第24話「激痛─ゲキツウ─」
全身を真っ黒に染めた陰気な男が、剣の切先をこちらに向ける。
不健康そうな顔色で、口角が上がっていた。
僕は外部スピーカーに切り替える。
奴には聞きたいことがあった。
「お前、マーテルさんを、病院で戦った女性はどうした!」
「んん? まさか、まさか、あのときの子供か? 生きているだなんて驚きだなぁ」
「いいから、答えろ!」
飄々とした態度の男に対して苛立ちが募る。
ここにコイツが、しかも五体満足でいる理由、それに察しがつかないほど馬鹿じゃない。
だがそれでも、希望を信じたかった。
「ふふん、わかっているくせに……」
黒ずくめの男は右手を横に真っ直ぐ伸ばす。
すると、その手の先に現れたのは黒い球体だ。
まるでブラックホールのようだった。
「なんだ、あれは?」
男はその球体に手を差し込むと、何かを引き摺り出した。その手の中にあるものを見て、プエラは小さな悲鳴をあげて、僕は歯を噛み締めた。
奴の手の中にあったのは、頭だ。
生気をなくし、瞳は虚で、口からは舌がダラリと垂れていた。首の断面からは血液が滴り落ちて、地面を赤く染めていた。間違いない、まず間違いない。あれは、マーテルだ。あの快活な女性からは想像できない悲惨な姿だった。遅かった、何もかもが。
「残念だったね。キミ達が去ってすぐに死んだよ。この女は、呆気なく、簡単にね」
男はマーテルの頭を落とすと、サッカーボールのように蹴り飛ばした。ガエンの足元に転がる、マーテルの生首。その空虚な眼差しはモニタ越しに僕を見つめているようだった。どうして助けにきてくれなかったのか、そう言われているようで思わず操縦桿を握り締める。
「やったな……!」
「やりましたとも?」
ペダルを踏み込んで跳躍し、ガエンの両腕に接続されているチェーンソーが唸りをあげた。
男に飛びかかり、両腕を振り下ろす。
すると、男は対抗するように剣を左下から斜めに振り上げた、お互いの凶器がぶつかりあって、一塊になった異音が鳴り響く。回転する刃を一心に受けても余裕の笑みを浮かべる男に、苛立ちの表情が表に出てくる。
「人機がどれだけ重いってんだ、コイツ、なぜ受け止められる!?」
「人機だろうがなんだろうが、この私には勝てないよ! 例え誰が相手だろうともねえ!」
まるでホームランのように打ち上げられたガエンは、宙を舞い、瓦礫と化した大講堂にそのまま背中から打ち付けられた。その衝撃がダイレクトにコックピットへ伝わってくるので、一瞬意識が飛びかけた。ガエンのダメージも大きい、警告音が鳴りっぱなしだし、操縦桿やスイッチは火花が散っている。
さらに、両腕のチェーンソーが粉砕されていた。あの一太刀で、こちらの武装がやられた、信じ難いことだが、奴はそこらの人間を遥かに凌駕した力を持っているようだった。
「ぐっ、大丈夫ですか? プエラ……プエラ?!」
身体中が悲鳴をあげる中で、後席のプエラに声をかける、きっと彼女も相当なダメージを負っているだろうと思ったからだ。だが、返事がない。気を失ったか、僕は後ろを向いて驚愕の声を上げた。
男に打ち上げられたときか、瓦礫に突っ込んだときかは定かではないが、衝撃によって破損したコックピットの破片がプエラの頭部を切り裂いていた。額から大量の血液を流して俯いているプエラを見て何度も呼びかけるが応答がない。
「プエラ! プエラ! おい、クソ、ふざけんな」
「まだ戦いは終わってないよぉー?」
男の声。
視線を移したモニタの先に見えたのは、刃。
反射的にペダルを踏んで、跳躍による回避を試みたものの──遅かった。首の根本から叩き切られたガエンの頭部は放物線を描いて飛んでいき、地面に落下した。モニタから光が失われるが、すぐに胸部のサブモニターに切り替わる。
「両腕装備パージ!」
破壊されたチェーンソーを腕から離脱させながら男に投げ飛ばすが、難なく躱される。
「コイツ!」
「もう打ち止めかぁ、もっと遊ばせてくれよぉ!」
腰から超高振動粒子剣を引き抜いて、薙ぎ払う。
が、これも男の持つ剣に止められる。
超振動している刃を先程から容易く受け止められてはさすがに驚愕が隠しきれない。
「化け物かよ……! どうして生身でここまで出来る!? どうなってんだ!」
「私は選ばれた者だからだ」
「選ばれた?!」
「神によって選ばれし者! このデュエランは、世界を蹂躙するのだ! それが運命なのさ!」
デュエラン、この男の名か。
神に選ばれたとはなんだ。神? この世界の?
超人的な力は与えられたものなのか、そいつに?
思考が頭を巡る中、過ったのは僕を導いたあの謎の男。運命といったか、そういえばあの男は僕を運命の子と呼んだ、もしかしてなにか関係が──。
「戦っている最中に考えごとかい? 悪い子だ……そんな悪い子には、こうだ!」
そう言って男──デュエラン──は、剣をまたもや振り上げた。超高振動粒子剣が切断され刃は彼方に、ついでとばかりに右手のマニピュレータを切り裂く。武装は全て破壊された、プエラも限界を迎えつつある。ならば、もうこれしかない。
左腕を握り締め、大きく後退させて振り下ろす。このような攻撃、当然防がれてしまうのだが、僕はその瞬間を見計らって、コックピットハッチを開け、デュエランに向かって飛んだ。ガエンと同じように拳を握り締めて、風の魔法を足と背中に纏わせて、まるでブースターを吹かしているかのような速度で殴りかかった。拳に骨がひしゃげるような感覚を覚えたとき、僕は笑った。
「──な。ぐはぁっ!」
僕の渾身のパンチを顔面に受けて吹き飛ばされたデュエランは、何度か地面を転がって黒服を汚していった。
「流石に予想外だったか? こんなことをしてくるなんて」
「このガキぃ、わざわざ死にに出てきたのかぁ」
「死ぬのはお前だ、このクソッタレで陰気な黒服野郎、ゴミが。楽しみながら人を殺しやがって、お前らは……報いを受けろ」
拳を改めて握り締めて、デュエランを真っ直ぐ見据える。奴は超人的な力を持ち、なおかつ武装をしている、圧倒的不利は否めないが、こっちにだって策がないわけじゃない。顔面を殴られて怒りで、先程までの余裕綽々な内心ではないだろうことは見てとれるし、そこを利用するか。
「ヒャハァハアッハ! ガキがぁ!」
デュエランが駆け、吼える。
奴の右手には月明かりの反射する剣。
あれに当たれば一撃だ。
チェーンソーすら叩き切るあの剣と腕力相手では、受け止めるなど愚策。
ひたすらに避け続けるしかない。
嫌な汗が全身から噴き出す。
緊張で心臓が痛い。
「うおぉあぁぁーっ!」
地面を踏み締めて、僕も走る。
お互いの距離が縮まり、そして、デュエランは横薙ぎに剣を振るう。足腰を低くして避けると髪の毛が僅かに切れた。目の前には奴の無防備な懐、そこに殴りかかるように──見せかける。
奴が僕の拳を警戒していることなど百も承知、奴の視線は僕の顔でも足ではなく、僕の腕にある。右腕を振りかぶって、振り下ろす動作をした瞬間にデュエランは後方に飛んだ。こうなれば当然、僕のパンチは届かない。だが、僕は殴りかかるのではなく、拳を開いた。
手の中に魔力を集中、周囲から集まった魔力の塊が鋭利な氷の刃と化した。それに、風の魔法を付与、高速、音速で飛ぶイメージ。いま!
「死んでろ!」
右掌から発射された刃は空間を捻じ曲げながら音速で発射された、至近距離で、なおかつ油断していたデュエランは、凶刃を目で追うことすら出来なかった。
「──は」
デュエランがなにかを言う前に左脇腹に刃が突き刺さる、そしてそのまま肉に埋もれていく。
僕はあの鋭い氷の刃を発射する直前に、新たに別の魔法を付与した。それは──。
「弾けろっ!」
破裂音。
爆発音。
耳鳴り。
衝撃波。
僕が付与した魔法、それは、爆裂魔法である。
本来は空間に大きな爆発を引き起こす中級程度の魔法だ。人機には効かないが、人間ならば致命傷になり得る。目の前で爆発が起きたから、大きく後ろに飛んで、受け身を取ることが出来ずに身体を打ち付けてしまった。
「おっ、ぐ、えぇっ」
血の混じった吐瀉物が地面にぶちまけられる。
どうなった? 殺したか? 殺せたか?
砂埃が舞っているせいでデュエランの姿が見えない、普通ならば死んでいる。普通ならば、だ。
油断するな。一片の変化も見逃すな。
目を見開いて周囲を窺う、耳の機能を最大限まで引き上げて音を拾う。
音はなにも聞こえない、爆発を至近距離に受けて鼓膜が破れたのかと思ったが、自分の呼吸音が聞こえる。
静寂だ。
この瞬間までは。
「あっ」
咄嗟に身を翻して避けた。ほぼ反射だ。
なにか目の前で光るものが見えたから、思わずの行動だが、それが僕の命を助けた。
血飛沫が舞い散る。赤い紋様が地面を濡らして、右腕、右肩、右耳がぼとりと落ちた。誰のものだ、誰の腕や肩だ。身体が軽い、右側が妙に軽い。
斬撃に吹き飛ばされた砂埃の中から現れたのは、左脇腹に大きな穴を開け、口や鼻、目から流血するデュエランの姿であった。
奴の姿を確認してから遅れて痛みがやってきた。
「ぐ、うぉおっ!」
血が噴水のように噴き出て止まらない。
視界が黒く歪んでいく、眩暈がして、倒れそうになったが、足腰を踏ん張って無理やり立つ。
「中々、やるじゃないか。ガキ、油断していたとはいえ、この私をここまで追い詰めるなんて。人機よりも生身のほうが強いな。判断力もある」
「……人機乗りとしては、2流以下でね。生身の殺し合いのほうが慣れてる」
「ククク、そうかい。それにしても、無詠唱魔法か。ガキの癖に、なんなんだ、おい。面白いやつじゃないか」
ダメだ。立つのも限界だ。
血が足りなくなってきた。
コイツのお喋りに付き合う必要はない。
左腕を前に突き出した。無詠唱魔法。
火球か、刃か、風か。
それらを撃つ前に、左腕が落ちた。
3つに輪切りにされた腕が地面に転がる。
デュエランは一瞬にして間合いを詰めてきていた。
なにが起きたのかわからない内に両足の感覚が消えて、血溜まりに倒れた。明るく光る月が視界に映り込んだ。
──なにが起きたんだ?
首を動かして原因を探ると、理由がすぐにわかった。膝から下が両断されたのだ。僕の身体から離れた両足が、血を噴き出しながら未だに地面に立っていた。非現実的な光景だった。
「まさかガキにここまでコケにされるなんて、ついてないなぁ……ふふふ、まあ、こんな傷、あとでどうにでもなる。それよりも、だ」
息が荒いまま、デュエランは僕の左胸に剣の切先を突きつける。喋るたびに流血が激しくなるが、奴自身はそれを気にしていないようだった。
デュエランの剣はちょっとでも体重を乗せたら、容易に僕の肉を裂き、心臓を串刺しにするだろう。決着はついた、そう言いたげなデュエランは顔を歪ませて笑い、そして尋ねてきた。
「キミさぁ、無詠唱魔法を誰に習った? あぁ、別に答えなくてもいいよ、そのかわり、余計な苦痛を味わうことになるけど?」
「……誰に習ったわけじゃない。やろうと思ったら、出来たんだ」
息も絶え絶えながら答える。
そろそろ痛みが消えてきた。身体の感覚が鈍い。
「ふぅん」
デュエランは少しばかり何か考える仕草を見せた後「まあいいか」と呟いてその直後。
左胸に、熱い痛みが──。
感想、ブクマ、よろしくお願いします




