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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
104/268

海は空より降りて空より青し



 トウオウという島国が存在する。

 失われた可能性の世界...アリサスネイルの広大な大海にぽつりと佇む、元はとある軍事国家の武装貯蔵庫のためだけに開発が進められたという特異な歴史を持つ国家であった。

 国は民を選ばないをモットーに。全世界最大にして最多の人間族を始め数多の種族が手を取って生活を送ることも有名である。活気に満ちた都市の数々に加え、他の国家では到底再現不可能な独自の技術進化。地脈に沿って行われる天候予報から残留マ素特定技術まで。霊長類の進化の過程から逸脱したヒト型生命種にも近い、『世界』で当たり前の進化を辿る国家の枠組みの外で進化を続ける異端の国だ。

 だから当然のように、何もかもが当たり前の範疇外。

 例えば光の対極。光の影で生じてしまう影でさえも、一般とは常軌を逸してしまう。

 それは、世界の闇である。

 どこか遠く離れた存在のように見えて何一つとして遠からず。見えないだけで、実はいろんなところに潜んでいる、()()()


 上空。

 高度一万四千メートルの別世界に浮かぶ人工島の名はタイタンホエール号。

 まさに、上空から人の世を見下ろす『箱舟』だ。

 外郭は最高速を保つジェット機の衝突にも耐えきるという『実績』を持つ衝撃拡散性伸縮金属質タイタンメタル。ちょっとやそっとのことでは破壊されることも無いこの特殊な合金は、飛行船タイタンホエール号の主要設備でもある核エネルギーエンジンにも採用されているとのことだ。耐久性靭性ともに優れ、ありとあらゆる攻撃と言う攻撃はゴム風船を殴りつけるように吹っ飛ばしてしまうトウオウの技術の一つであった。

 詳しく語れば長くなるので省略するが、結局は。


 世界の時間が同時に進行している以上『物語』が一つとは限らない、とだけ。



「ぐぬぬぬぬ。思ってたより多い」


 実際、彼は結構頑張っていたのだ。ただ誰にも見られないところで誰にも知られないように勧めた仕事であるが故に、後々上司に当たる少女(脳筋)に電話越しに怒鳴られる羽目になってしまったのだがそれはまた後のお話である。

 薄い青の掛かった髪と口からちらりと覗かせる犬歯のような牙。少年のような、っていうか見た目通り少年であるホード・ナイルは、きょろきょろと視線をあちこちに向けながら狭い通路を進んでいた。

 『箱庭』という組織内において主に情報処理などを担当するその少年は何をしていたのかと言うと、同じく飛行船に乗り込んだ『箱庭』のシズク・ペンドルゴン、椎滝大和らと一時的に別れ、前日に色々と巻き込まれてしまった飛行船の最下層へと足を運んでいたのだ。

 理由は単純にして明確。

 先述の通り組織内では『情報』を司る点から、ホード・ナイルは戦闘となるといまいち全力を発揮することが出来ない。ざっくり言うと適材適所。彼は彼で戦闘特化のシズクから離れて別件の処理へと思向いているのだ。


「やはりここは人気ですね。これで7個目、全体で見ればこの部屋が一番多かった、かな」


 誰が聞いているわけでもないが口に出す少年は何やら黒っぽい箱状のモノを取り出すと、そこへ端子を無理やり接続させた携帯端末の液晶を覗きながら目的の物体へと一直線に突き進む。

 そもそも、『箱庭』の面々が受けた依頼内容とは?直接的な指令と言えば、むしろシズクサイドよりもホードサイドのほうが重要なのだ。

 トウオウが誇る巨大飛行船に仕掛けられた、どんな形式か威力なのかも不明である爆弾の解除。【探求】の咎人であり『未来探索ストークエイジ』という異能を扱うホードはこういう場面にめっぽう強い。

 例えば特定の人物の追跡や、追跡者からの逃走なんかはホードの独壇場と言い切れるほどには特異と胸を張れる。特定の未来の可能性を断片的とはいえ認識し、確定させる異能は伊達ではない。言ってみれば自分の行動にいちいち恋愛趣味レーションゲームのような選択肢が現れて、しかも咎人であるホード本人は攻略本片手にそれを攻略しているようなものなのだから、そもそも選択肢を誤るはずもない。

 もっとも、近い未来に限るという制約はどうしても付きまとうものの、それを込みにしても随分と汎用性と使いやすさが目立つ異能と言うわけだ。

 ホードは己に課せられた罪を頼りに歩を進める。少年がある国連れて、取り出した黒っぽい箱の赤緑LEDがチカチカと瞬いていた。立ち止まって、床と高さ三メートルほどもある機械の隙間を覗くと。


(発見、と)


 複数の受信側に対して同列の信号を逆探知することで、ネットワーク上の一端末から他の端末を炙りだす技術がある。一つ見つけてしまえば、あとは芋づる式に隠れた端末をズルズルと引き抜くことが出来るというわけだが、ホードの場合は特殊な機材など一つだって必要ない。

 床と機械の間の僅かな隙間に腕を差し込むと、彼が手にする黒い箱と全く同じ外見の物体が姿をさらけ出した。

 『箱庭』本来の目標であり、達成条件。

 それはどこにでも転がっている普通の化学反応を繰り返すことによって、子供の手でも造り上げることが出来る爆弾の一種だ。チカチカと瞬いていたのは起爆の瞬間を知らせるシグナルランプだろうが、ホードの手によって探知機の役割を与えられているようであった。

 見つけた危険物を慣れた手つきで開けると、ホードはささっと工具を使って無力化して見せる。あっという間に消滅したシグナルランプの光を見届けると、直ぐにそれを放り捨ててしまった。

 これでもう解除した爆弾の数は二桁へ到達したか。

 そう考えている間にも、()()()()と組み合わせることで再現した疑似的な爆破物探知機の信号は次々と周囲の信号を暴き出し、目に見える形として接続された少年の端末にシグナルを提供していた。

 信号を解析したところで、それは危険の完璧な排除につながるわけではない。

 わかっているのは()()()()()()()。起爆の条件も爆発の規模も、まだわからないことの方が多いくらいの現状でそれの処理にあたる役割は、他の役回りに比べてみてもどれだけ危険なのか。不発弾を抱えて全力のアスレチックに挑むのに等しい危険度を背負うべきが少年だということに、疑問を生じさせる余地すらない。

 彼らは怪物。

 世界中の奇人変人集う『箱庭』の正規メンバーであり、『対極』を望む者の一人。

 最初から真っ黒に染まってしまいつつある世界を、白以外の色とりどりで塗りつぶすことで対抗する者。

 ホードは次々と危険物を解除していく中で呻くように呟く。


「やっぱり数が多い。敵の目的は...?」


 それからどれだけ画面内の秒針が周を繰り返したころか。

 既に大量の爆破物を処理し終えたホードが向かうところと言えば、次なる爆破物の設置エリアに他なかった。やっとのことで最下層、莫大なる発電量を誇る周回式核エンジンを備える動力室の中だけで言えば、既に危険物の反応は失われている。移動先は先程から直上に当たるフロア...つまりは各国の貴族やVIPなどが寝泊まりする最下層の宿泊エリアだ。

 一貫性が見られない爆破物の設置位置の中には、そんな場所すらも含まれていたのだ。

 何かに気が付いて、少年は付近の物陰にその身をかがめる。

 だだだだだっ!と連続した足音が通り過ぎた。藍色の特殊防護服を着用した警備員が数名が少年のすぐそばを走り抜け、しかしどうやら余程急いでいる様子だったらしくホードが気付かれることも無い。それどころか、慌ただしく駆けていく屈強な男たちは無線機のようなモノで小さく会話を行っていたようだ。

 酷く小声だったのでホードの耳に届く声ではなかったが、ホードはいちいち拘泥などしない。ただ短く、自分に言い聞かせるような小さい口調で呟いた。


「『未来探索ストークエイジ』、先の会話文を解析、復唱」


 ぐおんっ!!と。

 少年の視界にのみ広がる画面があった。まるで電源を入れたかのように一瞬で広がったそれは視界のあちこちでウィンドウを開き、また別のあちこちでサークルがぐるぐると円を描いている。

 さながら脳みそに直接コンピュータを搭載したような。 

 当たり前とはかけ離れた現象が、そこには存在していた。


(『導火線』に『鯨』、......『竜』?くそっ、独自に言葉を言い換えて漏洩を防いでるのか)


 自らの『異能』によって導き出された文章を眺めて舌を打つ。

 確かに文章自体は解析することが出来たものの、通信機との会話の中には『彼らだけで定めた』であろう造語と当てはめが幾つも並んでいたのだ。こうしている間にも時計の針は進んでしまう。解析不能な当てはめやワードの処理よりもまず本来の目的を優先すべきと判断すべきと『異能』の方から訴えてくるようだ。


「目標修正、出来るだけカメラ、人間からの視線を避けたうえで画面上に表示中の点AからFまでの誘導案内......言語解析の並列処理?必要ない。速やかに第一目標を実行」


 次の瞬間には明確に画面が切り替わっていった。

 命令を受けた『未来探索ストークエイジ』が主の命令を、より確実な方向と解析で形へと組み替え表示していく。空中を漂う塵の流れ方から目には映らない足跡の痕跡まで、本人ホードの意識にすら残らなかった情報に意味が与えられる。

 ただ『目に映る何もかもを切り分ける』のではない。必要な時に必要なだけ情報を取り出し、要らない情報は元の状態のまま保管しておくことで余計な数式を省いていくように、まず常人では一見しただけでも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()数式の渦が顕現する。そんなびっちりと敷き詰められた長々しい計算式の細かい隙間を更に埋め尽くすように、未知の記号が脳を侵食していく。

 狼狽えない。

 この程度では、ホード・ナイルは壊されない。

 と、


()()?」


 鉄くぎのように鋭くぎらつく声が、ホード・ナイルの耳を打った。振り向くまでもなく勝手に解析を始めた『異能』の手によって確実な対応方が導き出され、ホードはとっさにその数式の群れへと身を預け、体を任せる。ばばっ!!と振り返ると同時に突きつけられた銃口を平手で横へと弾き飛ばすと、藍色の防護服は容赦なく引き金へかけた指を引いた。

 『箱庭』の怪物。

 ホード・ナイルという()()()の少年。

 どぱんっっ!!という発砲音はホードの横へと逸れて、相手はぎょっとしてように後ろへ下がろうとする。平手の勢いを殺さず、体をぐるりと一回転させたうえで放った回し蹴りが容赦なく男の側頭部へと叩き込まれた。


「ぐあっ...!?」


 驚くほどあっさりと、であった。

 今更になって噴き出す緊張の汗を拭う間もなく、銃声を聞きつけて飛ぶように集まってくるであろう『警備員』の増援から身を隠すため、ひとまずホードは身近な客室の扉に手をかけて中へと飛び込む。全力で床を蹴り、部屋の中の住人のことすらも頭の隅から消え去っていたので後から考えると相当無茶な行動だ。

 反省すべき点を踏まえ、しかし幸いにも鍵やセキュリティの心配はなかったので明かりもついていない室内で扉へ寄りかかると、べったりと耳を押し当てる。

 やはり、すぐさま警備員は寄ってきた。

 思った通りVIP限定の特別区域とはいえ警戒態勢が尋常じゃないことからわかるのは、この空で何らかの異変が発生している、ということくらいだ。しかもその異変の中心には、どうやら自分たちがすっぽりと覆い隠されてしまっているようだからため息も止まらなくなってしまう。

 やがて外の足音が完全に消失したことを確認すると、ばくばくとうるさい心臓がやっと黙って呟いた。


「計算に夢中になると周りが見えなくなるのは悪い癖ですね......」


 と、そっと壁に寄りかかったその時だった。

 『箱庭』の主に情報処理を担当する少年。ホード・ナイルは見つけてしまったのだ。

 抗いがたい渦の中心がすぐそこに迫る。



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