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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
133/268

赤熱を帯びて



 その巨大な振動を誰よりも感じていたシズクは今更急ぐように階段を駆け下りながら、背後からはざらざらざらざらざらざら!!という砂を擦るような音に追われていた。

 音の正体については、考察するまでもない。恐らくはこの広大な『動力室』に仕掛けられた何かを守護する防衛装置。

 何度も何度も繰り返しバラしても元のように戻ってしまう、ナットとネジの集合体だ。カテゴリー的には魔法版ロボットともいえるゴーレムだろうから、術者を直接叩くか魔力の供給源たるコアを潰すしか対処法のない面倒な相手なのだが相手が悪かった。

 箱庭随一の魔法使いにして、自他共に認める『怪物』。椎滝大和と行動を共にすることもなく、独断で単独行動に移ったシズク・ペンドルゴンはどこからともなく自らの背丈にも匹敵するであろう巨大な剣の柄を掴むと、撫でるように水平に振るう。

 するりと。

 それだけの簡単な動作だった。巨大極まる剣は空気をなだらかに切り裂くが、今や鋼色の津波と化したゴーレムを形成するネジやナットには一切触れてもいなかった。大質量で押し寄せる鋼の塊が、突如として階段から真上へ突き抜ける極彩色の閃光に呑み込まれたのだ。

 一瞬にして、もう数センチでシズクの体に触れられるというところまで迫っていた鉄の群れがごっそり持っていかれる。抉り取られた膨大な質量の背後から追いかけるナットやネジといった部品までもが、光の中に消えていく。

 しかし...


「ああもうしつこい!!」


 止まらない。

 何が何でもこの動力室に置かれた『何か』を守るようにプログラムされたのか、何度切り裂いてもまた新しい部品が生まれては欠けたパーツを埋め合わせてしまうのだ。仕方なくシズクは夏夜の夢の王(オーベロン)を投げ捨てて薄暗い動力室の最下層へと降り立った。が、当然の如く後ろにはすっかり人の形を失ったネジやらナットやらのゴーレムが付きまとっている。

 恐らくは、『何か』に近づけば近づくほど逃げ切れなくなる。

 明らかにパーツの『数』が増していた。最初こそ全て合わさり人の形をとっても4、5メートル程度だった金属製の部品たちが、今では雪崩落ちる階段全体を埋め尽くすほどに増加している。

 もはや『剣』の制御でちまちま火力を分散させるだけでは、その全てを破壊できないことは明らかだった。そしてゴーレムは魔力さえ供給され続ければ、どこか欠けても瞬時に失われた体積を補ってしまうだろう。

 どれか欠けただけでも飛行船全体に影響を与えかねない機会が並ぶこの空間では、シズクが思ったように火力を出せなくなる懸念も織り込み済みだとしたら大したものだ。

 チッ、と少女が舌打ちする。

 こうなっては一かけらも残すことなく、完璧に全ての部品を消滅させる他ないと判断したからだろう。だがここは巨大飛行船タイタンホエール号の最下層にして心臓部、どの機械が壊れても、船全体に大きな影響を及ぼす危険性は排除しきれない。

 シズクもそれをわかっていて、しかし一方でいちいち迷うことなどしなかった。

 確かに、動力室たるこのフロアには船の重要設備がこれでもかというくらいに配置されているのだろう。中央で船内のほぼ全ての電力を賄っているという話の核エンジンはもちろんのこと、非常用の電源や気圧計なんかも設備として馬鹿にできない。一つ欠けただけで船全体が大きく左右される機会群について、しかし彼女は逆に考える。

 通常では、どうやっても行きつかない思考の果てに。


(...逆に言えば、最下層で警備も最も厳重な()()以外...動力室でも上層までなら、まだ吹っ飛んでもどうにでもなるってことよね?)


 この大雑把な思想が日々仲間を苦しめていることについての自覚については言うまであるまい。

 まるで恒星。

 今まで剣を経由して振るわれてきた閃光が、今度は直接。シズク・ペンドルゴンの一見すると外見通りの華奢な腕に集中していくように。熱とも魔力とも...そして『光』とも言えないただ純粋なエネルギー。ただ静かに、解放されるその時を待つ。

 今にも膨大な質量を伴ったネジやらナットやらの機械部品の群が階段を下りきり、待ち構えるように拳を構えたシズクを呑み込む直前だった。


 じゃらららららららららららっっ!!?と。

 『防衛』の機能を持って突撃してくるように思えた金属部品の大群が勢いを保ったままシズクを呑み込んだものの、何時の間にやら魔力の反応が千切れ、どうやら『ゴーレム』としての形を失っていたようだ。

 思わずあっけにとられかける。

 慌てて、鉄筋ビルをも真っ二つにへし折る極彩色を引っ込める。無駄撃ちで重要設備まで破壊してしまってはどうしようもない上に、わざわざこちらから相手を挑発するような真似は避けるべきだと判断したからだ。そのまま空気に溶けるようにして徐々に数を減らしていく金属部品の一つを手に取るも、それもすぐさま手の中から消えてなくなってしまう。

 シズクは夜の校舎のように薄気味悪い当たりを一度見渡して、


「なんだったのよ...?」


 ぽつりと呟く。

 ここまで頑なに自分を遠ざけようとしていたゴーレムの突然の消失。

 そこに、一体どんな意図が隠れているのか。

 まずゴーレムが設置されていた理由については深く考えるまでもなく、このフロアにテロリストが設置した『何か』を守護するためだろう。今まで抽象的に表現していたその『何か』というのも、あらかたの検討はついている。先の凄まじい振動と轟音、オマケにぴりりと吹き荒れた微かな熱風から察するに間違いなく爆弾の類。

 であれば、爆弾を守護する役割を担うはずのゴーレムが『消滅』した理由は。単純に、術者自身がゴーレムの形成、維持に裂く魔力のリソースを無用と判断して切り捨てたのか?

 あるいは。

 守る必要が無くなった...?


「...ん?」


 ふと足元を見ると、だ。

 厚い靴底のおかげで濡れる感覚こそないものの、水たまり程度の薄い水面がこの広い空間全体に広がっているのが分かる。試しに腰を低くして指先で軽く触れてみるが、どうも水温が蛇口をひねれば出てくるような水と比べ物にならないくらい冷え切っているようだ。ちょっと触っただけでも指先がピリピリする。


「ただの氷水、じゃなさそうね」


 試しに濡れた指先を舌でなぞるが、舐めてみた感じは普通の水としか思いようがなかった。液体を判断する際にまず気にするべき『匂い』が無い。刺激臭でもあれば、ある程度液体の特定にはつながるのだが、


(うん、やっぱりただの水っぽい?となると、問題はどうして辺り一帯が水浸しになっているのか。そのうえこの水はどういった用途で使われていたものなのか、か)


 こういう時、躊躇いなく『未知』に立ち向かっていくことができるのは『箱庭』の中でもシズクだけ。不死体質が染みついた弊害で、自身の危険に対する意識が極端に薄れているのが原因だが、おかげでこんな場面でも後退することなく進み続けられる。

 上映中の映画館のように薄暗い空間を進み始める。

 ぴちゃ、ぴちゃ、と水の垂れる音がする方向へ。一歩踏み出すたびに揺れる水面を気にせず、しかし歩を進めれば進めるほどに水の音は大きくなる。

 科学的見解から意見を挟むことのできるホードか、或いはまた別の『箱庭』の協力があればこの得体のしれない不安の正体も突き止められたかもしれないと、シズクは考える。

 長い時間の中でありとあらゆる分野のありとあらゆる知識に触れてきたが、どんな時でも『未知』は敵だった。解き明かすのには知識がいるが、その知識を得るための条件がそろっていないというのが何よりもきついのだ。故に、未知は未知のまま終わらせず、他人の手を借りてでも解き明かして『安全』を確保したいというのは人類全体の思想でもある。

 『見えない』は『怖い』から。

 考える。

 そこで、シズクははっと顔を上げる。

 前提として、まずこの動力室には爆弾が仕掛けられている...もしくは仕掛けられて()()。裏付けは例のゴーレムと、大震災に直面したかのような揺れだった。これが念動力の咎人か何かが引き起こしたただの振動なら、直後に肌を刺すような熱風は襲ってはこない。十中八九爆発物がそこにあったという確信はもう思考の中に固定して覆らない。

 そして爆弾をここに仕掛けたということは、そこに爆破するだけの価値がある何かが存在したという証明につながる。ましてや、ここは飛行船タイタンホエール号の最深部なのだから。

 ということは。

 最低でも一つは。

 この先、飛行船タイタンホエール号の制御を担うシステムの内の一つ。爆破物で人質にとれるような重要設備が、既に破壊されてるはずではないか?その結果、足元の水浸しが出現としたら、爆ぜられたのは恐らく...


「まさか」


 光差す場所に辿り着く。

 それはそれは巨大な球形と、取り囲むように並ぶ複数の円柱が並んでいる...()()()()()

 そこにあったのは破片と、砕けた円柱の一つから駄々洩れの液体だけだった。あるはずの円柱が、丸々一つ消えていたのだ。正確には、メイン動力源たる核エンジン。それを冷却する役割を持つ極低温の冷水を供給する役割を持つはずの、貯水タンクの一つ。

 思わず、叫んでいた。


「動力基盤...核エンジンの冷却装置。いや、冷却水の貯水タンクが...ッ!?」


 ホードから聞いた事前の話では厚い合金板と複数のセキュリティに守られていたはずの設備だった。そんじょそこらへミサイルなんかでは傷一つつかないという話だったはずが、壁を失って流れ出る冷却水に使っているのは明らかにそれだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 失われてはならないパーツが大量に転がっていた。

 たった一つ失われただけと楽観視するか、四つの内の一つが奪われたと解釈して焦るか。人によるものの、一般人の命を預かる飛行船全体の行き先を左右する装置の一つが故障したと言い換えればどれだけ深刻なのかが伺えるだろうか。

 もしも、残る三つそれぞれにも()()()()()()()としたら。そしてここから先は彼女の仮想に過ぎないのだが。様々な修羅場を乗り越え、進んできたシズク・ペンドルゴンの思い浮かべた可能性の一つに過ぎないが。

 もしも。

 もしもこの場で、全ての行動が()()()いたとしたら。


「まずい」


 小さく呟いた直後に、バッ!!とシズクが振り返った。

 超巨大な『球』の表面に張り付いていたのは、お菓子の空き箱程度のサイズ感に近い。よくよく目を凝らさねばわからないように、色彩から感触まで加工が施されている。爆弾......なのだろうか。それにしてはあまりにも小さいが、やはり、そのお菓子の空き箱のような箱状のものらしき残骸が装置の破壊痕には混ざっていた。

 あれ一つで、先ほどの火力を帯びているとすれば。


「まずいッ!!?」


 バヅンッッッ!!と。踏み込みで力を加えられ、金属製の床が彼女の足の型を残した音だった。

 飛び退く。

 来た道を引き返す。

 巻き込まれたとて『肉体』に問題は残らない。が、もしも仮説が正しくて。この姿が主犯や第三者に露見しているのだとしたら、積み上げてきた『箱庭』としてのブランドが崩れ落ちる要因の一つに成りうるかもしれない。

 流石の『不死体質』だろうと一度木端微塵にされてしまえば、流石に再生に時間はかかってしまう。恐らく敵はその隙に、他の『箱庭』二人を仕留めるつもりでいる!!


(二人が危ない!!)


 水面みなもが荒れていた。乾燥した空気がぴりぴりと肌で狂気を感じ取る。踏み込むたびに水滴が弾け、鋼鉄の床板にくっきりと足跡が刻まれる。

 無意識の内に、最初の爆発から逆算していた。

 あれほど離れた位置にいたシズクにすら届く熱風。飛行船全体をひっくり返しかねないほどの火力、激震。こんな、こんな至近距離でそんな火力に晒されれば

 次の瞬間、恐れていた事態が起こってしまう。


 シュボッ!!と。

 着火する。獄炎へと移るための火種が、静かに導火線を焼き切った。

 『球』に張り付いた無数の箱。炉の中で灼熱を帯びた鉄を思わせる赤が洩れる。シズクの背後で確かにまたたいて、その次は―――――...


「しまっ―――――......」



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