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彼の特殊な精霊事情  作者: 神楽久遠
ワールドイベント開幕
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77話 決死の作戦



 息が荒い。


 身体からだが鉛のように、自分のものじゃないように重い。


 岸壁に触れるボクの手は、かじかみ震えている。

 濁流に翻弄ほんろうされてきた身体は軋むように悲鳴を上げているけど、まだなんとか動く。



 レントの予想通り、奴はボクを追いかけてきた。

 

 山小屋のセーフティエリアの結界が消えた瞬間、ボクは先制攻撃として魔法をぶちかました。

 前にカグヤに会いに行く時にロッククリーチャーに使ったあの範囲魔法、『暴雷の竜巻(サンダートルネード)』で雑魚熊を粉砕した上で、当然ボス熊にも目眩ましも兼ねて、竜巻の中へと包み込んだのだ。


 なぜこの魔法かというと、素早い敵にあの『雷神の鎚(ミョルニル)』はとても相性が悪い。かわされでもすれば、後が続かないし、力の消耗が激しすぎるからだ。


 ただ、あの魔法だけで倒せるとは考えていなかった。

 すぐに隠れるように全員が散開、そのまま二手に別れて離脱したのにもかかわらず、奴はボクが単独で逃げ出したのが最初から分かっていたかのように、執拗にボクだけを狙ってきた。


 何処までも追われ、休む暇なく追いかけ回され、山中を駆け回って。


 出来るだけ目的地に近付くように、それでいて回り道をしながら時を稼ぎ。


 だけど、最終的には奴の追撃を捌き切れず。

 避けきれず、奴の薙ぎ払いを喰らって、宙を舞い、峠を越えた先の崖から叩き落とされた。


 ただ幸運にも、落ちた先の谷底には渓流があった。川に流されたおかげで、図らずとも奴の追跡から逃げられ、目的地へと近付いた。

 いざとなれば、最悪川や谷を使って逃げろという指示をレントから受けていたが、偶然にもそのような形になったのだった。



 転落中に下に川が見えた瞬間、ボクは決断した。

 いや、ハクが意識を失う事態になった以上、それしか道はなかった。


 自らの身を呈し、ボクの身代わりとなって攻撃を喰らったハク。意識を喪失してグッタリしていたハクをすぐに依り代に引き込み、咄嗟に浮遊の準備から風の精霊の支援に切り替え、風の繭を作って着水する。


 これで何とか逃げられる。

 そう思ったけど、別の意味で甘かった。

 

 谷底にあった渓流の水量は思いの外多く、そして激しかった。


 明らかに、そして致命的なミス。


 水の力を込めていなかった風の繭はあっさりと激流に破壊され、一気に川底まで引きずり込まれ、水面に浮上する事すら許されず、そのまま押し流され、あちこちの川底から生えた岩にその身を叩きつけられた。


 ともすれば薄れゆく意識。

 全身を駆け巡る痛みを利用し、強く歯を食いしばり、必死で意識を引き留め、今度は水の精霊に呼吸と手加減を願いながら、そのまま下流へと流されていく。


 途中滝があった。

 落ち口から滝壷まで一気に落下するその直瀑ちょくばくから放り出され、再び水面に叩き付けられる寸前で、今度はちゃんと風と水の複合魔法が間に合い、浮力を得て滝壺からの水面を漂うように岸辺へと流れ着き、ようやく一息付けたのだった。

 


 だが奴はじきにボクの生存に気付き、確実に追ってくるだろう。

 ボクの匂いではなく、ボクが放つ魔力の波動を察知して追っているのだから。


 レントが言うには、魔力隠蔽というスキルもあるらしいけど、ボクはまだ使えない。よしんば使えたとしても、ハクやテンライ達を顕現化すれば、彼女達にボクの魔力がまとわりついている為、スキルの意味がない。


 彼女達に頼らなければ。

 仲間達の援護をもらわなければ。


 ガチの戦闘で乱戦になってしまえば、最初の頃とは違い、自分の身を守る事が精一杯で、ろくに攻撃に参加出来ない事に気付かされる。


 いや、ボクは後衛職だ。そんなの当り前で……。

 ──今はそんな事を考えても仕方がない。


 取りあえず、逃げ切れた事を喜ぼう。



 しかしなぜ、レントはボクが狙われ続けられると分かったのだろうか?


 彼は山小屋にいる時、確信を持ってボクに指示を与えてきた。



 お前が囮役になり、時を稼ぎ、態勢を整えた俺達の元に連れて来い、と。

 俺達は奴と闘えるだけの戦力と態勢を作る、その時まで逃げ続けろ、と。

 


 お前なら出来ると送り出され、今その後の忠告と作戦指示の通りに事が運んでいる。

 しかし、なんでこんなに当てられるんだろうか?

 ズバズバ当たる彼の先見の明が、正直少し怖くもあり、そして羨ましい。



 ボクが狙われる訳は、結局わからないままだ。


 ボクの魔力が目立っていた?

 ボクが先制攻撃したから?

 あの中でボクだけが特異職(ユニークジョブ)だったから?


 それとも……。


 ボクが書簡を持ったままだということで、イベント上、それを狙うことを指定されているから?


 答えは分からない。

 今となっては、どうでもいいことだけど。

 

 だけど、ボクが狙われ続けたおかげで、幼馴染達があのエリアから逃げる時間を稼げた。


 レント達は無事に逃げ切れただろうか?


 二手に散開して、別の山道に消えていった幼馴染達の無事を祈る。ステータスメニューの表示では、まだ仲間達の脱落者はいない。


 その事実にホッとしつつ、今度はボクのこの後の事を考える。


 当然、このままこんなところで力尽きるつもりは毛頭ない。一刻も早く次の作戦の為に、レントとの約束の場所へと動き出さなければならない。

 そう、奴を倒す為にレントが用意している策を、合流地点で展開しようとしている策を潰すわけにもいかない。


 ただ、このままではロクに動けない。

 現在地も分からない。


 至急対応を取る必要があった。




 岩肌に手をついた状態で暫く呼吸を整え、精霊としての浮遊の技を使う。高低差もある上、川から岸へと這い上がるだけの体力スタミナなど、もうほとんど残ってないけど、MPマナや魔力ならまだ潤沢にある。

 こういう時は流石に、精霊に変化出来て良かったと思う。


 そうして何とか岩だらけの岸へと這い上がる事が出来た。


 ただ、歩くのはおろか、こうして浮いているのに、息を吸う事すらキツい。しんどいからといって休んでしまえば、そのまま気絶するように寝てしまいそうだった。

 だが、このままではヤバい事もまた事実。


 寝そうになったら、カグヤやティアに起こして貰おう。


 そう考え、背後の岩壁に背を預け、浮遊を解除してズルズルとへたり込むように座り、手足をそのまま地面に投げ出した。


 あ、今気付いたけど、左足が変な方向いてるや。


『セ、セイ!? 大丈夫なの!?』


『うん、ひとまずは大丈夫。ティアは?』


『全く問題はないです。この程度の痛み、一柱(ひとり)で戦いに出ていた時はしょっちゅうでしたから』


 気丈にもそう返してくるティアに、ボクは必要以上の気遣いを止めた。

 これ以上は、ティアに失礼に当たると思ったからだ。



 ボクの『痛覚設定』は今は『五十%カット』だから、本来ならこの二倍の痛みに襲われている事になる。


 痛みを味わうのが好きで設定しているわけではないんだけど、このコードを『全カット』に切り替える気にもならなかった。


 この世界で生きている事を実感できるから。

 痛みを知るから、他人(ひと)に優しくなれると思ってるから。


 ただ、コードというこんな特典の付いているボクは、ある意味ズルをしている。そんなものなんて持っていないこの世界の戦士達の事を思えば、やはり申し訳なく思える。


 傷付いても戦い続け、困難に立ち向かい続けられるだけの意思の強さを持っているこの世界の人達の凄さを、そして、一瞬でもへこたれかけた自分との差を思い知らされる。


 とりとめもなく、再び湧き出てしまったそのネガティブな思考。憂鬱になりかけた気分を、ボクは軽く首を振って吹き飛ばす。


 だから、余計な事を考えるな。

 怪我してるから、弱気になっているだけだ。


 自分に言い聞かせ、前を向き、次の手を打つ。




『……テンライ、ごめん。頼みがあるんだ』


 ボクの依り代の中にいるテンライにそう呼び掛ける。


『ご、ご主人(ちゅじん)たま?』


『周囲の偵察。そして、向かう先の状況を見て欲しい』


 そして。

 少しでも引っ掻き回して、更に時間を稼ぎ、準備を整える。


『もしあの熊を見つけたら、状況を教えて。

 この場所には狭くて降りて来れないと思うけど、もしこちらに来ようとしているなら。もしくは、レント達の方へ向かっているようなら、目の前で挑発して欲しい。

 で、テンライを追ってきたら、誰もいない方へと逃げて、出来るだけ引き離して欲しい』


『ふぇえ!?』


『ごめん。無茶を言ってる自覚もあるし、大変だろうけど……頼むよ。

 ただ、無理はしないで。もうすぐ日も暮れるし、夜は危険だから。自分の身体を大事にして』


『あ、あぃ! 頑張りまちゅ!』


 ボクの中から飛び立っていくテンライを見送り、一息つく。


 依り代からだの中で気絶の状態から眠りに移行した事で、消耗しすぎた精霊力を回復させているハクの状態を見やる。

 邪気生物であるあの巨大熊に攻撃を喰らったせいで、一時期侵食されていたけど、今は正常化しているようだ。その寝息は少し弱々しく感じるものの、規則正しく穏やかになっている。

 エフィと違って、こちらは多分大丈夫なはず。


 もう日が落ちる。夜の山、特に川辺は冷える。何とかして暖を取らないと。

 でも、この場所は決して安全じゃない。出来るのなら、この場所を移動したい。



『カグヤ、ごめん。少し……いや、ボクの手当てを行って』


『う、うん。何でもするから。指示して』


『カグヤ、ありがとう。甘えさせて貰うね。

 ティアはこの状態のままだけど良い? 安全地帯に行くまで、〔雷精トニトルス侍獣巫女ヴァルキュリア〕は維持するよ。

 ティリルから〔魂の契約(アニムス・パクトゥム)〕の効果が来てるから、MP(マナ)の維持は出来ると思う。少しだけでも休んで、気力を回復して』


 離れていても瞬時に回復出来ると言っていた、ティリルの〔魂の契約(アニムス・パクトゥム)〕のスキル。

 やっぱり彼女のスキルレベルがまだまだ低いせいなのか、ここまで彼女と離れてしまうと、かなり効果が下がるようだ。


 今は微々たる量の癒し効果しかないけど、この効果があったからこそ、この激流を耐えきれたんだと思っている。


『……はい、お兄様。お兄様もご自愛下さい』


 ティアの返事を聞き、そして、カグヤを顕現化させる。ボクの様相をその目で見たカグヤが絶句し、だんだんと涙目になっていくのが分かる。


 そんな彼女に『大丈夫だから』と念話で声をかける。


 ぐったりと四肢を投げ出し、既に手すら動かすのも億劫になっていたボクは、自分の処理までを完全にカグヤに任せる事にした。


 メニューの思考操作を使い、インベントリーからタオルや薬、毛布や薪などの道具を、少し離れた位置の地面付近に出現させた虚空からドサドサと落とす。


 テントは出していない。

 そんなスペースはこの岩場にはないし、動けるようになれば、すぐに動くつもりだ。


 ボクの念話の指示に従い、わたわたとタオルと薬と毛布を用意するカグヤ。


 彼女はボクの顔にまとわりつく髪の毛の水分を丁寧にタオルに吸わせ、全身から滴り落ちる水滴を拭き取り始める。


 水の中で強制的に水着モードになっていた雷精の加護衣。

 今もまだ濡れている為にワンピース型の水着に変化したままだけど、いくつかの場所が破れ、身体のあちこちに打撲痕ができ、いたるところから血が滲んでいた。


 ふと、ボクの視界の端に浮かんでいる、〔出血(小)〕〔打撲〕〔骨折〕〔体温低下(大)〕の文字に気付く。


 その効果は、たまたまレントから聞いたことがある。〔出血〕が体力(スタミナ)の継続低下とHPのスリップダメージ。こちらは止血したら、この状態から回復できる。

 その他の〔打撲〕〔骨折〕〔体温低下(大)〕は、全て行動制限がかかる肉体系デバフであり、いずれもこないだのアップデートで追加された状態異常だそうだ。


 出血による継続ダメージが〔魂の契約(アニムス・パクトゥム)〕のHPと身体の回復量と拮抗しているようだ。こちらさえ何とかすれば、すぐにでも回復するかな。


 しかしこんなのまで、わざわざ表示してくれるなんてね。

 親切なんだか、絶望させたいのか、ホント分からないお節介システムだなぁ。


 苦笑しているその間にも、カグヤの手当てとボクへの献身は続く。

 ボクの怪我の状態を見て青褪あおざめ、直視出来ずにおっかなびっくりになりつつも、カグヤはボクの念話の指示通りに一生懸命消毒を行い、痛み止めの役目としても使える中級のポーションを患部に振り掛けていき、変な方向に曲がった足を引っ張って伸ばす。


 最後に、ボクの手持ちの中で一つだけあった、秘蔵の一等級ポーションを口に含ませて貰う。


 ティアの救出クエストでの褒賞で貰ったポーション。数値上のHPだけでなく、体力スタミナや怪我までも完全回復する最高級のポーションだったけど。


「現在のHPが八割ほど……回復量が半減か」


 元々一割を切ってしまっていた、ボクのHP表示。

 中級ポーションを身体に振りかけながら治療をしている間に、三割弱ほどまで回復していたから、一等級ポーションの回復量が、本来より半減している計算になる。

 精霊化スピリチュアルレベル十九の時点で二割減だったのに、レベル二十になった途端に効果量が半減……ここまで一気に効果量が減るとは。


 恐らく精霊としての技を覚えた事がきっかけに、更に精霊に近くなったと見るべきだね。

 それとも十の大台ごとかもしれないけど。

 

 これで変化中は、もう下級はおろか、中級さえ使いづらくなったようだ。手持ちのポーションは上級を除いて、全部ティリルに手渡そうかな。

 ボクには、ティリルの〔魂の契約(アニムス・パクトゥム)〕で彼女の魂と繋がってるから、正直今みたいな緊急時以外、各種ポーションが要らないのよね。


 あ、違う。

 精霊化スピリチュアルしてない時は、普通に回復できるんだっけ?

 そういや、起きて外に出掛ける時は、ほぼ精霊化スピリチュアルしてから出かけていたからなぁ。最近は違和感が全くなくなっちゃって、これが普通の事みたいになっていたから。



 そういうとりとめのない事をうだうだ考えている間に、〔出血〕を始め、〔打撲〕と〔骨折〕が治ったようだ。全身から痛みが消えていく。


 これでもう大丈夫だろう。後は川を辿って山を下り、みんなの待つ目的地──そう、ルーンヘイズの街に向かうだけ……。


「カグヤ、ありがとう。もう大丈夫……」


「あ、セイ。まだ寝てなきゃダメ」


 お礼を言って立ち上がろうとした際、足がもつれて倒れ込んでしまい、慌てたカグヤに受け止められてしまう。


 あ……温かい……な。


 カグヤの優しい温もりにホッとする。

 その瞬間、今まで気張っていた気力の糸が、プツリと切れてしまったのが分かった。


 分かってしまった。


「……って冷たっ!? なにこれっ!? ヤバいくらい身体が冷たいよっ!

 早く温めないとっ!」


「ポーション飲んだから大丈夫……移動してたらその……温まる……よ?

 ここは安全……じゃない……はや……動か……と」

 

「ダメッ! そんな真っ青な顔で何バカな事言ってるの! 火ッ! 火を起こさないとっ!

 ……ってああっ! 火っ! どうやって火をつけたら……そうだ……これを使って……こうして……。

 よし……最……毛布……私が……」


 あれ? 何だかカグヤの声が遠いな。

 最後の方、聴き取れなくなって……。


 だんだん眠くなって……まあ、いいや……。


 ──あったかいなぁ……。


 少しだけ。

 ほんの少しだけ休憩しよう……。



 ──そして、ボクは意識を手放した。



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