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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
106/268

天から転げし戦乙女は呪われし因果を断ち切る



 日もすっかり登り切って、事件の始まりから一夜明けた後の飛行船は明らかに雰囲気が以前とは異なっていた。例えば、それまでの全ては前夜祭。本番はここからだと言わんばかりのピリ付いた空気が肌を刺激する。が、その程度でいちいち揺れ動く『怪物』でないのも確かだったりする。

 シズク・ペンドルゴンとキマイラの二人は例のレストラン街へと訪れていた。表の世界で公にはできないようなブツが隠されていた例の喫茶の様子見という意味もあったが、かなり派手に荒らされた周辺の飲食店を除けば、それなりの数の飲食店が通常通り営業しているようだ。

 散策し終えたルートをパンフレットの案内図から塗りつぶす。

 流石に昼時ということもあって人は多いが、やはり以前のようにはいかない様子だった。


「目に見える『危険』から遠ざかりたいってのは一般人の思考回路の典型よね」

「むしろおかしいのはあたしらってことに気付いてます?」

「自覚なかったらいちいち口に出したりしないっての」

「そりゃ僥倖。まあとりあえず、適当な店にでも入ってみますかね適当に」

「私財布ない」

「うへえ...自然な感じであたしに払わせようとするのやめてもらえないっすかねえ!?シズクさんの食費とか割と大ダメージなんですけど経済的な方面で!」

「はっはっはっ本当の貧乏というのは我々『箱庭』のような連中のことを言うのだ。食費を少しでも浮かすためご近所のボランティアへ積極的に参加することで『あらあらあそこの会社の人たちは街に優しいのね』的な感じのお恵みをいただいている我々を舐めるなよ小娘」

「やっぱりろくでもねえ!そして食費がかさむのは全体的にあんたのせいだ自重しろ自業自得め!」


 などなど言いあいながらとりあえず一番目を引くやたら自己主張の激しい看板の店の扉を潜る。店内に入った瞬間、すぐさま香ばしい匂いが漂ってきた。が、対照的に店内の雰囲気はやはり明るくは無かった。陽気なBGMが流れているにも関わらずずしんと重たい空気が辺りに充満しているし、何より様々な客の騒々しい声も完全に消え失せている。

 例えるなら、偶然予約しておいた旅館で夜中の内に殺人事件が起こって、しかも外は猛吹雪で出入りも制限されているので自分たちは閉じ込められ、最悪なことに名も姿も知らぬ殺人犯とさらに数日同じ屋根の下で過ごさねばならないと宣告されたような。

 そう、

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()

 人が幽霊を怖がるのと同じ。

 目に見えず、具体的な姿形も不鮮明で、触れることすらできない不確定要素。自分の中のルールが一切通用しない上に()()()()()()ありふれた重力などの法則すら無視してしまう。抵抗の手段は頭に浮かばないし、いざ自分が遭遇してしまったらと考えるだけで脳内を勝手に不安が埋め尽くしていく。

 小さな子供が、話を聞いただけで発生する想像力の弊害。

 『もしも』が膨れ上がったときの不安というのは、ある意味この世界で最も身近な恐怖だ。

 だから、怖い。

 部屋が暗いからでもなく死んだ者が霊体となって襲い掛かってくるからでもなく、()()()()()()()()()()()()

 だが、ここに例外がいた。

 事件にばっちり関連していた二人の怪物少女はそんな空気をものともせず、生気のない店員に案内されるがままついた席で、特に栗色癖毛のちっこいほうはメニューを指先でなぞりながら言う。


「とりあえずここからここまで。一つずつで」

「初っ端から人の財布壊滅させる気満々の注文やめません???」


 流石はプロ。

 接客術の一つであろう笑顔(微妙に引き攣って見えなくもない)を保ったまま、中学生くらいの怪物の無茶な注文をスムーズにこなしていく。巨乳のほうはというととりあえずトーストとサラダのセットを注文してターンエンド。ちまちまと節約していけば、その内大きな利益につながるのである!

 とりあえず運ばれてくる大量のステーキ、ハンバーグプレート、オムレツ、etcへ手当たり次第に喰らい付く少女の正面で呆れるキマイラはまず自分の所に運ばれてきたサラダをちまちまと摘まむ。どちらかと言うと、セットの内容に含まれていたホットミルク(低カロリー)がメインのようだ。

 真っ赤なジャムを塗ったトーストへ、ぱくりとかぶりつく。

 口周りに付いたジャムを指で舐めとりつつ、キマイラが切り出した。


「それで、どうっすか」

「うん、うん。やっぱり、()()()()()()()()()()()()()()

「やっぱり?」

「やっぱり」


 周りの人間など、気にも留めない。

 流れるように運ばれてくる料理を喰らう合間に、シズクはキマイラにも目を向けることなく言葉を紡ぐ。例えそれが世界の『裏側』の実態についての話だろうと。聞きたければ聞けとでも言うようにあっさりと。


「念入りに探しては見たけどそれっぽい動きどころか、確認作業の痕跡すらなかった。こっちが先に気付かれて逃げられたって可能性もなくはないけど、それでも私たち二人がそう簡単に見逃すってのもおかしな話だし」

「だからわざわざ事件の中心地に?」

「『本物』は自分の仕事に対して絶対の自信を持つものよ。これは裏を返せば、不慣れな奴は自分の仕事に自信を持てないから、経過を確認しようともするでしょう?爆弾?『竜』?全部ぜーんぶちぐはぐでぐっちゃぐちゃ。まるで参考書片手に自分なりのアレンジ加えてみたけど結果的に改悪しちゃいました!って見せびらかしてるようなモノよ」

「ああー。犯人は現場に戻ってくるっていうアレすか?あんなの勝手に自分の不安を自分で煽った臆病者チキンの思考回路の一部じゃないすか。正直根も葉もない理論に振り回されるなんて、連中がそこまでお利口さんとも思えないっすけど」

「『回路』も一応は組んでみた。人の流れ、電子機器の電流、空気の動き、全域に張り巡らせたわけではないけど」

「便利なんだかそうじゃないんだか。判断しかねるっすよ」

「代償が異常な食欲程度で済んでるんだったらマシでしょ」

「シズクさんの食欲は『異常』の枠には収まりませーん質量保存の法則も無視してはいけませーん」


 ひらひらと手を揺らすキマイラ。ばくばくと喰い進めるシズク。突然訪れた災厄にとんでもペースで調理を進めるコックの皆様方。何とか接客スマイルをキープするウエイトレスさんと、なかなかに混沌としてきた店内。しかし悲しいかな、本来制止役を務める椎滝大和は負傷中、ツッコミ兼制止役のホード・ナイルは看病と子守り。本来彼女を制止する役割なはずのキマイラもいろいろと放棄してしまったのだった。

 散々酷い目にあって来たキマイラは学ぶ。

 こんなところで妙に手を出してやれば、文字通り食事中の肉食獣にちょっかいを出すのと同義なのである!と。下手したら人ならざる『それどっから声出してるの?』な威嚇と共に手首をぱっくりされかねないのでキマイラは大人しく自分のサラダとジャムトーストに手を伸ばす。

 真に賢い者というのは、ピンチを招くようなことはしないのだ。


「赤ん坊...って言っていいのかな。まああの子の親探しの方は?」

「あんたね...人にやらせてばかりじゃなくて、自分でも行動くらいしてみたらどうなのよ」

「やっててダメだったから聞いてるんすよ。まあその回答ならそっちもだめだったらしいっすね」

「『親探し』のほうはホードが向いてるわ。ウィアを経由してたならもっとよかったんだろうけど」

「ゼノさんが盗み出したって言う例の神器ですか?」

「急に使用権限が凍結されたらしいのよね。あのホードが珍しく落ち込んでたわ...ってそうじゃなくて」

「わかってるっすよ。『親探し』は元から向こうでやってくれるって話だったでしょう?あたしたちはあたしたちで適当に目に付く『敵』を殲滅する。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そう言う話っすよね?」


 そこまで言って、キマイラはテーブルに肘をつきながらホットミルクを流し込む。低カロリーとメニューに表記されるだけあって、甘味と言う甘味はほとんど感じられなかった。ただただ温かいだけの牛乳に一瞬だけ顔を苦くするも、結局ジャムトーストやらサラダと共に食べ進めてしまえば大した問題ではない。

 ジャムのフレッシュな甘みを何とかホットミルクのほうへ転嫁出来ないかと舌の上が軽いパニックに陥ったキマイラ。どんなに頑張ったところで、低カロリーは所詮低カロリーの札が張り付けられたままなのだと気付くまで続く味覚の格闘


「未だに外部と通信取れないのが不安だけどね......あっ店員さんすみませーんここからここ追加で...」

「っておい待てーい!!?あんた何追加注文しようとしてんだ!?もうさんざっぱら食べたでしょう食べつくしたでしょうが!!」

「あんなの間食よ間食。ここからが本命だってのにうるさいわね......あっ!キマイラあんたっ注文キャンセルすんな!」

「うるさい大喰らい(バカ)!これ以上財布に厳しい食生活を送られたらこっちが困るんっすよ!ちょっやめろ!えへへへへ店員さんすいません会計っ!この場で会計ってお願いできますか!!?」


 いよいよウエイトレスさん(女性)の接客スマイルが崩れてきた。未解決な事件の直後なだけあって、とんでもなく暗い空気もお構いなしで店内で取っ組み合い始めた小っちゃいほうとでっかいほう。残念ながら一般的な人生経験を得てきたウエイトレスさんには、何がとは言わないがデカい少女の太もも辺りに抉る気でかじりつく何がとは言わないが小っちゃい少女を制止する方法なんて思い浮かばないのだった!

 流石に一般的な思考回路()持ち合わせてるキマイラちゃんは申し訳なさそうだ。がじがじと体にかじりついてる非人間シズクを何とか引きずって会計を済ませ、どうにかこうにか店の外へ出たタイミングでやっとこさ解放された。明らかに人間とは思えない獣の喉を鳴らすような声を続けるシズクは無視して、これ以上財布のダメージが加算されることを防ぐのには成功したらしい。

 正直周りの一般客の視線が何よりのダメージだった。お財布事情とか顔も見えぬ『敵』のこととかよりもまず身近なところに潜んでいた敵がこんなにも憎たらしく感じることになるとは。

 なんだかんだで解放されても体には歯形が残る。よって、自然と周囲からの視線を気にするようにされてしまったキマイラはもはや半ベソで不貞腐れてる元凶の隣を歩くしかないのだ。

 しかし改めて歩いてみると、どうやら店外も店外で騒がしい。

 一瞬のうちに自分たちの騒動が外にまで広まってしまったのかと、一瞬心臓が固まりかけたキマイラだったが、どうやらそういうわけでもなさそうだった。

 十字路の最終点。

 つまり、レストラン街の出入り口。合計四カ所存在するはずの地点、その一つで立ち止まる。目の前に立ちはだかる人の壁に二人が目をひそめる。事件の影響で現れた妙な雰囲気すらも吹き飛ばしてしまうような喧騒と困惑の渦がそこにあり、今こうして彼女らの道を塞いでしまっているのだ。

 隣で栗色癖毛の少女が首を傾けた。背丈のおかげで、後ろからでは一切の様子が伺えないからだろう。ちょいちょいと前方で背伸びする男性の衣服を摘まむ。

 そのまま口を開こうとした少女をキマイラが慌てて止めた。基本的に敬語に縁のない少女が初対面の相手の気を悪くさせないための配慮だったが、逆にシズクはムッと頬を膨らませていた。無視して代わりに口を開く。


「何かあったんすか?」

「え?あ、ああね。どうにも機械の故障か何かで、耐火シャッターが閉まって閉じ込められたみたいなんだよ」


 基本的に、このレストラン街の構造は十字路が幾つも組み合わさったような形の通路の四方に店舗を構えることで成立していて、さらにそれを中央に構える休憩所から四方に広げているブロック構造だ。分かりやすく言うと広く造られた中央のスペースから十字に道が敷かれ、道を挟んで様々な飲食店が立ち並ぶ構造になるわけだ。巨大な十字路の中に小さな十字路を設定すればブロックをより小さく分けることも出来る。この辺りは正方形を四つの正方形に分割して、その最小を更に小さな四等分で分割する...という構造がわかりやすいか。

 そのため、万が一の時は中央から伸びる十字路の突き当りにシャッターを下ろすことで外部と隔離することになっている。

 のだが......?


「シャッターが閉まるって、四つの出入り口がいっぺんに?」

「詳しいことはわからないよ。でも、まあすぐにスタッフさんが開けてくれるさ。()()()()()()()()()()()()()()()()()、みんな怖がってるだけだよ」


 ここは、空飛ぶ島とまで称されるトウオウの巨大飛行船。とてもじゃないが、その全体をくまなく調べ尽くすなど一晩二晩では不可能だ。だったら、あるのではないか?

 彼女らが一切考慮しなかった『可能性』とやらが。


「......キマイラ」

「わかってるっすよシズクさん。でもここじゃだめだ。()()()()()!」


 振り返るまでもなかった。

 『可能性』とやらを考慮しなかったために、ある種の失敗を踏まされたらしい。

 怪物かのじょは、ゆっくり華開く。



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