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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
109/268

明日を願う



 ぎらぎらと艶めかしい光沢を放つ、メタリックシルバーの巨大兵器。

 ショベルカーの先端部に似通うその剛拳に対峙する椎滝大和は、五メートル台にも及ぶ幾つもの重機を組み合わせて作ったような巨人の姿に圧倒され、更には辟易していた。

 無理もない。

 例えば、子供が足を踏み入れた森の中で巨大な人食い熊と遭遇したところで何が出来るだろうか。例えば、サバンナのど真ん中、何かしらの理由で機動力を奪われたシマウマは、絶対王者たるライオンにどう立ち向かえるというのか。例えば、海中を漂うだけのプランクトンは魚や鯨などに呑み込まれる運命から逃れられるだろうか。

 もはや、そういうスケールだ。

 ぞわりと背筋をなぞる冷たい感触は、錯覚と思えないくらいだった。頑丈な壁を一撃で吹き飛ばすほどの猛烈な一撃を、例えばこの体で受け止めてしまったならどうなるだろう。解体用の鉄球を振り下ろすような、冗談じみた破壊を躱しきることなどできなかったなら。突き刺すような灼熱の焦燥に駆られ、焦りのままに動いてしまっていたら。

 赤と黒の血肉の塊に成っていた可能性。

 『もしも』だけでは到底終わらない可能性を秘めた巨兵が、今一度その掘削ショベルを振り下ろす。轟音と共に家具は瓦礫と化し、風圧から破片が舞い散らかされては周囲を恐怖で埋め尽くす。咄嗟に大きく横に跳ねることで一撃自体は躱すことに成功するも、破壊の痕跡を帯びた木片ががらららららと四方八方に飛び散った。

 危うく顔面に直撃しかけた木片を、両手で咄嗟に受け止める。ガヅンッ!!という歪な音が骨の内側から生まれ、反射的に表情を歪ませる。


『へい、へい、へい!どうしたどうしたジャパニーズ!!?そんなんじゃこのモンスターには届かねえぜェ!!』


 合成加工を加えたせいでいまいち性別すらもつかみにくい声は、その巨兵の中から響いてきた。更に直後に、ゴバッッ!!と重厚な開閉音が幾つも重なる。

 叫んだのは、遠目で子供を守るように立つホードだった。


「対空ミサイル!?しかも磁場誘導式の追撃装備!?」

『当たりだ』


 ドシュドシュドシュドシュドシュッッ!!!と炎が噴き出した。発射されたミサイルは12発、一撃一撃が爆風だけでも人を数メートル以上上空へと吹き飛ばす代物で在りながら、出し惜しみは無しだと言わんばかりの猛攻であった。

 転がったまま体を硬直させ、回避行動へ移ることすら頭の中から抜け落ちていた。居住区の一室を平坦でまっさらな空間へと変貌させたそれ。

 大和の意思など関係すら与えられない。

 獣が口を閉じるように迫るミサイルの牙の一つ一つが、ありとあらゆる物体を粉微塵にまで粉砕する火力を秘めている。それが12発。統一されたメタリックな爆発物の雨が、押し寄せる。

 遠くでホードが腕を大きく背後へ振り抜いた。直後に、ぐいんっ!と大和が思いっきり首根っこを掴まれたように、そのまま空中へと放り投げられたかのような恰好で放り出される。

 更にその次の瞬間。

 ゴッッ!!バアアアッッッ!!と、先程まで大和の突っ立っていた場所が丸ごと爆ぜた。

 まさに、間一髪。

 十二のミサイルはそれぞれがたった一つの目標へと目掛けて飛来したが故に、直後に標的を見失ったことでそれぞれがそれぞれを吹き飛ばしたのだ。爆風は、空中でもがく大和へも伝播する。見えない壁にでも打ち付けられたように吹き飛ぶも、ごろごろと転がって最終的にはホードの足元へと行き着いていた。

 薄青髪の少年は、手にした釣竿の先を敵へ向けながら、


「アレはトウオウがどこぞの魔科学の街と共同開発した搭乗型のパワードスーツです。恐らく内部には基盤に組み込まれた搭乗者がいるはず!」

「んなこと言われたってどうすんだよっ!」

『そうさ。知ったところでどうするつもりだ?』


 言ってる間にも次なる兵器は攻撃の構えをとっている。子供の喧嘩みたいに人間でいえば肩に当たるパーツを後ろへ下げて、ある一点で解き放つ。

 咄嗟だった。

 『万有引力テトロミノ

 椎滝大和の右手首、白と黒の螺旋を描くミサンガに宿る、かつての恋人の力。触れさえすれば、姿形を持つモノは何もかも()()を操る異能の力。それを宿す目付きの悪い青年の体が、脳が、拳が、反応した。

 何より、彼の背中には少年と名も知らぬ子供がいた。

 ここで彼が全てを見捨てて横に跳ねてしまえば、剛拳の矛先が向かうのは分かり切っている。もはや心臓を鼓動させることも出来ない肉塊になることを恐れた大和が、その姿を幼い彼らに押し付けることは許されない。

 だから拳を握り直す。

 巨大な鉄塊へと、改めて向き直る。


(あいつは『竜』とは違う、水みたいな『無形』じゃないから『万有引力テトロミノ』は通用する!)


 まるで、猛スピードで突進してくる大型車両。

 恐怖も何も振り切って、持てる力の全てを込めて拳を叩きつけた。為すすべなく叩き潰されるはずだった椎滝大和の体はミンチになることもなく、次の瞬間だろうがなんだろうが生き延びて、その力は青年とホードと名も知らぬ幼子を守るために効果を発揮する。

 触れるだけ。

 それさえ完了してしまえば、上下限定の瞬間移動は成立する。

 が、


『対策は講じてるっつーの』


 ボギンッッッ!!と。

 メタリックシルバーとちっぽけな拳がかち合った瞬間だった。

 接触地点より下方数百メートルの地点にて、ショベルカーの先端部に酷似する鋼の掘削装置は『万有引力テトロミノ』によって確かに海へと投げ捨てられた。

 しかし、そのすぐ後ろ。

 鋼の先端部で隠していた本筋。今度は、面だけ見ると平たく造りこまれたメタリックシルバーの杭が大和の視界に広がったのだ。


(拳に触れた部分だけ切り離して、『万有引力テトロミノ』を無効化させたっ!?)


 ゴドンッッ!!?という爆音が発生した。冗談抜きで椎滝大和の体が十数メートルぶっ飛ばされた。

 インパクトの瞬間、自身の心臓が止まらなかったのが不思議でならない。体のど真ん中に風穴が開かないのは、何かの冗談のようにすら思えてくる。空気を切り裂きながら、砲弾のよう壁に叩きつけられるまでの短い時間が、圧縮されたかのように長く感じられる。

 これはもはや走馬灯。

 自分の死を、明確に理解した。

 今となってはもう遅いのだが、この判断を心の底から後悔していた。

 空気の膨張を利用した岩盤突破用鉄杭パイルバンカー。生身の人間に向けるにはあまりにも強大すぎるその一撃は、容易に人間の骨を砕き肉を断ち切る。子供が壁に投げつけたおもちゃのようにはいかない。椎滝大和の体は叩きつけられた壁をも粉砕し、その奥へと吹き飛んでしまっていたのだ。

 ぐわんっっ!?と。

 肺に溜まっていた空気と共に、夥しい血液の波が喉奥から這い上がる。内臓が傷つけられたのか、一度吐き出してしまった後からも、源泉から湧き出る水のように体の内側を這い上がる熱の塊が感覚だけで伝わってくる。

 もはや、自分が生きているのかすら危うく感じられる。

 死と言う概念そのものが、皮膚の内側を這いまわって脳みそまで近づいてくるようにすら感じられた。

 途絶え途絶えの意識、辛うじて欠片ほど残された意識の中。遠くで、嘲笑うような言葉も聞こえてきた。


『人の骨って何本まで折れても平気なんだっけか?まあ、それじゃとても『無事』だなんていえねえだろうが』


 機械音。

 メタリックシルバーの怪物が歩く。そのたびに、得体のしれない技術によって組み上げられた巨人の関節が、異様な音を放ちながら近づいてくる。


『お仕事の時間だ』


 あっさりと。

 がしゅんっ!と言う機械音を巻き上げると、残されていた左の腕までもが蒸気を噴き上げた。簡単に部品ごとにぱらぱらと崩れ落ちていく鋼のショベルの先。現れたのは、人と同じように五指を備えた機械の腕。

 掴み取る、投げる、持ち上げる用途を徹底的に伸ばすために備えられた人間の標準装備のそれだ。


『悪いがスポンサー側の指令でね、事前に飼い犬を放しておいた。結構楽しめただろう?()()()にとっちゃ災難だったがな。俺達恨んだところでどうしようもないからって、恨みの方向ぐっちゃぐちゃにして「襲撃する側がされる側に向ける激しい憎悪」なんておかしな構造が出来上がっていたが、要はあれただの逆恨みだよな?』


 仰向けに広がったまま動けない大和の頭を、金属製の腕が軽々と掴み上げた。ぎりぎりぎりぎりぎりぎり!!と頭蓋が万力の力で締め付けられ、しかし朦朧と消えかけた意識は痛みすらも散らしてしまう。

 子供を抱きかかえた少年が片手で釣竿を振り回すも、細くか弱い釣り針と糸程度で鋼の巨人は回避するそぶりすら見せない。 避けるまでもない、と。

 鋼色の装甲に弾かれ、釣り針が、力なく空間を踊る。奥歯を噛み締めた少年が、より一層強い力で名前もわからない小さな命を抱え込むのが見て取れた。

 それも辛うじてだが。


「その機械鎧パワードスーツ...」

『岩盤突破用土木作業機械鎧、坊ちゃんの言う魔科学都市とトウオウのコラボ製品を、俺らが勝手に盗んで適当な「機能」を付与したうえで量産したもんだ。だから通常の兵装に比べりゃ対人特攻、人に向けるようなもんじゃねえことは確かだよ』


 仮にこの機械が語ることが事実だとすれば、それは大変なことだ。

 トンネルを開けるために山をぶち抜くような兵装を。

 ボーリング調査のために地盤をくりぬくようなドリルを。

 もしもの時の地盤沈下などから搭乗者を完璧に守り抜いてしまうような装甲を。

 あろうことかこの『襲撃者』は、人間などと言うか弱い、それはそれはか弱い存在に向けてしまっているのだから。そんなのは、プロの格闘家が子供相手に本気で殴る蹴るを繰り返すのと何も変わらない。抵抗も出来ない弱者に対し、一方的な暴力で全てを了承させる兵器。

 頭部に当たるであろう部分、バイザーが、警戒を示す赤色の光を放っていた。そして、吊り上げられた椎滝大和も遅れて痛みを自覚する。片手で吊り上げられて、もはやどうすることも出来ない青年に対して、とびっきりの破壊の矛先が付きつけられる。

 その気になれば、何時だって。

 この状況からの逆転は在り得ないと、しら示すかの如く。


「その人を、放せ...っ!」

『こいつは交渉材料さ。最初に俺は言ったんだがな、回収任務だってな』


 吊り上げられたまま、わざと意識を覚醒させるため。飛び出したまま元のように収納されない鉄杭の側面。まるで宙にティッシュペーパーでも漂わせるように椎滝大和が放り投げられて、鉄杭の側面を叩きつけられた。

 グオッッ!!?と。

 肋骨の何本かは既にくしゃくしゃになっていることだろう。内臓は...辛うじて無事なようだ。いつぞやに耳にしたように、内臓のダメージと言うのはもっと表情や体の表面に『別の形で』現れているはずだから、多分、まだ、大丈夫だ。

 ずざざざざざざーっ!と、青年の肌が瓦礫散る床を滑る。やがて幼児を抱える少年の足元まで転がり落ち着くと、力なくその腕が垂れさがる。

 まるで、雨に打たれて朽ちるのを待つ、ゴミ捨て場の人形のように。


『『導火線』』

「...?」


 呟くような一言だった。


『どういう運命の巡り合わせか、それとも神様が仕向けたちょっとした苦難って奴なのか。俺達に必要なもんは、いつの間にか『敵』であるはずのあんたらの手元に渡っちまっていたって話さ』

「...は?」

『最初から知らなかったんだろ?ただの善意で救いたいって願ったんだろ?或いは人間ヒト程度の目では到底視認することすらできないような『何か』にでも誘導されたか!?しかも、そいつは一度手順を踏んじまったらもう取り返しが聞かねえ。だから俺たちのやるべきこともなし崩し的に加算されちまった』

「何をっ、言って...」


 青年が、絞り出すように声を放った。


『だから』


 虚ろ虚ろしく瞳を抉じ開ける大和は、最初、何を言われているのかわからなかった。

 『未来探索ストークエイジ』を展開し、もともとの自頭も頭一つ抜けていたホードは、次第に、事の顛末を理解し始めていた。

 もう一度。


『『導火線』、俺達は、()()()を求めてお前らに襲い掛かった』

「まさか、いや、そんな在り得ない...」

『在り得なくても何でも事実だ。まあ結果的にお前らを叩き潰す過程が早まったに過ぎなかったがな』


 機械の指が、指し示していたのは――――――...。


『つまり、()()()だよ』


 大和は、思った。

 運命というやつはつくづく残酷だ、と。

 当人の知らないところで、当人を巻き込む形で無数の悲劇を展開させるのだから。可笑しい点なんて『竜』との戦いと同様に、よく考えてみればあちらこちらに散らばっていた。

 今の今まですやすやと眠りこけていた幼子おさなごは、少年の腕の中で可愛く首を傾げさせていた。得体のしれない巨大兵器に指差され、ホードの緊張が伝播する形で。


『『導火線そいつ』が、俺達が求めて止まなかったものだ』



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