hero of rouse oneself
「くそっ、キマイラの奴、位置情報だけ送信してきたかと思えば信号すぐ途絶えてるしっ!ヤマトも一応の無事は確認できたけどその後の行方は分からずじまいだしっ!」
こういう時こんな場面において『箱庭』組織内で最も頼りになるであろう人物は隣にいない。『未来探索』さえあったのならば、こんな状況を打破する手段をいくつも練り直せたかもしれないが、所詮ないものねだりに過ぎなかった。真に重要視されるべきは、手持ちのカードをどのように切って敵のカードを捨てさせるかなのだ。
自分がめちゃくちゃだという自覚は一応持ち合わせている。
しかし『狂い』が本筋に合流できないなどと誰がのたまった。むしろ、真の強者というのはどれだけ精巧に練り組み立てようが必ずと言っていいほど計画に生じてしまう『狂い』すらもプランの一部に含んでおくものだ。今回も、いつもと何も変わらない。いつものように可視化済みの死地へその足を以て踏み入り、荒れ果てた大地を己らの脚だけで踏みつけ、耕すのみ。
白衣の天使となれずとも、それなりに手段を選べば似たような行動は起こせるものだ。
シズク・ペンドルゴン。
トウオウ在来の非公式組織、『箱庭』と呼ばれる奇人変人の集いを、己の腕力と異質の力によって世に広めた少女。短い栗色の癖毛が特徴的な直接戦闘員兼サブリーダー。
そして、創始者の一人でもあった。
「ホードのやつは何してるのよおっ!!」
本来、こういう役回りは彼女の領分ではない。
シズク・ペンドルゴン(見た目の年齢は中学生程度)が空飛ぶ島とも形容される巨大飛行船の西区域...主にフライト中、乗客の暇つぶしを目的に設置された数多ものレジャー施設街を駆けまわっていたのにも理由がある。
(それにしてもなるほど。位置情報によるとキマイラが位置情報を送信したのは科学博物館の一括準備室付近、か)
言葉の響きだけならどこか仰々しい雰囲気を感じさせるが、彼女はそう思わない。確か、そこは『外』の技術以上、トウオウの最新以下の技術を見せびらかすことで見物客から見た『トウオウ』のイメージを狂わせる。つまりは『これがトウオウが誇る最新の技術だぞ』なんて言っておきながら、実は何代も昔の技術を見せびらかすことで『見物者から見たトウオウ技術の上限を取り払う』役割を持っていたはずだ。
こんなくだらないアピールは国内にそう珍しくもない。
むしろ国が積極的に進めている活動の一つでもあるので、探そうと思って街を出歩けばいくらでも目に付くし、検索エンジンにもプロジェクト名がホームページと共に簡単に引っかかってくる。
と、話がそれてしまったが彼女が考えていたのは『竜』が狙って椎滝大和をそこへ追い込んだわけでもないだろうということだ。自由自在に液体の水を操作する『竜』にとって、その部屋は決して都合の良いものではないのは言うまでも無いことだ。むしろ自分に都合のいいフィールドを用意したいというのなら、連れ去る以前に椎滝大和と共に訪れたプールはまさに打って付けなのだ。
そこからわざわざ隔離したということは、『竜』にも相応の理由があるに違いない。
(『呼び出し券』を使ってでもヤマトを優先してよかった。キマイラが遅れてたら、やられていたかもしれない)
とはいえ。
現状は助かった、と言うだけだ。一時の安全が確保されたからと言ってその安全が常に続く保証なんてあるはずもなかった。彼が一度守られたからと言って背中に縋りつくような人物ではないことくらいはシズク・ペンドルゴン自身も重々承知。むしろ、不安なのはそこからの方だ。
一度は守られた。が、それがまさしく現在まで続いていると断言出来るほどの証拠が出揃っていない。一枚限りの『呼び出し券』を消費してまで呼び出したキマイラからの位置情報は既にシズクが握る画面の中に表示されていなかった。
というわけで、遅くなってしまったが現在シズク・ペンドルゴンはゴールも見据えず飛行船内を爆速で探索中である。後からついてくる者がいなくなったのは幸か不幸か、現在の彼女は自身のほぼ最高速近い速度で床を蹴り、立ちふさがる障害物を破壊してまで奔走していた。
この速度までも、紛れもない彼女自身の本質の一角に過ぎないという事実を知る人物は限られている。出来ることが多いというのはよく器用貧乏とも呼ばれがちだが、彼女の場合はまず前提が大きく異なる。
いかに全方面に強い人物であろうとも特化した何かがある様に、彼女にも特異不得意くらいの概念は存在する。例えば自分より弱き者を背負いながら正面の敵を見据えること。
高出力過ぎるが故の弊害。
何もかも巻き込んでしまいかねないほどの力を普段使いにまで押し殺す彼女の技量を例えるとするなら、現在絶賛噴火中の火山火口でフライパン片手に料理を楽しむようなものだと言えばその壮絶さを感じてもらえることだろう。
しかし、一時的とはいえその枷は敵がわざわざ取り払ってくれている。
たった一人になったから。心寂しいなんてのたまうほど、シズク・ペンドルゴンは可愛い『少女』ではない。
「ああもうっ!!ただでさえ、ただでさえ情報量が少ないってのに。こんなちぐはぐな状況は今までなかったわよっ!」
悪態付く少女が唇の端を噛む。
彼女はこんな見てくれでも一応は『箱庭』の第二の王を務める人物だ。基本的に専門分野の知識は豊富だし、専門外でもある程度までは知識の範囲内に収めてある。
一例に錬金術。
この世界では科学とオカルトの中間点のような位置づけになってしまっているものの、その技術の名は広く知られる世界の片鱗の一つであるのも事実であった。オカルト的作用によって素材の要素を抜き取ったり逆に縫い付けたりする技術の世界では、まさしくこのような状況こそが最悪の回答である。
積み重ねるべきピースすら存在しないパズルを思い浮かべよう。
まず部品がそろっていないのだから、組織全体が組み上がるはずもない。つまり、確定事項を一つも確保できていない。こうなってしまうと、もう要素の抜き差しだって意味を持つ以前の話になってくる。存在しないピースから存在しない部品を抜きだせるだろうか。彼女が言っているのはそういう話だ。
自然と、握る自身の手に力が加わってゆく。
第二の王の瞳から、鋭さが研磨されていくように目を細めて。
と、直後だった。
ピシィ!!と小さな亀裂の音が鼓膜を叩く。最高速に達しながらも天井を見上げると、確かにそこにあった。
っていうか崩れてきた。
「ごわあああああああああああああああああああああああ!!?」
そして、間抜けな叫びをあげたのも彼女ではない。
上から降ってきた、誰かだ。
降り注ぐ瓦礫の豪雨を避けるように地面を蹴るシズクが振り返ってみると、どういうわけだろう。積み上がる瓦礫の上に尻もちをついていたのは巨大な双丘である。ちなみに粉塵に隠れて、積み上げられた瓦礫の山の麓にも細長い何かが力なく倒れていやがった。
人の気も知らず、仰向けで白目をむいていやがるし。
「あいたたたたたたた...ええっ!?これでも目ぇ覚まさないんっすかあ!?」
「ちょっ、キマイラ!?なんであんたが降ってくるのよ!」
「げえっ!?シズクさん!!?」
「それにヤマトもっ!その怪我はどうしたのってか寝るなあ!」
「ああ寝てるんじゃないんすよ。なんか思わせぶりなこと呟いたと思ったら今までのダメージのせいかぱたんと気絶しちゃって。というかそれどころじゃないっすよ!今にも『竜』がああでもどうしよう手貸してくださいシズクの姉貴ィ!」
「わかったからくっつくな!ってか邪魔くさい駄肉を押し付けるんじゃないわよ捥ぎ取ってやろうか!!」
持たざる者から割と強めの拳骨が飛んできそうだったので持つ者キマイラは大人しく引き下がる。なんたって彼女の拳骨。まず間違いなく骨が陥没してしまう。そして、彼女はあとから気付いたのだが、天からの来訪者は二人と瓦礫だけにとどまらない。そう、『水』だった。
しかしその中にあの赤い双眸はどこにもない。
あるのは山頂より湧き出るような、しかし実際にはトウオウの徹底的な処置によって浄水された水だけだ。
「とにかく、一端離れたほうがいいわ」
「そりゃもちろん。とはいえ怪我人担いで音速移動なんてできませんよ」
「私たちならともかく、良くも悪くもヤマトは一般的だしね」
そこからは理解するよりも早く行動に移ることになった。あれだけやられていれば、逆に『水』の音をトラウマとして植え付けられていてもおかしくないというのに、恐怖を感覚で感じ取って目を覚ますどころか、崩落に巻き込まれてもなお意識を失い続けている椎滝大和。体格の都合上、続行してキマイラが背負うことになるがどうやら落下時に腰を強く打ったらしい。なお片手で青年の体を支え、片手で腰を軽くさすっていた黄土色の巨乳美少女(身長159.3センチ)。『怪物』と言うのは走り出してみれば案外どうにでもなるもので、あっという間に水もなにも置き去りにしていく。
あくまで、ダッシュの範囲内。
ジェット機のパイロットには風圧や空気の直接的な影響が少ないにせよ、飛行時にかかるその凄まじいGによって命を落としかねない負担を加えられるというのは有名な話だ。勿論機体なしに人間が音速飛行でもしようものなら、まず間違いなくその果てしない速度が織りなす空気と音に二重壁によって消し炭にされてしまうのだが。オカルトが普通に顔を覗かせるこっちの世界では全部が全部そうと言うわけでもないらしかった。
怪物に背負われた大和もその範疇内。
出来ることはできるだろうが、確信はないので実行に移せない、という彼女らの本音に守られて。全身をただただ水の圧力によってズタボロの布切れのように儚く改造された青年の意識は眠る。
「そういえばどこに向かうんすか!:
「そりゃ出来るだけ『水』と関連が薄いとこっ!」
と、そこまでことがうまく進むはずがない。
まさしく走り抜けようとする二人と一人の足元。
ドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴドゴッッッッ!!!!という爆音の掃射が打ち付けたのだ。
慌てて二人で左右の壁際にはね飛ぶも、次の瞬間にはガラガラと撃ち抜かれた床面が崩れていく。そして、顔を出した。
シズクにとっては初見、竜頭有肢の液状生命体。
彼女率いる『箱庭』が定義もなくこう呼んでいた存在が。
『竜』と。
「ッッッ!」
「まずいっもう見つかった!?」
耐久性どころか靭性にも優れているはずの飛行船の一部がまるで豆腐のようだった。あっけなく、それこそスプーンをゆっくり差し込むように削り取られた床を貫通して、二人の天井までもがガラガラと音を立てて崩れ落ちる。
立ち塞がる『竜』はようやっと二人の正面に降り立つと、ぬるりと頭部を動かして何かを見つめているようだった。そう。
椎滝大和。
金属製のワイヤーを張り巡らせたような、そんなどうしようもない緊張があっという間に埋め尽くす。しかし、忘れてはいけないのはここに、今この場に降り立つのは『竜』だけではないということだ。
まさしくまさしくまさしく、『怪物』が二匹。
ゴッッッバアアアァァァァァァァァッッッ!という壮絶たる衝撃が炸裂する。『竜』が動くよりもさらに速く、周りに衝撃波すら飛び散らせる勢いで迫った栗色の少女。そのオーロラのように光輝く極彩色が、迷わず撃ち抜いた。
「っっ!!あいっかわらず信頼してくれてんのか人任せなのかわっかんないっすよォ!!」
「前者と思ってくれて構わないわ」
「そりゃ光栄」
短い対話があったが、もう一匹の『怪物』はというとシズクの撒き散らした衝撃から身を盾に。背に乗せる椎滝大和を守り抜いたようだ。しかしいかに怪物と言えど、『音』までは殺しきれなかったらしい。キマイラの背後で呻くような声が灯る。
「つぅ、あ...?」
「あっ起きた!」
「し、ずく...?ッッ!!?」
思い出したかのように、既にズタボロの体を駆け巡る激痛に悶えているその時であった。絶賛戦闘中、全身を液体の水で構成する半透明に人型の『竜』が大顎から噴き出した水圧のブレス。触れるものすべてを水圧カッターのように斬り離してしまう極悪の一撃が、青年の頬を掠り抜ける。
夢では、無い。
何かを思い出したように、キマイラの背中から抜け出した青年が立ち上がる。
『竜』が湧き上がる。
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!」
天をもつんざくような咆哮と共に、今の今まで拳を交えていた少女の隣を鉄砲水が通り抜けた。大和を押しとどめるような形で手製のスタンガンを構えた少女も貫通する勢いで。
(ブレス、じゃない。本体!)
ドパンッッ!という水を弾く音も、受け止める。
自らの血で真っ赤に染まった拳を握る青年が、ただその手を前に突き出したのだ。
ぐちゃり、と。
自らの肉をえぐる音感覚すらも、もう怯える必要はない。当然のように『竜』を受け止め、弾き飛ばされた椎滝大和の拳は引き裂かれていたが、それも皮膚止まりだ。
肉や骨への侵食には至らない。
まるで在り得ない光景を目の当たりにしてしまったかのような、驚嘆に満ち満ちる表情を浮かべた『怪物』二人は反応出来なかったのか。『怪物』というレッテルを無造作に押し付けられるほどの戦力を以てしても、椎滝大和へと迫る『竜』を受けきることは不可能だったのか。成否を問えば、それはNOだ。
ゆっくりと、立ち上がる。
椎滝大和は自ら前方に立つキマイラを押しのけて、わざわざその拳を『竜』へと突き立てたのだ。
「もう見失わないぞ」
誰に対する宣言だったのか。
英雄は、突きつけるように言い放つ。
失いつつあった形を徐々に取り戻していく『竜』の正面に立って、『怪物』を差し置いて、真実に到達するに至ったただ一人の『人間』
「シズクに、キマイラ。二人とも、協力してくれ」
答えない。
未だに離れた地点において立ち呆けた様子のシズクはともかく、彼の隣に並び立つキマイラまでも答えられなかった。しかし、言葉はいらない。その言葉だけで十分。大和を信じるシズクを信頼するキマイラと。立場こそ違えど、表情に現れた意思に嘘偽りは通用しないのだ。
無言は肯定と、少なくとも三人の意識はここで統一されることになる。
「勝負だ」
なんやかんやで100話目となりました




