表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
105/268

無垢たる命よ唄えや唄え



「あっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ!!」

「......、」

「ほっ、ほ...ホードさんっ!何っすかそれ!イメチェンって奴ですか!?似合ってますよぶっははははははははははははは!!」


 腹抱えて馬鹿みたいに笑い転げているのは『助っ人』で、青筋をビキビキと浮き上がらせつつ静かに肩を震わせる少年はホード・ナイルである。なんだか引き攣った笑顔がとてつもなく恐ろしいと感じるのは椎滝大和がおかしいわけではないと思いたい。

 現在は時刻にして午前四時前と言ったところか。やはりこの超巨大飛行船は歩いて移動するには広すぎる。途中でどっかの栗色癖毛が『腹が減ったからちょっと食糧庫漁っていこう』と言い出したり、突然始まった暇つぶしの雑電でカレーと言えばライスかパンかで『怪物』二人が取っ組み合いになったり大和が片方を羽交い締めしたりとそんなこんなが無ければもう少し早くなったであろうが後悔既に遅し。そちらのお話については長くなりそうなので割愛させていただくことにして、なんやかんや合流するまでにそれなりの時間がかかってしまった。

 んで、合流したらなんかあっちもあっちで凄いことになってた。

 具体的に言うとまだ中学生程度のサイズ感な少年の背中には藍色のおんぶ紐、片手にがらがら、もう片手に()()関連の色々がパンパンに詰まったビニール袋の家庭的装備ホードである。防御力は決して高くないだろうが、きっと世間体としては抜群の性能を誇っているに違いない。いや問題はそこじゃないが。


「あっははははははははははははははあだだだだだだだだだだだ!!?ほっ、ほっへひひへふぅ!?」

「うるさいうるさい。そろそろホードがキレるわよ」

わはっ(わかっ)わふぁっははら(わかったから)ほっふぇはふへるほは(頬っぺたつねるのや)へへええ(めてええ)!!?」

「そんで?こっちもこっちでいろいろ話すべきことがあるんだろうけどさ。とりあえずは......」


 バカみたいなピンチ力でぐにぐにされたキマイラが半泣きで頬を押さえるのを横目に、ずっと尋ねるタイミングを伺っていた大和がようやく落ち着いた声で尋ねようと。そう、どこから聞くのが正解かと言うと、まずはやっぱりホードの背中ですうすうと寝息を立てている...?


「どこで拾ってきたの?それ」


 赤ん坊についてである。


「......色々、本当にいろいろあったんですけどね...少なくとも手帳が文字でパンパンになるくらいは頑張ってたんですけどね僕も」


 当のホードがこの調子なのだ。その詳しく知りたい『色々』の部分に関しては彼が喋ってくれないことにはこちらも知りようがない。なんだか惨状に意識が遠くなったような気がしたが、真に気が遠くなってそうな少年の背中でばたばたと手足を動かし始めた正体不明が目を覚ますのを危惧して、その場の全員が押し黙ることになる。


()()()()()()()()()()


 再確認。

 『竜』の撃破と、事件の解決はイコールで繋がらないという説明の代わりでもある。

 爆弾は大方かたずけた。『竜』も倒した。では事件の格に迫れたのかと聞けば、それに答えることはできない。まだ、続いている。

 赤ん坊。

 厳密には、その影は赤ん坊と呼ぶには少々大きすぎる。恐らく生後12カ月――――つまり1歳以上には成っているはずなのだが、ホードが言うには赤ん坊並の身体能力と知能を持ち合わせていないとのこと。

 小さくため息をついたホードに、キマイラからの率直な質問が飛ぶ。


「ってかそれって普通に幼児誘拐じゃないっすか。どっかの国のお偉いさんのご子息とかだったら外交問題どころの話じゃないっすよ?一応、あたしたちって正式な身分をトウオウに置いてる身ですし」

「そりゃ()()()捕まること間違いなしでしょうけどね」

「けど?」


 その言いまわしに、今度はシズクが眉をひそめた。因みに彼女もここまで戻ってくる途中散々食べ物を頬張ってたというのに、彼女はどこから見つけてきたのか缶詰の蓋を強引にこじ開けて口の中に流し込んでいる最中だ。

 恐るべし子供の食欲。どう考えても胃の許容量を圧倒的にオーバーしているだろうとは思っても、きっと彼女にしか通じぬとんでも理論が作用していると勝手に解釈する大和であった。

 こほん、と少年の咳払いで話は戻るが。


「部屋の番号とVIPも含めた宿泊客のリストを照らし合わせても、そもそもあの部屋に宿泊中の客なんて存在しなかったんですよ」

「どこからか抜け出してきたその子が、たまたまその部屋に辿り着いたって可能性は無かったのか?」

「在り得ません。ドアのノブはこの子が届くような位置じゃなかったですし、第一この子は自分の脚で立ち上がることすらままならないんですから。僕が入ったときには部屋の扉は完全に閉まってました、最初から扉が開いていたとしても、この子が一人で扉を閉めるなんて出来るはずもないんですよ」

「あのフロアに泊まるような客層なら子供でも厳重なSPが付くでしょうし、かと言ってその子があの厳重な警備網をすり抜けて一般フロアから一人で潜り込むなんて可能性もあり得っすね」

「となると、えっと」

「可能性は二つ」


 今度は軽食代わりに飴玉を口に放り込むホードの代わりに、キマイラがピンと指を二本立てて、


「事件に巻き込まれた『保護者』が、一時的に事件から遠ざける目的でその子を隠した可能性。本当の本当に偶然が重なって、その子がどっからか迷い込んだ可能性」


 突きつけられずとも、自ずとわかってはいたのだ。自分たちが当事者であるからこそ巻き込んでしまった可能性。『箱庭』がここまで大事おおごとにすることもなく、もっとスマートな解決を実行できていたら、と。

 どうしたものかと肩の力を抜いて、大和は部屋の壁に寄りかかる。快適素材の壁紙が、この時ばかりは鋼鉄のように冷たく感じられた。

 正直、この飛行船のスタッフは大和ら『箱庭』と『竜』の激突で発生した様々な飛び火の対応で手一杯だろう。破壊された施設は数知れず、しかしその当事者が自分たちであるためどこかで顔でも割れていようものなら即刻逃亡者になりかねないリスクと言うのが既に発生していたのだ。今のところはそのようなアナウンスも情報開示も無いので『確定』してしまったわけではないだろうが、それでも危険性がゼロにまで低下したわけではないのだ。その可能性を提示したうえで考える。

 仮に『箱庭』の面々が既に顔を割られていて、そんな連中が『子供を保護した』なんて申し出てきても信用されるかどうか。正直言って自分が相手の立場なら、まず間違いなく警戒するに決まっている。例えそれが。差し出された子供と言うのがまだまともな言葉も操れず、『自己』というパーソナルエリアを形成する以前の子供であったとしても、だ。

 気付くのが遅すぎた、という実感ももう遅い。

 気付いてやれなかったという思いやりは焼け石に水だ。

 唇の端を噛む。ぎちぎちと鳴らす奥歯の辺りで、『自分の幸福のために誰かの不幸を誘発させてしまったかもしれない』なんて後悔が滲み出てくるようだ。


「どうすんだ...どうすんだよ。まだ事件は終わっちゃいない、始まったばかりだ!これ以上巻き込めないぞ!?」

「落ち着いて、ヤマト。まだ()()と決まったわけじゃないでしょ」

「でもなあっ!」

「そうですよヤマトさん。確かにあたしたちが巻き込んでしまったかもしれない。ってか厳密に言えばあたしも()()()()()()なんっすけど...」


 出会ってまだ数時間。

 ほとんど初対面と大差ない少女は腰に手を当てて、嘯くようにホードの背中。その一点を見つめている。

 彼女も『箱庭』に並ぶ『怪物』と言えど、そこの大喰らい(シズク)に比べればまだ一般常識を持ち合わせている、らしい。知らぬうちにシズクのおかげで勝手に大和からの評価が上がっていたキマイラも、確かに()()()()()()だったりするのだ。立場的になら似たり寄ったり、力を持つ持たないの差はあるものの。


「あたしたちが問題の中心に座してるってのはまあ言わなくても?」

「わかってるけど」

「ってことは、問題はあちら側からやってきてくれるってことっすよ」


 と、ここまで聞いて大和の喉が干上がった。彼女ら『怪物』が言ってる意味を理解して、どうしようもない心臓の鼓動が加速していくのを感じさせられる。

 小さな子供がいることすら忘れて、叫ぶ。


「わざわざ俺達の事情に巻き込むって言うのか!?この子はただ()()()()()()()なのかもわからないってのに!」

「落ち着いてください大和さん。それに無関係と決まったわけでも」

「落ち着けるかよ。無関係って決まったわけじゃない?関係あるって決まったわけでもないだろ!?それを、俺達の、勝手な都合だけで無理やり押し込めるってのか!?本当に奇跡が重なって、そんで奇跡ってのが悪い方向に働いちまっただけかもしれない。可能性なんていくらでも転がってるんだ。それを!」


 荒げた声の先に、少女は無反応だ。ささくれ立つのは椎滝大和ばかりで、肯定も否定もないのだから自分が正しいのかすら見失いそうになる。

 代わりに叫んだ大和の言葉で大声を上げたのはホードの背中で眠っていた赤ん坊だった。すぐさま背中から降ろしてなだめようと腕の中でゆりかごを作ったが、彼女(?)が泣き止む気配は無い。

 きっとこの子が反応を示したのは、自分以外の、周囲へ向けられた大和の怒気だろう。

 そして、大和を責め立てる者もいない。


「誰も、そんなこと言ってないじゃない」

「同じだろ!?事件の中心にいる俺達が、その子を抱え込んだってっ...」


 はっ、と。大和はそれ以上言おうとして、言葉を呑み込んだ。赤ん坊のことを気にしたのもあったが、今更ながらにズキズキと激痛を訴え始めた自身の傷に『それ以上はいけない』と凶弾されたような気がした。滲む血の色を思い出す。やがて、慣れない手つきでその子を嗜めようと四苦八苦するホードが、諭すように静かな声を上げる。


「僕が見つけてしまった以上、責任は僕にあるんですから」


 言い聞かせる。

 自分で自分を責め立てるように。

 或いは己の心臓へ杭を打ち込んで、一度手を出してしまった以上は必ず『闇』の外へ無事に返さなければならないと使命を抱いたのか。

 それ以上の拘泥はない。

 そういう()に、彼らは立っている。


「僕は『未来探索ストークエイジ』の演算と代入を元にこの子の『保護者』を探してみます。()()()()()()()()()()()()()()()()。良くも悪くも、『未来探索ストークエイジ』を介して飛行船内全体のネットワークを秘密裏に掌握した今、情報という情報はこの僕目掛けて中央へ寄ってくる」

「あたしはまあ呼ばれて借りを返せって言われただけなんでなんでもやりますけどー。やっぱ出来るだけ楽なのがいいっすね楽なのがー。一般人の誘導とか現在負傷中なヤマトさんの護衛とか()()()のお守とか」

「あんたってそんなに子供好きだったっけ?」

「こう見えても結構経験あるんすよ」


 ヤマトは周りから見えない位置へと手を回して、なぞる様に自身の右手首へ触れた。正確には、その位置に巻き付けられた一本の布。

 黒と白の二本の線。

 それらが互いに遺伝子構造のような形でぐるぐるとねじりあい、一本のミサンガを形成しているのだが、これはどういうわけか、死んだかつての恋人の異能が宿る彼女の形見でもある。

 『恩人』から受け取り、『恋人』の手によって成就した大和のお守り。どんな時でも、これをなぞれば自分に自信が持てる。一種の安心感が、変わらずそこにあり続けるという『幸福』を噛み締められる。

 『幸福』の象徴の存在を底に確かめながら、大和も改めて言う。


「俺も何か。俺でも出来るようなことをやるよ。みんなが出来なくて俺には出来る、なんて胸張って言えるような技術もなにもないけどさ。俺だってもう『箱庭』だもんな」


 責任は押し付けるものではない。

 小さくとも、大きくとも。それを分け合って、少しずつでも消化していくことに意味がある。上司も部下も関係なく、全員が頭を下げて『ごめんなさい』と言えればそれが一番だから。『俺は関係ない』と突っぱねるのは簡単だ。

 しかしそれをやってしまったら、椎滝大和は本当の屑になってしまうから。

 ふかふかのベッドに腰掛けて、そこでようやく自分がずぶ濡れだったことを思い出した。そう言えば、『竜』との衝突で随分と水に浸かっていた。改めて意識を向けてみればシズクとキマイラの『怪物』組も自分と同じようにびしょ濡れだ。着替えも無いのでどうしようかと悩むがそこに少年の一手が投じられる。

 差し出されたビニール袋から出てきたのは吸水性の高い幼児用おむつである。兎っぽいキャラクターが前面にプリントされたそれは確かに吸水性に優れている。優れてはいるのだが、本来の用途を思い出して欲しい。

 これで体を拭けということらしい。

 全身ずぶ濡れどころかあちこちで血が垂れる椎滝大和もこれには絶句し、袋の中へおむつを戻すと、押し付けるように隣のキマイラへと手渡した。

 隣から来る抗議の声は聞こえないことにする。


「でもヤマト、あんたはちょっと休憩よ」


 両手をバツの字に組んで、小さな栗色癖毛がそう言った。


「自分の怪我は自分が一番よくわかってるでしょ?敵のグレードが『竜』より上がったら、今度こそあんた死んじゃうって」

「こんなの適当に包帯と止血剤と絆創膏でもあればすぐ直るさ」

「シズクさんじゃあるまいし」


 どっと何故か隣でキマイラが笑い転げているが、彼女の言葉は大和には聞こえないことになっている。変わらず無視を続けたら隣から頬をつねられた。

 それでも続行である。


「まっ、うだうだ言ってたって自体は進まないんだからさ。怪我もあるし、大和は暫く休んでなさいって」

「出来るかよ。みんなが何かしら動くってのに、俺一人だけ待ちぼうけなんて」

「どうしても?」

「どうしても、だ」

「なら仕方ないか」


 ふう、と小さな怪物が息を吐く。仕方ないので自分の荷物から取り出した小さなハンカチで上半身を拭き取ろうとしていた青年も軽く絞っただけの上着を羽織ろうとしながら、出口に向かおうと立ち上がる。

 次の瞬間だった。

 ゴオオッッッ!!と、小さな怪物の脚蹴りが叩き込まれる。

 側頭部を正確に、ただし威力は意識を奪う程度に抑えられた手加減の一撃だ。一瞬のうちに視界が暗転しかける青年が力なく床に伏せ、しかし三人の『怪物』はこれと言って興味を示さない。こうなって当然だ、と。三人の表情は、そう語っていた。

 彼は最後の力を振り絞って、口に――――。


「なん、で...?」


 落ちる。

 暗闇の底に。

 意、識...が.....?


「初仕事にしては、ヤマトは頑張りすぎたよ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ