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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
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救命信号



 そして大和も出て行った病室の中。この部屋の広さにしては若干小さくも見えるベッドに横たわる少年と二人きりになったシズクは細い指で自分の端末を弄っていた。

 小さく息を吐いて椅子に腰かけると、部屋の外から聞こえてくる喧騒もより一層際立つようだ。

 ヤマトへ渡したあのタブレットはホードが現地での情報解析に利用して居たものだ。従って、シズクやキマイラへと繋がる連絡手段にはなり得ない。代わりに、別の機能なんかは盛沢山である。その一つ、情報技術の取り扱いを専門とするホードが生み出した追跡アプリがある。これはあいつが常に携帯しているボタン電池サイズの電波発信機をバッテリー切れまで永久に追跡するといったシンプルなものだが、こんな状況には打って付けだった。

 もしやと思い、ボロボロに荒らされまくっていた部屋の中を探し回ってよかった。発信機の個数が一つ足らず、画面の中にはその答えを記すように光る点を見つけたのだから。

 ホードは最後の最後まで、しっかりと安全柵を張り巡らせていたということだ。

 それにしても、だ。

 新入りの大和に関してだが、やはり、気にするべき点は残っていたらしかった。


(やっぱり、自分の体が完璧に修繕されていることには違和感を感じていない、か)


 あれも依り代を得た狐の力だというなら、前の姿からは想像できないほどの進化とも呼べはずだ。しかし、それを乗り越えた大和が更に先へと進みつつあるのも確かではあるのだ。

 成長したというなら、彼女自身も、或いは。


(......こんなに、早く訪れるとは、ね)


 心電図モニターの音は相変わらずだった。規則的なリズムが刻まれつつ、しかし部屋の外へと踏み出せば元の喧騒が出迎えてくれる。

 彼女が新入りの椎滝大和を一人で行かせたのにも、もちろん理由がある。

 一つに、せっかく彼が固めた決意を尊重するため。あの流れに乗っかってシズクまで部屋を飛び出してしまえば、それこそ蛇足を挟んでしまうようなものだ。戦力にさえ数えられていない青年がどれだけ心配でも、ここは黙って見送るしかなかった。

 二つに、シズクもシズクで調べたいことが出来てしまった。.......理由の大半はこっちのせいと言っても過言ではない。シズクがこれについて知ってしまったのも偶然の産物。危険な役割を大和に任せてしまったのもこの役割はシズク以外の人物では務まらないためである。適材適所といえば聞こえはいいが、送り出した背中が必ずしも帰ってくるとは限らないこの業界では、果たしてシズクの判断が正しいのかどうかも結果次第なのだ。

 つまり、これも賭けだ

 当たりはずれどころの話ではない。結果が何種類存在し、その何割が当たりなのかすらもわからないような、危険を突っ切るようなギャンブル。

 しかし。

 そんなギャンブルを好むのもまた、この『怪物』でもあったりする。


「やるべきことを。個の求める最たる結果を」




 ところで飛び出した大和はというと、どういうわけか西区の中でも特に中央寄りの施設......どうしてこんな施設まで設置されているのだろうと疑問に思ってはしまうのだが、俗にいうネットカフェと呼ばれるであろう施設の一室に駆け込んでいた。

 実は日本でもこういう狭い空間が大好きだった日本男児しいたきやまと。不可抗力ながらちょっとそわそわが止まらない。

 とはいえ、いくらトウオウ製とはいえ地球とは形式が違っているので、その点の違和感はやはり付きまとってくる。いわゆる異世界版ネカフェというだけなので、様々な違いが見て取れて新鮮な気分になるのだ。カフェというよりカプセルホテルの形式に近いか。

 狭く区切られた個室の中に、テーブルに椅子、そして無駄に最新型なトウオウ製コンピュータが設置されているだけの空間。壁ももちろん安アパートの壁より薄っぺらく、防音もくそもないタイプのアレである。しかし、間違いの中にも織り交ぜられた共通点というものは逆に興味を加速させてしまうのでこの辺にしたいと思う。

 入り口に設置された機械の中にワンコイン投入でカードを受け取り、あとは個室の入り口の認証装置にかざせばOK。狭苦しい個室のお尻が痛くなるような椅子に腰を下ろす。


「......あれだけの騒ぎがあっても案外無人の施設なんかは動いてるもんなんだな」


 タブレットの充電ケーブルをコンセントへと突き刺しながらの言葉だった。実際、無人の施設とはいえ人の気配はほとんどないに等しかったのだ。危険を冒してまでインターネットに没頭したい廃人気質はそもそもこんな飛行船に乗り込むことも無いだろうに。

 ブオン!と独特の機械音と共に、ひび割れたタブレットの画面が若干明るさを増す。表示されているのは飛行船の内部構造だ。指の操作で画面の中の飛行船は自由に動くものの、しかしどこまでも透けた見取り図が広がるだけ。眺めると、大和も天井を見上げるしかない。見上げて、目をつぶり、自分が成すべきことを思い出す。

 幾度も重ねた再確認。

 もういつものように見失うことは許されない。今回から、『異界の勇者』ではなく『箱庭』となった瞬間から、彼は既に失敗して許されるような子供を卒業したのだと。そして忘れてはならない。現在進行している事件の流れは直線の一本道とも限らない。


「よし、よし。発信機は正常に動作してる。こっちから送った電波にだけ反応して発信機側が一瞬の信号を送り返すって仕組みか」


 これならホードほど機械に詳しくない大和でも何とか扱えそうだった。が、もちろん今すぐ起動するわけではない。物事には順序がある様に、大和もまたシズクに刺された釘を理解したうえで行動するように心がける。

 すなわち、


「怖いのは信号の逆探知。連中が念入りにアルミの袋にでもあの子を入れていたのならまず信号は届かない、その上探知された場合だと逆に俺の位置を知らせることになる、か」

 

 つまりはそういうことなのだ。

 ここまで用意周到に計画を練り上げた敵が、まさか子供に仕掛けた発信機程度に気付かないほどの間抜けとは思えない、とのことらしかった。それに、この考え方についてはシズク一人のモノではない。今度はコンビニから調達しておいたチョコバーの袋を開けようとする大和も発信機の話を聞いた時は、そんな単純な仕掛けが通用するのかと疑ってかかっていた。

 伸びたケーブルの両端がタブレットとコンピュータを結ぶ。

 黒々と染まる画面の中が、端子の先からタブレットの映像を映していく。


(ここからは根競べだ)


 言うまでもなく、ネットの世界は果てしなく広大だ。しかしネットワークの範囲を飛行船内部だけに限定してしまえば、少なくとも『無限』ではなくなる。

 例えば、巻き込まれた一般客の検索履歴や通話の履歴。ネットワーク上を浮遊するどうでもいい情報の中から、『敵』にしかわからないような情報を織り交ぜて炙りだすことも出来る。.......椎滝大和ではなく、タブレットの本来の持ち主であるホード・ナイルならば。残念ながらホードのようにハッカーじみた情報解析能力を持ち合わせない大和にできることというのは限られる。

 例えば、そう。

 己を囮とするような......。


『敵がその、掲示板とか情報網を確認してるって保証はあるのか?そもそものところから狂ったら全部が全部台無しになるぞ。土台を引き抜かれたジェンガみたいにあっさりとな』

『掲示板サイト云々はともかく、相手が何らかの端末でやり取りを行っていたことは確実ね』

『どうして言い切れる?』

『敵はどうやって空飛ぶ島とさえ言われる広大な飛行船の中から私とキマイラ、ホードとヤマトを見つけたと思う?ヒントはどこにでもあって、ホード並の情報解析技術があれば簡単に侵入できる機材』

『......そうか、監視カメラの映像を...ッ!?』

『それだけじゃ足りない。少なくとも、常に飛行船の情報網全体を把握するくらいのスケールじゃないと。客室区域の廊下だけで何台のカメラが設置されてると思ってるの?まず一人でやれるような作業量じゃない。敵は必ず複数人でその仕事を割り当てられてる』

『確かに、全域を把握するとなると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!』


 部屋を飛び出す少し前の話だった。必要な機材である接続ケーブルなどを手渡されながらの会話だが、彼女の考察はとても理にかなったものだ。


(『箱庭』、それに『毒炉の実(アシッドザクロ)』)


 妙に甘味を感じられないチョコバーを貪り喰らいながら、青年の指がキーボードを叩く。


(特定の人物にしかわからないようなキーワードを織り交ぜて、船内の掲示板サイトとかに()()()を撒いて...と、よし。後は場が温まるのを待って、更に専門的なワードを記号に加えて発信する...)


 もちろんただ単語を並べるだけでは意味がない。一見関係のないような話の中でさりげなく、それも自然に見えるよう細かく細分化したうえで組み込んでいく。砂場の砂の中に、目を凝らしてやっとわかる程度のサイズのガラス片を混ぜ込むような感覚だった。慣れない作業だ、四苦八苦するのも当然のこと。

 今更だがこの施設に駆け込んだのも手っ取り早くタブレットとは別の情報端末が手に入れられるからで、それらの行動の根幹に根付くのも『もしものために』とタブレットに残されていた非常用マニュアルに従っただけだ。自分で考えた行動といえば、自分自身を囮に使うことくらいか。

 待つ時間が長くなるにつれて、背筋が徐々に凍り付いていくようだった。しかしこんなところでくたばっていては、何時まで経ってもホードの代わりになることなんてできやしない。いつまでたってもティファイを助け出すことは叶わない。


「何時間でも、そっちがその気なら何日だって待ってやるぜ」


 敵は必ず動く。

 予感ではない。これは確信だ。

 ティファイを計画の要としているということは、本格的な活動再開の前には必ずティファイごと動かざるを得ないということなのだから。その瞬間、敵はおろそかになる。

 何をやらせても大抵のことは素人で、ホードのような情報技術も持たなければシズクの如き圧倒的戦力も持たない青年。そんな一般人が付け込める点が生じて、必ずティファイを取り返す瞬間がある。

 これ以上の好機があるか?逆に、この機会を逃した先に希望を見出せるのか?

 それ以上は考えなかった。

 ただその瞬間を待ち続け、ぶら下げたミミズに魚が食いつくまで耐える時間が長々と繰り返す。ただし大和から見てミミズだとしても、魚の視点からはどう映るのかだけが未知数だった。

 餌以前の問題で、()()()()()()()()()()()稿()()()()()を読み解かれたらおしまいだ。

 そうして。

 大和の『待ち』が作業から6時間に入る頃だった。コンピュータのほうに備え付けられていた通話アプリが鳴り響き、待ちがあまりにも長すぎて半ば夢うつつだった大和が飛び起こされる。

 慌てて画面を覗いてみると。

 表示された名前に見覚えは無い。というか、画面に起こった数字も文字もどれも等しく、そして酷く文字化けしていてろくに読み取ることすらできなかった。まるでコンピューターウイルスに感染したように。画面上の文字が次々と侵食されていく。


(まずいっ、ここまで踏み込むつもりは無かった!アドレスから割られてチャネリングされた!?このままじゃこっちの位置まで掴まれかねないッ!!)


 急いで電源を落そうとしたその時だった。

 画面がいきなり暗転したと思ったら、どこか機械音声じみた聞き覚えのない声が響いた。


『我々、は。トウオウ国所属、対テロ特別沈静部隊......通称()()()()()......』


 どれもこれも。

 確か犬っぽかった獣の名前を除けば、ちらりとも聞いたことのない単語の羅列だった。

 いきなり専門用語をずらりと横並びにされたところで頭のお固い元日本国民椎滝大和。そう簡単に理解できる頭脳は持ち合わせていない。怪しいと感じすぐさま電源コードに手を伸ばすも、見透かされたような静止の言葉が連なってきた。


『出来れば通信はこのまま...我々は......現在...事件解決に向けて、今回の事件についてより多くの情報を保持する人物との接触を図っている。あなたがそうなのだろう......是非...お話を伺いたい......』


 連れ去られたティファイのため、そして『箱庭』のためにも。間違った方向のリスクは侵すべきではない。こうして通話を繋げたままでいること自体がそのリスクに該当するというのに、大和の心で『もしかしたら』が働きかけている。

 やはりだめだと。

 このまま耳を傾けたところで、こちらには何のメリットもないと。そう判断して、電源ケーブルを引き抜こうと手を伸ばす。もはや画面すら見ることも無く、あとは力を加えて思い切り手前へ引くだけというさなかの言葉だった。

 ぴくりと大和の体が硬直する。


『既に、事件の発端がトウオウの暗部組織によるものだということは把握している』


 それはつまり、()()()()()()()()()()()という忠告だ。


『飛行船タイタンホエール号の事件には、我々28名が事件解決に向けて尽力している......。この通信を聞いて...我々への協力を申し出てくれるのであれば......三時間後。北区と東区の境界線...拘留場まで、頼む』


 ぷつりと。

 それだけ言って、こちらの声も聴かず、一方的に通話は途切れた。電源ケーブルを掴み取ったまま、黒髪の青年がどっと地面へへたり込む。固いケーブルを掴んだ手どころかほんの数十秒でも全身は汗だくになっている。つまり、数十秒でもそれだけのプレッシャーを受け取ったということだ。

 ......ここにきて、全く別の選択肢が顔を覗かせ始める。そして椎滝大和が直面しているのは、そう言ったイレギュラーを踏み台としてとび越えねばならない壁でもあった。逃げ出したいのはやまやまなのだが人命が、それも年端もいかぬ子どもの命がかかっている。壁を越えたその先で、言葉も知らない少女が泣いているから。


「行ってみるしかねえよな...?」



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