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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
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遥か上空の狂気



 騒動のせいか辺りの人気ひとけもなくなって、歩を進める廊下の証明すらもが何かの拍子で断線でも喰らったのか、昼過ぎだというのに嫌に薄暗い雰囲気を醸し出していた。自分が歩いてきた道の背後ではどうやらまだ騒動が続いているらしい。

 まあ、知ったこっちゃないのだが...。


「チッ、やっぱ私の計画って奴はどう足掻いたってどっこかで誤作動が働くらしいな...」


 口の中に溜まった血の塊を吐き捨てて、所々赤や灰色で汚された白衣を掃うように手で叩く。

 ブレザーの上から理科教師か研究者なんかが着用するような白衣を羽織る奇妙な格好の女、『白衣の女』は自身の体の調子を確かめるかの如く『異能』を顕現して見せていた。

 無意識下の内に『空圧変換エアロバズーカ』がエアバッグのような作用を行ったのか、圧縮された空気の層を以て、どうやら衝撃の何割かを外へ逸らすことへ成功していたらしい。人が時折見せる奇跡的な行動選択の正答率に神秘を見せられるが、現にこうして自身が五体満足で歩けているのだからその辺を考えたところであまり意味が無いような気もする。

 室温調整のためか、壁に埋め込まれた空調の風が当たるたびに勝手に体が震えて、嫌に気味の悪い汗がぶわっ!と全身から噴き出される。

 逃した衝撃が何割か止まりだったのは幸か不幸か。

 あちこちの関節がぎちぎちと軋むような痛みを放つのは、逃がしきれなかった衝撃であちこち打撲したからだろう。血が滲む白衣の裏側も、突き刺さった瓦礫などをまだ取り払えていない。

 100%完璧な結果にはならなかった。

 白衣の女は自分のしぶとさに驚愕しつつ全身の様子を確かめていたが、そんなことは()()()()()()()()()()()()を考えてみれば、己の肉体の損傷すらもがもはやどうでもよく感じられた。思わずかっとなってしまっていたが、よくよく思い返すと自身の役割は『怪物』の足止め。とはいえ、周囲にあれほどの一般人がいない状況では、『空圧変換エアロバズーカ』でも殺すことはおろか、そもそも攻撃が当たるかすら怪しかったのだ。むしろ予定外の怪物が一人加わった状況であそこまでやり遂げたというのは、並の覚悟で行えることではないはず。これも全ては『復讐者』として掲げた目的のため...体を蝕んでいく痛みと引き換えに、血の滲む白衣を着こんだ少女の憎悪が膨れ上がっていく。

 かつんかつんという靴底が床と擦れる音が響くだけの廊下、自らの整った金髪をぽりぽりと掻きながら、白衣の少女は目を瞑って小さく息を吐く。怒りは本物だ。が、ここでそんなものを思い出したってぶつける相手がいない。ただただ憎悪に呑み込まれ、怒りのままに暴れまわるではだめなのだ。それで全てが解決するほど、この世界は甘くないと散々思い知らされてきたのだから。


(それにしても連中があんな狂犬を飼いならしていたとはなぁ、トウオウの機密保管も当てになりゃしない)


 想定外の存在が舞台に割り込んでしまった以上、ここからの結果はアドリブ次第だ。どのような転び方になるのか、はたまた想定以上の良い結末が生まれるのか...最初の想定が靴害されてしまったのだから発端たる彼女にも想定のしようがない。しかしそれは同時に、アドリブさえきちんとこなすことが出来れば、事態は必ずしも悪い方向に動くだけではないということも意味していた。

 そして復唱すると、彼女の役割はあくまでも足止め。

 本丸である向こう側の成功率を大幅に上げる必須条件...『箱庭』の怪物どもをターゲットから引き剥がし続けるという重大任務だ。いかに()()()()()()()()()()()()()()トウオウの最新技術とは言え、その程度でくたばるような人物はそもそも『怪物』なんて呼ばれない。『人間』が『怪物』に立ち向かうには、勇者にしか引っこ抜けない伝説の剣のような馬鹿げた即戦力すら欲しかった。

 そんなものが無いとなると、どこかで『人間』が無茶をするしかないではないか。


「あんだけ拘束できりゃあ十分だろうよっとぉ...」


 言いながら取り出した端末だったが、コールの時間は数秒もない。

 耳に近づけるとほとんど同時に向こう側と繋がって、聞きなれた男の声が鼓膜まで届く。


『やあやあボス、おかげでいいとこまで行けたぜ』

「オイ、話が違うぞ。兵装の演算補助ユニットを使った情報の抜き取りはお前の役割だろうが。なんなんだあの『怪物』は」

『あんたの異能なら、上手く一般人を盾にして立ち回れると思ったんだがな』

「そっちじゃない」


 一蹴するような冷たい言葉を受けて、薄っぺらな画面の向こう側でも誰かが息を吐いたようだった。思い当たる節があるらしく、きっと相手の顔が直接見れる映像通話とかだったなら、その男も画面の前で苦し気な表情を作っていたのだろう。

 単刀直入に、白衣の少女はこう告げた。


()()()()()()()()()()()...あれはどういうことだ」

『......やっぱり、そっち行ってたか』


 もう一度、画面越しに伝わるほど大きなため息が聞こえてきた。

 まるで予想していた受け答えが成立したかのような。構えていたのにも関わらず、尋ねられたことについてどう答えていいのかわからないといった様子で。しかし両者がこんな事態に陥ったからこそ、全ての事態と現状...加えて整合性の確認を踏まえて話し合う必要があったのだ。

 しかしこんなものは書類の確認作業と同じ、長い時間をかけたところで無駄に気を使うだけだ。失敗も計画の内だなんてのたまう立場上は上司の少女の言い分も、結局最終的に成功までこぎつければいいという意味の言い変え。発生した誤差の修正...次の段階の準備...それらをかなぐり捨ててでも、二人はまず互いの得た視覚情報を共有するのが先だと結論付けていた。

 なので、携帯を首と肩の間で挟んで、男は真っ赤に濡れたタオルを使い傷口を押さえながら...


()()()()()()。その上、せっかく手に入れたプロトタイプがスクラップだ』


 語られてから、薄暗い廊下を歩き続ける白衣の少女の足が動きを止める。

 やはり、向こうも予想外の結果だったらしかった。『箱庭』の怪物相手にあれほど善戦していた少女でも、こんなことになったのだ。自分のように異能を扱う『咎人』でも無ければ科学と魔法の両刀使いともいえる錬金術師でも無く、あくまでも徒手空拳と規格外の兵装に頼るだけの『人間』

 凡人たる彼を異常たらしめていたメタリックシルバーの巨大兵器が失われたのなら。或いは、徒手空拳なんて使う気すら起きないような怪物と対峙されられたのならこうなるという明確な印。

 同じ敵と対峙した二人でもダメージ量の違いは明確だった。

 毒の侵食を防ぐため...自ら千切り落とした右腕の傷口が、何よりの証拠と根拠を裏付けていた。


『なあボス、あんたもあの怪物と対峙したんなら、俺に何が起こったか大体は予想できるんじゃないか?』

「......最初は、似たような異能を扱う咎人だと考えた」

『それが至って一般的な「人間」の思考さ』

「けど実際には違った」

『だろうな』


 開けた箱の中身は、彼女の知る言葉だけでは到底言い表せるものではなかったのだ。

 あれはもっと...そう...。知ることすらはばかれるほどの、知識として会得するだけで禁忌が付きまとうほどの何かだった。抉じ開けたのは自分たちだが、後始末は箱の持ち主に投げ捨てた状態ともいえる。

 とんだクソ野郎だとは、自分でも思う。


「あいつが、あの時、あの場所で。我が物顔で振り回していたのは『空圧変換エアロバズーカ』だった。()()()()()()()()()()()()()()()


 言葉の重みの割にはあっさりと放たれた言葉だった。が、激痛に意識を失いかけるを何度も繰り返し続ける向こう側の男にははっきりと感じられた。言葉の奥深く...口にした本人ですら意識の外側に放り込んでしまって認識できないようなところで眠る、唇をかみしめるような屈辱を。

 復讐劇のプロローグ、全てを失った代わりに彼女が手に入れた唯一の個性。それが、本来の主人である彼女自身に牙を向けたことに対する憤怒であった。


「それに、あんたの口ぶりじゃあそっちも失敗したようだしね」

『ああ、それについてだが』


 信頼していた全てに裏切られるのは、これで何度目になるだろうか。忌々しい因縁を断ち切ろうと奮起したのも今回だけではないというのに。


()()()()()()()()()()。これからどうするかはボスの指示次第。早急に命令を』

「......わかった」


 そして復讐に燃える少女は閉じた眼をゆっくり開く。力のこもった両の手が、ぎちぎちと骨を鳴らして訴えていた。何も当てにできない。マニュアル通りに進めていくだけでハッピーエンドを迎えられるほど甘くはない世界。

 挑みかかる様に。

 ぶおんっ!!と、周囲をいくつもの熱の塊が漂っていた。


「私は一旦身を隠す。破壊されたプロトタイプに関してはいざという時のためのスペアパーツが一式揃ってたはず。それを一から組み立て治せば何とかなるでしょ」

『あいさ。粗末品で暴れさせといた戦闘員共は?それにあんたがちょっかい掛けて大暴れさせた囮...いや、前座か?とにかく連中の勇み足を誘おうとしてただろ』

「オイオイ、あんたも共犯でしょうが。重要なのは私とボルダとあんたの三人、回収できればそっちで好きに使ってくれて構わないし、それに実際『箱庭』は前座のおかげで大きく勇み足してくれた。計画のターニングポイントを見事通過できたのはあの子の協力あってのことよ」

『協力、ねえ。かつての仲間を口八丁に乗せてテロリストにまで陥れるなんてひでーことするよ。人はそれを協力とは呼ばない』

「どうでもいい。イカロスの蝋翼は私がやる、あんたとボルダは早急に『毒炉の実(アシッドザクロ)』と領収書を回収して、あとで私に引き渡してくれさえすればすべてが終わるのよ」


 それから相手の確認も取らずに通話を切ってしまった。

 忘れず、からん、と手から離した端末を靴の底で踏み砕く。僅かな信号を捉えられるだけでもこちらにとっては弱点となり得る。こんな知識も彼女が『人間』で在り続けたのならば、絶対に獲得し得なかった知識だというのに。

 だが不思議と、逆境を前にしてこんな思いも白衣の少女の根本に根付いていたのだ。

 ここからが、本編だ――――。








「うっへー...追えって言われたって最初から見失ってちゃ追いようがないっすよ~...」


 そんなことをぐちぐち漏らしながら、すっかり人の気配が無くなった廊下を猛スピードで駆ける少女がいた。

 ただでさえ島と例えられるほどの広さだ。一角とはいえ、全体をくまなく探すとなるといよいよ途方もなくなってくる。一度見失ってしまった以上、すみません見失いましたで舞い戻ったところで拳骨が飛んでくる未来も手に取るようにわかるのだ。

 なんたって今まで散々そんなめにあって来たのだから。

 正直自分が出来ることは他の人も出来て当然みたいな態度は非常に迷惑なのでやめてほしいのだが、そんなことを進言したところで簡単には立ち止まらないのだから余計にタチが悪いと少女は思う。

 と、その時だった。

 ガゴンッッ!!!と。


(金属がひしゃげたような...破壊音...っ!?)


 捉えた手掛かりをキマイラは逃さない。一度補足してしまえばこちらのものだった。相手もそろそろ自分が追われていることに感づくころかもしれないが、それを踏まえて挑発するように自ら居場所を知らせてくれたというのならむしろ好都合だ。白衣の女は自分ことなど全く想定すらしていないことだろう。なんて言ったってキマイラは、シズクが途中で呼びつけた助っ人であり、完全な想定外の相手。

 例え『箱庭』の全員をマークしていた所で、裏での繋がりの露呈を嫌う『何でも屋』という職業の隠蔽力いんぺいりょくをそうやすやすと上回れるとは思えない。

 そして、辿り着いた。

 自己改造を施した、液晶画面とボタン付きのスタンガン。既にコードも入力し終え、臨戦態勢の状態で曲がり角から飛び出した。そうして、キマイラの足が急ブレーキを踏んでいた。

 原形を予想し得ない形で転がる、メタリックシルバーのスクラップの山が積み上げられていた。更に壁に寄りかかるように倒れている、奇妙なライダースーツを着用した血塗れの男たちも。

 意識どころか、瞳孔から光を失って。


「なん、だ...これ....?」


 異常というほかない光景だった。

 床や壁を彩るのはライダースーツ集団のモノと思われる血液で、得体のしれない兵器は無理やり引きちぎられたように断線したケーブルを覗かせて、はっとなってよく見てみると一部の男の首なんかはあり得ない方向に曲げられた痕跡すら確認できた。

 何か得体のしれない空気だけが薄く粘っこく広がっていた。

 ぬるりと。

 背後から忍び寄る一つの影に、彼女は最後まで気付かない。



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