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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
110/268

独善的思考犯



 吹き荒れる、程度の表現では到底済まない、嵐のさなかの大海にでも着の身着のままで放り出されたような光景。実際には横殴りの雨が体中に叩きつけられるわけでも冗談みたいな波にかっさらわれるわけでもなかった。それ自体は、ただの風に過ぎない。

 世界中どこにでも......それこそ本当にどこにでもあるような、『風』

 ただし、知っているだろうか。

 物質は、圧力をかけて奥へ奥へと圧するたびに熱を帯びるという事実を。地中奥深くにて、星の力を存分に受け取ることで宝石へと昇華する炭素を。ただの岩石を、その星と言う途方もないくらい莫大なエネルギーが蓄えることで、超高温に融解され溶岩へと変貌するという真実を。

 つまり、変わらないのだ。

 それらの『法則』と、0.0000001%ほどの違いすらないのだ。

 物体は、圧縮することで膨大な熱を帯びる。それはやがてプラズマの領域にまで達してしまうことすらあるように、その気になればヒトがスイッチ一つで再現できる程度の『法則』でしかない。

 『空圧変換エアロバズーカ

 その少女が操るたった一つの法則。

 機械を通すか、人間が直接操るか。違いは、それだけ。


「ははははははははははははははははははははははははは!!!」


 直後に、白衣の女を取り囲む()()が不自然に揺らめいだ。夏場のアスファルトで見られる蜃気楼のようそれの正体が『あまりにも高密度まで圧縮されてしまった空気が、不自然な形で光を反射させてしまう屈折現象』だと察した瞬間には。

 放たれる。

 ボッッッ!!という爆発音が生じた。

 一撃で、あのシズクをふっとばす程の威力を秘めた熱の塊。複数のバズーカ砲(エアロバズーカ)が、静かにもう一人の怪物へ向けられる。

 対してキマイラは、ノールックでスタンガンを握る指を操った。かかかかかっ!と凄まじい勢いでボタンが連打され、記憶の底に沈む、『誰かの思考と行動のパターン』を組み上げる。

 まず、二つの名前が挙がる。


「スケルトン×ゾンビっ!」」

「遅ぇよクズがあ!!」


 真正面からその()とかち合ったものの、熱の塊を受け止めた彼女の腕は至って通常を維持していた。『ゾンビ』による肉体そもそもの強化、加えて、『スケルトン』による籠手こてにも似た形状の外骨格を生成することで身を守ったらしい。

 更に攻撃を受け止め続ける彼女の背後から、小さな影飛び出してゆく。

 シズク・ペンドルゴン。

 だんっ!と跳ねた少女が、空中をくるくると回転しながら白衣の女へ迫る。拳に宿した極彩色の膂力を叩きつける。

 しかし。


「こうなると思ったよ」


 両の腕を交差させ、明確なガードの態勢を取っただけの白衣の女は、もはや吹き飛ばされることすらなかった。あの腕力、あの暴力、あの絶対たる力の端くれを受け止めてなお、そもそも少女の拳は交差させた腕に接触することもない。

 ほんの数センチだけ離れたところで、ぴたりと静止している。

 後から遅れて放たれたキマイラの攻撃も、やはり体から数センチ浮いたところで静止してしまう。


「確かにあんたの力は絶大だ。私なんてその気になりゃあ一発で脳みそん中身ぶちまけられちまうだろうさ」


 白衣の女はにたりと笑う。

 奇妙な格好に塗り重ねた姿を自前の風ではためかせ、至近距離で止まったままの二人へ向けて投げかける。


「でもそれは、あんたが私を余裕で叩き潰せるだけの力を解放したときだけだ!私を殺せる程度のギリギリのライン!それ以上はあんたのポリシーに反するんだろ?ヒーローぶって誰もかれも巻き込まないために!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?」


 次の瞬間に、

 再び空気が揺らぐ。空間そのものが歪曲してしまったかのように、歪な形へと組み替えられていく。圧縮されることで何の変哲もない空気は熱を帯び、やがては肉をどろどろに溶かすまでに成長するのだ。その数は目に見えるだけでも四つ。もしかしたら、視界の外では更に大量の砲弾がセッティングされていたのかもしれない。


「だったら対処法なんて簡単だ、何十、何百人も巻き込んじまえばいいんだ!それだけで、たった()()()()()()()()!あんたは全力全開を振るえなくなる。私を殺せる殺せないのラインを下回る!」

「なるほど人質ってわけすか。そのために入り口を封鎖したってわけすか!!」

「答えてやる義理は、無ぇ!!」


 自らを巻き込んでしまいかねないほどの至近距離。一瞬の躊躇すらなく発射された『空圧変換エアロバズーカ』が、飛び跳ねた少女らの立っていた地点を水を含ませた粘土のように抉り取る。不可視の砲撃。辛うじて()()発生する光の乱反射によって、本当に辛うじてだが一度に発射してくる砲弾の数や規模は予測できた。だがそれだけだ。

 この場にそれだけでは、攻撃の軌道や質までは読み解けない。

 ホード・ナイルと呼ばれる少年がいたのなら、話はまた変わっていただろう。彼の頭脳と『未来探索ストークエイジ』を駆使すれば、攻撃の軌道どころか敵の弱点までもが簡単に暴くことが出来たのかもしれない。

 また、助っ人が『箱庭』の外の存在であるキマイラだったのも少なからず良い方向に働いている。何せ、敵が何らかの手段で調べ上げたのは『箱庭』内部の話、外部の存在であるキマイラまでは、流石に徹底して調べ上げることなど不可能なはずだ。


(加圧した空気の層を作って、防護服みたいに自分の周囲に纏っている!?)


 シズクは大きなバックステップでいったん距離を置くと、一瞬の隙を狙い撃ちされないためにも床だけにとどまらず壁や天井にまで足を付ける。その手の人が一見するとどこぞの某蜘蛛男さんを連想させる動きで飛び回る少女に一歩遅れて、次々と圧縮空気の砲弾が床に天井にと撃ち込まれていく。

 地獄のような光景だった。

 恐らくはせっかく閉じ込めた一般人を外へ逃がさないためだろう。

 幾つもの『空圧変換エアロバズーカ』が撃ち込まれ壁や天井を傷つけようとも、完璧に破壊して大穴を開けるまでには至らせない。隙を見てキマイラかシズクのどちらかが密室に穴を開けようとしても、その都度白衣の女が一般人目掛けて『空圧変換エアロバズーカ』を撃ち込むせいで中断されてしまう。

 一般人が狙われるたびに、シズクかキマイラのどちらかが『防衛』に走らされてしまう。

 そして、狙われるたびに、封鎖されたレストラン街のあちこちで絶叫が炸裂する。

 恐怖の伝染は、当然のようにそこにあり続けるもの。突如として始まった超次元的な乱闘の部外者も自分たちで出入り口の突破口を切り開こうとあれこれ頑張っているものの、ここに来てトウオウの無駄に高い技術が仇となっているようだ。何人かが設置された消火器などでシャッターや壁に挑戦するが、びくともしない壁と背後の『戦闘』の板挟みで混乱は加速してしまう。

 焦燥が、まるで花粉みたいに空気に紛れていた。

 ドパンッッ!!と轟音が鳴り響くたびに、それも次第に増えていく。


「野郎ッ!」

「正義の味方気取りもいい加減にしろよ?いっそのこと、この辺で諦めちまうのも救済なんじゃないの?だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 確かに、

 天井や壁までも足場として活用する少女が本気で拳を握ったのなら、白衣の女は為すすべなくやられていただろう。仮にキマイラがシズクほどの力の持ち主であったなら、この状況にどうしようもなく歯嚙みしただろう。

 こちら側の勝利条件が『襲撃者』の撃破なのに対し、

 白衣の女は『適当に人質を逃がさない努力をしながら、あちこちに砲撃をぶち込む』だけでいい。きっと彼女は『箱庭』を倒せなくとも、それでいいとすら考えている。

 身振りや口振りが、そんな風に語っている。

 外道をそこまで押し上げている。


「スケルトン×ゴーレム」


 骨と粘土を固めて作った拳も、白衣の女はぐるりと自分を包み込むように空気を圧することで難なく防いでしまう。持てる限りの力と制限時間の中で、それでもキマイラは空気の層を突き破ろうと力を加え続ける。

 ぎちちちちちちちちちちちち...と歪な音を立てる粘土と骨組みの巨腕を挟んで、それでも白衣の女は涼しげな表情だ。まるで『闘争』そのものを楽しんでいるかのように。

 ギリギリのところで押し入れに収まりきらない布団を両手で抑えるような気持ちの、額に軽く汗を浮かべるキマイラが至近距離で呟いていた。


「ふざけんな。そんなもんのどこが救済だッ...」

「底知れない恐怖と憎悪の渦に巻き込まれて、為すすべもなく溺れるよりはマシだと思うけどぉ?」

「んなの独裁者の考え方そっくりそのままじゃないすか。一方的に押し付けた()()()()()()が全人類同一の捉え方だと思うなよ」


 押し込みかけた粘土細工の腕がぱらぱらと崩れていく。二人の間に割り込んだシズクが、今度は指で拳銃のジェスチャーを取りながら空気の層に突っ込んだ。人差し指が、あとわずかで『襲撃者』の額に突きつけられるというところで、バヅンッッ!!?と束ねてぴんと張ったケーブルを断ち切るような音とともに放たれる。

 極彩色の弾丸で立ったまま床を滑る白衣の『襲撃者』へと。神獣の名を冠する黄土色のキマイラが、『襲撃者』の周囲へ次々産み落とされる空気の歪みを無視して突っ込んでいく。

 過密空気が具体的にどの程度の数値を示すかなんてわからない。どの程度の『力』を込めてぶん殴ればそいつが焦り始めるのかも、突破口を無理やりこじ開けるために細かく解析するのも不可能だろう。

 しかしキマイラは、力の調整に四苦八苦するシズクと違っていちいち加減を考える必要などない。

 パターンさえ組み上げてしまえば、彼女の力はそこで始まりそこで終わる。自分の手で空想して、解析して、形に直したデータを直接頭にぶち込んでしまえば、それで調整も終了する。後は状況に応じて、必要なだけの『パターン』を引き出しから出してやればいい。


(近づいてしまえばどうにでもなるッ!あとは鎧を突破するだけでいいッ!)

「とでも思ってんだろ」


 狂乱に溺れる、刃物のように鋭い眼光がキマイラを射抜いた。

 『空圧変換エアロバズーカ

 不自然な光の屈折が発生し、キマイラの行く手を阻むように立ちはだかる。圧縮されて熱を帯びた空気が白衣の女の盾となるように配置され、しかし徐々に小さく萎み続ける。

 だが止まらない。

 むしろ全力で立ち向かう。バヅヅっ!と小さくスタンガンが電流を放ち、今度は腕全体を覆うように鎧のような外骨格を生成させて突き進む。

 ズゴンッッッ!!と。解き放たれた『空圧変換エアロバズーカ』と骨の鎧がまともにぶつかり合い、キマイラの骨の鎧が粉々に破壊される。と同時に、極限まで圧縮された空気の塊も溶けるように霧散した。


「チッ」


 白衣の『襲撃者』の小さな舌打ちがあった。僅かに腰を低く落とすことで反動に備えようとしているのか、次の瞬間には無数の『空圧変換エアロバズーカ』が空間に配置される。ドガガガガガガガガッッ!!と即座に放たれたそれは、もう一人の『怪物』の暴力によっていとも簡単に撃ち落される。

 この距離ではもはや『装填』も間に合わない。

 諦めて空気の鎧でガードの態勢に入った『襲撃者』へ、キマイラが己の武器を頭に突きつけて向かっていく。


(アイツは固めた空気を鎧みたいに纏って全体をガードしている)


 走りながら。

 駆け出しながら。

 キマイラの思考だけが、時間を追い抜くように加速されていた。


(なら一カ所に。本当に狭い一カ所にだけ貫通力を集中させればいいッッ!!)


 力の本来の持ち主の名を呼ぶ。

 これは彼女にとって、ある種の癖みたいなものだった。個人を表す記号である『名前』、特定の存在を形容するために、魔獣や魔物の『名前』を思い出す。そうすることで、完璧なイメージを再現するために。


「マーマン×ゴースト×ドラゴン」


 一点集中。

 構えた右こぶしの先端部。手首から先にだけ、再現した『力』が集中していくのがわかる。灼熱を帯びたように、自身の右手首から先だけに血管を炙られたような激痛が奔った。

 脳の許容量...つまりは『コスト』を超えてしまったことによる代償だった。際限なくぽんぽんと引き出しから取り出してしまうとこうなってしまうのはわかっていた。

 しかし。

 今は。


「こんにゃろがああああああああああああああああああああああ!!」


 ドッッッッガッッッッッ!!!という轟音が炸裂した。

 一切の比喩もなく、冗談抜きで白衣の『襲撃者』が吹き飛ばされた。



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