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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
129/268

ナースコール666



 裏コンテナ室から抜け出した大和は眠りこけたままのティファイを連れ、飛行船全体の中央に位置する医療施設へ訪れていた。言わずもがな、己とやっとのことで連れ帰したティファイの治療のためである。


 連れ戻す過程で大和が受けたダメージは決して小さいものでは無い。

 まずトウオウ国の特殊部隊ジャッカルから喰らった腹への飛び蹴り。これが他のどれをも凌ぐダメージだったのは、本人が体で受けた感覚で把握済みだ。ひょっとしたらあばら骨数本はいかれてしまったかと本人はひどく危惧していたものの、どうにか奇跡的に折れてはいなかったらしい。簡単な検査で分かったのは骨にヒビが入ってしまったことで、お医者さんによると激しく動くとヒビが広がりかねないとのことだ。

 次に、メタリックシルバーから受けた傷と全身の打撲。一番ひどかった痛みで骨にヒビが入った程度で済んだのだ。全身の打撲は軽度で済んでいたし、ケーブルの締め付けや鞭攻撃はその場でいなして見せた大和の技量が生んだ軽傷といったところだろう。

 あの後、メタリックシルバーがどうなったのかはわからない。

 だが対テロのスペシャリストたちが抑えているのだ。少なくとも、裏の世界の浅瀬に立っているような大和が立ち向かうよりは効果があるのは確かだった。

 厨房に立つコックがアマチュアかプロか、どちらが好ましいかは一目瞭然なように。


「こう忙しい中余計に仕事を増やされてはこっちまで倒れかねないのだけどね?」

「すんません...」


 お医者様の言うこともごもっともである。

 ただでさえ忙しいというのも、元はシズクとキマイラが敵と戦闘状態に陥ったことで発生したパニック。そこで二人が庇いきれなかった一般人たちがこの医療施設に押しかけて施設内のあちこちを占拠しているからだ。とはいえ、シズクとキマイラも流石の技量で。軽症者こそ出たものの、命にかかわるような怪我や重傷を負った者は皆無だというのだから本物の『怪物』は恐ろしい。

 空き部屋が少ないためか、大和はティファイが寝かされているベッドに腰掛け、診察と応急処置を終えた医者はそそくさと部屋を出て行ってしまう。

 大和はホードの病室に寄ってみようかとも考え、しかしまたいつ襲われるかもわからない少女を置いてはいけない。

 船の構造上、基本的にどの区域からでも訪れられる位置に医療機関が置かれていることに感謝しつつ、大和は自分が腰掛けるベッドで眠る少女のティファイを眺めていた。

 『咎人』云々(うんぬん)なんて関係ない。やはりベッドの上で寝息を立てているのは、世界中どこにでもいる普通の女の子なのだと。どうして彼女がテロリストに追われねばならないのかとも。

 ホードの所有物であるひび割れたタブレット端末を取り出した大和は、そこにメールの受信履歴が無いことを確認する。このタブレット端末には通話の機能こそないものの、一応受信限定のメールボックスだけは気休め程度に備わっていたりする。

 つまり大和から連絡を取ることは出来ないものの、シズクからの一方通行な手紙は受け取れるというわけだ。

 が、先述の通り彼女からの連絡は一切入っていないのが現状だ。『傷口の蛆虫(ダスターズ・エリニス)』だったか?とにかくテロリストたちがいつまた襲ってくるかもわからない現所、大和一人で守り切れるものなどたかが知れてる。

 『毒炉の実(アシッドザクロ)』の成分分析をやるにしても、作戦続行や今後の『箱庭』の方針を定めるにしても、椎滝大和では力不足...ハッキリ言ってしまうと手に負えない。


(シズクの奴、どこ行ったんだ...?)


 自らの安全の保障がないという時でも仲間の安全を第一に考えてしまってるあたり、大和も知らず知らずのうちに『箱庭』に毒されているらしい。

 シズク・ペンドルゴンに、出会って短い時間ながらもキマイラという少女も。特にシズクに至っては、どんな状況に陥ったところでけろっとした顔で戻ってきたりしそうなものだが、何分『初心者』の大和にとっては自分の常識など当てにならない世界。大和が、いつどこでどんなイレギュラーが発生するかもわからない不安に蝕まれる感覚に怯えてしまうのも無理はない。

 情けないとはわかっていても、彼女らの『安否』を知らぬ限りは積もる不安が解消されない。

 『臆病』と言い換えてもいい。

 大和は唇を噛み締め、思わず眉間にしわが寄る。

 仲間の安否。

 海獣族の少年ホード・ナイルは瀕死の重体。助っ人キマイラは敵を折ったまま依然行方不明。『箱庭』第二の王にして正真正銘真正の『怪物』シズク・ペンドルゴンは、連絡もなく突如として姿を消した。

 このどれに『傷口の蛆虫(ダスターズ・エリニス)』が関わっているのかなど、『怪物』入門の大和ではわかりようがない。

 受け取った痛み止めの瓶を片手に、大和はもう一度膝の上に置いたタブレットを空いた片手で操作し始める。つまり『箱庭』の情報処理を担当するホードの開発したソフト、主に一般では侵入できないような、機密情報の奥の奥まで潜り込むためのアプリケーションを起動する。

 しかしまあ案の定、ネットワークの最深部へあっさり侵入したはいいものの、『新鮮な情報』なんて都合のいいものは転がっているはずもない。そもそもトウオウ国側は『箱庭』とテロリストの抗争と作戦にそれぞれ巻き込まれただけなので、件の情報を握ってたら握ってたで不自然なのだが。

 乗員にすら教えられることの無いような完全社外秘の情報欄を潜り抜け、機械の補助を受けた大和が洗い出せそうなのは今何の役にも立たない各階層ごとに設けられた重要設備の配置や役割についてだった。

 これ以上は無駄だと判断したのか、バッテリーの消費を抑える目的もあって溜息と同時に電源を落とす。今までそれこそ勤務中のお医者さんにでも見られたら即通報モノの情報を表示し続けた画面があっさり黒に染まり、覗き込む大和の顔を鏡のようにうっすらと反射し始める。写された自分の顔は言うまでもなく不安げだった。

 まるで旅の征く先を見つめる船頭のように。

 と、


「あれ?何見てたんですかあ~お兄さん?」


 突然入ってきた金髪ナースさんの言葉に、大和の背中がびっくぅぅうう!!?と勢いよく跳ね上がる。逆にその動作そのものがより他人から見た不信感を煽るだなんて、咄嗟過ぎて大和は忘れていた。

 恐らく相手枯らしてみればとりあえず患者とコンタクトを図ろうとしてかけた言葉だったのだろう。大和の内心のびびりには微塵も勘づく様子も見せず。いつもにこにこ笑顔を絶やすことないナースさんは、盆のような銀色のトレイから包帯やら薬品やらを取り出しているようだ。

 ほっと心の中で胸をなでおろし、さりげなくひび割れタブレットを相手の視界から見えない位置に移動させる。


「出来れば電子機器の類の使用はご遠慮くださいねえ。ここは一応そういう電波を気にする設備もありますので」


 「はいすみません」と頷くしかなかった。

 まさか『お宅の飛行船の機密情報をちらちら確認してました』だなんて口が裂けても言えない。というかそんなことを口走ろうものなら、もれなく椎滝大和はトウオウ国の豚箱へぶち込まれてしまうのは明らかで、そう考えると目の前にいるのがにこにこナースさんであろうとも恐怖以外の感情が浮かばないのであった!

 若干声が震えながらも、大和はベッドの上の少女に視線を移して、


「あの、栗色癖毛の女の子をこの辺で見かけませんでしたか?中学生くらいの」

「さあ...何せ先の騒動でこの辺も人がいっぱいですから。個人を判別してる暇なんてありませんよ」


 それもそうだとハッとする。

 学校の先生でもあるまいし、特に思い入れもない人物の姿形をはっきり覚えてられる方がおかしいか。

 どうやら外の喧騒から察するに、患者の数は少しずつではあるものの減ってきてはいるようだった。

 大和がジャッカルやメタリックシルバーとドンパチやってる間にも、彼ら及びに彼女らは甲斐甲斐しく治療に当たっていたということだろう。人であふれかえらんばかりだった廊下も病室も。本当にゆっくりとではあるが静寂の片鱗が見え始めていた。

 その静寂を紛らわしたかったのか、話し相手を求めた大和が目線はそのままに声をかける。


「...今この飛行船で何が起こってるのかって、わかったりします?」

「え?うーん、詳しいことはよくわからないですけど、患者さんの間ではいろいろなうわさが飛び交ってますねえー。爆弾魔が偶然乗り合わせて暴れてるだとか、身代金目的のテロリストに狙われてるだとかー」


 微妙に惜しいところを掠めているのが逆にもどかしい。むしろその辺までわかってるなら、というか一般乗客にまで被害が及んでいるなら普通国側から説明のためにアナウンスを使ったりなんだりをすると思うのだが、それが出来ない理由でもあるのだろうか。

 『国』絡みの問題なんてどうせろくなものではないのだろう。確か話によれば、この飛行船にはどこぞの国の貴族なんかも乗っていたはずだ。あらかた、外交上の自国の見てくれを気にしているか、評判の維持がメジャーな線だ。

 しかしそんなことを知らない、作業中らしいナースさんは何の気なしだ。


「まあきっと大丈夫ですよ。偉い人が言うには既に飛行船タイタンホエール号には凄腕の対テロ軍隊が合流していて、問題解決も時間の問題だとか。あ、今の話は他言無用でお願いしますねえー何てこと聞いてくるんですかもー」

「...今のって俺が悪いんすか?」

「患者の意思は出来るだけ尊重するのがナースですからねえ。しかし何か気になることでもあるんですか?もしかしてもしかしなくとも、お兄さんの『怪我』もそっちの関係ですか。冴えない顔して実はトウオウ上層部お抱えの諜報員とか?」

「誰が冴えない顔だこの野郎」


 何故だろう。

 『箱庭』入りしてからは周りに比べてキャラがたたないとかそんな事態は少なくなってきているはずなのだが、もしかしたらそう思ってるのは自分だけで、周りからは特に特筆すべき点のない人物と思われてる節がある。

 いや別に。人がそうそう簡単に代われないことはわかっているし、自分で自分のことを過大評価しすぎたとかそんなことも無い。ただ『異界の勇者』から『箱庭』に鞍替えすることで、少なからず自分の意識の中だけとはいえ変化は及ぼしてるはずなのだ。決して『異界の勇者』時代の周りに比べて影が薄かった椎滝大和じぶんを否定しているとかではないのだ。

 人から認めてもらうという行為そのものの、心に及ぼす変化というのを身に染みて感じる。

 何故だろう。

 目尻が熱くなってるような気がする。


「ところで、その子はシイタキさんの妹さんです?まさか『娘』なんて年齢には見えませんけれども」

「その子の『保護者』と俺が友達で、その友達と言うのが事件のごたごたに巻き込まれてしまったので預かってるんですよ」


 この辺は誰が見ても違和感がないような『脚色』を加えることでやり過ごそうとする。

 会話の誘導、即ち話術は嫌と言うほどアルマテラスで叩き込まれた技術の一つだ。特に他の『異界の勇者』に比べて、特筆すべき得意科目を持ち合わせていなかった大和は、こういう『小手先の技』を学んでおくことも馬鹿にならない。

 『異界の勇者』を卒業してからではあるものの、役には立っているので学んでおいて損はなかった。

 初見の人には思わずビビられてしまうような顔つきを無理やり笑顔に捻じ曲げて、それでも大和はへらへらと笑いながら言う。


「でも。危うく俺の方からこの子を危険な目に合わせてしまうところでした。百パーセントこの子の記憶には残らないだろうけど、そうはならなかった『今』に俺は心の底から安堵しているんでしょうね。結果的に俺がしたことといえば『逃げ』っすけど、いつかこの子が大きくなって再会した時には逃げの重要性をドヤ顔で教えてやりたいです」

「『逃げ』ですか、それってやっぱり先延ばしにしかならなくないですかあ?」

「先延ばしも延々続けば結末が訪れることはありませんよ」


 きっとここでのやりとりは、どんな結末を迎えようとも履歴書の備考に記されるような事態にはならない。

 飛行船タイタンホエール号の危機を乗り越えたティファイが当たり前に成長して、やがて大人になったとき。ここでの経験が彼女の未来を苦しめるような事は、無いと言い切れる。

 ありとあらゆる物体に『有害』の性質を付与する異能。

 『毒炉の実(アシッドザクロ)

 その点を除けば、ティファイは世界中の子供たちと何ら変わりない。本来であれば今頃両親と共に楽しく毎日を過ごしていて、言葉を覚えたり歩いていたりしたかもしれない。大人たちのエゴに巻き込まれることなく、少女が少女として過ごしていた未来があったかもしれない。


「すごいですねえー...」


 そこまで考えているなんて、ということだろうか。

 事情を知らないナースさんでは考えもつくまい。己の取るべき行動一つで少女一人の未来の行く末が決まるというのだから、大和は大和でそれだけの重役を背負えるほどの『怪物』になり上がるしかなかったということを。

 出会い方はほとんど偶然だった。しかし、運命がティファイを助けるため、ホードにシズクに大和...『箱庭』の面々とめぐり合わせたというのなら、もはやそれは『偶然』を装った『必然』だ。ホードと大和が見ず知らずの女の子を助けたいと願ったのも合わせて『必然』ということだ。

 カチャカチャと、食器とフォークが擦れるような音が響く。

 白衣の天使がトレイの上の薬品やら注射器やらを調整する音だ。ちらりと視界の端に映ったのは赤、緑、白黒に加え紫と言った『いったいその色の液体を体のどこにぶち込むのだ?』とつっこまざるを得ないサイケデリック液体入りの瓶。

 こちらに背中を向けたまま作業を続けるナースさんだったが、ここで。

 しっかりと。初めて大和が白衣の天使に注目したことで。


(あれ?)


 ここに来て、大和が違和感の正体に気付いた。

 そう、二人の会話の内容の中に。混じっているはずのない単語がちらりと見え隠れしていることに。


(......俺、自分で名乗ったっけか......?)


 得体の知れない悪寒が体中を蛆のように這いまわり、特に寒いわけでもないのに鳥肌を立てた大和はもう一度、注意深く、辺りを確認し始めた。ベッドのシーツが握られることでくしゃりと歪み、額を伝う玉の汗が首を通ってシャツの襟に染み付いた。

 そう言えば、懸念していることはまだあったはずだ。

 実際にシズク・ペンドルゴンとキマイラ...()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 異能の名は『空圧変換エアロバズーカ

 椎滝大和にとってそのワードは、ただ敵対するテロリストが保有していた異能と言うだけではなかった。

 かつて。

 椎滝大和はクラスメイト数十名と共にこの世界へと渡り、中にはホードが言うところの『要素』の変換によって咎人となった者も少なくない。その中に、いたはずだ。

 大和が知る『空圧変換エアロバズーカ』が。周囲の空気を不可視の圧力によって圧縮、熱の塊へと変換し、敵対した者へと叩きつける【独善】の罪を持つ咎人が。


「いやあーほんと、凄いよお前」


 口調が変わっていた。優しく、優しく語り掛けるような天使の囁きから、他者を見下すような悪魔の嘲笑。まるで正反対の性質を最初から内包していたくせに、それを押さえつけて表面だけを浮き彫りにしていたのか。

 白衣の天使を包む純白のヴェール。しかし今更ながらはっと気づく。あれは、ナース服ではなかった。ぱっと見は確かに、周囲の外観と相まって脳が誤作動を起こす。しっかり顔を見ようともせず、視線を逸らし続けたのが災いした。

 極めつけには。

 彼女が纏っていたのは()()だった。


「まだ私たちから逃げられると思ってんだもん」


 直後に。

 金髪ポニテがナース帽を脱ぎ去り、爆熱の渦が発生する。



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