97話 さてどうしよう?
「セイちゃん、もっと身体を大切にしなきゃ。基本男はみんな野獣なんだから、大事な人以外に隙なんて見せちゃ駄目よ。
で、何で男湯なんかに入っちゃったの?」
「……それを姉さんが言うかな?」
「うふっ。なんの事か分からないわね」
ボクが小声でそう突っ込んでも、知らない振りをして華麗にスルーするヒンメル姉さん。ぺたんとアヒル座りをしているボクを背後から抱き締めてきて頬ずりを始めてくる。
とはいえ、ボクの頭を撫でつつ自身も甘えてくる姉さんに、くすぐったさに加えて安らぎにも似た気持ち良さを感じているのは事実だ。久しくなかった姉さんとの触れ合いに、ボクは無抵抗に身を委ねていた。
そんなボクはティアに膝枕をしている。
彼女もボクの我が儘に巻き込まれた被害者なんだけど、ボクの湯浴み着をずり下げちゃた事の罪の意識に苛まれていてね。最後にキレちゃった事も含めて、さっきまで謝りながら泣いていたんだ。
そんなティアを慰めようと、ボクも抱き締めながら頭を撫で続けていた。
それが功を奏したのか、それとも泣き疲れたのか、今はボクの腰にしがみ付きながら穏やかな寝息を立てている。
「セイさん。朝ご飯どころじゃなくなっちゃったね。どうしよう?」
「まあそれは……ひと段落した後かな」
目の前に置かれたテーブルの上を見る。この部屋に泊まっている四人分の朝食がそこにあった。
朝食としてはやけに豪華な料理の数々に目をやりながら、ティリルに返事を返す。
「あ、セイちゃん。私達はもう食べてきたからね。気にしないでいいわよ」
姉さんがそう口を挟むように、今この部屋にはクマゴロウ義兄さんと姉さん、それにあのエロ神官にレトさんまでいたりする。
事情を知らない人がこの部屋にいるせいでボクを『さん』呼びしてくるティリルに、幾度となくついた溜め息が再び洩れた。
「──でだ。お前はどう始末をつけたいんだ? 早くしないと、この旅館に迷惑がかかり続けるぞ」
床の間の前で胡坐をかいた義兄さんが呆れた声を出す。そんな彼が見つめる先には、レント達がいる。
確かにちょっとやり過ぎなんだよね。
そうは思いながらも、レトさんやユイカの所業を強く止めなかった自分がいる。
その時は、正直あそこまでやるとは思わなかったんだよ。
もしこれがレントだけだったら途中で庇いに行ってたんだけどなぁと言い訳をしつつ、問題の窓の外へボクも嫌々ながら視線を移す。
その庭先には、ロープでぐるぐる巻きにされ、植えられている松の枝に逆さに吊り下げられたエロ神官と、両手を後ろ手に縛られた上に敷き詰められている玉砂利に直接正座させられ、太ももの上に石のブロックを乗せられているレントの姿があった。
そんな彼らの前には、腕を組んで仁王立ちしているレトさんとユイカ。
「な、なぁ? 俺はいつまでこうしてればいい? 教えてくれユイカ」
「知らない。イベ終わるまでそうしてれば?」
「流石に残りの期間ずっとはキツいんだが……そもそもこれは、あいつが男湯にいたのが原因……」
「神聖な乙女の裸を舐めるようにガン見しといて、よくそんな責任転嫁出来るわね。本当は記憶が飛ぶまでぶん殴りたいところだけど、石抱と逆さ吊りの刑を丸一日で勘弁して上げるわ」
「や、それ普通途中で死ぬから」
「天に召される前に止めるに決まってるでしょ。
……あ、そういやお兄は〔健常状態固定〕中だし、何しても大丈夫よね。じゃあ、返答次第で石の追加いってみようか。
──で、どうだったのかな?」
レントの耳元で、ニヤニヤ笑いながら囁くように小声で問うユイカ。
「……何がだ?」
「セイちゃんの全裸。興奮した?」
「……おいコラ」
「ねぇねぇ、どうだったの? 教えて教えて。おっきした? 思わず押し倒したくなっちゃった?
うりうり、とっとと白状しな、この虎野郎。このこの♪」
「……ノーコメントだ」
あのね……本人達はこっちに聞こえないようにしてるつもりなんだろうけど、なまじ耳がいいせいでバッチリ聞こえてるっての。
あの双子、ホントなにやってるんだか。
あの後の事だ。
泣きながら更に追撃を加えようとするティアを、カグヤの声掛けと共に必死に押さえて宥めていたところで、何故か男湯の浴場にレトさんが浴衣を着たまま血相を変えて乱入してきた。少し遅れる形で、姉さんと義兄さんまで。
三人とも朝食後にたまたまお風呂に入りに来る途中だったらしく、そこでボクの悲鳴が聞こえてきて、慌てて駆けつけたとの事だった。
ティアがこんな状態になってしまい、ボク一人ではこの場を片付けられなかったので、正直助かった。
クマゴロウ義兄さんに気絶した二人の事を任せ、姉さんとレトさんにボク達の身支度を手伝ってもらい、ようやく宿泊部屋に戻ったところで、レトさんから事情を聞いたユイカが「ギルティ!」と叫び……。
そして、今に至る、と。
「──ねぇ、ユイカちゃん。私達って出会ってまだ二日なのだけど、心底痛感したの。あの子は危う過ぎるわ。そして護り支えるのが、この世界に降り立った私の使命だったんだと気付いたの」
「レトさん、それ言うなら『私達の使命』ですよ」
「……そうね。お互い頑張りましょう」
「はい!」
ガッチリと固く握手を交わすレトさんとユイカ。
いきなり始まった安っぽいドラマみたいな寸劇を見上げるレントの目が、物言いたげな様子で半眼になっていくのを見て、当事者のボクですら、この騒動を見てみぬ振りをしたくなる気持ちがわいてくる。
でも、彼女達を止めてレントを助けられるのって、ボクだけなんだろうなぁ。
これ以上放置するのは、確かに迷惑がかかってしまう。もしこれがレントだけだったらこんな大事にならなかったのにと、少々うんざりしながらも、意を決して彼らを助けにいくことにする。
義兄さんに声をかけてティアを姉さんに預けると、広縁から庭に通じる窓を開けて、そこから外へと抜け出た。その場に置いてあった下駄を履き、カランコロンと音を立てながら飛び石の上を歩いて彼女達の元へと向かう。
さっきまでは見えなかったんだけど、彼らの胸の位置には、『俺達は女性の敵です』とか『エロ神官華麗に参上』と書かれた紙が貼りつけられていた。その貼り紙に気付いて、流石に少し可哀想になる。
ボク達が近付いてくるのに気付いてもレントはじっとこちらを見つめるだけだったけど、エロ神官の方は何を考えたのか、元気にクネクネと前後左右に腰を支点に動き出した。
うわぁ。ちょっと動きがキモいんで止めてくれないかなぁ。
「セ、セイさん。助けに来てくださったんですね。さすが僕の愛しの天使様です!」
いきなり大声で叫ばれ、瞬間ゾワッと、えも言われぬ怖気が背筋を走り、全身に鳥肌が立つ。
ちょっと待て。誰が『僕の』だ?
い、愛しのって……何こいつ?
うん、やっぱりもう駄目。たぶん生理的に完全に無理。
さっきから身体が勝手に拒絶反応示しちゃってるし、絶対近寄りたくない。
失礼な物言いしちゃうけど、このイベント中に初めて出会った男は、どうして変な奴ばかりなんだよ。あの変態忍者といい、このエロ神官といい。
やっぱりこいつだけ助けるの止めようかな?
「セイちゃん、ここに来ちゃ駄目よ。危ないわ。こいつらに何をされるかわからないわよ」
レトさんが慌ててボクを制止しようとしてくるけど、この状況下では、ただ気持ち悪いだけで危険な事はないし。
それにレトさんの中じゃ、レントもエロ神官と同列に入っているのか。後でフォローした方が良さそうだ。
「いや、その……せめてレントだけでも解放させてあげて欲しいな、と」
「僕は!? 僕はどうして駄目なんですか!?」
更に激しくクネクネ動き出したのを見て、思わず後退りしてしまった。
「い、いや……う、その。ル、ルシファー……さんは、義兄さんの判断に任せることに……」
「あの、僕……ルシエル……ですぅ」
盛大にひきつりながらも何とか用意していた回答を伝えたところ、ボクの名前の間違いにショックを受けたのか、動かなくなりシクシク泣き出したルシエルさん。
気まずい雰囲気がみんなを包む中、咳払いをしながら義兄さんが口を開いた。
「あーその、ルシエル?
ひとまず解放するから、今は大人しく俺達の部屋に戻っておけ。後で話がある」
「……はぃ。クマゴロウさんすみませんでした」
「俺に謝罪は要らん。それに何よりも最優先で謝罪をしないといけない相手がいるだろう?」
「……セイさん、申し訳ありませんでした」
「い、いえ。もう済んだ事ですし、義兄さんに一任していますから。
それにレトさん、ユイカ。今回のこれはボクが迂闊だったせいでもあるんだから、そろそろ許して欲しいな」
二人にお願いする。
レトさんはともかくとして、ユイカは本気で怒ってないはずだ。レントが怪我しないのを分かってやっているようだし。
「……わかったわ。セイちゃんがそこまで言うなら」
「むぅ。お兄、命拾いしたね。ここはセイちゃんの顔を立てて、解放してあげる」
「ありがと、レトさん、ユイカ」
ホッとして、胸を撫で下ろす。
「でも、こんな時代劇に出てくるような石抱に使える平石なんて、どこで手に入れ……って重っ!?」
レントの足の上に乗せられているこの石を持ち上げようとしたけど、思ったより重すぎて全く持ち上がらなかった。
相変わらず筋力ないな、この身体。ユイカの奴、どうやって持ち上げたんだよ。それともレトさんのかな?
仕方なく諦めて虚空の穴へと無理やり吸い込ませながら、その事をユイカに訊ねると、
「あはは……実はね。そこにいい感じの石があったから、つい引っこ抜い……」
「あーっ! これ、この庭園の飛び石じゃないか! 抜いちゃ駄目でしょ!」
庭園の一角を指差すユイカの視線を追った先、そこに敷き詰められていたはずの飛び石が一つ欠けているのを見て、慌ててはめ込みに行く。
「その……終わった後ちゃんと戻すつもりだったし、ちょっと使わせて貰おうかと」
「駄目っ! 今後こういう事をしないように!
レトさんも見てたら注意してよ、もう」
ほんと精霊魔法が使えないのは不便だなぁ。
苦労して何とか元通りにはめ込んだ後、ごにょごにょと言い訳をしてくるユイカに説教をかます。我関せずとばかりに明後日の方を向くレトさんにも軽く小言を投げかけた。
「ふぅ。酷い目にあった」
「ホントごめんね、レント」
義兄さんに縄を切って貰ったレントがボヤキながらよろよろと立ち上がるのを見て、手を合わせて謝っておく。
「いいさ。惚けてしまって直ぐに対処出来なかった俺も悪いんだしな。
──さて、と。これからお前らは飯か?」
「うん。レントはどうするの?」
「俺はさっきチェックインしたばかりだからなぁ」
手首の縄の跡をさすりながら、考え込むレント。
「朝飯は準備出来ないと言われてるし、食べにまた外に出るのも面倒だしなぁ。
そうだ、お前の虚空の穴にある適当な料理でも出してくれないか?」
「いいよ。何が食べたい?」
「そうだな……この後風呂入り直して寝るから、胃がもたれないような軽めのモノで頼む」
そのレントの言葉を受けて、虚空の穴に入っている料理を思い出していく。
ふむふむ。となると……。
うん、やっぱ和食ベースが良いかな。
この前、試作品としてうどんを打って茹でてあるから、それを出して味見してもらうか。
それとボクとティアの分の朝ご飯の一部を上げるのもいいな。どうせティアは寝ちゃってるし、起きた後どこかに食べに行けば問題ない。
「旅館の朝ご飯のメニューに冷奴があったから、ボクとティアの分を食べたらどう?
あとは試作のうどんが温と冷、両方あるよ。それと……お茶漬けと浅漬けあたりかな?」
「お? じゃあ、冷やざるで頼む。それにこの街、豆腐が手に入るのか?」
嬉しそうな声色を出して聞き返すレント。
ボクもそうだけど、レントの奴は豆腐料理が大好きだからね。麻婆豆腐とか。
お手頃価格の食材だし色んな料理に代用出来るから、ボク自身豆腐料理のレパートリーは多いんだ。
色んな試作品作っては、双子に食べて貰っている。喜んでくれているし、それなりの腕にはなっていると自負している。
だから料理スキルが封印されてても問題なく作れる筈だ。
「うん。後で買いだめしておくよ。これで色んな豆腐料理が作れるようになるし。レントもいい食材見付けたら買っておいて。後で場所も教えてね」
よし、図らずも今日のこれからの予定が出来たな。ティアが起きたら街を散策して、買い物に行こうっと。
吊り下げられているエロ神官の前で、手作りご飯の話とかでいちゃつく二人の図。(ナチュラルにトドメを刺すセイ君)




