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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
127/268

シルバーナイト



「........大人しく、部屋の片隅でひきこもってりゃよかったものを。懲りずにまた肉塊にされに来たってのか」


 答えない。

 答える必要もない。

 舌打ちを挟んでから、また男は憎々し気に言葉を紡ぐ。


「そんなにこのガキが大切か?素性も知らず、名前すら合致してるかどうかもわからないような赤の他人のガキが。なあオイ?」


 人は。

 自分以外の、自分の見れる範囲の外の命には無関心だ。泥水を啜らねば生きていけない世界の裏側の人間のため、己が不利益を被ったほうがマシと考える人が絶滅危惧種なように。

 だから男の言葉がただ絶対に間違ってるとも言い切れない。逆に、そういう者にすら手を伸ばそうと。『元』とはいえ、勇者たる椎滝大和が心の淵に留めた回数はどの程度なのか。

 奴は、そういうことを言っている。

 さも自分の考えこそが絶対のように語って、それで大和の納得を誘おうとしている。


「あんたもそうなんだろ?」


 嘲るように。


「知ってるぜ。遠い遠い別世界からこっちの住民の身勝手で呼びつけられて帰れない。赤の他人のエゴで世界への永住権を押し付けられて、そんで投げ至ってどうにもならないからどうにか勝手に納得するしか心の安寧を保てなかった『異界の勇者』。それがあんただ」


 ちくりと。

 大和の心臓に、針が刺さったかのような痛みを錯覚する。


「なあ、こんな風に考えたことはないか?『どうして、俺みたいな普通の人間がこんな目に合わなきゃならないんだ?』ってな。全世界70億以上もの人間が住む星で、どうして俺が選ばれてしまったんだ?って。本来であれば、お前を呼びつけた連中が自分たちで片づけるべきだった課題を他のクラスのお前を呼んで無理やり押し付けたようなもんだろ。逆に聞くが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 元は学生の大和にとても分かりやすい例えだったはずだ。的確に要点を突いて、そりゃその通りだと大和の心を揺さぶろうとしているというのは既に椎滝大和も察知している。それでもなお、彼の言葉は大和の心に突き刺さる。

 まるで返しのついた釣り針のように深く、もう引き抜けない領域へと。無理に引っ張ってしまえば、大和の心がずたずたに引き裂かれてもおかしくないほどに。言っていることは、考え方としては全て正論の部類に叩き込んでしまえる。

 『復讐』を盾に、好き放題できるというのは確かな事実ではあった。

 椎滝大和。

 その尖った瞳の上下が細まった。

 一度己が体内に貯めこんだ怒気を、吐く息と共に外へ逃がすようにして、聞いていた。ああううあー、という赤子の声。彼が何があっても助けると決心したティファイの声。

 それを掻き消すようにして押しつぶす、男の声も。


「世界は、そしてこの地に住まう住人は、その罪を贖うべきだ。赤の他人?いいや、俺から言わしてみればぜんっぜん違う。既にこの事実に対して世界が何の疑問を抱いていない時点で、この問題は全人類が共謀したようなもんなんだ。男も女も大人も子供も老人も赤子だってそうだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 対して。

 ここまで聞いて、ようやく大和が口を開く。

 言いたいことは全て言い終わったのか、彼の言葉に隻腕の男も下手に口出ししようとは思わなかったらしい。



「...赤の他人とか、名も知らないとか関係ないだろ」


 この言葉に。

 いっそきょとんちした表情で、隻腕の男が首を傾げる。

 きっと。

 二人は、椎滝大和とこの男は。人間性や人としての価値観から正反対なのだろう。だから話がかみ合わないし、そもそも互いが互いを理解しようともしない。

 敢えて言葉に表すとすれば、『天敵』

 救うべき命の目の前にようやく立って。長い峠を越えてきた青年は、それでも焦らず静かな口調で。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。世界の裏側で子供たちが困っています』とか。確かに、こんなこと言われたら誰だって実感なんてできない。簡単に見捨てるだろうさ」


 大和の鋭い瞳が、更に雄々しく怒気を孕んでいた。

 命を弄び、あまつさえ利用し切り捨てることもいとわない外道に向けて。ふつふつと湧き上がるそれが、怪我とは別にまた大和の体を赤く染め上げる。

 言葉の意味すら理解できていない外道は、果たして彼の心の内を正しく理解できただろうか。


「だけど、目の前に救える命がある。手を伸ばせば届く場所で、何の罪もない子供が何もわからず利用され続けてるんだよ。それは、違うだろう。手を伸ばして届くんだから、普通は手を伸ばしたくなるってのが『人間』だろ!!」


 こうして。

 二つの意見がぶつかった。二人の人間が、戦うことを望んだ。もう止められる者などいないし、彼らを止めてくれる誰かがいたとしても、きっと彼らが自らそれを受け入れようとしないだろう。

 はあーっ...という、長い長い溜息があった。


「...もうわかった。理解を求めた俺が馬鹿だった。そうだ、そうだよな。俺とお前は同じだと思ってたが、やっぱ世界に毒され続けてきた奴は言うことが違う。かんっぜんに、()()()()()()よ。お前」


 ガチャガチャガチャガチャガチャッッ!!と、幾つもの歯車がぴったりかみ合わさったかのような音があった。

 それは、大和の背後からだった。

 ショベルカーとトラクターを足したような、メタリックシルバーの兵器。ただし搭乗者の操作性を優先した結果、本体とより密接な動機のために片腕を失った人型の大型機械。

 ぎちちちちち、ちちちちちちちっ!!と。麻縄を引きちぎらんとばかり響く大音響があった。機械の失われた右腕の根元。つまり肩先から、イソギンチャクの触手にも似た、青っぽい蛍光色をぎらぎらと輝かせる何十何百ものケーブルが飛び出していたのだ。


「一つ教えてやる」


 上から潰されたコンテナから飛び出したそれは。大和の隣を通り抜け、地面を滑るようにして隻腕の男の元へと辿り着く。まるでそれ自体が一つの意思を持ち、主君たる隻腕の男の指示に迅速に従おうとしているような光景だった。

 軽く飛び上がり、背中に立つ。

 メタリックシルバーの背面が蒸気と共に割れて、取り込むようにして男の姿を呑み込んでいく。

 さながら、捕食。

 メタリックシルバーの巨大な大顎の中に、先の激闘にて片腕を失うまでに至った真なる『復讐者』が囚われて。『共生』などとは程遠く。果たしてこの場合、使われているのは機械のほうか人間のほうか。少なくとも本人に自覚は無いらしい。

 出来の悪い息子へ、父が優しく諭すように。

 ただしとびっきりの怨嗟をトッピングしたうえで。


「『異界の勇者』は恵まれていた。何せ、道具とはいえしっかり力を与えられた上でこっちへ来れたのだから」


 数日前。

 日常の一コマのように聞き流していた友からの助言。

 『異界の勇者』と『異界人』は別物で。『異界の勇者』とは異なる手段を用いてこちらの世界へやってくる者というのは、案外大和が考えているよりも膨大だと。大和たちはただ『異界人』というくくりの中で、特に恵まれた立場としてこの世界(アリサスネイル)へと訪れたに過ぎなかったのだ。

 ならばきっといるはずだ。

 そんな膨大な『数』の中には。

 地球...或いはもっと別な惑星で。特段幸せを感じることも無く、このどこまでもありふれた生活が死ぬまで続くと確信する人生を奪われ、絶望し、復讐を誓う者たち。

 そんな可能性を。十年もこの世界で暮らしていて、何故今まで気に賭けることすらなかったのか。

 今更になって、食堂でのホードの言葉を思い返す。


()()()()()()()()が集まって生まれた組織...それが俺達『傷口の蛆虫(ダスターズ・エリニス)』』


 既に肉声は失われ、ただただ冷徹なる機械の声を聞いた直後だった。

 イソギンチャクの触手のように蠢き、淡い蛍光を放つ幾本ものワイヤーのような何か。いっそ毒々しいまでにメタリックシルバーの兵器全体の色彩を歪めつつある無数のそれが生物的に動いたかと思えば、次の瞬間、床に置かれていた赤子のティファイを絡めとってしまったのだ。

 ずぶずぶと。

 青と白の中間を行き来する光に、それぞれが独自に自立しているかのような『生物感』すら錯覚させるモーションの持ち主。全長は少なく見積もっても3メートル台でありながら、搭乗者の技量も相まって針に糸を通すような精密動作すら可能とする機会の巨兵。何とか人型を保ってはいるものの、片腕の先はショベルカーのような巨大掘削機に、もう片方の肩から先は生物的なケーブルの触手地獄ではもうそうとも呼べないだろう。前回のそれとは部品が違うのか、その巨兵には何やら腰から『尾』のようなものまで突き出ていて、より歪になった上半身の重心移動のサポートを担っているようだった。

 金属質をひしひしと伝えるメタリックシルバーの外面。

 遂には絡めとった少女の姿を己の中へとしまいこんでしまう。開いた傷口に自ら『異物』を差し込むような暴挙だ。

 思わず、大和も反応を示した。


「てめっ...!」

『『卑怯』とでものたまうつもりか?()()()()。まだまだ自覚が無いようなら親切で教えてやるが、お前が踏み入れた領域...世界ってのはこういうことを平然とやってのけなきゃ生き残れない程に過酷だ。ハハッ!だったらお前は向いてねえなァ!恵まれた『異界の勇者』さんよォ!!』


 『向いてない』

 他者からわざわざ指摘されなくとも自覚はあるつもりだ。

 そもそも『勇者』の時点で落ちこぼれだった大和が、更にその先へ進んで何もかもうまくいくなんて。幻想も幻想、世の中を舐めくさってるとまで言われてもおかしくない。

 しかし。

 既に。椎滝大和は、そんな肩書などどうでもいいとすら思える『怪物』へと昇華を果たそうとしている。大和はもう、重苦しい肩書や他人の都合なんてものには振り回されない。

 大和は荒れ狂う狂気の濁流に正面から抗うようにして、


「『勇者』だとか向いてないだとか世界だとか、要は思い描いた通りにならない世界の八つ当たりを、身勝手な理屈でばら撒いてるだけじゃねえか!子供の駄々でもあるまいし、ちったぁ大人らしくなったらどうなんだ!?」

『ガキの分際で俺達を語るか。坊ちゃんには理解できねえよ、俺達の底知れない『憎悪』なんて』

「理解...したくもない!!」


 ガチョンッ!!と。

 パーツを組み替える音が、額に冷たい汗を浮かべる大和の心臓を加速させる。

 それは彼のメイン武器であろう『左腕』が何らかの仕組みを内部で発動させたのか。それとも、依然一戦交えた大和からしても初見の、右腕側のケーブルが立てた音か。

 画面は、メタリックシルバーに取り込まれたティファイの位置を正確に示している。内部機構を掻い潜り、左胸から発せられる信号にホードのタブレットが反応しているのだ。このままティファイに重大なストレスの負荷をかけ続けていては、この先どうなるのか全く予想が出来ない。

 巨兵が体の感覚を確かめるように関節を曲げて、どうやらそれらしい異物感が無いことを再確認している。

 体格差...もあるが、兵器の力というか『人』としての限界と呼ぶべきか。小細工を労せず勝てる相手ではない。椎滝大和の『万有引力テトロミノ』は、相手に一度破られているというのもある。心に掛かるプレッシャーが今までの比じゃない。()()()|も無くした巨大兵器の前では、隠してはいるものの内側はボロボロな状態の大和などあっという間に解体されてしまう。

 大和は、己の体内から沸き立つ闘志を確かに実感していた。

 或いは覚悟。改めて、ジャッカルの時のような『逃げ』の戦いとは違う衝突が発生するだろう。

 二人の同郷者の間に合図はいらなかった。


『「オオオアアアァッッ!!』」


 『怪物』と『人間』が同時に吼える。

 直後に、衝突が起こった。

 膨大な質量が巻き起こした旋風に立ち向かうようにして。『箱庭』の椎滝大和が先に動いた。

 本来の力の衝突だけなら、たかだか人間の腕力程度を抜け出すことのできない大和が敵う道理などなかっただろう。

 コンマ数秒遅れていたのなら、今頃大和の顔面は弾けていた。ずごんっっ!!と。先程までそこにあったはずの青年の姿が消えて、拳を突き出すメタリックシルバーが僅かに怯んでいた。大和の転移先は限られる。前情報を持つ隻腕の男が即座に視線を拳から一メートルほど上部に逸らすと、確かにそこに大和は浮かんでいる。

 ふわりと。秋風に揺られる枯葉のように。自身の体が落ちていく感覚のみが残される。

 二人の間に、奇妙な間を開けて。

 また以前のように、宙を揺蕩たゆたう大和へ鉄拳の側面を叩きつけようと、隻腕の男がメタリックシルバーを操作しようと試みる。が、


「どうだ?ご自慢の鉄拳に瓦礫片を埋め込まれた気分は。配線くらいは分断できただろっ!」


 飛び退いて、上から重力に逆らわず落下してくる大和の掌を躱す。

 吐き捨てるかと思えば、むしろ好戦的な思いが乗せられた言葉が飛び出していた。同時に、肩から飛び出た電磁加速式コイルガンはぶっぱなしながら、


『無才は無才らしく知恵で足掻く、か。同じ日本人ジャパニーズでも、あの女(うちのボス)とはえれえ違いだ』

「っ」


 無才も個性の一種であると声たかだかに叫ぶ者だっているだろうに。同郷の人間とは言え、ここまで互いの意見が一致しない例も珍しいとすら思えてきた頃。

 『人間』らしい主張を垂れる男のメタリックシルバーで右肩のイソギンチャクにも似た触手のようなケーブルが瞬くが、もしかしたらそれは搭乗者の感情の揺らぎでも感知して、無自覚の内に示しているのかもしれない。

 大和は近くのコンテナの影に一旦身を隠し、薄く伸ばした金属を弾くような音が連続している。

 飛び出したが最後、人体にはっきりと蜂の巣が描かれかねない轟音と弾幕の嵐のさなか。椎滝大和は一端呼吸を整えて、右手首のミサンガを左手で握り隠すようにして。

 もう一度。意を決する。



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