表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
114/268

獣と怪物



 爆風と眩いばかりの光轟く一つの区画にて。

 その『異変』は『怪物』達も敏感に察知し、狼狽えていた。自室に置いてきた仲間たちの安否こそ気になれど、これからどう動くにせよまずは目の前の『人間』を突破するのが先決だ。ここを抜け出せない限り、何時までも悲惨な現状は続くかもしれない。巨乳のほうの『怪物』目掛けて飛来した圧縮空気砲を身の丈に余る大剣で野球のバッターのように打ったシズクが重い息を吐く。直後、ごごごごごごごごごっ!?と上空を佇む飛行船のはずが、まるで大地震のような凄まじい横揺れに襲われた。


「なんすかなんすか!?一体全体何が起こってるんすか!?」

「キマイラ!今は目の前の敵に集中!」


 爆音が連続して炸裂する。

 『空圧変換エアロバズーカ』の熱砲弾が無数に宙を舞い踊り、キマイラが籠手のように纏った鎧骨格を弾き飛ばす。飛び散った骨の破片がぱらぱらと音を立てて床へ散らばる。更にそれを踏み越え、突風の中を目も逸らさず突き進むキマイラの鈍重な蹴りを空気の鎧と腕で挟み込むようにガードした白衣の女が至近距離で囁いていた。


「どうやら()()()も相当ひどい状態らしいなぁ、私なんかにかまってて平気なのかよ?まあ、行かせないが」

「こいつ、最初からそのつもりであたしたちを...ッ!?」


 無言の笑みは肯定と受け取った。白衣の女の言葉が正しければ、現在最も危険な状態なのは椎滝大和とホード・ナイルサイドと断言できる。なにせ直接的な戦闘力はすべてこちら側に寄ってしまっている上に、その『怪物』二人がかりでも一般人を背に守りながらの戦いで苦戦を強いられている。仮にホードサイド、敵のレベルが白衣の女と同等か、あるいはそれ以上だとしたら。

 『苦戦を強いられる』程度で済むとは思えない。あの二人では、このレベルの敵相手に善戦まで持っていくことは出来ないはずだ。ホードの『未来探索ストークエイジ』、椎滝大和の『万有引力テトロミノ』。共に、真に戦闘向きではないことに加え、向こうにも明確に守るべき存在があるのだから。

 こうしている今にも爆音は連続して襲い掛かる。

 安全地帯なんてどこにも存在しない。360度の灼熱を紙一重ですり抜ける少女らの顔から一切の表情が抜けていく。

 次の瞬間の生存すら保証されない命のやり取りの中で焦りは禁物なのは言うまでもない。が、どうしようもない焦燥に全身を縛り付けられる感覚があるのも確かだ。鋭く研ぎ澄まされた鋼鉄の剣先を鼻先に突きつけられているような。

 まず前提から全て覆す『怪物』のシズクと違い、キマイラは自分なりの最善手を積み重ねた結果生まれた『怪物』だ。よって攻撃を回避する必要のないシズク以上に異変には敏感だ。


「っ?」


 着地点の足元。ほんの少しばかり予想より違った重心のズレ方に気付いたキマイラが、己の足元へ軽く目をやった。少し離れたところで大剣を振り回すことで全てを薙ぎ掃う閃光を操るシズクも肌で異変を感じ取っていた。

 ぴしっぴし、びしししししっっ!!と。

 あちこち抉り取られた床の面。真冬の桶に張る薄氷を叩いたかのような亀裂がどこまでも広がっていく......?

 そして――――。


「グルオオォォォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」


 誰もが予想だにしなかっただろう。

 その白銀の魔獣の到来を。地を裂き、咆哮一つでその場の空気を真っ白に塗り替えた()()()()()()()()()()()()()をうねらせる獣。

 白衣の女が放った十数もの『空圧変換エアロバズーカ』。それを撃ち落とすため放たれたシズク・ペンドルゴンの閃光の刃も。ことごとく、消し飛んだ。

 ドォッッッ!!と星全体を震わせるほどの衝撃が突き抜けると同時に、ぎょっとして目を剥いていた小さな方の『怪物』が、くるくると宙を舞いながらも大剣の柄を握り締めていく。

 白銀の魔獣...ではなく、それを壁として向こう側。『怪物』らと同様に、意図せぬ事態に舌を打つ『人間』

 

「なんっだあ!!?」

「オイオイオイ!あんたらの飼い犬かこれ!?こんな奴、中央書庫機関セントラルエンジンの情報のどこにもなかったぞ!!」


 恐らくは『空圧変換エアロバズーカ』を逆方向に噴出する反動で飛び上がったのだろう。回避と同時に呻くように放たれた言葉に対して、今度はシズクが舌を打つ。そこへ容赦なく魔獣の爪が襲い掛かる。

 刃物というより鈍器。

 なまくらな刀で切断を狙う、よりも重量と加速で骨ごと砕くような攻撃。対象がシズクでまだよかった。至近距離であの爪をキマイラが喰らおうものなら、間に合わせの骨の鎧程度出到は到底防げなかったはずだ。

 あのシズクでさえも、硬いガードを割られて少女の薄い胸元へと三本の斜め線が奔ったのだから。今更のように噴き出た鮮血も『人間』と大差なかった。死の直前を知らせるかの如く美しく散りゆく赤が空気を彩る。しかし少女は大して気にする様子も見せず、しかし額に浮かぶ汗の玉は別の問題を示唆してのことだった。

 次の瞬間には傷口からの出血も勢いを弱め、抉り取られた部分を片手で抑えつつも地に足が付いた。何やら白銀の魔獣を挟んだ向こう側で、距離を取る様に離れた白衣の女が機械片手にぼそぼそと呟いていたが、そんな言葉は一片たりとも耳に入らない。

 標的を新たに設定し、スタンガンに沿えた指が目にもとまらぬ速さで動く。そして白銀の狐の胸元へスライディングのような形で入り込む。

 ハズが、寸前のところで。


「なッ!?」


 咄嗟の疑問の声すら最後まで言わせてもらえなかった。

 もっと早く、白銀の狐の尾の一つが煌めきを放っていた。辛うじて意識の端で捉えた反射的なガード、その上からでも圧倒的な威力を誇る衝撃に、キマイラの呼吸が止まりかける。丁度水下(みぞおち)の辺り、あっという間にガードが崩される。それでもなお攻撃の勢いを殺しきれずに、背後へと大きく吹き飛んでシズクに受け止められた。

 口の端から漏れる赤はきっと己の血なんだろう。咄嗟だったとはいえあれほどのガードを積んだというのに、それを一秒持たせずに打ち崩すほどの攻撃だ。むしろこの程度で済んでラッキーだったとポジティブに受け止めるべきか。

 いや、それよりもだ。

 獣が放つあの攻撃。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「今のって...」

「気を付けてキマイラ。あの狐は、()()()()()()()()!!」


 確認するまでもなかった。

 元の持ち主を遥かに凌駕するレベルで、空中に数十もの空気の揺らぎが生じていた。或いは百にまで届いているかもしれないその『空圧変換エアロバズーカ』の銃口が向けられている。

 キマイラの脳が現実の理解を拒んでいた。或いはそう錯覚させられるほどの時間の中を停止していた、のか?

 何の変哲もない、ただそこにあるだけで生命を焼き尽くす熱の砲弾。ただ明確な殺傷力を向けられているのとはまた異なる。拳銃の先を突きつけられているというよりは、直径数十メートルもあるキャノン砲の砲身で彷徨うようなおぞましい感覚。

 さらにその向こう、本来の持ち主が対抗するかのように無数の『揺らぎ』を生成したのが引き金となった。

 ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッ!!!という爆音が連続して、一般客含めたその場の全ての人物の鼓膜を叩いた。

 あちこちで悲鳴が飛び交うも、白銀の『怪物』が容赦などするはずもなかった。。むしろそんな負の感情の渦の中で、獣は生き生きと力を誇示しているようにすら思えてくる。

 それを受けて、ますます『襲撃者』の怒りは加速していく。

 だって当然だ。獣はまだ、一度だって振り返っていない。攻撃されているとわかっているが、そんなことを気にも留めていない。発射された『空圧変換エアロバズーカ』に対して、更に強い威力と規模の『空圧変換エアロバズーカ』を叩きつけることで無力化しているらしい。

 登場してから今の今まで、白銀の魔獣は『襲撃者』を眼中にすら収めてなかったのだ。

 対して、『襲撃者』が取った表情の形は笑み。不自然な表情筋の痙攣を抑えきれず、あちこちから激怒の感情が漏れ出しているのに本人は気付いていないようだ。

 神聖な『復讐』に水を差した異端者への『復讐』のつもりだろうか。そして自分の異能を我が物顔で扱われたのが相当癪に障ったのか、白衣の女の攻撃の威力は増すばかりだ。

 しかし、まだ目を離さない。

 ぶづりと唇の端を噛み切って。一筋流れる流血なんて気にせず、半ば無理やり蚊帳の外へ追いやられた白衣の女が、


「この狐野郎が無視すんじゃねえええええええええええええええええええええええええ!!!」


 ドパンッ!と。見えない何かが爆ぜた。

 奇怪な音に思わず身構えたが、そもそも位置が違っていた。代わりとなって佇んでいるのは、極限まで圧縮された空気による不自然な光の乱反射。この現象によって出現する『空間の歪み』だ。

 おかしいのは、つい先ほどまで喚いていたはずの『本来の力の持ち主』のほうが消えていること。そしてその更に奥側。無数の『空圧変換エアロバズーカ』を受けてあちこち削り取られた壁や床に混じって、直径二メートル程度の不格好な風穴が壁を抉り取っていたこと。そのうえ、新しく散らばった大小無数の瓦礫の一部には、これまた新しい血痕らしきものも見れる。

 誰もが結果を理解したうえで息を吞んでいた。

 泣き叫び許しを請う者も。自らの無実を神に叫び凶弾する者も。女子供の盾となるべく『怪物』どもの戦闘の盾となる位置に立つ父親も。

 彼女は...白衣を着込んだ奇妙な格好のテロリストは。さんざっぱら人々を恐怖の底へ叩き落とすのに利用し続けた自らの異能によって、壁を抜きヒトの動体視力など軽く超越する程度の速度でぶっ飛ばされたのだと。

 誰もが言葉で指摘されるわけでもなく、自然と理解できた。

 今更のようだが、自己改造を施した偽装スタンガン片手に息を吞むキマイラ。シズクの言葉を聞いて、この白銀狐が他人の『異能』を盗み扱うと聞いて。すぐさま自分の戦法を思い浮かべたのは他でもない彼女自身だ。他人の行動と思考の二面をデータ化したうえで自らへ打ち込む力と他人の異能を扱う力は良く似ていると。

 だが違った。

 上手く言葉に言い表せないが、とにかく異質な感覚だ。

 そう、まるで...初めてシズクと対峙したあの時のような――――...?


「キマイラ、あの女を追ってちょうだい。ここで逃がすと後々面倒なことになる...気がする」


 傍らで、寄り添うようにそう囁かれた。

 いつの間にか彼女の身の丈以上もあった大剣はその手から失われ、代わりに拳自体が獄炎の如き明るさを帯びていた。

 疑問の代わりに聞き返す。


「...シズクさんはどうするっすか」


 丁度、繰りぬかれた奥の壁の辺りだ。一部分だけを抉り取られたせいか、壁全体のバランスが崩れかかっているらしい。ぴしぴしとまともな耳では聞き取れないほど小さい音だったが、亀裂が広がるその小さな音の痕跡でも『怪物』二人は聞き逃さなかった。

 ふーっ、と。隣で、自分より一回りも二回りも小柄な少女が、随分大きなため息を吐いた。


「あのクソ狐は私がやる」


 それ以上の会話は待たれなかった。

 奇しくも、散々待ってくれた様子の白銀の魔獣が動いたのもその時だった。

 獣の七本の尾の内の一本が揺らき、淡く銀色に輝く光を発したと思えば、獣の周囲の瓦礫が重力の枷を無視して浮かび上がる。

 ズズズズズ...と、砂場の無数の砂鉄が落とした磁石に引きつけられるような音があった。浮き上がった瓦礫が徐々に小さな砂粒にまで分解されると、どうやら白銀の魔獣の開いた口の前まで集まっていくようだ。


「勝算はあるんすか」

「私を誰だと思ってるの。現世に名を轟かす『箱庭』創設者の一人にして第二の王、無限に繰り返される意である『輪廻サイクル』を司りし循環そのものの体現者よ」

「聞いたあたしが馬鹿でした」


 爆炎が、津波のように押し寄せた。

 端から端まで埋め尽くすほどの大質量を持ちながら、魔獣の口から一気に放出されたその熱量は『空圧変換エアロバズーカ』を遥かに凌駕していた。

 考える時間も瞬きの瞬間もあるか無いかの瀬戸際という刹那の中。

 ぱちんっ!と。押し寄せる絶望の波を前にして、シズク・ペンドルゴンは何気なく指を鳴らすだけだった。

 それだけで。

 まるで照明のスイッチをオフにしたみたいに。

 ゴオオオオオオオォォォォォォオオオオ!!という、どうしようもないはずだった獄炎が掻き消える。一連のやり取りはごく一部の『怪物』の目の中にしか留まることもない。逃げ惑い己の不幸を嘆くだけの彼らには、ただ一瞬だけ場を埋めつくすほどの熱と光を感知しただけだっただろう。未だ悲鳴は絶えないが、その中に混じる戸惑いの声質こそその証拠でもあった。

 いつの間にか彼らの数が減っていた。きっとこの忌まわしき地獄の何処かに、白銀狐が抉じ開けたものとは別の出入り口となる『穴』が開いたのだろう。

 しかしそんなことも、今ではどうでもいい。


 掻き消えた獄炎の向こう側。

 こちらを見つめながら低く唸り声をあげる獣と対峙した中学生程度の背丈の少女。

 いつの間にか、隣にいたはずの黄土色の少女も消え失せて、一人と一匹の感覚の中ではもはやお互い以外の存在は認知すらされなくなった。

 八本目の『尾』が現れたと同時に、閃光携え視線で獣を射抜く『怪物』は静かな声を上げる。地獄の底まで沈みつつあった、あのアホ面ひっさげた仲間(おひとよし)を救いあげるために。

 改めて、凄まじい力を込めた拳を握りこむ。

 彼女には全てお見通しだったというわけだ。


「今、そいつ引っぺがして助けてあげるからね。ヤマト!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ