159話 決意と後始末(前編)
ここからの話は、ボクが精霊島から戻ってきた直後の出来事になる。
八鬼衆の一人カルネージスの謀略により、このファルナダルムの里は、世界の中心的役割を持つ神殿や運営機関の人事や求心力、防衛能力に大きな爪痕を残した。
闇ギルドの口車に乗せられ、上層部の混乱に乗じて悪事に手を染めた者達。
あの運命の夜に発生した邪気の嵐の影響により、理不尽に命を絶たれた民や、そんな彼らを救おうとして殉職した神殿関係者。
前者は血統至上主義者の貴族が中心で、後者は将来の里を担う若者が中心だった。
命を落とした彼らを弔うためにフェーヤとボクが中心となって式典の準備を進める一方で、闇のギルドからの甘言に取り込まれてしまった容疑者を処断するための調査がプレシニア王国主導で進められた。
表向きには里の悪事を見抜いたフェーヤが王都から勇者アーサーと共に帰還し、遠戚である精霊王女の御子であるボクを通じて、太陽の精霊で正義の代行者でもあるシュリへと応援を要請。
光と風の精霊が主となって集めた情報を元にその罪を糾弾し、これを是正したという流れだ。
これは事件を公表するにいたって案を練っている時に、椿玄斎さんが言い出したことなんだけどさ。
ボクとフェーヤが遠い親戚関係であることとか、事件の前後関係とかが完全にめちゃくちゃだ。
だけどフェーヤが里へと戻ってきた時、アーサーさんやボクと一緒にいるのは多くの民が見ているからね。更には詳しい事情を知る当事者達も王国側も、全員が全員とも口裏を合わせているからバレやしない。
巫女になったばかりのフェーヤの権威を更に磐石なものにしたいパァム家一派や、【死方屍維】が起こした混乱と騒動を素早く片付けて国内外へ万全な国防力をアピールしたい王国側の政治的な判断、そして世界の平穏とこの里の未来を憂いたボク達精霊側の意見が一致した形である。
今後の里の運営方針のこともあって、殆どの手柄をフェーヤに押し付ける形になったんだけど、とうの本人はそうと考えなかった。ボクの手柄を横取りしてしまったと考えちゃったんだよね、これが。
そのことで頻りに恐縮してボクに謝りに来ていたし、誤解を解いたら解いたで、少し前のボクと一緒で先のことを悲観的に考えてしまい、その度に精神的ストレスとプレッシャーからか、夜も寝られなくなったとぼやいていた。
ただ一つだけ以前とは変わったことがあって。
昔は何でもかんでもアルメリアさんの顔を窺い、彼女の言いなりになって愚痴すら言わなかったらしいフェーヤが、きちんと意見や愚痴を言うようになったことだった。
「あの子は両親を亡くしてからというもの、同年代の子は全員立場が下になりますし、周りは大人ばかりで弱音も言えませんでした。そして心の底から甘え、拠り所と成れる人もいなかったのです。それがようやくです。私では……あの子の力になれませんでしたからね」
そう語ったアルメリアさんはホッとしたような、それでいてどこか寂し気な表情を見せていたのが印象的だった。
そんなアルメリアさんの言葉通り、フェーヤはボクの元へとよく来るようになった。
最初はルアがボクの傍にいるからと思ったんだけど、どうも一番のお目当てはボクだったようで。
あの日以来、どうやら完全に懐かれちゃったみたいだ。
相談とは名ばかりのお茶会でフェーヤの愚痴の聴き手になることが多いし、落ち込んだり興奮したりする彼女を落ち着かせるために頭を撫でたり、睡眠不足で眠たそうにしている彼女の膝枕になってあげたりしていたら、それが癖になっちゃったようでね。
ボクとフェーヤは同い年ではあるんだけど、身内だけしかいない時はボクのことを『お姉様』呼びして甘えてくるし、ボクにとっても何だか可愛い妹が出来た気分である。
ただそのせいで、ますます男だと言いにくくなっちゃった。せめてフェーヤだけには真実を話しておきたかったんだけどなぁ。
いつか機会を作って話さないとね。
例えば……そう、アーサーさんへの恋を成就させた後とかがいいかな? それならユイカ達も許してくれそうだし。
そんなこんなで。
ボクにとっても可愛い妹分のこんな状況を放っておけるわけもなく、彼女の負担を軽減させることにも繋がるとあって、いい機会だからボクも同時に御子としての立場を世間に公表した形なんだ。
当然ボクが『精霊王女の御子』であることを公言してしまえば、今いるプレシニア王国だけでなく、全世界に対してもボクの存在が知れ渡り、今後の立ち位置や振る舞い方が変化してしまうのは分かっている。今までと違って、いろんなことに巻き込まれていくだろうしね。
この宣言をすることに、ある意味を持たせていた。
ボクの中では、この世界の人達のために傷付く覚悟が……自分の魂を削る覚悟が出来たことの宣言でもあった。
つまりは本気になった。
どうしようかずっと悩んでいたから……。
今までは、ただ勇気が出なかっただけなんだよ。
実はね。このASというゲーム、最初からおかしいと思っていたんだ。
ログインした時の狭間にいた時はともかく、あの森の中でエフィと再会した時から、どう考えてもこのエストラルドという世界と人々が、単なる電子のデータやプログラムだとは到底思えなかった。
その大地が現実と何も変わらないから……ではない。
そこに暮らしている人々がボク達と同じように考え、暮らしているから……ではない。
この世界にいると、自分の心と魂が懐かしさを感じてしまったから……。
──ずっとこの世界で暮らしたくなった。
この世界を蝕もうとする邪気の勢いに、心がすごく痛みを覚えたから……。
──自分がこの世界のために出来ることを探した。
とても非常識で不可解な想い。
なぜこんな風に感じてしまうのか、実は今でもよく分からない。
もしかしたら〔星の巫女〕という役目を得たせいで、こんな気持ちが生まれてしまっているのかと思ったけど、真実は分からない。
ただ、あの森でエフィと出会って契約を結んでから始まったのは確実なんだ。
けどそれを周りに言うのは、なんだかおかしな奴扱いされそうで。
しかも違和感が消えないどころか、だんだんと強くなっていって。
だから早く忘れるように、出来るだけ考えないようにしていたんだ。
それでも心のどこかで、この世界が本当の世界であって欲しいと思いながら。
ミィンの町での死に戻り。
ティアやカグヤと出会いと心と魂のふれ合い。
あの公式イベントの後、狭間でエターニアと向かい合った時には、この世界が実在する世界だとほぼ確信に変わりつつあったけど、それでも認めるには勇気がなかった。
そしてこのファルナダルムの里で奴らと敵対し、ルアと出会って……。
──決断した。
現実から目を逸らしたり、気付かない振りをするのは、もうやめだ。
この世界と真面目に向き合う覚悟がようやく出来た。ずいぶん時間がかかっちゃったけどね。
そのこともあって、ボクはこの世界の人達のために自分が出来るだけのことをしようと、あの式典の場で御子であることを宣言した。
まあプレシニア王国から来たあの方の懇願もあったんだけどさ。
だけど、言われるより前に、ボクは決めていた。
変な言い方だけど、一言でいうとね。
困っているのを知った以上、この星の状況を放っておけないから。
つまりだ。
エターニアをはじめ大切な多くの精霊と人が困っているから、何かあればすぐ介入出来るようにと自分の存在をきっちり周りに示そうとしたんだ。
ボクみたいなのがその役に立てるならば。
せめてボクの手が届く範囲だけでも、その手助けをしたいんだよ。
気持ちのいい話じゃないけど、悪人どもの処断の内容報告を続けよう。
鎮魂の式典が終了した後、悪事を働いた血統至上主義者達の処罰が正式に決行された。
これくらいは良いだろうと自分勝手な判断と欲望で里を窮地に追い込んだその者達の名が、一人残らず全て白日の下に晒されることとなった。
そして要請を受けて王都から派遣されてきた官吏達によって、関係者全ての聞き取りと調査が行われ、それとは別に精霊が行ってきた調査結果と照らし合わされた上で、正式な処罰が決められるという手順が踏まれた。
ちなみにこういう公式な調書における精霊の証言は、精霊女王エターニアの名が添えられている。
普段の言動はともかくとして、精霊の公式文書に嘘が混ざることは決してない。精霊女王の名を汚すようなことをする精霊は、誰一柱として存在しない。
それゆえに、精霊の報告書は最上級の信頼を得ているのだ。
まあそれ以前に、下級精霊がその現場を見て聞いていたことをその時点で上司である中級精霊や上級精霊に報告していれば、こんなに大事になる前に食い止められたのにと思ったのだけど、シャナルさんによるとそれは無理な相談らしい。
何故なら下級精霊は、基本的に自我が希薄だから。
自身の精霊核が未熟であり、またマナを貯めておける容量や自分で摂取出来る量も少ないために、定期的に高濃度なマナを与えられないと、地上では自己意識を殆ど保てないらしい。
特に自発的な判断は自身の生存本能が脅かされた時に初めて可能であるらしいけど、それは燃え尽きる蝋燭の一瞬の輝きに等しいようだ。
精霊魔法として使役されることの多い下級精霊は、術者から対価として餌を与えられるからこそ、本来のお仕事から外れてその命令を実行しようとするわけだしね。
そしてマナを与えてきた術者の行為の善悪が、自我が低いために判断出来ない。このせいで犯罪を犯した地球人であっても、やろうと思えば精霊魔法を行使出来るわけだ。
このことから、下級精霊の行動原理は動物的とも言っていい。
自分の担当エリアでただ揺蕩って本能的に決められた作業や上司の指示に従事しているのが下級精霊であり、そしてそこから何らかの要因で精霊核が進化を遂げ、真名を得ることで自発的な意思と思考を持つに至った者が中級精霊へと昇格する。
もちろん中級精霊であれば、異常を感じた時点で場の下級精霊から情報を吸い上げ、その報告が上司である上級精霊へと伝わるので、もっと早くに発覚していたはずなんだけど、この里に中級精霊が一柱も居なかったのが原因だ。
否、居なくなっていたというのが正しいかな。
ルア達の話によれば、この里や近隣の森を拠点としていた中級精霊は六柱いるのだけど、その全員と未だに連絡が取れないらしい。
その中には、ルアと仲の良かった旅好きの風の中級精霊も含まれているとのことで、普通に考えれば捕まったか殺されたか……。そのどちらかであることは明白だった。
そのことを知ったルアは、あの時もっと気を付けていればとしきりに悔しがっていたし、チャンスがあればみんなの敵をとってやるとも息巻いていた。
ショックで落ち込んでいるんじゃないかとルアのことを心配していたけど、思ったより前向きに先を見ていてビックリした。
空元気かも知れないけど、今のところは大丈夫かな?
でもルアだからなぁ。なんか暴走しそうだし、きちんと気にかけておこうと思う。
っと、また脱線しちゃった。
元に戻そう。
そんな精霊の報告書で発覚した者達、つまり悪事に手を染めていた者だけでなく、知っていて見てみぬ振りをしていた者も当然のように拘束され、例外なく弾劾裁判に掛けられることになった。
なぜならば、このファルナダルムの里は地上にある他の世界樹の里の中心的な役割を担っていたし、プレシニア王国としても、ここは国家戦略上最も重要な場所でもあったからだ。
全世界における世界樹の制御をファルナダルムの民が一手に引き受けていることもあり、この大陸だけでなく世界から見てもプレシニア王国の発言力は高かったらしい。
そんな場所での大事件。
つまり世間体だけでなく、国としての面子や沽券にも関わる。
そんな事情もあり、里の権力者や神殿関係者全員が対象とされ、特にニファさんの父親であるディクティル大神官やネライダ神殿長は、監督者でありながら率先してこの里を混乱に陥れたとして重罪とされていた。
けど彼らの場合は、カルネージスの死霊に操られていたり本人が奴と成り代わっていたりと、どう見ても情状酌量の余地があるはずだ。
王国側の意図はともかくとして、もとよりフェーヤもボク達精霊陣営側も彼らを裁こうという意思はなく、世間が納得いくためのストーリーを最初から用意していた。
それに詳しく事情を知る多くの神殿関係者が二人を守ろうと、嘆願書を出そうとするのは目に見えている。実際ラウシュ団長とニファさんが中心となり、減刑のための署名を集めていたのも知っている。
その嘆願書を受け取った後、ボクが精霊王女の名を使って、彼らを罪を滅却して限りなく減刑する計画だった。
その話を王国側に持っていった時、最初彼らは難色を示した。
それでは対外的に示しがつかないとのことだったけど、交渉を続けるのち、最終的には渋々ながらもそれに同意して貰った。
ネライダさん達に代わる人材が他にいないのも理由にあったし、今回の事件で関わった者が多過ぎるため、処罰をきつくし過ぎると、里の運営や外交に支障が出るほどの人手不足に陥るのは目に見えているからだった。
この里の処理が終わった後、是非とも王城へと来訪して戴きたいという彼らの要望に応えたのも大きい。
実は最初から登城するつもりでいたことは、もちろん彼らには内緒である。
だけどその話を聞いたディクティル大神官とネライダ神殿長は、ボクの提案を受けられないとして拒否した。
それはすなわち『里の秩序を守り切れなかったのは事実である』として、責任者として最大罰を受け入れるとの意思表示だった。
全員で説得するも、二人の意思は固かった。
そこでみんなと悩んだ末に、一番罰としては軽いが期限を設けない『社会奉仕』処分とした。
里を混乱に陥れて秩序を崩壊させたのだから、里を立て直すため、そして立て直した後も無償で奉仕して貰おう。
奴隷の如く働けと言っているように聞こえるけど、当然衣食住は今までと変わりなく保障してある。
それにアルメリアさんによれば、方向性の違いで意見が衝突することは度々あったものの、昔から民のために治世を行い、時には身を粉にしてまで里を支えてきた二人である。
実質的に、これまでと何も変わらない。そう考えての提案。
このボクの提案は満場一致で可決され、そして本人達へと通達された。
この判決を聞いた二人は釈然としない表情を浮かべながら、異口同音に反論した。詭弁とも言われたけど、変えるつもりはない。
有無を言わさず、精霊王女の名前だけでなく、精霊女王の名前まで使って強要させることに。
そうやって無理やり言うことを聞かせた形だけど、もともと罪人判定を受けた二人である。甘いと言われようと、ボクはこれが一番最適な落とし所だと思う。
この二人の問題が片付いた後、残るは日和見主義者とガチで犯罪を犯していた者の処遇だ。こちらは王国の官吏に丸投げした。
彼らはその罪状によって、『国外追放』や『禁固』『社会奉仕』など様々で、酷い者になると、魂の浄化処分である『聖葬罪』、つまり死刑に処された。
あの時ボクに会いに来たデブエルフも『聖葬罪』の判決を受けた一人で、なんと奴は闇のギルド員と繋がりを持っていた。
しかも更に調べてみれば、そのギルド員がエルフ族の誘拐から人身売買までしていたのを知った上で、自身も里の民の誘拐を黙認、訴えの握り潰しまで行っていたどころか、自身も幼い少女を買い漁っていたらしい。
ボクが精霊島に行っている間に、二柱の支援を受けたアーサーさん達とレントが神殿騎士と共にそのギルドの管理していた倉庫に踏み込んだらしく、そこには首輪を填められて囚われていた少年少女達が多数いたとのこと。
シャナルさんから詳しく聞いた話によると、犯罪者に対する『労働束縛』の概念は昔からあったものの、何の罪もない少年少女達への『奴隷制度』という『束縛』の概念は、今までこのエストラルドには存在しなかった。
その為か、目の前のあり得ない光景に神殿騎士達が戸惑っていたら、子供達の奴隷扱いにキレたマーリンさんが、まだ息があった奴ら構成員を順番に叩き起こして拷問を開始……もとい聞き取り調査をしたらしい。
あっさりと暴露した構成員の証言によると、奴隷システムの発案者は異邦人だと判明した。つまりこの世界の犯罪集団に知恵をつけさせたのは、犯罪行為に手を染めたレッド・プレイヤーだったわけだ。
どこの誰だか知らないけど、ほんと酷い発想をするもんだ。
救出された子供達には、契約して主となった相手からの命令違反を犯すと激痛が走るというネフィリムの邪印が身体中に刻まれていて、その祝福が思いの外強力だった。
しかも邪気が絡んでいる為、少しでも祝福が発動すれば、徐々に魂が侵されて死に至るという残虐なおまけ付きだ。
あまりにも強力な祝福に里の神官達には手に負えず、ティリルやマーリンさんの浄化の力を持ってしてでも、一つ解除するのに数日かかるレベルで困っていたらしい。
そこに丁度帰ってきて、ティリルから事態を聞いたボクは、すぐさま精霊島に戻ってエターニアに相談。
色々と実験……もとい試した結果、精霊薬を問題の邪印に塗り込んだ上で、そこにシャナルさんの浄化の力とティリルの癒しの光を合わせることで、素早く治療が出来ることが分かった。
もちろん太陽の精霊であるシュリでも同じ浄化の力を……いや、一段上のレベルの破邪の力を持っているんだけど、彼女の場合出力が桁違いに高くて細やかな調整が効かず、かつ物理的な威力まで出てしまう為、被害者の身体が耐えられないという事でお蔵入りになった。
本人は手伝えないことに不服そうな顔をしていたけど、こればっかりは我慢してもらおうと思う。人命優先だもんね。
それにこの方法なら、ボク達以外でもこの治療が出来ることも判明している。
シャナルさんでなくて、光の下級精霊でも時間を掛ければ治療出来る上、他の精霊魔法師と回復魔法が使える神官の組み合わせでも可能な点が優秀だ。
しかもこの時に使用する精霊薬の等級は何でもよかった。確かに等級が低ければ低いほど施術者の負担が増えるけど、メディーナさんによると、等級に拘らなければ王都でも買える素材で出来るという。
そこでこの治療方法をしっかりと書物にまとめ、精霊女王の下知状を付けて、プレシニア王国側に進呈しておいた。
エターニアに下知状の添付を頼んだのは、方法を秘匿して国家間の交渉材料に使用出来ないようにするためだね。それと普及を強力に進めるためでもある。
奴らが新たな犠牲者を量産しない保証なんてどこにもないし、次は王公貴族が人質になるかもしれないから。
そう言った意味で今後多くの国で必要になるだろうし、むしろ全世界に広めてもらおうと思っている。
それに【円卓の騎士】にも頼んで、ボク達地球人の生産職にも広まるようにしたからね。
奴らの思い通りにはさせてなるものか。少しずつ反撃して行こう。
あと少しでこの章も終わりです……。
話が思いつかないというよりは、まとまった時間が取れない事の影響が大きいです。
現在、不定期になっていますが、よろしくお願いいたします。




