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悪女と呼ばれた私、転生先でも悪役です  作者: 小乃マル


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悪役と義弟

 日々慌ただしく過ごしているうちに、私は十一歳の誕生日を迎えた。

 例年であればささやかな誕生パーティーが開催されるのだが、今年はそれどころではなく、身内でひっそりとお祝いをするにとどまった。


「きちんと祝うことができず、申し訳ない」

 父はそう言って悲しそうな顔をしたけれど、全くもって問題はない。

「お父様とお母様がお元気で、私が生まれた日を祝ってくださること以上に、幸せなことなどありますでしょうか」

 実際、『ガクレラ』の設定どおりに進んでいたならば、目の前に座るのは父ではなく伯父だったのだ。

 どれほど盛大なパーティーが開かれようとも、父が生きている今の方がよっぽど幸せであろう。

 涙目の両親に強く抱きしめられながら、私はそんなことを考えていた。


 まもなく、あの事件から半年が経とうとしている。父は以前と変わらず生活できるようになり、我がスピアーズ家にも平穏が戻りつつある。

 しかし、以前とは大きく違う点が一つある。

 両親に抱きしめられながら目線を前に向けると、そこには私の義弟が座っていた。


 ラルフ・スピアーズ。

 私の伯父であるカインと、庶民の女性との間に生まれた子。


 ゲーム内では、“母親を亡くしたラルフが父親であるスピアーズ公爵に引き取られた”という設定だったけれども、現時点でラルフの母親は生きている。

 伯父からは毎月僅かな金銭が渡されていたようだが、ラルフと伯父の間には親子らしい関わりもなく、母親が必死に働いて彼を育てていたそうだ。

 そのため、ラルフははじめ、スピアーズ家の養子になることを拒んだ。

 「これまで育ててくれた母を捨てて、自分だけ貴族になるなんてできない」と言っていたそうだ。


 この世界において、貴族の養子になる際には実親との関係を解消する必要がある。

 実親との交流そのものが禁止されることはないが、公爵家の跡取りとなった人間が気軽に会いに行くことも、現実的には難しい。

 そこで父が提案したのが、ラルフの母親を我が家で雇用することだった。

「親子として関わることはできないが、今よりも良い環境で働けるうえに、君の成長を近くで見守ることもできる」

 父のその言葉を聞いて、ラルフは首を縦に振ったと聞かされている。


 この話を聞いた私は、ひそかに胸を撫で下ろした。

 『ガクレラ』におけるラルフの母親の死が、ラルフを引き取るために伯父によって企てられた殺人である可能性もあるが、過酷な労働による病気や、あるいは事故の可能性も十分にあるのだ。

 彼女の死を防ぐことができるかはわからないけれど、そのままにしておくよりは良いだろう。


 そしてもう一つ、思い出したことがある。

 『ガクレラ』の【ラルフルート】において、ラルフは私の悪行を明らかにしたうえで、ヒロインと結婚してスピアーズ公爵家を継ぐことになっている。

 このルートにおいて、ヒロインは“公爵夫人”になるのだ。


 正直なところ、私はヒロインに対しては悪い印象を持っていない。

 【ジェラルドルート】のヒロインに対しては、「婚約者がいる相手に…」と思わなくもないが、彼女がラルフを選ぶのであれば、その恋路を応援してあげたいと思っている。もちろん、その選択によって不幸になる人物がいなければ、の話だけれど。


 ただし、それはかなり過酷な道になるだろう。

 王太子妃ほどではないものの、公爵夫人になるためにも、相当なレベルの知識や教養が求められる。

 幼い頃から教育を受けてきたわけでもない、平民であるヒロインが、貴族社会の中で肩身の狭い思いをすることは目に見えている。


 しかし私は、ヒロインが本気でラルフを愛し、公爵夫人としてやっていこうという思いを持って努力するのなら、彼女にも幸せになってほしいと思っている。

 そのためには、ヒロイン本人の血の滲むような努力と共に、ラルフのサポートが必要だろう。

 ラルフが貴族社会の中で上手く立ち回れるか否かで、ヒロインの“物語のその後”の人生における幸福度合いは大きく変わってくるはずだ。

 ヒロインの幸せのためには、まずラルフが立派な次期公爵にならねばならぬのだ。 


 もちろん、ヒロインはラルフを相手に選ばないかもしれない。

 そうであったとしても、スピアーズ公爵家の跡取りであるラルフが一目置かれる存在であることは、私にとってもメリットがある。


 父が生きているこの世界で、王太子が一方的に私に婚約破棄を言い渡したとして、おそらくスピアーズ家は王家に苦言を呈するだろう。

 その際、その言葉がどこまで聞き入れられるか。現当主である父の力量のみならず、次期当主であるラルフの力量もまた、その判断材料になりうる。

 したがって、不義理を働いた王太子を地獄に引き摺り込むためにも、ラルフには王家に認められるだけの力を付けてもらう必要があるのだ。


 もう一度、目の前のラルフに意識を向ける。

 両親と私が抱き合う中、居心地が悪そうに視線を彷徨わせている彼は、まだまだ公爵家の人間には見えない。

 しかしこの屋敷に来てまだ数日。どう振る舞えばよいのかわからないのは、当然のことだろう。


「ラルフ、いらっしゃい」

 今はまだ、口うるさく言う必要なんてない。

 我々はラルフを家族として受け入れているのだと伝えることが、今の私達がすべきこと。


 私のその言葉に、おずおずとこちらにやって来たラルフを、私は正面から抱きしめる。

「お父様とお母様だけではないわ。この場にあなたがいてくれることも、私は嬉しいのよ」

 未来の我が身可愛さに、ラルフに媚びを売るつもりはまるでない。

 けれども、複雑な立場にあるこの子に、少しでも幸せを感じてもらいたい。子どもには、自身の存在そのものを肯定してくれる人間が必要なのだ。


 おそらくこの子は、たくさんの挫折を味わうことになるだろう。

 そんな時に、無条件に味方でいてくれる人間がいることは、きっと大きな力になるはず。

 少なくとも前世の私は、常にそういう人物を欲していた。


「エリスの言う通りだ。私達にとって特別なこの日を、ラルフと共に迎えられて嬉しく思うよ」

 父はそう言うと、私の腕の中で固まってしまったラルフの頭に優しく手を置いた。

「今後、公爵家の当主として、厳しいことも言わねばならない。けれどもそれは憎しみからくるものではないということを、どうか覚えておいてくれ」

 父の言葉に、ラルフの身体の力が抜けるのがわかった。

 加害者の息子として、ラルフが父にどう接すれば良いか悩んでいたことを、父はきちんと気づいていたのだ。


「…はい、お父様」

 そう答えるラルフの声は、僅かに掠れているようだった。

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