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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
126/268

彼ならきっと



「どええええええええええええあああああああああああああああああああああああああ!!?」


 ばたばたばたばた!!!と耳元で発生した音は、強風にあおられた衣服のはためきだった。


(やばいやばいやばい!!息を整えろ数を数えろ!一秒の狂いが命取りだぞ何やってんだああああああああ!!)


 ちゃんとタブレットのストップウォッチ機能で一分図っているはずが、直前のそれすらも忘却に帰すほどの衝撃だったのだろう。別に脳へのダメージが深かったとか、吐血によるショックで脳機能が低下したとかそんなんじゃない...ハズ。

 なんとか大和の頭は正常である。

 やっと思い出して、風圧に飛ばされないようにしがみつく。吹き荒れる極寒の風が、今この日の季節すら忘れさせるようだった。


 頭上では幾つもの爆音が炸裂している。

 空中にばら撒かれたジャッカルの追撃爆弾が飛行船の起こす強風に揺られ、大和には掠りもしないような位置で大爆発を引き起こしているようだった。極寒の風と対抗するように爆風の生暖かさが肌を突き抜けていく。

 みるみるうちに小さくなっていく飛行船の影が、落下という非日常をより助長するようだった。

 バゴオォンッッ!!と。

 一際巨大な爆発の直後に、まず一度目の転移。『時間稼ぎ』の一手目を講じる。移動した距離は120メートル程度だろうか。近づいたことで、爆風による熱気がより一層近くなる感覚すらある。後はこれを何度も繰り返して時間を稼ぐ。ホードが造り上げたソフトの性能を信じるなら、必要な時間は『一分』。

 一分間、『万有引力テトロミノ』の転移を繰り返せば、大和の体は容易に空に留まることができる。


(『万有引力テトロミノ』の瞬間移動テレポート、移動前の加速度は移動後には反映されず、保有していた速度は必ずリセットされる)


 異能に備え付けられたこの特性が無かったら、大和の体は飛行船へ戻った瞬間に地面へ叩きつけられることだろう。

 落下によって発生する異常なまでの加速、重力による衝撃。潰れたトマト...程度で済むはずもない。これはつまり、数千メートルもの上空からパラシュートの減速もなしに、そのまま直下へ叩きつけられるということだ。

 まず全ての内臓が破裂する。

 次に、全身の骨という骨が着地点から広がる様に粉砕される。

 当然その頃には意識など肉体には非ず、言うまでもなく即死だ。

 考えるだけで身の毛がよだつ。シズクのような不死体質ならまだしも、戦闘面ではどうしても一般人の領域を抜け出せない大和ではこの特性に感謝するしかない。


 そもそもただ落下するというだけでも、度を越えた恐怖に抗いそれを行える人の数は絞られてくる。道行く人に突然『あなたを今すぐ高度1000メートルの上空へ連れて言ったら、躊躇なくスカイダイビング出来ますか?』と問うとしよう。さて、いったい何割もの人間がyesと言えるだろう。また答えられた人たちも、一帯どのくらいの人が宣言どおり実際に高度1000メートルの空気に晒されて飛び出せるだろう。

 100人に問いて、1人でも飛べたなら奇跡。むしろ、飛べる人間のほうが異常者扱いされてしまうのは明らかだろう。

 『普通』は足がすくむ。安全だと言葉ではわかっていても、『もしかしたら』は永遠に払拭ふっしょくされることなくつき纏ってくる。飛べる人間と飛べない人間、イコール勇気ある人間と勇気無き人間。また別のイコールでは、『異常者』と『普通』。

 知らず知らずのうちに一歩踏み出していたということか。椎滝大和は、いつの間にやら後者から前者へと『昇華』していたということか。

 いつの間にかゲートも閉ざされたのか、既に新しい爆発は発生しなくなっている。すぐさま『転移』を繰り返し、飛行船の姿をより近くで観察できる距離まで移動する。近づくにつれて皮膚に刺さるような痛みすら感じる暴風は強くなる。極寒の息吹は大和の体を余すことなく凍てつかせるが、ずっと続く内側からの痛みでそれどころじゃない。

 疼く腹を抑えることも出来ず、体勢が少しずつズレていく。

 しかめっ面の大和は、何かを思い出したかのように、


「...そう言えば、キマイラもシズクも何やってんだろう...?」


 シズクは確か『やることがある』だとかなんだとか言っていたような気がする。病室を飛び出した時は酷く興奮していたので気にも留めなかったが、連絡が付かないというキマイラも心配だ。

 と、

 直後に。もう一度仰向けの体勢を取る大和が何かに気付いた。

 それは空中では特に何かやることも無いので、飛行船の底の底...内側には飛行船全体のエネルギーを賄う核エンジンなどを詰め込んだ動力室に当たる空間か。


(底面に張り付いた...何だ...?)


 黒っぽい色で影に紛れるそれに目を凝らそうとした瞬間。

 じりりりりりりっ!!という音が腕の中から鳴り響いた。

 『時間』が来たのだ。

 大和がアラームを合図に『万有引力テトロミノ』を発動する。一瞬にして高度一万メートル以上の『外』から『内』へ。若干の誤差はあるだろうが、壁や天井に埋まる...なんてミスもなく室内に戻ってこられたらしい。

 足が付いたのは鉄板のように無機質な床だった。

 戻ってきたという実感よりもまず、激痛が体内を暴れ回った。うずくまり、また口の端から血が漏れていることに気付く。咳き込みながらもそれを拭うと、ひとまず近くの壁にそっと背を寄せる。

 ぴこぴこと。傷のついた画面が明滅している。


「なんとかここまで来れたな...」


 本当に、ようやくだ。

 まさかここまで長い寄り道になるとは。不用意に接近したのは他でもない自分とはいえ、これから先『箱庭』として活動するため。裏世界の常識やら作法を学ぶ必要があると真剣に思い知らされた数時間だった。

 もう一度、両の頬を引っ叩いて起き上がる。壁に手を寄り添う形で多少不格好だが、立ち上がることに意味がある。

 これまでの過程は全てゲームのチュートリアルに近かった。

 ありとあらゆる初めてを一人でこなすにあたって先ず越えなければならない一線。それを超えるための準備期間出会って、これから先は今まで以上の苦痛を強いられることになるだろう。

 電源を入れて、初期設定を終えて、一番最初の敵を倒す過程はもう終わったのだと。ようやく本編が始まり、悪い魔王に囚われたお姫様を助け出す物語が始まるのだと、大和は思う。

 ふらふらと。今にも倒れてしまいそうな足取りで歩きだす。少しだけ進んだ先で、シンプルな形状の金属製の扉が待っていた。

 元『勇者』が扉に手をかける。

 パンッ!!と。

 これ以上ないほどの完璧な奇襲。生き物を殺すことだけを目的として生まれ、長い歴史の中で淘汰とうたされることなく機能を保ち続ける兵器が、扉を潜った青年に向けて放たれる。ただでさえ重症。体の内側はもうどうなってるか見当もつかない状態であろう椎滝大和が前かがみに倒れ、しかし一歩踏みとどまる。

 そもそも当たってすらなかった。

 踏み出した足に力を。陸上選手のクラウチングスタートのような体勢を取り、そのまま前方で待ち構えていた男へと全力のタックルを決める。


「なに...!?」


 相手の首へ腕を回して、意識を奪うと、そこには今までとは違った明るさの空間が広がっていた。

 一般立ち入り禁止な東区とレジャー関係の北区を繋ぐ門であり肉食獣の『巣』。ジャッカルが拠点としていた、交番を大きく拡張したような拘留所。最初に大和が案内され、そして『宣戦布告』を行った場所でもある。


「...あった」

 

 わかりやすいフォルムだったのは助かった。

 見た目は学校の放送室にも置いてありそうな機材の山だったが、幸いこれなら機械に疎い大和でも操作くらいはできるだろう。

 即ち、船内アナウンスに使われるであろう機材たち。

 

「誘発された焦燥」


 あの時の言葉を繰り返していた。

 蛇足な行動を付け足したことで、第三者に位置を割られるという不安感情を煽る...。

 インターネット上の詐欺で。

 『個人情報を抜きとられました』とか、『何万円を直ちに振り込んでください』とか。そんな風に言われて、心の中ではありえないとわかっていても疑ってしまうのと同じ原理。『絶対』に違うと断言できなくしてしまえば、あとはほつれた糸を引き抜くように崩れてしまう。そんな人間が引っかかる、人の心理を利用した感情の誘導。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()。絶対に在り得ないと断言できない分、信じても信じなくても相手は行動せざるを得なくなる。

 そこに生じる隙を突けば。

 

「今のままじゃ発信機を作動しても逆探知でこっちが危ない。なら、探知に気付かせない程度の焦りを植え付ければ」

 

 ぱちぱちっ!とスイッチを指で弾いた。微かに音が入ったことを確認すると、まず一度軽く息を整える。

 紡ぐ言葉は決めていない。相手が思った通り動くとも限らないし、失敗したら失敗下で別の手を講じる必要がある。だがどのみちもう、大和には『諦める』という選択肢は存在しないことだけは確かなのだ。

 もう二度と『勇者』と呼ばれなくとも。

 名ばかりの称号を捨てたほうが、守れる命があることを知った。

 『異界の勇者』じゃない。

 『箱庭』の椎滝大和として。

 マイクを手に取り、口を近づけて――――...。

 








『さっきの放送をどう思うよ』

「......しばらく身を隠すんじゃなかったのかよ」


 隻腕の男が呆れたような口調でそう答えていた。

 周囲には無数のコンテナが積み上がり、その一角での会話だ。薄っぺらな端末を首を曲げることで器用に肩と耳の間で挟み、開けた手には小さな命が眠っている。

 

 構わず、電話の向こう側の上司はというと、


『こっちは既に配置済み。ボルダの野郎と連絡付かないのはもうこの際どうしようもない。あいつはやられたとみて間違い名だろう』

「おいおいおい、やられたって?あのボルダがか?俺達の中ではあんたに次いで二番目で、元格闘技世界チャンプのあいつが?その上、俺と同じプロトタイプを纏っているんだぜ、ちょっとやそっとじゃどうともならねえだろう」

『忘れたの?()()()()()()()()()()。良くも悪くもねえ。今回だけ失敗の方程式から逃れられるなんて都合のいい結果、あると思うの?』

「ドヤ顔で言うことじゃないぜボス。それに、俺達はどいつもこいつもそんな『人間』の集まりだろう。『失敗』してなければ、はなからこんなところにいやしねえよ」


 本当にドヤ顔で言うようなことじゃない。

 あっちもこっちもやってるのはただのテロ活動だ。例え根本に外的な原因が根付いていようとも、こうやって復讐に乗り出した時点でどちらが悪いなんて議論に余地はなくなる。

 『やられたらやり返す』が通用するのは子供の世界だけで、大人になったら喧嘩両成敗。手を出した時点で、もう『罪』から逃げることは出来ないのだから。

 ああうー、と。

 片方しかない腕の中で、小さな子供が唸る声が聞こえてくる。確かに眠っているはずだが寝言のようなモノだろうか。

 導火線は、この子供だけを示すワードではない。

 子供と、引き渡されたことを示す同意書。

 二つ揃ってはじめて意味がある。


「赤子だけでも回収出来たのは幸い、か」

『「イカロス」の準備は整った。懸念すべき予想外のエラーもどうやら静まったし、国から派遣されてきた連中が私たちに辿り着くことはあり得ない』

「スペアパーツでプロト機も組み直した。なんせ片腕だからな、酷く時間かかっちまった」

『残る不安要素と言えばやっぱ『箱庭』の連中か。同意書の捜索はもう後にするとして、「毒炉の実(アシッドザクロ)」まで捥ぎ取られるんじゃないわよ。何時だって油断は命取り、既に一本持ってかれてるならわかっているだろうけど』


 それに、と。

 画面越しでも伝わってくるような口調があった。

 あの上司がしんみりとした声でぼそりと呟いているようだった。


『あの声は、「ヤツ」ね』

「?」

『何度も言うようで悪いけど気を抜くなってこと。そっちはもう腕一本持っていかれてるだろう。こういう誤算だってある。......ま、()()()()()()もあったけどねえ』


 画面の向こうの少女は、今度はくつくつと笑っているようだった。情緒が不安定なのか元からそんな『人間』だったのか。浅い付き合いの彼では測りかねる。


『それじゃ、この端末もそろそろ危ないしお喋りは終わりしよう。なにせ警備員からぶんどったから足が付きやすいのよね』

「......あんたのそういうところが積み重なって『失敗』につながってくんじゃないのか?」


 有無を言わさず、一方的に通話が途切れる。

 広大な貨物室の、壁際にある開いたコンテナの一つ。

 中には新しく組み直したメタリックシルバーの巨大兵器が積んである。搭乗者に合わせてこちらも隻腕仕様になっているので、今までのような従来の使い方はこなせなくなっただろう。だが何も無いよりはマシなのか。一旦足元に子供を降ろして、そのコンテナまで近づいたその瞬間。

 がだんっ!と、何やら鈍重な音が貨物室に木霊こだまする。

 不審に思った男が辺りを見渡すが、特に変わった景色は見当たらない。どこもかしこも人の気配を完全に取り払った闇が広がり、彼らのほかに有機物があるはずもない。

 男が、何かに気付く。

 『明るさ』が消えていた。太陽を隠す雲があるように、ただでさえ僅かだった光が薄れて、黒が増していたことに。

 自らの頭上に差す影。

 落下してくる四角い金属製の箱。


「なっ!!?」


 ガジャンッッッ!!!と。

 重厚な金属の音。彼目掛けて落ちてきたコンテナが轟音を発して鼓膜を叩く。

 まさに危機一髪。あとほんの少しでも回避が遅れていたのなら、今頃落下してきたコンテナの下敷きになってぺしゃんこのミンチが完成していただろう。


 影が差していた。

 息を切らして、己が一度『死にかけた』という事実を呑み込むのに苦戦する男の前に立つ影が。

 ただし、今度は人型。上から見下ろすようにして立っているためか、男が下から見上げるだけでは顔がはっきり映らない。

 だが。

 彼は至って普通の服装に、少し血の赤を散りばめたような色彩で。口の端には、また似たような赤を滲ませて。痛々しくも堂々と立つその姿は、彼が目指した称号にふさわしいものだろう。

 『怪物』が地面へ降り立った。


「てめえは...ッ!?」


 黒髪に高身長。目付きの悪い、元『勇者』

 悪者に連れ去られたお姫様の前に現れた青年は、悪者を前にしてまず一言目にこう放つ。

 それは。

 悪者に対する、宣言か。

 お姫様に対する、呼びかけか。

 椎滝大和かれならきっと...


「ようやく、見つけたぞ」



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