その瞬間、芝生を含んだ土の塊が空中へと巻き散らかされる。

 狙い通りだ。

 棒で砲弾を打ち返そうとしても、恐らくはその恐ろしい破壊力とカビに力負けして吹き飛ばされるだけだろう。金属製の壁や天井をべこべこにへこませる砲弾相手に腕力でかなうはずがない。しかし、何も自分から触れに行く必要もない。

 銃弾に銃弾をぶつけるように別の物体を強い勢いでぶつければ、威力の差から押し返されこそしても、どちらも爆散するから攻撃は両者に届かない!!


 チッと小さく舌打ちした寿ヶ原の砲弾はというと、やはり大和が考えた通りだったらしい。

 『空圧変換エアロバズーカ』の砲弾は、何かに接触してしまえばそこで止まる。ぶつかった物体がなんであろうと、突き抜けることなくその場で『起爆』してしまう。

 飛散した中でもひときわ巨大な土の塊に激突したことで、本来の標的だった椎滝大和の直前に爆散し、白いジェル状のカビがあちこちへ飛散してしまっていたのだ。

 衝撃までもが飛び散っていく。

 至近距離でそれを喰らってしまったものの、目に見える範囲に例のカビはくっついない。爆散した土のせいで後方へ吹き飛ばされはしたがかすり傷で済んだのだから贅沢は望まない。

 転がされながらも起き上がる。

 

(の寿ヶ原じゃない、やっぱり『異能』のレベルが桁違いだ!!)


 まともにぶつかってもまず勝てない。かと言ってぱっと思いついただけのアイディアでは、そもそも通用するしない以前に成功するかもしれない。板挟みが確実に大和の行動の幅を奪っていく。『出来るかもしれない』に命を懸けて動ける人間がそうそういないように、大和が『不安』に取り囲まれて動けなくなるのも時間の問題だ。まとめて拭い去るにはせめて、このカビのように増殖しつつあるネガティブ思想を寿ヶ原に攻撃を当てるくらいして払拭ふっしょくしなくては。

 残酷な現実であることくらい理解してる。守るためには、常人で留まれない。

 目には目を...相手が『怪物』だというのなら、こちらとしてもすべてを投げ捨てて『怪物』へ成る他ないのだから。...元クラスメイトだろうと、本気で。殺す気で挑まねば、殺されるのは...


「なあ、なあ、なァ!!もしかして、躊躇ってるんじゃねえのかあ?どんだけ甘々なんだてめえは。そんなんだから守れない。6年前も今回も。奪い続けてきたお前にィ今更誰かを『守る』資格なんてあると思ってんのかあ椎滝ィ!!?」

「ッ!!?」


 敵の言葉を真に受けるだなんて馬鹿馬鹿しいにもほどはある。結局寿ヶ原も言葉の内容なんて適当で、大和を揺さぶる目的でしか吐く必要性を感じられない言葉なのだから。

 それでも。

 わかっているのに刺さってしまうのだ。彼女の一語一句が。ひょっとしたら、あべこべの立場もありえたであろう相手からの言葉が。

 わずか数秒。

 大和の意思に反して足が動きを止めていた。まるで脳みそとは別として、体や細胞が記憶を思い出したかのように。トラウマとも呼ぶべき負の記憶を自ら掘り返し、数秒だけだが止まってしまう。

 寿ヶ原小隈はそれ見逃さなかった。


「ぬぐあっ!?」


 重い衝撃に全身の力が抜けかけた次の瞬間には、反射的に『万有引力テトロミノ』が衝突してきた物体を別の座標に飛ばしていた。白色に染まった砲弾だけに気を取られたのがまずかったのだ。炎に直触りした時のようなビリビリと突き刺す痛みが遅れてやってくる。

 ガトリング砲の如き連打の速度で、追撃の『空圧変換エアロバズーカ』が次々と襲い掛かってくる。

 『万有引力テトロミノ』で天井ギリギリの地点まで回避するが、予測されていたのか次の瞬間には天井を砲弾が破壊してしまう。


「カビ入り砲弾に混ざって...っ、透明で見つけずらい通常の熱砲弾をっ!?」

「『異能』は工夫を凝らしてなんぼさ」


 ぞわりと、今一度悪寒が背筋を駆け抜ける。

 直後に放たれた無数の白い砲弾。だがその中に通常の『空圧変換エアロバズーカ』がいったいどの程度混ざっているのか。

 とっさに大和は空中で鉄の棒きれを振り、自身の頭上に発見した天井へと突き立てる。そのまま腕力に任せて押し出すことで、力を加えた方向とは逆向きの力が大和の体を押し出したのだ。

 やはり、直後に天井で爆破したのは『白い砲弾』だけではなかった。熱に焼かれて圧力に潰された天井だったが、芝生や壁のようにジェル状のカビがくっついてない部分がある。

 たったこれだけで終わるとは思っていない。

 空中へと無尽蔵にばらまかれた砲弾たちがまだ残っている。

 ズドンッッ!!と。

 あらかじめ大和の回避を読んでいたのだろう。直線というより扇状。横に広がるように放たれた『空圧変換エアロバズーカ』は、ぶつかるものを無造作に破壊してしまう。


「寿ヶ原ァァァァァァァァァァァァァアア!!」


 それでも、『万有引力テトロミノ』を己に使えば簡単に回避できる。世界中でも特に貴重な空間移動系の異能。上か下のどちらかにしか移動できないというデメリットこそあるものの、瞬時に別の場所へ移動可能というのがそれ以上の利点でもある。より使い方を学ぶことで、マシンガン掃射でも平気で回避できる可能性すらあるその異能を。

 敢えて、選ばない。

 大声で叫んで己を奮い立たせる。直後に到来するであろう灼熱の痛みに対して、覚悟と決意をもって完璧に体で喰らいに行く。両腕を胸の前でクロスさせ、直後に前腕に激痛が食らいついた。


「うおおおああああああああああああああああああ!!!」


 『万有引力テトロミノ』が発動する。

 前腕を蝕んでいく激痛が一瞬にして取り除かれ、衝撃に弾き飛ばされた大和が全身で天井まで激突させられる。

 ごぼっ!と肺の奥から液体が湧き出るような感覚を、大和は感じていた。全身で硬い金属に叩きつけられたせいか、体中の骨という骨が悲鳴を上げている。内臓や脳までも、今すぐにでも休みたい、終わってしまいたいと泣き言を叫んでいるようだった。

 だが、意志は決して折れない。折れちゃいない。

 学校指定のブレザーの上から白衣を羽織る元クラスメイトを刺し殺すためには。しかし、これでいい。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そのうえ上から下に飛び降りる形なら。重力に脚力をそのまま載せる形なら。


「全部撃ち切ったな寿ヶ原!!そしてここまでよく()して理解した。お前は、砲弾一つ用意するのに確実に二、三秒の時間が必要なんだろ!?」

「チッ!」


 あとはばねのように押し込めた両足。

 これを力の限り強く、強く押し出すだけ。ガンッ!と金属が蹴り弾かれて、今度は椎滝大和の体が砲弾のように降り注ぐ番だ。

 大和のほうが、その『砲手』よりもずっと早かった。天井から一直線に向かってくる大和に対して、寿ヶ原小隈も今更のように手元で『空圧変換エアロバズーカ』の砲弾を生成し始める。槍のように構えた鉄の棒きれを、大和も今一度強く握りこむ。

 意を決する。

 こんな、周りを巻き込むようなくそったれの因縁なんて。誰かの大切な何かを奪うことしかできない【憎悪】なんて。彼女を倒したところで、憎悪のサイクルが終わらないとしても、だ。また別の誰かが復讐のために自分を付け狙う結果になるとしても。

 この瞬間は、二人の因縁。誰であろうと割り込ませない。たとえそれが、二人の想うとある少女だったとしても。

 これで終わらせる。終わらせなければならない!!!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 ズゴアアアアアアアアアアアッッッ!!!と。

 槍が触れる直前で、中途半端ではあったが放たれたのだ。『空圧変換エアロバズーカ』は放たれた。寿ヶ原小隈から見て斜め上に、一直線でこちらへ向かってくる糞野郎に向かって。

 そこに、大和の焼死体は無かった。

 『万有引力テトロミノ

 砲弾が放たれる直前だった。大和は、あえて()()()()()()()のだ。故に、ぐしゃぐしゃにひしゃげて弾け飛んだのは彼女を刺し殺すはずの金属棒だけ。椎滝大和の体は空中へと視線を上げてしまった寿ヶ原の懐に潜り込んでいる!!


「終わりだッ!!」


 取り出した何かを少女の白衣へ押しつけると、ずざあっっ!!という音が聞こえてきた。

 血が流れ出ていた。大和が力いっぱい握りこんでいたガラス片。ここまで必死に隠し続けてきた、真の意味での『隠し玉』。強く握りこみすぎて、逆に大和の左手が傷ついてしまう程に。

 それでも。

 ここまでやったというのに。


「ささら、ない!?」


 フェイクの鉄棒を捨てて、本命として隠し続けてきた刃物は届いていなかったのだ。

 天井から落下して砕けた照明の、鋭利なガラスの破片。地震で割れたガラスを被って大怪我するように、下手なナイフよりよっぽど鋭く刺々しいはずの凶器のはず。

 しかし、刺さらない。あとほんの僅か。数センチだけでも押し込めれば、少女の柔肌に傷をつけれるというところまで到達しているというのに。

 固めた空気のクッションが邪魔をしている。

 ズドンッ!!!と、衝撃が腹部に突き刺さった。破裂した空気の圧力に弾かれ、ただでさえボロボロだった大和の体が使い古した雑巾のように転がって飛んでいく。


「......わかってんだろうが、それとも忘れたか?」


 無慈悲な声だった。

 そして苛立っているのか、少女の口調にも変化が見られた。


「『空圧変換エアロバズーカ』は空気を圧縮、固定する能力。圧力で人を弾く力があるってことは、物理的な接触だって弾く力があるんだよお」


 圧縮した空気人体を吹き飛ばせるほどの力があるのだから、『守り』に転用する。当然、金属棒くらいじゃ皮膚にすら届かない。

 これがただの鉄の鎧程度なら、難なく突き抜けていたはずだ。鎧の関節を狙うなり金属の接続部分を叩くなりすれば、案外鎧なんてものはあっさりと崩れてしまう。

 歯噛みすることしかできなかった。

 もう、立ち上がるだけの気力すら残されていない。ここから彼女を倒すビジョンが見えない。敗北の二文字が常に瞳の裏側をちらついてしまっているのだ。


「ちょろちょろちょろちょろ...まるでネズミみてえに鬱陶しい奴だよお前は。『観察する』って?まさか、そんな初歩的なスキルだけで戦場を生き抜いてきたのか?当たるもんも当たらねえ」


 でもさあ、という付け足しを聞く。

 空間転移系の異能を扱い、極端に『砲弾』を当てにくい、当ててもダメージが薄い椎滝大和を確実に撃ち抜くにはどうすればいいか。例えば、相手がどんな弱点を抱えているのかを考えればおのずと答えは見えてくる。

 椎滝大和の決定的な弱点は何かと聞かれたら、それは確かに存在する。

 悪魔的な笑みを浮かべ、怨念たっぷりに頬を引き裂く白衣の少女は、


「お前と私の違い。私にゃ失うもんは何もないけど、お前にはあるよなあ?『守らなくちゃならない命』ってやつが。幸い『毒炉の実(アシッドザクロ)』は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()程度の認識なんだよ。私は」


 背中に氷嚢ひょうのうを叩きこまれたような悪寒を大和は感じた。

 『攻撃』が一時的に止んだせいか、声は今まで以上に聞こえてくる。

 寿ヶ原小隈の声......ではなく。運動場には、あったはずだ。

 もう一つ、巻き込んではならないからと、椎滝大和が遠くの地面に置いてきた『声』が。さながら爆撃機のような轟音に恐怖して泣き叫ぶ、この世の何よりも純粋無垢なる魂が!!


「守ってみろよ『勇者』ァ!!お前が言う『か弱い命』ってやつを!私の『空圧変換エアロバズーカ』から!!」

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 罠だとわかっていても、こうする他ないのだ。見ず知らずの子供のため、命まで顧みなかった青年が取れる行動なんてこれくらいなのだから。

 最後の力を振り絞り、大和が飛び出した。砲弾から、無慈悲な『暴力』から狙われたティファイを守るために。『空圧変換エアロバズーカ』の砲弾から少女を助け出すために。

 ズドンッッ!!という轟音が耳元で弾けていた。

 いっそ投げ捨てられた紙屑のようにあっけなく。

 まだ幼い少女を突き飛ばし、椎滝大和の意識が黒に呑み込まれた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ