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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
113/268

俺がお前で



「......?」


 至近距離。

 もう少しだけ顔の位置を低く持っていけば、青年の無様な死に面を独占できるほどの距離にて、金髪碧眼の男が静かに眉をひそめた。無力を叫ぶ少年と打って変わっての静けさに、ひたひたと垂れる雫の音だけが強調されていた。

 確かに、()()の呼吸は停止している。まだ血の流れこそ停止せぬものの、どうせこれも僅かな残り火だ。放っておいても、いずれ勝手に朽ち征く器。これ以上どうこうしたところで覆るはずもない。潰えた命が蘇らないという現実は、全世界共通の認識だから。


「ああ?なんだ、これ――――」


 直後だった。


 ぐわんっっ!!?と。

 海面より上空10000メートル以上を飛行する巨大飛行船タイタンホエール号。その全体が、突拍子もない振動の波に揺れ落ちた。

 瞬間、激痛と喪失に苛まれていたホードは無意識のうちに、それこそ日々の日常の中で構築された癖のようなもので瞬時に自らの異能である『未来探索ストークエイジ』を展開していた。最初は出血多量によってもたらされた脳への酸素供給不足からくる、幻覚的な肉体の誤反応かと考えたが、『襲撃者』までも振動を感知したような身振りを見たことでその可能性は潰えた。物理的な振動が、明確に飛行船を揺らしている。

 それこそマグニチュード換算ならどれほどか。

 しばらくして、『未来探索ストークエイジ』の少年が気付いた。

 震源地。全体をくまなく覆う振動の中心点。耳を澄ますと何とか聞き取れる程度の粉塵の音に、明らかな異常現象の影がちらつき、全ての中心となる青年が蠢く姿を。

 蠢いて、何かが目覚める。


(忘れていたッ...!)


 その場の誰もが目を見開いていた。

 驚愕以上の異質を感じ取り、己の取るべき行動を模索しては行動幅の頼りなさに歯嚙みするしかなかった。


(あいつだって『箱庭』...それってつまり、()()()()()()()()()()()()()()()!!)


 極彩から現れたのは、『怪物』以上に歪な獣だった。

 半身は人。半身は狐のような狼のような異形の姿。右半身は既に()れ《・》、優しさの中から力強さを醸していた手は爪と毛皮に覆われた。腰から突き出た四本の尾が生き物のようにうねると、自然が共鳴したかのように瓦礫が浮かび上がる。

 失われたはずの生命、奪われたはずの尊厳。根本から全て覆すほどの異形を束ねた存在感。右半身を獣に奪われ、左の人間だけは眠り続けるツギハギの『怪物』

 ――――それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「ちぃッ!!こいつ...ッ!?」


 『襲撃者』が慌ててメタリックシルバーの巨大兵器に乗り込もうと背後へ飛ぼうとした瞬間だった。それはまるで砲弾、男が飛び去るより何倍もの速度で床を蹴る大和......いいや、今では『椎滝大和だった何か』か。とにかくそれの白銀の獣の手がぬるりと伸びて、ボギャンッッ!!?ととてつもない轟音が突如として鳴り響く。

 ホードは『未来探索ストークエイジ』の画面を見てもなお、現実を信じられなかった。

 流星の如くただ堕ち続ける『襲撃者』の姿。そのまま背中かからメタリックシルバーの巨兵に衝突し、尋常じゃない量の吐血が空中へ広がる。

 意味不明の現象によって『襲撃者』がダメージを負ったという不可解よりも、青年の命が蘇ったことによる喜びのほうがまさった。とにかくなんにせよ、完全に終わってしまったと判定を出した『未来探索ストークエイジ』の画面が覆されたこと。常に最適解を導き出してきた『未来探索ストークエイジ』からとても信じられることではないが、この結果が今は本当に良かった。この時ばかりは、予測された結果が外れてよかったと思えた。

 ろくに動くことも出来ない体でその場を離れようと体を引きずる。やはり耐え難い苦痛が襲い掛かるも、直後に上空を通り抜ける影が生み出した爆風に転がされる。跳ねるというよりもはや火薬を用いた発射に近い。むしろそれすらも通り越してあれでは音速飛行のジェット機だ。直後に、少し先で爆音が炸裂した。白銀の獣が『襲撃者』へ突撃して、何とか体をひねって回避した男の体の先にあった巨兵を手刀で貫いた音だ。

 ばじじじじじじじっじじじ!?と電子基板がエラーを起こしたらしい。もう一度爆音が発生し、その爆風と撒き散らされた黒煙によって『襲撃者』の体が宙を舞う。


(ガキを無視して、迷わず俺を...!?)

「ま、ずいッ!!」


 持てるだけ全ての力を振り絞る。黒煙の中から飛び出したもう一つの影の落下地点、そこへ向かって血濡れた全身を動かし、ヘッドスライディングのような恰好でなんとか受け止める。瞬間、ジュンッ!!と両手が焼け付く痛みが奔った。恐らくは『襲撃者』が『毒炉の実(アシッドザクロ)』と呼んでいた異能。『未来探索ストークエイジ』の画面に映る危険信号を無視し、とりあえずの処置として引き千切った衣服の端で腕を包むがどこまで耐えられるかは未知数だ。

 それこそ即効性の神経毒のような命に関わるものかもしれないし、酸性毒の系統かもわからない。ただ『異能』で生成された毒物ある以上、詳細を『未来探索ストークエイジ』で探し当てるのは不可能だろう。わからないは怖いにイコールで繋がっている、長く触れ続けるのは危険だと判断して、ホードはもう一度体に力を入れる。

 ぐわんと体が大きく横に揺さぶられた気がした。

 自分一人だけならまだしも、子供とはいえそれなりの重量がある人間一人抱えて歩くのは難しいということか。

 震えの止まらない脚で、ホードはそれでもなんとか走り出す。

 もはやあちこち崩れた室内に出入り口なんて概念は存在しない。どこからでも出ようと思えば廊下まで逃げ出せる状況だが、ここまでの騒ぎを起こしておいて警備員らの駆けつける様子がないというのもおかしい話だ。『襲撃者』が何らかの形で妨害していると仮定すれば、どこから逃げ出したところでそれは逃げ道と呼べない状況ということになる。追い込まれているだけにしても、少なくとも今のホードでは包囲網を突破することは不可能だろう。


(せめて、この子だけでもこの場から...っ)


 一歩踏み出したその時だった。

 背後から、恐ろしい速度で『何か』が飛来したと思ったら、丁度ホードが手をかけていた壁面のすぐ隣へ激突してめり込んでいた。粉塵が爆風にかき消される。

 現れたのは金髪碧眼の『襲撃者』

 吐血と共に首から上を力なく垂らしたライダースーツの男。しかし既に特徴的なライダースーツは鋭利な刃物で切り裂かれたような痕跡と共にずたずたになり、その下の皮膚からは真っ赤な命を支える雫が痛々しく顔を覗かせている。しかし顔面はもっと悲惨だ。きっと何度も何度も繰り返し殴られたのだろう。皮膚があちこち赤く腫れあがっている、歯も何本か折られているらしい。そしてもう一つ。

 爆風と粉塵の向こう側。

 変わり果てた姿の椎滝大和が、腰を深く落とした状態で立っていた。今の様子では、見た目はさておきあの人の良い青年の面影すら感じられない。野生と悪感情を糧に暴走する獣に、知的さなんて欠片も残されてない。


(僕たち『箱庭』にも知られたくなかった奥の手中の奥の手...?でも、だったらどうしようもなく死にかけた時に発動させなかったのは何故...?)


 単に、存在を忘れていたなんて間抜けな理由ではないはずだ。彼自身、追い詰められていたのは確かだが、であればこのタイミングで発動させることに意味なんてないのだから。


(知らなかった...?大和さん本人でさえ見たことも無いような、全く未知の力...?)


 そもそもの話、椎滝大和の『異能』は『万有引力テトロミノ

 しかも椎滝大和本人が咎人と言うわけではなく、彼がある種の奇跡によってかつての恋人から受け継いだ借り物の力のはずだ。『異界の勇者』とはいえ、彼自身は何の変哲もないただの人間でしかなかった。少なくとも、スカウト前の『箱庭』で渡された資料にはそう記されていたはずだ。

 なのに。


「なんだ、あれ...」


 どぐんっ!!と。

 四本の内の一本。白銀の毛皮から伸びた狐の尾の一つが、胎動するかのように不自然な蠢きを発していた。それともまるで内側から何か別のモノが白銀の毛皮を破って飛び出そうとしているような。とにかく得体の知れない現象に、ホードが足を引きずりながらも壁から剥がれ落ちた『襲撃者』から距離を取る。じっくり観察してみようなんて気も起きない。これ以上のダメージは間違いなく死に直結する。ただでさえ全身くまなく血まみれだというのに、ここで更に四肢の内いずれかを失うなんてことになればまず生存は絶望的だ。普段は周りにいるだけ鬱陶しい少女の存在をここまで渇望する日は今後の人生で訪れるかどうか。

 ゆらりと、半人半獣の『怪物』が揺らぐ。鋭く砥がれたナイフのような爪を携えた右手を握って開く。

 それだけで、鉛を溶かしたような重苦しい重圧が一気に広がっていく感覚がある。

 がたがたと体の芯から揺さぶられるような震えを振り切り、『襲撃者』が大振りのナイフを片手に大和へ駆け出した。ホードの画面が危険信号を伝えるように真っ赤に点灯していく。

 『怪物』が牙の隙間から陽炎の如き光を漏らし床を蹴る。直後に、ぐじゅるるごあ!!という生々しく、そして痛々しい肉を絶つ明確な衝撃が伝播した。

 粉塵が掻き消える。血しぶきが床や瓦礫に飛び跳ねて、灰色を塗りつぶすように赤が上書きする。徐々に広がり明らかになる衝突の外側、結果は火を見るよりも明らかに。大和の『爪』がナイフの刃を砕いて『襲撃者』の腕を貫通していたのだ。

 腕を奪われ、『襲撃者』が苦悶の表情を零す。


「うっ...ぐああっ!?」


 異変は更に先で待ち構えていた。

 もはや、ホードも考えることは放棄した。色素が抜け落ちた白の液体を滴らせる爪と、切り裂いた腕をずんずんと侵食する純白を見て。現実にはあり得ない、絵物語の中でしか登場を許されないような現象は、易々と少年の常識を上塗りしてのけたのだ。

 『毒炉の実(アシッドザクロ)

 記憶が正しければ、あれは少年が抱えるまだ幼き少女の『異能』だった。利用するためだけに大人たちに親から引き剥がされ、言葉も習わず愛情も知らずここまで育った少女の力。触れたありとあらゆる物体を生命にとって『有害』に変換するという危険極まりない能力だった。

 毒々しい右腕から逃げるように、少年は意図せず後退していた。それ自体との距離は十分離れているというのに、まるで爪をを自分の喉元へ突きつけられているかのような悪寒と恐怖があったのだ。


「ごぼっ...これ、は...『毒炉の実(アシッドザクロ)』だ、と...ッ!?」


 異変に遅れて気付いた『襲撃者』は腕を引き抜こうとするも、対する白銀の獣は掌をくるりと横へ傾けた。鍵を回すような仕草と共に、今度は二本目の『尾』から胎動と光が発せられる。にやりと微かに微笑んだ『襲撃者』が取り出したのは丸い形をとる、ピンを抜くことで数秒置いて起爆するタイプの手榴弾の類であった。と、至近距離でピンを抜いた手榴弾を片手で弾き飛ばす。

 だがしかし『襲撃者』が取り出すよりも早く、空に手を添えて。予め置いておいた左手の位置にすっぽりと収まった手榴弾が投げ返された。まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「『未来探索ストークエイジ』!?」


 叫んで、ホードの喉が干上がる。

 『襲撃者』が、爆ぜた。自ら放った爆発物を投げ返され、それでもどうにか被害を最小限にとどめようと、『襲撃者』は咄嗟に()()()()()、爆発に対して背を向けたらしい。通常であれば、生身の人間など容易く肉塊にしてしまうであろう規模の爆発。恐らくはぼろきれにまで変貌してしまったライダースーツもそれなりの高性能を誇っていたのだろう。背中の部分は爆風と熱に晒されることでその部分だけ削り取られたように大やけどを負った生皮を晒していたが、辛うじて頭部だけは衝撃から守られたようだ。

 だが終わらない。

 この程度では、彼の気は収まらない。

 きんっ!と金属を弾くような音があった。


「グルルルルルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!」


 もはや半身だけにとどまらない。既に肉体の三分の二以上を白銀の衣に覆われた青年の、まさしく獣じみた咆哮。ぱっくり開かれた口から飛び出た極彩色が、青年だった何かに背を向ける『襲撃者』を閃光の中に消し去ったのだ。極閃が壁を抉り取り、等間隔に並ぶ壁を平等に塵と化していく。

 後には何も残らなかった。射線上に入っていたというだけで、大和らを散々苦しめたメタリックシルバーの巨大兵器は跡形もなく消し飛ばされて、何十枚もの壁がくりぬかれてずっと向こうまでの景色が広がっていた。

 ただの咆哮。

 咆えただけで、ここまでの...


「......!?」


 ぐるるるるるる......と獣が喉を鳴らすような音が白銀に包まれる青年から鳴り響いていた。獣の突き刺すような視線に貫かれていると気付く頃には遅すぎた。

 一つ。

 椎滝大和及び、白銀の魔獣は第一の得物を失った。その手を下したのは彼自身だが、なんであれ『襲撃者』は空間事粉々に粉砕されることでこの場から消し飛んだ。

 二つ。

 現在の椎滝大和に、彼自身の意識は残っているのか。これに関しては可能性はとてつもなく低いだろう。僅かでも、ほんの欠片だけとしても。もし本人の意識や欲求が残留思念のようにこびりついていたとすれば、そもそも彼は敵であろうとこんな無残な殺し方は択ばないだろう。それはつまり、現在の椎滝大和の姿は、椎滝大和以外の意識によって縛られている状態を意味することになる。

 ここで新たな疑問が生まれるではないか。

 一つの得物を失った獣が、次なる得物として選ぶのはどこの誰か――――。

 この場に立つのは、いったい誰か......?


「嘘、だろ...」


 まっすぐな視線だった。

 まっすぐではあるが、椎滝大和としての本質は捻じ曲げられていた。

 どこの誰かもわからず。どんな存在かも計り知れず。ただそこにあるだけで全てを歪めかねないほどの存在感。白銀の魔獣が新たな得物を定める。同時に、とある薄青髪が特徴的な少年は心臓が縮んだような錯覚に囚われた。

 いいや、錯覚ではないのかもしれない。

 未来のイメージとでも呼ぶべき何か。体が、これから起こりうる現実を理解しているのだ。人は悪夢に備えることが出来ないのと同じで。抵抗も許されないほどの絶望が待ち受けているとわかっていても...

 もしもこの世界に『地獄』と呼ばれるモノが存在し得るのであれば。


「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」


 こんな日を指す言葉なのかもしれない。



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