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悪女と詐欺師のフォークロア  作者: 水沢 流
終章 エピローグ
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エピローグ

 やがて歳月が過ぎてベルザが没し、ゼイムスも病の床へと伏した。

 彼の統治は総じて人道的な物ではなかったが、国を発展させると言う点のみにおいて、時を読み違える事は決してなかった。

 晩年までに起きた戦争では戦果を上げ、天災では国庫を開いて国民を救い、その礼を発展と言う形で受け取って治水の復興に努め、高度な技術を養うに至った。

 死期を悟ってからはヅェンラインをみずから解体し、各地の領主に自治を任せた。


「でけえ国のままだと、慢心と怠惰ばかりが育ちやがる。ちょっとは逼迫してねえとな、民って奴は走り方も忘れちまうんだよ」


 同国意識が生む気の緩みや暴走、統治が行き届かない事による脆さを埋める目的と称して、独立を求められたわけでもないのに独立させた。

 権利から義務までの全てを、自己責任においてやれば良い。

 誰も命じない、誰も助けない。

 そんな状況にならないと、民は自分で考える事を放棄してしまうからと。


 そして、遺言はこうであった。


「おれは、おれの為に生きただけだ。おれの後釜になんぞ興味はない。勝手に、好きにやればいい……」


 若い頃と同じように、何かを企んでいるような、どこか楽しげな顔で口にした一言。

 それが、詐欺師の最後の言葉になった。



[*]



「道化が没したぞ、ギュンタム……」


 夕日に染まる広い墓地――

 そこに足を運んだセライヴァが、そう、墓標に傅く同族に声をかける。


 人で言う老いのよう、継ぎ目までもが錆び付いた鎧の騎士。

 そのざらついた背にそっと手を当て、顔を上げたギュンタムにセライヴァは微笑んでみせた。


「私は……ここを離れようと思っている」


 斜陽の色を映す鎧へと、控えめにかける声は柔らかい。

 ギュンタムと同じくセライヴァも老いていたが、それでも覇気は昔のまま。

 腰に帯びた剣も、姿勢の良さも、現役の頃から何も変わっていない。

 さながら凛とした老騎士の理想を、そのまま形にしたような姿になっていた。


 ベルザが死んだ後、一度は国を去る事を考えたセライヴァ。

 それを思いとどまらせたのは、道化を見張っていなさいと言うベルザの言葉だった。


 眠るように息を引き取りながら、悪戯な少女のように微笑んで――

 側近があなたたちで良かった、だから最後の命令よと、静かにそう告げて世を去ったのだ。


「もう、ここに未練もないしな」


 ゼイムスが死んだ以上、残る理由は何も無い。

 賢狼と呼ばれる武人ナージャが後を継いだが、彼女に仕える理由とて一つもない。


「どうする?」


 共に行くか、残るか。

 そう問うセライヴァから視線を外し、ギュンタムが墓の方に向き直る。


 ――リュギの墓。

 それを見つめたまま動かない同胞に、セライヴァが静かに笑った。


「……残るのだな」


 思い返せば一瞬のようで、それなのに随分と長くをここで過ごした気もする。

 そんな感傷なんて自分らしくもないと笑い、セライヴァはギュンタムに背を向けた。


「私は今一度、世界をこの目で見て来るとするよ。……良き余生を、同胞」


 そう言い残し、ギュンタムを残して歩き出す。

 振り返らず、見送らず、互いに決意を変えぬまま。

 その後――夕日に伸ばされた影二つが隣に並ぶ事は二度となかった。


 そして、物語はここで終わる。



[*]



「こうして、聖王様はこの国を救われたのです……」


 そう話り終えた母親が、眠ってしまった娘を優しく撫でる。

 ──ゼイムスが死してから数百年。

 今や当時の栄光はなく、繁栄もなく、軍備や葡萄園すら残っていない。

 ただ小さな領土で農牧を営んで、小さな収入を得ているばかり。


 すなわち、元通りの穏やかな光景が、そこに繰り広げられていた。



[*]



 悪女と詐欺師のフォークロア。

 口伝で継がれた英雄譚。詩人が歌い継ぐ物語。


 救国の聖王として称えられる事になった男の事実を、後の世で知る者は誰もいない。


 ただ、悪女から国を取り戻してくれた者として、華々しく語られるようになったまでの事である――。

 お気に入りに加えて下さった方、誤字を指摘して下さった方、レビューを下さった方。


 皆様、本当にありがとうございました!


 何というか、本当に剣の一つも握れない男で終わったわけですが、まあ、こう言う王様がいてもいいかな、と。

 振り回された民は大迷惑でしょうが…。


 情報格差や、人の信念を逆手に取る詐欺師は、善人ではありませんが――

 スパイ物や怪盗物のような「悪人活躍物語」として楽しんで戴けたなら、書き手冥利に尽きる次第です。

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