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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
128/268

亡きとある少女へ贈るモノ



 譲れない願いがあるという点に関しては、もまた同様だった。それを信じ続けたし、途中で右腕を失ってもなおこの信念だけは失えないという理由だけが、もはや彼を動かし続けるの源へと変わっていたのだ。

 詰まらない一般企業に勤めるつまらないサラリーマン。地球上で蟻のように溢れかえるその肩書の中に居たはずの自分が、いつの間にか異なる世界でテロリズムに身を委ねているという現実。そこに抵抗感や後悔の念は一切無い。

 望まぬ『呼び出し』だった。それも一方的なもの、拒否権すら与えられない。おまけに『お前に用はない』でその瞬間にポイ捨てされたせいで、こちらの世界では生きてく術すら失った。

 世界に呼ばれ、世界に捨てられた者が、世界を恨んで何が悪い。

 一瞬にして、今までの人生で積み上げてきた全てを奪われたというのに、怒りすら湧かずへらへら使われてるだけの『子供』とは違う。真っ当な『怒り』をぶつけることすら『罪』と言うのなら、自分たちがこのような行動を起こしたってそれは世界の責任だろう。

 不当な呼び出しに対する当然の感情だ。なのに、それを『悪』だと断じる『同郷者』がいる。

 『信念』には変わりないのに、一方は非難されもう一方は称賛される。

 それがたまらなく許せない。


『そうやってずっと隠れ続けるつもりか!?俺からも、世界からも、しまいにゃ己の「感情」からも!!憎悪から逃げた先に何がある!?「どうして自分がこんな目に」って考えたことがお前には一度もなかったのかァ!!』


 応答は無い。

 答えるつもりがないのか、答えているが銃声に掻き消されているのかはわからない。しかしそれもどうでもいい。

 答えが返ってきたところで、『ヤツ』はそう簡単に考え方を改めないと確信を持って言える。そもそも、この世界(アリサスネイル)における()()()が異なるあの男と完璧に分かり合えるとは最初から思っていない。

 ただ。

 それでも一片かけらくらいの理解は得たかったと、そうは思う。元の国籍や人種が違うからと言って、それらが永遠に分かり合えないとされた時代はとっくに終わったのだから。

 除音フィルターをも突き抜ける銃声のさなか、背後から鳴り響く突然の警告音があった。生体反応へカメラが追い付くと、その『異能』を駆使して下か上から移動してきたであろう青年がアップで画面に映される。

 吐き気を催すほどの偽善性。夢だの希望だのをまだ信じてる子供は苦虫を嚙み潰したような表情で、また同じ手でも使うつもりか、手の中にすっぽり収まる程度の瓦礫片を握っていた。

 激突の直前、口を開く『子供』も、話だけは聞いていたらしい。もっともらしいことを叫んできやがった。


「世界から逃げてるのはあんただ。受け入れたくないことや辛いことから目を背け続けたあんたが、どんな形であろうとも足掻き続けた俺達を笑っていいはずがない!!」

『足掻くことにどんな意味がある?足掻いたところで何にもかわりゃしねえ、どうせ帰れやしないんだ、失ったモノの大きさを理解してからものを言え!』

「勝手に諦めたのはお前じゃねえかッッ!!」


 衝突の間際。

 膂力では絶対敵わないとわかっていた大和が体を折り曲げ、またもや『予測』の回避を決めていく。頭上を鉄拳が通り過ぎた。過ぎ去る鈍器の下で、バネの様に折っていた膝をピンと伸ばす。鉄拳の内側へと顔を出すことで、大和の射程範囲が、メタリックシルバーの巨兵の胸部とぴったり重なっていく。

 再三説明するようだが『万有引力テトロミノ』は、触れたモノにしか効果を発動できない。つまり裏を返せば、触れてしまえばその時点で主導権は大和のモノということになる。

 掻い潜るようにして懐へと飛び込んだ大和が、メタリックシルバーの胸部に手で触れる。『万有引力テトロミノ』の発動条件が整い、あとは彼の意思さえ動いてしまえばチェックメイト...。

 の、はずだったが。


『...使()()()()、よなあ?』


 中身である隻腕の男の口調は、まるでそれを最初から悟っていたかのようだった。

 今度は予測を立てる間もなかった。

 ガッッ!!!という骨に撃ちつけるような鈍い音が、大和のこめかみ辺りに鋭く突き刺さる。


「がっ...!?」


 思わず声が漏れてしまう。

 どうやら、例の鉄拳の側面で殴りつけられたらしい。皮膚が裂け、額から血が流れているのがわかる。いいや、それ以前に。圧倒的な硬度と膂力でぶん殴られた体がごろごろと床を転がっていき、そのたびに出血の痕が痛々しく床に刻まれている。

 追撃もなく、わざわざ立ち上がろうとする大和を放っておいてるのは、少なくとも隻腕の男...彼なりの美学なんてものじゃないだろう。ただの舐めプか、それとも...?

 鋼鉄の鎧に身を隠す隻腕テロリストは嘲笑うようにして、


『その異能、確か上下限定の空間移動テレポート系の能力。どうやら直接触れないと自分以外に発動できないようだが、制約はそれだけじゃないだろ?例えばそうだな...現にお前はお前自身を移動させるとき、体と一緒に『服』までくっついて動かしてるよなァ...』

「....!!」


 右肩からはみ出た触手の、奇妙なまたたき。海底にへばりつくイソギンチャクの触手のようなそれが、感情に呼応するかの如く蠢いている。


『お前の敵たる俺はこうして強固な外装の中、互いに重要な赤ん坊もこちらの手中にある。さて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、お前が必死こいて奪い返そうとしてる赤ん坊はどうなるのかねえ?』

「はなからそのつもりで...っ!!」

()()()()()()()()()?』


 悪びれるそぶり...すら無い。

 態勢を立て直さんとする大和へ向けてイソギンチャクにも似た無数の触手が襲い掛かるが、対する大和は再び下層へと移動することでそれを回避する。

 再び距離を取って表れた瞬間、男のメタリックシルバーはしっかり標準をこちらに合わせていた。

 攻撃の気配はない。というより、男のほうが大和を特に苦とも思っていない節すらあった。分かりやすく伝えると、『なめられている』のだ。

 息を切らして、相手にはない疲労をさらけ出しているというのに。隙をついて敵である大和をミンチにするような『攻撃』はいつまで待っても飛んではこない。もっとも、現に大和は相手の油断のおかげでゆっくりと態勢を整えられていることになるのだが。

 緊張の中、体内で溜まっていた汗がどっと噴き出してくる。当然ながら相手のメタリックシルバーは先程までの機関銃(?)以外の遠距離武器を山ほど搭載しているだろう。()はロケットランチャーさながらの爆破物なんかもあったか。何が出てこようと、それらはすべて椎滝大和を数秒でひき肉に出来るだけの火力を備えているはずだ。

 危険とは思うものの、足がすくむようなこともない。いや、むしろ、挑みかかるかのごとく一歩踏み出していた。


()()()()()は格上を想定した対人戦闘の定石だろ?使える手があれば、そりゃ使うさ。なりふり構ってられねえんだわ』

「どこまで腐ってやがるんだ、お前...ッ!!」

『さっきから人のこと悪く言うけどなあ坊ちゃん。俺達からしたら、むしろなんで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がわからねえんだよ』


 今一度、大和の姿が空間へ溶けるように消え失せる。

 彼の場合、このコンテナ室だけが『戦場』というわけではない。上下限定とは言え、世界中でも指を折って数えれる程度には稀有けうな空間移動の異能を扱える存在。常にたった一つの空間に縛られるメタリックシルバーとは違って、そのフロアから見て上下に位置するフロアをも移動することが出来る。

 横方向への移動は己の足で、相手には見えない下から転移してきた大和が、一歩たりとも移動していないメタリックシルバーの懐へと躍り出る。


「一緒に、するな...!!」

『一緒だよ。俺もお前も』


 手に握る瓦礫をメタリックシルバーの中へ埋め込むよりもさらに速く。右肩から飛び出た、イソギンチャクにも似た職種のような無数のケーブル。

 それらが獲物を捕らえるかのように椎滝大和の体を絡めとる。寒色系の発光で彩られたそれは一見虚弱そうに見えるものの、強度だけなら人体より遥かに勝る性能を誇るメタリックシルバーの兵器の一部だということを忘れてはならない。バチバチと、放電にも似た音を立てながら。


『互いに一度は世界を恨み尽くした。何もかも失った。与えられたものなんて何も無い、世界の身勝手に巻き込まれただけの「弱者」』

「...違う」

『いいや違わない。俺とお前は変わらない。()()()()()()()?他の奴らが。その場で置いてけぼりにされた自分とは違う。異能や魔法を手に入れた元仲間たちのことを、羨ましいと感じたことがないと言い切れるかい??』

「っ!!」


 右肩の触手で掴んだまま離さない。太く頑丈なケーブルに囚われ身動きの取れない大和は、そのまま顔面へと迫る左の鉄拳に対し、『万有引力テトロミノ』でその場から二メートルほど上へ移動することで事なきを得る。


『持たざる者からすれば、どんな形であれ「才能」を秘めた奴は輝いて見える』


 囁くように。或いは、他者を泥沼の中に誘い込むように。

 その男は共感を誘う。『確かに』や『その通りかも』を引き出して、相手の意識の中に芽生える根本的な敵意を削ぎ落そうと口を動かすのだ。

 視界の端では相変わらず気味の悪い触手が蠢いているようだった。

 その動きはやはり搭乗者である隻腕の男の感情とリンクしているのか。寒色系の発光の中で、怪しげな紫がゆらりと漏れ始めていた。


『例えば世界に16人だけ存在するとされる「神人」、それぞれが世界から抜き取った一つの『分野』に優れ、極めた先に到達できるとされる全人類の最終点』


 メタリックシルバーの腰に当たる部分がぐいんっ!!と半回転する。右肩から飛び出たケーブルが鞭のような破壊力を手に入れ、それを横から叩きつけられた大和が勢い良く宙を舞う。

 また地面を転がされながらも、衝撃は体の芯を揺さぶるほどではなかったらしい。肺の中の酸素が飛び出て、それ以前のダメージによる吐血が床に散らばる()()で済んだのは不幸中の幸いか。

 起き上がって向き直る。

 肩と首の間で、コンテナを穴だらけにしてしまうような銃撃の主が大和へと標準を合わせていた。


『「異界の勇者」、異世界から特殊な機材を用いて召喚され、通常ありえないほどの才能を秘めた「人間兵器」だ』


 その言葉には。

 当事者である大和も反応せざるを得なかった。

 ガガガガガガガガガッッ!!と。

 解放された弾丸が、大和の突っ立っていた位置を容赦なく駆け抜ける。一発でも触れてはならない死の権化。銃撃を認知するよりも早く、大和は全速力で横へ駆け抜けることで初発を躱しつつ、先程と同様にコンテナの背後へと身を隠す。

 轟くような銃声が止む。

 不審に思った大和がコンテナの影から顔だけ覗かせるように立った時、既にメタリックシルバーは大和の頭上へと大きく跳ねていたのだ。頭上にて、コンテナまで巻き込むようにして振り下ろす。

 鉄の拳骨が、空手家が縁部で見せる瓦割のように、上方向から凄まじい衝撃を受けたコンテナが中央からひしゃげて、突風じみた衝撃波が飛びのけるようにしてその場を離れる大和の体を押し出した。


「ぐ、ううううううううっ!!?」

『どいつもこいつも、俺とは比べようもない「強者」だ。神人はともかく、『異界の勇者』なんて奴らは俺達と根本は一緒なはずなのにな』


 三度みたび、対峙する。

 

『教えてくれよ「異界の勇者」。ただ毎日朝起きて朝食をとり通勤し昼には同僚とランチを楽しんで、帰りがけにガールフレンドと一杯楽しむような。たったそれだけのことに幸せを感じていた弱者おれは、本当にただの『加害者』なのかな。これって全部俺が悪いのかな??』


 ......この男。隻腕のテロリストも、原点は自分と同じだったのだと。喉奥の痛みを知覚しながら、大和は思う。

 最初。というのも、椎滝大和ら現『異界の勇者』組が異界のとある王国に呼び出された際。自分自身も、呼びつけてきた王国の姫に対してこう言ったのだから。

 『横暴じゃないか?』と。

 今にしてみればそれは、不当な呼び出しに対する、無力な青年からのささやかな抵抗だったのかもしれない。あの時既に大和はこの先自らと恋人の間に起こる悲劇を察知して、それに対して自分なりの抵抗を示していただけなのかも。

 彼は、隻腕のテロリストは、そのささやかな抵抗が出来なかった自分自身なのだと。

 最後の問いだけ。純粋な哀の感情を秘めた、その言葉を放つ瞬間だけ。彼本来の人間性が垣間見えたような気がした。己を根本から変えてしまった『世界』への憎悪に溺れる前の、ただの『人間』の姿を。

 ならば。

 ここは、猶更なおさら


「やっぱり」


 大和は、静かに首を横に振った。

 相手も黙ってそれを眺めて、大和の答えを待っているようだった。

 やがて、その言葉を聞く。相手も...隻腕のテロリストも、内心は言葉の続きを先読みして、どんな答えが返ってくるかはわかっていたようだった。


「俺とお前は、違う」

『.........』

「あんたの言い分も最後まで聞いたら何となくわかる。確かに、()()()()()()、奪われたって点に関しては俺達はよく似ているよ」


 でも、と繋いだ大和の拳はぎりぎりと力を貯めこんでいたが、本人すらもそのことに気が付いていないようだった。膨大な広さを誇る『裏』のコンテナ室。そのほぼ中央。

 10メートル程度離れた位置で、しかし片方はもう片方をいつでも『処理』出来る間合いの中に収めて。


「でも、だったらどうして現実から逃げた」


 虚を突く一言に、聞いていたテロリストのほうが凍りつく。

 『戦った』ではなく、『逃げた』......?


『逃げた、だと...?』

「そうだとも。あんたはずっと『逃げ』ている」

『「戦う」ではなく、「逃げ」てるだと...?お前、ふざけてるのか...?俺の言葉を聞いて導き出した答えがそれって――――...」

「『戦ってる』?それこそ()()()()()()()。お前はこっちに来てから、一度だって戦ったことなんて無いんだよ」


 遮るようにして、『怪物』の言葉はますますメタリックシルバーを刺激する。ビキビキと、浮かんだ青筋すらはちきれんばかりに、彼の怒りはメタリックシルバーの中で膨れ上がっていく。

 バヂバヂバヂバヂッッ!!と。

 失った右肩、またそれに対応するメタリックシルバーの右肩から先...飛び出たケーブルの音。寒色から暖色、それも、燃え盛らんとする炎の如き赤。威嚇色、警戒色、自然界に置いて様々な敵対の意を持つ色は、あっという間に触手全体に広がったのだ。


「そんなにも怒るほど取り戻したい人生があるなら、どうして『何としてでも帰ってやる』って思わない。その怒りをどうして『復讐』なんかに向けるんだよ」


 それほどの怒気をぶつけられてもなお、椎滝大和は動じなかった。

 むしろ、更に怒りを加速させるかの如く。


「あんたはただ!目を逸らしたくない現実から逃げるように、立ち向かうことを恐れているだけ。闇雲に怒りをぶつけるのは『戦ってる』とは言はない、()()()()()()()()()()()()()()()って思わない限り、それはただの八つ当たりでしかない。『世界がボクの言うとおりにならない、だからこんな世界大嫌いだ。それもこれも全部世界が悪いんだから、ボクの怒りはそこにある全てに向けるべきだ』って。それこそふざけるな!!『現実』から逃げているだけだ!!」


 直後。

 ズンッッッ!!という、振動が、二人の間を駆け抜けた。

 それはメタリックシルバーの巨兵を中心として、円を描くように広がっていく殺意と、それを体現したかのような兵器群が飛び出した衝撃だ。

 なけなしの『善意』のロックが外れる音がした。

 遥か年下の、まだ社会を知らないような小僧。そいつが言い放った、万死に値するほどの禁句。理解を得られるとは初めから思っていなかった。が、ここまで言われるとも思っていなかった。ましてや、『異界の勇者』という枠組みが、同郷の者とは言えここまで愚かだとは考えていなかった。

 残された左腕...関節一つ一つまで完璧に再現された、コンテナをも打ち砕く鋼鉄の拳。膂力で圧倒するのは簡単だが、今回ばかりはそうと言うわけにもいかない。


『いいだろう』


 テロリストが、ようやく口を開いた。


『そんなに死にたきゃ殺してやる。ただし『楽に』とはいかない。まずはこの腕の分。ゆっくりと、一本ずつ四肢を捥いでいく』

「いらねえよ。ここであんたをぶっ倒して、ティファイを助けてそれで終わりだ!!」


 これ以上の対話に、きっと意味はない。

 大和は大和の信念が正しいとして疑おうともしないし、隻腕のテロリストだってそれは同じだ。互いが互いの主張を曲げないから、衝突してまで正しさを証明しようするのは『人間』のさがのような気もする。

 全身から、溢れ出んばかりの覚悟を自覚する。

 全ての原動力は、『許せない』という感情が始まりだった。赤子の命を弄ぶ、非道な同郷の大人を、『許せない』。

 囚われの身のお姫様を助け出すのが、『勇者』のお仕事である。

 椎滝大和に、隻腕のテロリスト。

 また同時だった。

 走り出したらぶつかるまで止まらない。互いにそう理解したうえで、正面衝突以外の道を切り捨てる。背後から突き刺すような真似で己の『正しさ』を証明することは、証明にならない。


 『箱庭』の新たな『怪物』、大和の目の前に広がったのは、まさしく鉄の壁。逃げ場の無い腕力の塊を前にして、しかしそれでも瞳から消えぬ光がある理由を、テロリストは察知出来なかったのだ。

 ぶつけ合わせようと突き出したのは、細くてちっぽけな左腕だった。

 一撃でコンテナを破断することも出来ない。

 コンクリートの壁をぶち抜くなんて所業は絶対無理。

 出来ることと言えば、そう――――。

 泣き叫ぶ子供を、しっかり抱いてやれるくらい...。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああ!!」


 衝突の際に発生したインパクト、桁外れの威力がもたらしたダメージは全て大和側へ注がれる。

 しかし。

 その、次の瞬間。

 グォンッッ!!と。衝撃波からくる突風に晒されたのは、隻腕のテロリストの生身の肉体だった。

 いつの間にか、己の外殻の役割をしていたはずのメタリックシルバー。それらの一切が視界から完全に消滅して、空中には彼と赤子のティファイだけが取り残されていたのだ。

 今度こそ。

 椎滝大和の『万有引力テトロミノ』が炸裂していた。触れた固形物ならどんなものでも。生命に対してももちろん有効となる必殺の一撃。それが、メタリックシルバーを暗闇の底へと沈めこんでいた。

 取り残され、落下の感覚だけを知る男は。自身の目前に、改めて拳を構える『怪物』の姿を見る。


(意図して有機物と無機物のフィルターをかけて俺とガキだけをこの場に残した!?まずい、これは――――)


 そして。

 この一撃のために、敢えて取っておいた右腕。改めて、握りこんだ力を絶対に逃がさないようにして。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 ゴッッッッ!!!という。

 肉が肉を正確に撃ち抜く音が炸裂した。

 『万有引力テトロミノ』なんて蛇足は抜きにして、正確に顔面を撃ち抜かれたテロリストの男の体が、数メートルはぶっ飛んでいた。

 もう叫ぶ必要はない。

 椎滝大和の空いたもう片方。メタリックシルバーに対抗するための犠牲に捧げたと思われる、左腕の中では。

 落下してきたのを受け止めて、小さな命が寝息を立てている。大和は、手のひらに収まってしまうくらい小さな頭をそっと撫でて。


「お帰り、ティファイ」


 ぶっ飛ばされた隻腕の男はどうやら意識はあるようだった。揺さぶられた脳を無理やり叩き起こそうとしているようだが、そう簡単にいくはずがない。一般人の肉体構造とはいえ、10年は戦場を駆けまわった大和もそれなりに体を鍛えているはずだ。撃たれても立ち上がるのボクサーではない。むしろ、機械のボディなんかに頼らず、自らの肉体を極限まで鍛え上げたうえでマーシャルアーツでも振り回す筋骨隆々ファイティングテロリストなんて肩書なら、こんなことにはならずに済んだかもしれないのに。

 男は、仰向けに倒れこんだまま。


「まだ、だ」


 呻き声。

 仰向けに床に寝転んだ隻腕の男から。その呪怨に満ち満ちたような声は、機械を通した合成音声じみたものより何倍も禍々しく。

 

「まだ、終わってない。何度だってやり直す...こんなところで、こんなところで終わらせないッッ!!」


 この執念も、彼の経歴から鑑みると妥当なものなのか。

 幾つもの音が、二人から遠くない場所で打ち鳴らされているようだった。

 それほどまでに深く、鋭く研ぎ澄まされてしまった『憎悪』を、他の感情へ変換することの出来ない男。一歩間違えればおのれもこうなっていたであろうという、椎滝大和のIFでもある彼を哀れむ大和が。


「ここから先は、俺じゃない」

「............ッ!!?まさかッ」


 背後から迫る轟音を聞いて目覚めたティファイが真っ先に気付く。

 ローラースケートを滑らせるような、しかしそれを何倍にも拡張したような音の正体。『箱庭』勢力、『テロリスト』勢力に続き、事件発生後に外部から加わった第三の勢力。

 『ジャッカル』

 対テロのスペシャリストにして、トウオウ国に所属する特殊部隊。大和が数名減らしてしまったものの、現れたのはその数20名以上。全員が似たような全身黒ずくめの特殊なスーツを纏う彼らは、ティファイを抱き寄せる椎滝大和の背後から。

 しかし、ついさっきまで全力で追いかけていたはずの椎滝大和を完全に無視して、


『対象、今回の主犯と思われる人物を発見。総員、確保に動け』

『『『『了解』』』』

「ジャッカル...だと!?」


 そもそも。

 トウオウに所属する対テロ特別鎮圧部隊ジャッカルが大和を追いかけていた理由と言うのは、ティファイに仕込んだ発信機を介して本来の敵たるテロリストたちの居場所を突き止めるためだ。また『咎人』として利用される前に『導火線』であるティファイを抹殺しようとする動きもあったものの、それらもすべて元凶であるテロリスト本体を押さえてしまえば、絶対に実行せねばならないという必要性は失われる。

 椎滝大和とジャッカル。

 出口を目指す大和と、犯人確保を目指すジャッカルがすれ違う。一度は殺されかけた間柄だったからか、大和と彼らの間に馴れ合いはなかった。


 先頭の隊員が、男の大きく息を吐く音を聞いた。

 何やら口元でぶつぶつ呟く男を、しかし大和は振り返ることも無く出口へ歩く。

 直後。


「......口頭命令オーダーチェンジ、保管パーツ127から396まで。直ちに集合及び統合を開始し、使用者ダニエル・A・ジョブズの名の下に敵を討て」


 がちゃがちゃがちゃがちゃ!!と。

 仰向けから立ち上がった隻腕のテロリストの言葉一つで発生した、無数の金属が虫のように蠢く音。それも、この『裏』コンテナ室全体を埋めつくさんとばかりの勢いで広がりつつある。

 その一つ一つが、パーツごとに細かく分割されたメタリックシルバーそのもので。全てのパーツが、まるでそれぞれの意識を持っているかのように、独立して動き、『動き』の中央である隻腕のテロリストへと集まっていく。

 次の瞬間だった。

 男は、その場から立ち去ろうとする大和と子供の背中へ向けて。最後の最後に、もう一度、今度は自らの肉声で声を張り上げたのだ。


「あの女は間違いなく現れる...っ!俺なんかと比べ物にならない『憎悪』にとびっきりの『殺意』を乗せて。直ぐにでもお前を殺しにやってくるだろう!!もうそのガキも関係ねえ、あいつは、己の感情に逆らわねえからなあぁぁぁぁぁぁあああ!!」


 背後から轟くその言葉は、大和の心臓を締め上げる。

 思い出したくもない過去...とでもいうべきか。既に隻腕のテロリストの言う『あの女』を特定するだけの材料は揃ってる。

 幾人ものジャッカルが一斉に飛び掛かる中。

 最後に、テロリストはこう締めくくる。

 己に敵対し、意思を示した『異界の勇者』...いや、今はもう『箱庭』の『怪物』の一人と呼ぶべきか。その青年――――椎滝大和の行く先を、与えられるだけ全ての邪で呪うように。


「せいぜい足掻けよ『異界の勇者』...ヤマト・シイタキィィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイッッッ!!!」



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