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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
123/268

憚る鋭気のプレリュード



 ホード・ナイルの病室から離れ、着の身着のままの身軽なシズクは一人薄暗い廊下を歩いていた。

 使用者の背丈を悠々超えるサイズの大剣は勿論、武器の一切を持たずにただ歩いているだけならば、かの『怪物』少女といえどどこにでもいる普通の少女にしか見えないものだ。こういう時、彼女の若干幼く見える外見は何かと擬態の役に立ってしまうのだが、本人としてはいろいろ複雑な心境なのだった。

 とはいえ。

 彼女の用があるこの先の道では、そんな容姿に惑わされるような奴が存在してくれている保証はない。そこらの夜中のコンビニに現れるコロコロ上がりの不良のような都合のいい『悪』なんてあるわけがない。


(『毒炉の実(アシッドザクロ)』、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()())


 前髪をくるくると人差し指で弄りまわし、怪物少女は何気ない表情だった。

 表情には現れないものの、しかし奥底では重体の仲間を思い浮かべ歯嚙みしていた。


(んで『敵』はその『異能』をなんらかの計画に組み込んでるわけで、ってことはティファイの毒性を利用した兵器か何かってことになるわよね)


 ぱっと思いつく中では毒ガス兵器。それともトウオウの生活基盤に大打撃を与える水質や大気の汚染兵器などが思い浮かぶ。

 どちらでも、もしくはそれ以外の何かでも。決して看過できるような代物ではないことだけ確かだ。

 例えばダムや貯水池の水に汚染物質が加わるだけで何人の命が危険にさらされることになるだろうか。いや、何人という規模で収まるはずもない。一つの都市、あるいは一国丸々が崩壊しかねないほどの大惨事など目に見えてしまっている。

 かんっ!と。

 いつの間にか床が材質から違ったモノになっていたことに気付く。絨毯張りから扉を潜り、その先のただでさえ事件のせいでピリピリしがちな一般人お断りエリアへと足を踏み入れると早速大柄なシルエットのスキンヘッドマッチョに見つかってしまった。

 服装から判断するにただの警備員だろう。一瞬シズクの姿を見て体をこわばらせたようだが、直ぐに与えられた仕事をこなすため幼い栗色の少女へと駆け寄って、この場から引き剥がそうと巨大な腕を伸ばしてきたのだ。事件の混乱に巻き込まれただけの少女だなんて思い違いが生んだ悲劇は悲しいものだ。

 途中で、男が突然力の抜けたかのように膝から崩れ落ちた。

 少女は平然とした姿でその隣に歩を進めていた。


「警備は厳重そうね。当たり前だけど」


 当然ながら答える者など誰一人としているわけのない。ここは数日前、今は傷ついた『箱庭』の同胞ホード・ナイルが命がけの追いかけっこを繰り広げた飛行船最下層の動力室。右を見ても機械。左を見ても機械の空間の中では人肌の一つだって新鮮に目に映るものだが、そもそも集団行動は苦手な部類のシズクだ。

 ひとりぼっち何のその。年頃の少女のように見えても、彼女は夜中の廃病院とかにずけずけ踏み入れるタイプらしい。

 今更ながら、異変をかぎつけた何人もの警備員がシズクを取り囲もうと集まってきた。薄い鉄板を踏みつけたような金属質な音があちこちで木霊こだましたうえで。何気ない身振りで大人一人が通れる程度の通路を進むシズクの前後を絶ち塞ぐ。

 が...


()()()


 ガオンッッ!!?と、瞳の中には映らない、鼓膜が音と捉えない何かが一瞬にして空間を埋めつくしていた。

 そして、最初の男と全く同様。リンゴどころかスイカでも片手でクラッシュさせてしまいそうな(しかも軍服の裏に火器携帯の)筋肉警備員の意識が奪われる。

 しかしそれも至って正常な肉体の反応だ。

 『箱庭』第二のおさたるシズク・ペンドルゴン。彼女は特に何かしたわけでもなく、ただちょっとばかし本気の殺意を込めた言葉を投げかけただけに過ぎなかった。そう、殺意。

 条件さえ整ってしまえば亜音速の中でも余裕で活動し、身に宿すのは他でもない本人がうんざりしてしまうほどの不死性。どんな武器凶器よりも鋭利で鈍重な肢体を軽々振り回す怪物が放つ、ちょっと本気の殺意。

 そんな桁外れの怪物が放つ目には見えない刃に反応した。

 『こんな怪物を相手にするくらいなら、いっそのこと今すぐにでも自ら意識を絶ち切ってしまおう』と。彼ら自身の体が勝手に判断し、自ら意識を失うことで、相手に対する己の無害性を主張する。シズクはそれを促しただけ。これも『怪物』として、長年にわたる経験の積み重ねで得た手法。

 もっとも。本当に肝の据わった相手には通用しない手ではあるが。


 どさどさどさどさ!と一気に倒れこむ人の背中を踏み越える。少女らしいサイズの靴がかかんかんと鉄板のような足場に音を刻み、もうしばらくは目覚めることも無いであろう者たちを残して奥へ奥へと進んでいく。




(ま、仮にも元『異界の勇者』。そこら辺の雑踏共に後れを取るようなら『箱庭』の中でも生き残れないでしょうね)


 実際のところ。

 その夥しい輸血量もさることながら。全身ズタズタだったホードの体でも、特にひどいのは引き裂かれた胴体でも強い衝撃に揺さぶられた頭蓋の中身でもなかった。あちこち痛々しい傷で覆われながらも、むしろそれらの外傷はまだいくらでも手の施しようがあった方だ。全身十数カ所にも及ぶ裂傷、それに骨折と一部内臓の損傷。一般的に重体の札を張り付けられるにふさわしいほどの怪我以上となる、ホードの命を脅かす存在がある。

 触れた物体に『有害』の性質を付与する『毒炉の実(アシッドザクロ)

 では無意識のうちにそれを発動していたティファイを受け止めた彼の両手はどうなっただろうか。

 シズクの知る由もないのだが、少なくとも『箱庭』よりは『毒炉の実(アシッドザクロ)』とティファイについて知識を持つメタリックシルバーの襲撃者なかみは、感染部位を切り落とすことで難を逃れていた。

 つまりは、そういうことなのだ。

 感染部位の切断。人体のパーツの一部を切り放す判断をせざるを得ないほど、ホードの体の中では深刻な状況が続いている。

 即ち死のカウントダウン。


(()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そっちは大和に賭けるとして...)


 機械の群れの中、シズクが更に下層へと続く階段の手すりへと手をかけようとして静かに息を吐いていた。

 直後の呆れたような口調は誰に対してか。ここまでやってもわからないような無能であるのかそれとも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 じゃらら、と。

 ビー玉を転がしたような音が背後から。


「出迎え結構。大人しく回れ右して術者をぶん殴りに帰るというなら今はぶっ壊さないでおいてあげるけど...って自立型のゴーレムに何言っても無駄か」


 言いながら振り返った少女の目前にて、小さなボルトやネジなどが大量に集まっただけの山がある。その細かいパーツの一つ一つが動力室の僅かな光をてらてらと反射するようで、全体で見ればとても妙な煌めきを放つ金属からはかたかたと小さく震えるかのような音が連続していた。

 ゴーレム。

 その単語は決して土塊つちくれをこねて作る人形を代表する言葉ではない。

 むしろ『人の手で作られる非生物』『人型を取り思考という生物の特権に似た回路を備える』『エネルギーさえ与えれば人に代わり動き続ける』という錬金術的なゴーレムの定義からは、科学によって成されたロボットなどもゴーレムの近縁種に当たるという。

 ロールプレイングゲームなどの有名どころ。そこで彼らが担う役割といえば単純にして明快だ。

 門番。

 神殿、ダンジョンの最深部、洞窟への入り口。そんな、立ち入らせてはいけない場所を守る巨大な土人形。この世界では、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そんなにこの先に通したくない?守りたい何かがあるの?それってつまり『この先にはゼッタイ見られたくない何かがあるので通しません』って言ってるようなもので、今まで私が確信できなかったその『何か』に対する存在の証明みたいなものだってこと気付いてる?」


 鉄の塊が返事などするものか。鉄の塊が蟻か蜂の真似事をして集団行動をとるものか。小学生の国語の教科書で見たような、集団を以て一つの『個』とする戦術など使用つかうものか。

 じゃら、じゃら。

 じゃららら、じゃらじゃら、じゃらららららららららららららららら!!!と。

 沸き立つ源泉の如く膨れ上がる。一つから始まったであろうボルトにネジ、それらの金属が急速に数を増して人の形を成す。わかりやすく、ゴーレムとしての巨大なシルエットを浮かび上がらせる――――。


「んじゃま、始めますか。()()()


 何気なく伸びをした直後だった。

 ゴーレムの顔面の中心に赤い光が灯ったかと思うと、文字通り鋼の拳が真上から振り下ろされた。



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