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終焉の鐘が鳴る頃に  作者: iv
序章
101/268

touching the taboo



 立ち上がった勇者はまず、ただただ思いっきり横に跳ねることにした。勿論なんの算段も持たずに起こした行動と言うわけではないだろう。直後に、滑り込むように高圧水流の到来があった。

 ズオオオオォォォォォッッッ!!と濁流に迫る勢いで到達するそれをなんとか躱しきった椎滝大和と、続くキマイラ。彼女は彼女で古臭い携帯端末に見せかけたスタンガンを自身の頭部へと押し付けて、一切の躊躇もなくトリガーを引いた。

 それが合図だ。

 彼女が彼女であり続けるための神器。彼女に彼女以外の何者にでも()()可能性を獲得させる異常現象。口に出すことこそなかったものの、今彼女が自身に打ち込んだ記号は『スケルトン×グレムリン』だ。骸骨の魔物と機械を破断させる魔物が、がっちりと組み合わされていく。歯車が、余分な隙間もなく、形となるのだ。

 ドパンッッ!!!?と、拳と拳...肉と液体が打ちあったような大音量が炸裂した。


「ギャガアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!」


 靴底で力強く床を踏みしめた。

 悪魔の雄たけびの如く迸る咆哮に逆らうようにして、次なる『怪物』が動く。

 箱庭の第二の王。

 シズク・ペンドルゴンが天空を駆ける。

 その両腕両脚に迸る白、それも彼女の肢体を軸としてコイルのように回り続ける膂力の塊だった。あとにはもう、空気を切り裂く()()()()()()。倒壊するビルやだるま落としの原理と同じだ。支えるパーツが失われた物体は、ただただ星に引かれる力のままに落下する。著しく失われたバランスを再確保する、という思想の前に床を埋めつくす水面へと、『竜』が身をよじりながらも混ざっていった。

 どうせまた周囲の水を搔き集めて再生してしまうのだ。このやり取りだって何度繰り返されたかすらわからない。そうして二人の『怪物』が身構えている瞬間には、既に『異界の勇者』は解決へと走り出している。


「ちょっヤマト!?」

「どこ行くんすかあ!!」

「いいから付いてこい!ここじゃ『竜』は倒せない。いいや、倒す倒せない以前の問題だったんだ。全部全部全部全部!思えば、あいつは最初から俺たちにヒント撒き散らしながら襲い掛かってきてた!」


 ぎょっとして叫んだ『怪物』を置いてけぼりにする勢いで走り出した大和の言葉には、何が何だかの二人も付き添うしかなかった。何せ、ここまでのやり取りで椎滝大和がターゲットの第一候補に設定されている、というのは明らかな事実なのだから。そして皮肉にも、この場で最も無力な人物とやらも彼だった。

 守らなければあっという間に狩り殺される命。 

 既に両手はズタボロに引き裂かれ、脇腹をえぐられ、背にかけて大打撃を喰らいつくした瀕死と言っても何らおかしくない『異界の勇者』

 言わば、これは信頼あってこその逃避だ。

 まず間違いなく、『竜』が誰よりも殺したがっているのは椎滝大和という()()()()()()()()()()()()()()()()()()。どこで拾ってしまった怨念なのかは本人ですらわからないのだ。

 だったら、対応すべきはそこの怪物二人でないことも。


「決着はここじゃない!」


 計画プランは既に組み上げられた。

 あとは実行するにあたって絶対必須な条件を一つずつ丁寧に、決してこぼさないように積み上げていくのみだ。それこそ不安定な足場が続く霊峰を着の身着のままで登り切るような無茶ではある。『竜』がどのような形で立ち塞がるか、吹雪として行く手を阻むか、落下しゆく巨岩となって計画を転がり潰しにかかるのか。

 正直なところ、どんな手を尽くされたところで顛末の変化に大した違いはないのだろう。何を望んで、何かを組み上げて、何かを入念に考えつくしたところで。

 敵と見定めたのは咎人。それも全身を液体へと変換し、周囲のH₂Oを巻き込み操り、『竜』という異能の器を組み上げることでえシステム的に殺戮を実行するだけの復讐鬼。姿を変え人間態を採ろうがたかだか椎滝大和の『万有引力テトロミノ』では遠距離攻撃を弾く程度の抵抗もままならないほどの悪意の塊だ。

 ぶつかっただけでは、正面衝突では見る影もなく破壊されてしまう。

 車と車の正面衝突とはいかないのだ。関係は人と車が全速力で体当たり勝負を仕掛ける、程度へ到達してしまう。両社痛み分け、にすら届かない。ただ一方的な蹂躙が待ち受けているのは明確。

 ともあれ。

 当の青年自身、誰よりもわかっている結末に迷う必要は無かった。

 どうしてか?

 これは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 わかりやすい悪意の塊が、思った通り殺意を咆哮へと変換して吐き出していた。

 走り去ろうとする青年に狙いを定めて、顎を上下に裂き腰を深く落とす。自分自身の砲弾の威力で『竜』の形を崩さないための処置だろう、ととある少女は冷静に分析したものの、訪れる結末を椎滝大和一人で切り抜けられないことくらいは誰にだってわかるはずだ。

 だから無力な青年は、遠慮なく『怪物』を頼ることにした。


「シズク頼む!!」

「っ!」


 鉄砲水は少女の極彩色によって粉々に打ち砕かれる。

 バチャチャッ!とただの飛沫へ戻された水が床にしみ込んで混ざっていった。それから体と脚全体をくの字に折り曲げる『竜』を、その絶対的な武力を以てして抑えこむ。

 二人の間に言葉はない。

 何も言わず、足止めを買って出てくれたのだと。大和自身が彼女の真意を理解していたのだから、わざわざ彼女が語る必要もなかったのだ。

 目的地は定めたもののルートが不明、ゴール地点は見えどもそこへ至るまでの地図やナビを持たない状態の椎滝大和。と、とりあえず来た道を回れ右して走り抜ける椎滝大和の隣に影が重なった。

 『箱庭』のシズクに代わって大和の守護を買って出たキマイラである。


「一体全体何が何なんですかあ!?やっぱり新入りとはいえ『箱庭』は『箱庭』ってわけっすねもうっ!」

「キマイラっ、案内が欲しいッ!ここは最初の地点からどれくらい離れてて、

「何を以て最初と定めているのかあたしにはわかりませんけどっ、とりあえずあたしとヤマトさんがさっきまでいた地点からさほど離れてるわけではないっすよ。五分もあれば巻き戻れますッ!」

「五分じゃだめだ。あいつ、あの『竜』に実体はない。いずれシズクも突破される。倒されるとか倒されないとかじゃなくて、通り抜けられちまうッ!」

「だから、どこへ向かおうっていうんすか!!」

「プールっ!」


 急かすように放たれた言葉。ぎょっとするキマイラの方は無視して、酷く焦った様子の大和だけが真相を見透かすことに成功しているようだった。


「ぷ、プールってあなた!」

「とにかく説明している暇はないっ、ナビゲートを頼む!あそこに、あそこに着きさえすればもう何もかも終わるんだ。このくだらない逃避行を何事もなく治められるはずなんだよ!」

「ええい絶対後で説明してもらうっすよおッ!!」


 バヅヅヅヅヅヅヅッッ!!とスタンガンが唸った。

 しかし、それは道を塞ぐ敵に対応するため、ましてや邪魔者を排除するためと言った敵対排除の動作ではない。むしろ対極。初めから選択肢の外にある道を選択するために、岩山に大穴を通して近道を創り出す――――。まさに『人間』らしさを前面に押し出した電撃。


「グール×グレンデル、腐撃の陣ッ!!」


 キマイラはひらりと大和の前方へと躍り出ると、頭へ突きつけた携帯端末型スタンガンを作動させ、何やらプスプスと奇妙な音を発する右腕を通路の突き当りの壁へと勢いよく叩きつけたのだ。

 醜く万物を貪り喰らう死人と怪力の巨人の組み合わせ。二つの異形をミキサーのようにぐちゃぐちゃに掻き混ぜて、己へ内包させるキマイラの戦闘態勢。

 本質は魔法に非ず。

 己の脳へ外部より電撃の形へ整えた情報を打ち込むことによって、十数秒程度の他者の内包を可能とする兵器である。

 いっそ壁が強力な酸にでも漬けられたような音だった。殴られた地点から一気に広がったそれはあっという間に壁へと人一人が通り抜けられるほどの穴をこじ開けたのだ。


「毎度思うけどお前ら『怪物』は無茶苦茶ばかりかっ...!?」

「『人間』って呼んで欲しいっすね」


 そういうとキマイラはそそくさと穴を潜って暗闇の中へ消えていってしまう。どうやら彼女の背後をついていけば無事目的地へ辿り着けそうだ。暗闇の中で手を引かれるようにして、椎滝大和は通ってきた道を、守られ続けた己の背後を振り返る。

 そこに『箱庭』第二の王の姿はない。勿論、彼女がその身を削って押さえつけてくれているであろう『竜』も。

 戦ってくれているからこそ、こうして自分が自由に動き回れている。

 これは椎滝大和ではできない他者の生かし方だ。戦闘だけが『異界の勇者』の特徴でないことくらいは自分自身がよく知っているはずなのに。その『異界の勇者』の中でも抜きん出て無力だった自分だからこそ出来ることがあると思っていた。だが実際には?

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ようやっと真っ暗闇を抜け出して、今度は何段あるのか数えたくもない階段を駆け上がる。腿を上げるたびに鈍い痛みを訴えてくる脇腹の傷も、空気に触れているだけでジンジンと痛む両の掌も。あと少しで全てが終わると考えれば自然と引いていくようだった。

 しかし悲しいかな、こんなにもあちこちに『最新』という札が張られてるにも関わらず、エレベーターやらエスカレーターなんかの利器を超える発明はなかなかないものだ。それこそ転送装置テレポーターなんかが発明された日には世界がひっくり返るんじゃないかとすら思えてくる。

 そんなしょうもない考えを戦闘中に巡らせるのが間違いか否か。

 パンッッッ!!という金属が内側からの膨張で弾けたような軽い音があった。乾いてもいない傷を再び抉り取られたような、とにかく突き詰めてはろくなことが起こらないと知らせる悪寒に苛まれる。


「クソッ!もう来たのか!?」

「ヤマトさんが何しようとしてるのかは知らないっすけど目的のプールはもう間近ですッ!だったらここはあたしがっ...」

「ダメだキマイラ!少なくとも俺がやろうとしていることは俺一人じゃ到底届かないっ。お前の手が必要だ!」

「ああもう!他力本願前提なら最初に言っておいてくださいッ!」


 無数の破裂音に囲まれながらも、既にキマイラは首に引っ掛けておいた紐付きスタンガン端末を取り出していた。そして物騒な電撃兵器を指先で操作する砲とは逆の手で一本の道を指さして。


「目的地は直線距離にして約200メートル。この廊下の突き当りをぶっ飛ばせば即プールにダイブできます!」


 ゾオオオオォォォォォォッッッ!!と、言い終わると途端に水が噴き出した。突如として広がる、壁や天井の亀裂のあちこちからだ。一瞬にして廊下全体が水に埋まってしまう光景をイメージさせるほどの水量が押し寄せる中、キマイラの説明中半分くらいの時には既に駆け出していた大和が首だけで振り返っている。

 

「まずい...シズクはもう抜けられた。来るぞッ!!?」

 

 足元どころか、世界そのものを水に沈める気がある様にすら思えた。咄嗟に出てきたのはそれだ。ノアの箱舟でもあるまいし、地上から約一万メートル地点で溺死だなんて馬鹿げてる。

 でも、確かに在り得てしまうのだ。少なくとも今なら。

 『椎滝大和』を明確に()()()()()()()()()()()()()あの『竜』は。まさしく、まさしく今新たな形へと作り変えられていく『竜』ならば。

 その姿は、あまりそちらの方面に詳しくない大和ですらも容易に想像つくフォルムで。

 狂気、憤怒、激情、焦燥、畏怖、危惧、嫌悪、失望、驚嘆......そして、憎悪。とにかく思いつく限りすべての悪感情を詰め込み形と魂を与えたかのような『怪物』であった。


「なんっすかありゃ...!?」

「三頭六腕...阿修羅?まさかッッ!!?」


 今までとは、比べ物にならない。

 鉄砲水と呼ぶより、濁流と呼ぶより、渦潮と呼ぶより、それはそれはそれは。まるで津波のようであった。呑み込んだすべてを深海へと引きずり込む人的な害意を。形を与え、神の姿を与え、異能を与え復讐の力を与えただけの器。 

 それが、吼えた。

 もはや言葉として書き記すことも出来ないほど、或いは人間では認識することすら叶わない音域に達しているのか。

 曖昧にして無辜。

 絶望が、瞬間的に椎滝大和に絡みつく。

 括り付けたままではどこまでも沈んでいく。さながらコンクリートに埋められた脚と共に大海へ飛び込んだかのように。

 隣では、舌打ちを響かせた少女が自分の頭に携帯端末を押し付けている。いや、そう見えるだけのスタンガンを。インプットした電子情報を電撃の形に変換することで、外部から脳に直接計算式を代入させる人体の禁じ手を。


「シズク×ドラゴン......コスト24、循環と火炎ッッ!!」


 図られまいと押し殺していても、彼女の表情の端には苦痛が浮かんでいる。まるで激しい頭痛を頭の中で堪えれるような表情で、しかし不満を漏らすことも無く。

 地獄から引きずり出したかのような獄炎が、三途の川から溢れ出してしまったかと錯覚するほどの波とぶつかり合う。


「キマイラ!!」

「いいから、早くッ!!」

「~~~~ッッ」


 椎滝大和はぐっと瞼を引きしめて、己の右手首へと視線を落とす。そこには、椎滝大和の勇気と過去の原点となる白黒螺旋のミサンガがいつもと変わらず佇んでいるだけだ。そこから下は真っ赤に染まり、こうして今は激痛がぶり返している最中でもあった。 

 だから、こういう時に迷わず飛び出せる。

 ぎょっと目を剥いていたのは濁流を片手の獄炎で抑え込んでいたキマイラだった。押さえつけている水流の砲弾に対して、血塗れの拳を握る椎滝大和が思い切り踏み込み、拳を叩きつけたのだから。

 炎を押し返す勢いだった水が消失する。

 力を加え続けていたボールを解き放つように、一気に放出された火炎が椎滝大和を通り過ぎていく。瞬間、足元を埋める水の抵抗もお構いなしに二人が駆け出す。

 そしてある地点まで到達したところで。

 これ以上の混沌を望まない青年が、世界に数多く存在する禁忌の一つにそって手をかけた。


「キマイラッ!!俺にもそいつはできるのか!?シズク・ペンドルゴンを俺に打ち込むことはッッ!!?」


 得体のしれない悪寒があった。

 キマイラと呼ばれた少女の背中を伝わり落ちる()()を、当の少女自身が理解できていない。多分これは野生動物が生まれる前から持ち合わせる『野生のカン』とか、『本能』だとか。そう言うたぐいの超感覚の一つなのだろう。

 だから彼女も、自分と同じ過ちを犯そうと言葉を紡ぐ青年に答える。


「無理っすよそんなこと!機能するしないの問題じゃない。ヤマトさんの脳が耐えられない!」

「機能自体の話をしてるんだ。答えてくれキマイラ!」

「自己犠牲で何でも解決できると思ったら大間違いっすよ!

「その回答は、YESと捉えていいんだな。機能自体は俺が器でも働くんだな!?」


 YESと言えばYESかもしれない。

 ただし、代償に命を失うかもしれない。


「あたしの脳に合わせたデータである以上、あたし以外の人間に打ち込んだって誤作動を起こしてしまう可能性のほうが高い!いいや、絶対にそうなります。部分的なインプットは完成するでしょうが電撃のショックは直接響いてしまうッ!!」


 液体が膨張させられたようなボンッ!という無慈悲な警告音は背後から訪れる。もう振り返る時間すら惜しいが、あの程度の炎で掻き消える『竜』ではないはずだ。迫っている。あとほんの少しの所だというのに。もう少しで手が届くというのに。

 だから彼は少し考えたうえで、迷わず叫んだのだ。


(耐えきれる、耐え切れないじゃないんだよ)


 どうでもいい。

 もう、そんなことはどうでもいいッッ!!


「うるせえいいからやれエエエエエエエエエエエエエエエェェェェェェェェェェェェェェェッッ!!!」



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