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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
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「なるほどなるほど。第一陣が破られましたか」


 報せを耳に挟み、どうでもよさげな口調で語る淑女は紅茶を一口含むと、何の気なしにその画面へと視線を投げる。ここはどこぞの高級ホテルの一室で、個室だというのに天井から吊り下げられたシャンデリアが爛々と輝いている光景はどこか違和感を含んでいるようだった。そもそもの話、現在時刻は深夜に突入し、お肌のケアには人一倍気を遣っている(と豪語する)この女性に至っては『夜更かしがお肌の天敵?はっ!その程度の敵にやられる私の美貌ではないわっ!!』状態であった。

 毎度の如く付き合わされる身にもなって欲しい、と溜息を吐いたのは彼女の傍で待機中の(強制残業)秘書さんである。優雅にソファーに腰掛け紅茶を啜りながら夜景を楽しむのは結構だが、それに自分を巻き込まないで欲しい、とは口に出さない。出したら出したで酷い目に合うのがわかり切っているからと言うのもあるが、こういう場面、普段は決してできないような贅沢を受動的とは言え堪能できるのはまんざらでもない。初めて見た時心臓が飛び出るかと思った一箱数千円のチョコチップクッキーをばりぼりと口に放り込んでは噛み砕き、『報告』を入れてきた部下の名前が表示された端末の画面をテレビに接続させる。


「それでえ?」

『「導火線」は確かに届けられました。後は例の『異界の勇者』...それに『箱庭』の行動次第と言ったところで』

「やっぱり処理するにはもう二、三手は欲しいわねえ。もっと他にはないのかしら?半不死性調合魔獣を解き放つとか、なんなら重力歪曲装置の応用で開発されたっていう重力式対空砲。今回の件、いい実験になるのではなくって?」

『他国の貴族を撃ち殺しておいて「ごめんなさい」で済むはずがありません。まず間違いなく戦争がはじまります』

「別に対処自体はできるんだけど、計画が公になる可能性があるのだから流石のわたくしもそこまで看過は出来ないわあ☆」


 と言う彼女は赤いドレスの足元を座ったままばたばたと動かしている。

 ローサ・テレントロイアス。

 『国色使徒カラーパレット』と呼ばれるトウオウ国最高指揮者の一人であった。全八色の色彩の中、主に外交問題を取り仕切る役割を与えられし『赤』の彼女は、普段と何一つとして変化のない自由気ままで身勝手な生活の中心にいるようだった。

 自らの役職を象徴するかのような赤ドレスでソファーに構えながら、ローサはやたらと薄型に改良された連絡用のタブレットを手に取る。テレビに映された部下の顔とは別に、あちこちボロボロに撃ち崩されたどこかの景色が映し出されていた。首を小さく傾けた『赤』の彼女に、画面の向こうの直属捜査官(独身)が補足を加える。


『第一陣の働きによってまず懸念されていた『最悪の事態』は回避されました。しかし、この後の結末に大きくかかわってくるであろう『導火線』に問題がありまして』

「それはそれは。予測しなかった未来ではないとして、まあ色々足りてないとは思っていたのだけれども。やっぱりあれほどの人材を投入するのは少々勿体なかったかしら」

「人、材?」

「ふふっ。そうよね。貴方には聞かせてなかったわね」


 くすりと艶めかしい笑みを浮かべながら、中枢に至ってはこれっぽっちも知りやしない専属秘書へと端末を放り投げる。事前に画面を指先でなぞる様に動かしていたので、そこにはまた先程の風景とは大きく異なる画像が映し出されているようだ。


()()?」


 専属秘書(絶賛彼氏募集中)が声を失うのも、無理はない。金魚鉢の中の金魚のように言葉も出ない口をぱくぱくと動かしてしまうのも。表情が徐々に青み掛かっていくのも、静かに沈黙へと向かっていくのもだ。

 やっと。

 失った言葉を、やっと取り戻した秘書の第一声は。


「これ、この、いったい...?」

「導火線。楽しい楽しい花火には欠かせないでしょう?」 

「でも、こ、これって」

「そ。でもって特性上、どうしても私たちが望む通りの働きはしてくれないのだけれども」

『それを補助するのは()()()の役割でしょう』


 と補足してきたのは画面の向こう側の方の部下だった。


『家の中に鼠とゴキブリ。二種類の害虫害獣がいるからどっちもいっぺんに処理したい。そう言いだしたのはあんただ』

「実際、成功しても失敗しても。()()()()()()()()()()()()()


 真にその事実が現実として再現されたなら。どんな手段を尽くすのが最善なのだろうか。

 二種類の生活を脅かす存在は共に相容れず、片方は片方を喰らい片方は片方より数で攻める。巻き込まれただけの『家』というのはどったんばったん大騒ぎだ。最終的にどちらが生き残ったところで基本的に得することはないし、被害の責任を受け持つのも『家』側なのだから迷惑な話だ。

 と、彼女はそんな話をしている気分らしい。

 実際には、自分から家に放っておいて、要らなくなったら捨てると言っているだけなのに。


「だからって、だからってこんな人材まで投入してしまったんですか!?貴方は自分が何をしたのか本当にわかっているのですか!?」

『だから私は言ったんですよ、別に秘書さんにまでピースを見せびらかせる必要は無いって。返ってくる反応だって察しが付くと言うものだ』

「あら。忘れてしまったのかしら?私は一時間前と現在で脳みその中で渦巻く考え方が180度反転するような人物なのよ?最近加齢を意識しすぎて記憶力に欠損が見られるんじゃないかしらあ☆」


 この『赤』に、常識は通用しない。例えそれが自分に直接的な関係を与えてこない存在だとしても、自分の都合で勝手に引きずり込んだうえで身勝手に捨て去ってしまう。

 よほど感覚を狂わせていない限り、そんな所業を繰り返すだけで破綻するのは彼女のはずだ。これは巨木に対して飛び蹴りをかますのと同じ。大地に根を下ろした巨木は『人間』の象徴。大地は『倫理』の象徴。倫理に根付き、意味もなく巨木の如き社会に揺さぶりかけるだけの彼女が折れないはずはない。

 なのに、どうして折れない?


 彼女は自分と、同じ人種の生き物なのか?


「なにもそこまで驚かなくても」

『ははっ、無理もありませんよ。秘書さんは私らと違って()()()()()()の耐性が小さい。小学生をソファーに固定してアダルトビデオ見せつけているようなもんだ』

「下品」

『おっと失礼』

「耐性なんて後からでもどうにかなるものよ。貴方がそうだったように、誰だって生まれた瞬間からそっちにどっぷり浸かってるわけでもなし。生物の種族由来な本能と積み上げた経験で換算する値は全くの別物で、これは言ってみればライオンが生まれながらに捕食者であるのと都会で生活するうちに自然と自衛の手段を身に着けた野良猫を混同させてるだけなんだからあ☆」

 

 言うだけ言うと、ソファーから立ち上がった真っ赤なドレスのお姫様は未だに震えて動けない秘書からタブレットを取り上げささっと指先で画面をなぞる。

 どうやらまた別の画像でも表示したようだった。はて、引き攣る笑みの奥に隠れた本性は善性、あるいは悪性か。


「せいぜい足掻けよ。楽園の木の実?」






 さて、ここで軽く時間を巻き戻してみよう。


 こちらは大和サイド。『箱庭』の面々が勝利を収めた『竜』の本体をその辺にあった適当な金属パイプを縄替わりに、きつーく縛り上げた後のお話だ。

 とりあえず身近なものだけで大和の治療を簡単に済ませたキマイラの隣では、ぐったり意識を失ったらしい『竜』の本体、それを興味深そうに上から眺めるシズク・ペンドルゴン。


「どこからどう見てもホード」

「じゃ、無いよな」


 付け加えたのは大和だった。あいててててと口からはこぼしているものの、立ち上がったり歩いたりする分には問題もなさそうだ。ちなみにこの感想はあくまで『箱庭』の怪物組の主観なので信用できるかできないのかはさておき。

 二人の言うとおり。

 あれだけ猛威を振るっていた『竜』の咎人も、今では死んだようにぴくりとも動かない。強引に捻じ曲げられ、腕を巻き込んで胴体まで金属パイプできつく縛られたら誰だってそんな風になるとは思うが、それ以前に意識すらない。

 外見は、この面々のよく知るホード・ナイルと酷似している。

 しかし、明らかに異物感を孕んでいるのだ。

 例えば、裂けた皮膚の合間から漏れるのは明らかに血液とは別物の半透明。水でもなければどろりと機械の液漏れのように溶けだして、更に傷口からはばちばちと機械じみた電光が奔っていたのだ。

 子供が面白がって何でもかんでも触るようなノリで、触ってみようとすら思えない。放電中グロテスク元『竜』の目が覚めてしまっても厄介。厳正(?)な話し合いの結果、とりあえずこいつは全身拘束した状態で飛行船在中の警備団体のフロアへ捨てておくことに。

 大和はもう完全に安心しきったように息を吐きつつ、未だ何もかもがはっきりしないホードもどきへと視線を投げかける。

 覚醒、即発動なんてたまったものじゃない。

 もう二度と、このホードもどきとは戦いたくないと心に楔を打ち込んだところで。

 今の今までうんともすんとも言わなかったシズク・ペンドルゴンの携帯端末。そこから機械的な電子音が流れだしたと思うと、画面の中で短い文字が浮かび上がる。

 ホード・ナイル、と。

 開口一番、すうっ!と大きく息を吸いこんだシズク・ペンドルゴン。部屋全体に反響するほどの大声でこう叫んだのだ。


「ふっざけんなこの野郎おおおおおおおおおおおおおお!!?こっちが大変な時に何してたんだあああああああああああああああああああああああ!!?」

『うっ、うるさい!ちょっとやめてくださいよせっかく寝かしつけたのに!』


 いくつか聞きなれない単語が混じっていた気がするが、そんなことでいちいち自分を抑えるシズク・ペンドルゴンではない。

 彼女の代わりに怪訝な表情になったキマイラは、手元の携帯端末に見えるように改造を施したスタンガンを調整しながら、唐突なシズクの怒鳴り声に両耳を覆う大和へ目を向ける。

 恐らくは、『なんか知ってる?』と意味を向けているだろう。両手を耳に当てたまま首を横に振る大和。何が何だかな『まあシズクに比べれば常識人だよな』の二人組。余計な口を挟まず、大人しく多分本物なホードとシズクの会話に耳を傾けていると、


「それで!今の今まで何をしてたのよ」

『こっちも同じこと尋ねようとしてたんですがね。察するに船内の()()()()()はそちら側?』

「ヤマトがやらかした」

「冤罪だ!!?」


 唐突な飛び火に短い悲鳴で対抗するも無視を貫かれてしまった。

 栗色癖毛の少女は小さく間を開けて、


『言い訳が許されるなら、こっちもこっちで色々抱え込んでしまいましてね。チャンネルを弄ってるとはいえ通信も傍受される可能性があったわけですし』


 あった、という言いまわしを使うあたり、その問題はきっとホードが一人で片づけてしまったのだろう。とはいえ通話越しにも伝わるぐらいの焦りというか、緊張の感情は確かにこちらへ伝わってくる。合流を急いだほうがよさそうだが。


「とりあえず詳しい話は合流してから、ね。ひとまず私たちの部屋...は、抑えられてる可能性があるし...」

『こっちは訳あってこの場を離れられません。南区VIPエリアの喫煙スペースまで来てください』

「りょーかい。移動には時間がかかるし、待ってる間にそっちで集めておいて欲しいものがあるんだけど」

『モノに寄りますが例えば』

「医療品を一式とバスタオル。タオルのほうは別に体を拭ければ何でもいいわ」

『まあ出来ることはしますよ』


 長い長い空の旅もそろそろ折り返し。

 真なる深夜のベールがはだけ、新たな顔が浮かび上がる朝焼けが始まる。


 さあ、第二幕を始めよう。



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