72話 森の中のトレントさん
「っ!? そっちいったぞっ!」
「ティリル、伏せてっ!」
「きゃぁああっ!」
突然前触れもなく樹上から跳び掛かってきた、葉っぱのお化けみたいな敵。ユイカが高速起動したファイアの炎に炙られ、次々と連鎖誘爆していく。
その大音響と、降りかかろうとする大量の火の粉に、ティリルが悲鳴を上げる。
「守ってっ!」
ボクのお願いに風の精霊が火の粉を散らし、燃え尽かせて消火する。
それに合わせるが如く、地上からも敵性モンスターが茂みから大量に這い出てきた。
六十センチくらいの大きさで、小さな盆栽みたいな形の木のお化けがちょこまかと歩き回り、二本の枝を腕がわりにして振り回してくる。
その枝の先には、針葉樹特有の針のような葉が沢山付いていた。
後方に待機している盆栽モドキの何体かは、その先端をこちらに向けては、その葉を飛ばしてくる。
その攻撃から仲間を守る為、風の精霊にお願いをし、旋風の繭を作って弾き飛ばしていく。
戦いながらも、襲撃してきた葉っぱと盆栽モンスターを鑑定する。
名 称:ミニマムトレント(魔樹)
状 態:ちょこちょこ動くよ
スキル:飛び掛かり 突き刺し 葉っぱミサイル
弱 点:火に弱い
特 性:火属性攻撃を受けると発火する 燃え尽きるまで火属性が付与されてステータスアップ
名 称:葉っ発破(魔樹)
状 態:破裂するゼ
スキル:特攻 自爆(一回限定/火種必要)
弱 点:特に火に弱い
特 性:火属性攻撃を受けると爆発する 範囲内に仲間がいると連鎖誘爆(半径二メートル)
何だかネタみたいな鑑定結果なんだけど?
アリクイの時もそうだったけど、鑑定結果に遊び心入れすぎてるような気がするのは、気のせいじゃないような?
「火を使うな! セイは雷も禁止だ!」
レントも鑑定したんだろう。大声で皆に警告を飛ばす。
「セイはリンに乗って、風でのガードと遠距離攻撃を優先して潰せ!
ユイカは火以外で上からの葉っぱを狙え!」
弱点を突けば、敵の攻撃が激しくなる。
そんな風に作られているこのイベントモンスターどもに、ちょっぴり怒りがわく。
イベント開始前に、マーリンさんが演説していた言葉にあった通り。
状況判断やその対応能力を鍛える為に、どうやったら嫌がらせにな……その能力が鍛えられるかを、徹底的に考えられて作られているようだ。
確かに一匹一匹は弱い。回復職のティリルでさえも、数発殴れば倒せるほどだ。
だけど、異様に数が多い。
葉っ発破の爆発音で、更にモンスターを呼び寄せるという悪循環に嵌まり、どんどん押し寄せて来ている現状だ。
間違いなく初期対応をミスった。
思考停止で火炎魔法で一網打尽にしたくなる気持ちを逆手にとっているこのモンスター相手に、ボク達は地道に応戦していった。
「……やっと終わった」
「い、嫌がらせ過ぎる……」
ようやく全てを討伐し終わり、固まってへたり込み、休憩する。
すぐに慣れて余裕が出て来た為、リンの踏み潰しや蹴り攻撃で加勢をしたから、思いの外早く終わったけど、それでも三十分くらいは戦っていた気がする。
これからもこんな敵の量が続くとなると、流石にダルい。
「前のゾンビやスケルトンもそうだったけど、たちが悪いよ……」
ため息混じりに、ティリルが愚痴る。
ああ、ティリルは第二陣だったっけ。後衛職のティリルでさえこうなのだから、前衛職はもっと大変だったんだろうな。
主に、グロとホラーな方面で。
「ボク達以外のパーティーに全部襲い掛かりに行って欲しいなぁ、これ」
「いや、無理だろ。これちょっと前からインスタンスダンジョンになってるぞ。多分な」
「えっ、インス……何それ?」
レントが意味の分からない事を言い出したので聞き返せば、そのインスタンスダンジョンというのは、設定された少人数グループ毎に、一時的に生成されるダンジョンのことらしい。
この場合は、パーティー単位になるのかな。
それぞれのグループ毎にダンジョンが生成されるので、このダンジョン内では一緒に入った仲間以外の人々とは遭遇しないとの事。
つまり押し付け……じゃなくて、協力プレイが出来ないという。
「それにだな。ついでに言うと、モンスターの押し付け行為は、『トレインからのMPK行為』と認定されてな……」
レントが更に説明する。
トレインというのは、敵から逃げようとしている時に他のモンスターを引っ掛けてしまい、次々と集まってきてしまって、大量のモンスターに追いかけられている状態などになる事をいう。
追いかけているモンスターの攻撃対象となっている人間が、死亡などの理由でその場からいなくなると、敵たちは周囲の人達に攻撃し始めてしまう。
その為、トレインを発生させてしまった場合は、周りにトレイン発生を告知するのがマナーとなっているらしい。
また、ワザと発生させて人に押し付ける迷惑行為してくるプレイヤーもいるそうで、そっちはモンスタープレイヤーキラー、つまりMPKと呼ばれ、PK連中と同じ扱いになって忌み嫌われているそうだ。
……。
よ、よかった。
知らなかったとはいえ、そんな事今まで一度もしてなくて、ホントに良かった……。
「そもそもだ。これがインスタンスダンジョンだとしたら、俺ら以外には誰もいないんだがな」
「そんなダンジョンってあり?」
「構図自体は、別のVRゲームでもよくあるものだぞ。今回の試練クエストは、運営主催のサーバーイベントだからだろうな。主に植物系モンスターが配置されてるようだ」
「植物系……って、やっぱり蔓系や食虫だか食人植物も出てくるのかな?」
「ぴっ!?」
ティリルの呟きに、思わずあの時の光景が脳裏によぎり、つい過剰反応してしまうボク。その様子に、首を捻るレント。
あーあとばかりに、ユイカが額を押さえる。
「どうした?」
「前にカグヤさんの屋敷に行った時に、ゴムカズラって触手付き食人植物にセイ君捕まってね。なんというか、この姿のセイ君を逆さ吊りにして、こう、うにょうにょって拘束されて、こうエロい感じに……」
「ち、違うんだよっ! それはユイカの嘘でっ!
だ、大丈夫、何もないからっ!
一線は越えてないから安心してっ!」
「ちょっと待て待て。いきなり訳の分からん事を口走るなよ。
……だいたい何だ、一線は越えてないって……」
反論でつい口に出てしまったボクの言葉に、レントが額を押さえる。
「セイくん、一線って……そのっ」
「何もないからね!」
こっちをチラチラ見ながら赤くなるティリルを見て、ちょっぴり口元が引きつり、声が大きくなるボク。
「セイ君、エロ子にネタ提供しちゃったね」
「ユイカっ!」
「あーっ! ヒドイッ!
わたし、エロ子じゃないもんっ!」
「ニヒヒ。妄想したくせに。このこの♪」
「そ、それはっ!?
……はうぅっ!」
ボク達のその様子に、レントはため息一つつくと、軽くチョップを振り下ろす。辺りに「いたっ」「いつっ」「ひゃっ」と、悲鳴がこだまする。
「お前ら、大声出すな。また敵が寄ってきたらどうする。
……ったく、いい加減にしろ。緊張感無さすぎだ」
「「「ごめんなさい」」」
ご苦労かけます。はい。
このインスタンスダンジョンはえらく単調な作りだった。ほぼ一本道な上、出てくるモンスターはさっきの葉っぱと盆栽だけで、心配していた蔓系や食人植物はいなかった。
初心者用も兼ねているなら、こんなもんだろうとは、レントの弁。
かなりホッとしたのは、みんなには内緒である。何故か少し残念そうにしていたお人が若干二名いたが、気にしないことにする。
途中でカグヤとティアも目を覚ました。
寝ている間に全く違う空間、違う状況下にある事に少し混乱していたが、今まで起こった出来事についてボクが順番に説明して、今は落ち着いている。
ということで。
森の出口前の広場に、ボク達はあっさりとたどり着いた。
そして、このインスタンスダンジョンのボスらしきモンスターが、侵入者を逃がさないようにと、目の前に立ち塞がっている……んだけど……。
「……木だ」
「木ですね」
「木だね」
『木ですね』
『でっかい木だね』
視界の奥に見える出口と書かれた看板の前に、デンッとそびえている樹木を見上げながら、思わずそんな感想が漏れる。
何気なく発動させた精霊眼には、変な名称が出てるんだけど、ナニコレ?
名 称:ジャイアントレント(魔樹)イベントボス級
状 態:睡眠中 俺は移動しねぇ
スキル:木の葉乱舞 急成長 枝伸長 根伸長 怪音波
弱 点:特に火に弱い
特 性:起こすなよ? 絶対起こすなよ?
「セイくん、もう一度名前言ってくれる?」
「言わない。というか、みんなも鑑定持ってるよね?」
ボクの苦情と確認に、全員が押し黙る。
気持ちは分かる。だから余計な事に触れないで、とっとと先に進みたい。
「……ねぇ、お兄。どこで区切ったらいいのかな?」
「俺に聞くな。わざとか? 妹よ」
だから、触れないでと……。
どこで区切ったとしても、これ以上は危険な気がする。
とりあえず読み取ったステータスデータを順に、みんなに説明する。ボクの説明を聞いたレントを始めとして、全員がこちらを見て溜め息をつく。
えっ、何?
「そもそも、セイの精霊眼鑑定がモンスターの『弱点』や『スキル』どころか、『特性』という項目まで見れるほど高性能だなんて、今初めて聞いたぞ……最初に言えよ」
そう前置きをしてから、レントが鑑定のスキルについて説明を始める。
鑑定のスキルは、モンスターの名称と種別が判るだけのスキルらしかった。
しかも、自分より強いモンスターや鑑定レベルが低いと名前すら見えないとの事。
その説明に、思ったより優遇されていたことを知る。
「……ボクだって、今鑑定のスキルとの差を知ったよ」
ちなみに看破だと、弱点や状態も見破れるけど、ボク達のパーティーは誰一人としてまだ持ってない。
たまに話が合わないので、どういう事だろうと今まで思っていたんだけど、これが原因らしかった。
あの時、レントが葉っぱや盆栽に「火を使うな」と言ったのは、鑑定したからではなく状況と自身の経験則から言ったらしい。
やっぱりレントは頼りになるな。
「まあ、それがセイ君の特性だし、いつもの事だからいいとして、これどうするの?」
「……このトレント寝ているなら、横をすり抜けたらいいんじゃないかな?」
何気に酷いことを言うユイカと、前半をきっちりスルーして、更に身も蓋もない事をのたまうティリル。
ここ最近特に思うんだけど、ティリルってユイカとよく一緒にいるせいか、発想が段々とユイカに似てきて、段々と逞しくなってきた気がする。
まあ、いつもオドオドして人の顔色を伺っていた、出会った当時の彼女よりも、こっちの方が大分いいんだけど。
「いいのかな?」
「起こすなって言ってるんだから、起こさないのが普通でしょう?」
「いや、あれは起こせという、前振りじゃないのか?」
「あのね、レント。
芸人じゃあるまいし、そんな事あるか」
「何にせよ、すり抜けられるかやってみよ♪」
あ、危ないんじゃないかな?
「ボクがやるよ」
『セイ、大丈夫なの?』
『お兄様、ハクにやらせましょうか?』
『いや、ボクがやってみる』
流石にこんな危なっかしい実験を、ユイカにやらせるわけにはいかない。そして、ハクを具現化させて突撃してこいなんて、そんなのも可哀想だ。
なので、ボクがかわりにやることになった。
出来るだけ多めに距離を取った上で、横をすり抜けるように反対側に抜けていく。
よし抜けたっ! 後は出口でぇっ!?
「んぎゃっ!?」
出口へと思わず駆け出した瞬間、「ゴィンッ!」と大きな音と共に、いきなり目の前に火花が飛んだ。何かにぶつかったように跳ね返り、地面を転がる。
「あっ!」
「おい、大丈夫か?」
「セ、セイくん!? 大丈夫?」
みんなが慌ててこちらに走ってきた。特に勢いよく走ってきたユイカとティリルまで何かに巻き込まれないように、大丈夫だということをアピールして、片手で押しとどめる。
「大丈夫。ちょっと頭打っただけだから」
「セイくん、ちゃんと診せて。
──あ、結構赤くなってるよ。このままじゃたんこぶ出来ちゃう」
頭を撫でながら回復魔法を使い始めるティリルに、大袈裟で過保護過ぎるとは思いつつも、彼女の言動にそう反論するのもなんとなくはばかれて、黙って大人しく治療を受ける。
「ここに見えない壁があるな。一種のボス結界か?
ああ、丁度円形に張り巡らされているな」
ボクのぶつかった辺りに手を沿わせながら、レントが言う。
『お兄様。こういうのはやっぱり倒さないと、通れないと思います』
ティアがそう言った丁度その時、そのトレントの幹の中央に厳つい顔らしきモノが浮かび上がった。目を開け、ギロリとこちらを睥睨した後、大きく息を吸い込み始める。
咄嗟に武器を抜き放ち、身構えるボク達。
緊迫した空気の中、ジァイアントレントは大きな声で宣言したっ!
「俺の歌を聴けぇっ!」
……。
……!?
「「「『はあっ!?』」」」
「エントリーナンバー十八番。曲は『遥かなる大地、精霊よ賛歌たれ』だっ!
さぁ、逝クぜ、お前らっ!」
ちょっ! 何このボス!?
意味がわからないよっ!
しかもこの曲、TVのCMとか公式HPでしょっちゅう流れてるASの主題歌じゃないか!
音程外しまくったダミ声で、ノリノリで歌い出したんですけど!?
「う、うるさいよぉ」
「みぎゃっ!?」
『ぐっ』
「だぁあっ! なんだこれはっ!?」
「……!」
『セイ!?』
『お兄様っ!?』
獣耳を押さえながらしゃがみこむレントとユイカ、その場にうずくまるハク。
耳を押さえるのが間に合わなかったボクは、脳天に突き抜けた音に、瞬時に声も出ず、全身がビクンッと痙攣し硬直を起こしてしまう。
ほぼ真っ暗な視界の端に踊る〔毒〕〔暗闇〕〔麻痺(強)〕〔沈黙〕〔封印(魔法)〕の文字。
これって、状態異常攻撃っ!?
スキルの〔怪音波〕って状態異常攻撃、いくら何でもこのやり方と量はヒドすぎない!?
「セイくん! ひゃあぁっ!」
麻痺で体勢を立て直せないボクは、咄嗟にボクを支えようとしたティリルを巻き込み、彼女の上にのし掛かるような形で、仲良く地面を転がってしまう。
あぁ、柔らかくて、なんかいい匂いが……じゃなくてっ!?
ティリル、本当にごめんっ!
声を出したくても、沈黙の状態異常で声が全く出ないし、麻痺のせいで退くことも出来ない。
「ふわぁっ!? あ、あわわわっ!? セ、セイくん!?
こ、こんなところで押し倒すなんて大胆な……あううっ」
一人無事なように見えていたティリルが、急にとんちんかんな事を言い出した。どうやらパニックになってしまったみたい。
しかも、彼女の双丘に顔を埋めたまま動けないボクの頭を、ぎゅうぅっと力いっぱい抱き締め始めて……!?
なんでっ?
なんで逆に抱き締めてくるのさっ!?
むしろ突き飛ばすかして、この状況を何とかして欲しいのに。
まさかと思うけど、混乱か何かの状態異常が、ティリルにも発生したの!?
タップしようにも、指一本動かせない状態では無理。恥ずかしさよりも、何よりも、違う意味で命の危険が迫っているのを感じた。
ちょっ、息っ! 息が出来ないっ!?
だ、誰が助けてっ!?




