第20話「臥煙─ガエン─」
感想よろしくお願いします
王城から少し離れた位置にある格納庫は、近衛軍が所有している施設だ、そこへデルタに案内された僕の目の前には、炎のように赤く、戦慄を内に秘めた形相の人機が静かに佇んでいた。
雨に濡れたせいなのか、非常に肌寒く感じたのは、この異様な人機に対して恐怖したわけではないと思いたかった。
全身のカラーリングは赤。
頭部には八つのカメラが剥き出しで、ひとつひとつが大きく、まるで昆虫のようであった。頭頂部にはセンサの類であろう角が装備されていた。
猫背で、体積が従来の人機とはまるで違う、あまりにも細すぎる。ハリボテなのかと勘違いしてしまいそうだった。それは両腕、両足も同じくだ。
痩せ気味の女みたいな手足だ、肩から指先まで鋭利な刃物のようだ。あの中に精密機械が入っているとは到底思えなかった。骨張って、肉がない、筋肉もない、これでどう動くのか、僕には想像ができない。そして、さらに困惑させるのが、両腕上腕部に接続された接近戦装備である。
「チェーンソーだと……」
見上げながら、思わず声が出た。
パイルバンカーやドリルですらどうかと思うのに今度はチェーンソーときた。残虐な方法で人を殺す研究でもしているのかと疑いたくなる。工具だぞ、それは、それを武器にしていいのは13日の金曜日に襲いかかってくるアイツぐらいだろう。
しかも、二つもついている。
バランスの為か、それとも別の理由があるのか、チェーンソーに絶大な信頼を置いているのかわからないが、やりすぎではないかと思った。
正直、趣味の良い機体ではない。
弍式とはまるでコンセプトが違う。
そんなことは見た目で丸わかりだ。
装甲を極力排除して近接専用にアップグレード……ダウン? させた人機だ。肉厚にして機士を守る為に設計されたモノとは真逆の発想で開発されたようだが、これを誰も疑問に思わなかったのか。
「どうだ、気に入ってくれたかね。コイツは第三世代人型戦闘機、臥煙だ」
「ガエン……」
気に入るわけないだろう。
ただでさえ被弾率の高い対人機戦で、大事な装甲を削るなんて馬鹿な真似をするとは、怒りよりも困惑が勝ってしまった。まさかとは思うが、人機開発の父であるデルタが装甲の重要性を失念しているとは考えられない。なので直球で聞くことにした。
「装甲が足りないように見えますが」
「ククク、そう見えるか? 素人だな」
「はあ?」
「ガエンは、今までの人機よりも遥かに頑丈で、俊敏で、そして凶暴だよ」
戯言か、狂言か。
デルタは自信満々で、自分の発言になんら疑いを持っていないようだった。相変わらずプエラは後ろに控えるだけで何も言ってくれない。少しだけ頭を抱えた。この貴族様の言葉を信用できないのは当然として、コイツ乗れというのだから不安しかない。これはもうただの誅殺なんじゃないかと思ってしまう。
「詳しく説明してもらっても?」
「いいだろう。まずカンケルくんの不安は装甲だろう?」
「ええ、まあ、対人機戦だとどうしても」
「まぁ、待て。キミはそもそも人機の装甲がどういうものか知らないんじゃないか」
確かに、それはある。
僕はひたすらにシミュレータに興じてはいたが、人機そのものが何で構成され、どう動いているのなどは門外漢だ。デルタの言う通り素人である。
仕方ないから、彼の説明を素直に受けよう。
「魔素単一構造体結晶装甲。従来の人機の装甲は、私が発見した魔素と名付けた異常魔力粒子を元にして開発した特殊鋼金によって構成されている。真体結晶人工筋肉に接続し、搭乗者の魔力を吸い上げることで魔導相位処理装置を活性化、これにより一時的に魔素結晶の硬質化を始めとした人口筋肉と鋼体性骨格の融合処理を行い、装甲そのものの強度を著しく向上させた。これが魔素単一構造体結晶装甲だ。爆撃や銃撃などの被弾も短時間に同じ箇所でなければ問題はない強度を持つ、いわば鋼の皮膚になる。私はここに新たなアプローチをかけた。魔素単一構造体結晶装甲に用いられる縮退性魔力物質に、反魔石を取り入れることで魔素逆転現象を引き起こし、さらに先日討伐されたドラゴンの心臓から摘出した超高濃度魔力器官を人機エンジンに組み込むことで魔導共鳴伝達神経の遅延を極力排除する、これによりさらなる装甲の強化と機動性を確保することが出来た。ここまではいいね?」
え、なにが?
ハッキリと言わせてもらうがまるで意味がわからなかった、なにもかもちんぷんかんぷんである。もう最初の10秒辺りで完全に聞き流すモードに突入していた。まったくもって理解が追いつかない、魔素なんちゃら装甲とか、真体なんちゃらとか、そんな知ってて当たり前みたいな態度で複雑な単語を持ち出すのはやめてほしい。もしこの世界が漫画や小説だったら読み飛ばす部分だぞ。
「あー、えー、とにかく、新しい技術で装甲がより強化されたと考えればいいんですね?」
「羽虫に説明するならばそれでいいだろう」
この野郎──。
反射的にぶん殴りそうになったのを気合いで押し止める。
「この人機の素晴らしいところは装甲や機動性だけではないが、まぁ、全てを私の口から説明することはないな。とりあえず乗ってみたまえ」
と、言われたままに僕はタラップを上がった。
足取りが重い、体重が四倍にでもなったかのようだ。
本当は嫌だが、しかし、戦える力を預けてもらえるのなら仕方ないか。デルタの言い分が正しければ、内容は理解できなかったがとにかく装甲は前世代機よりも強固であるとのことなので、それはもう信用するしか選択肢はない。コックピットハッチを開くと、その中を見て予想はしていたがやはり少し驚いた。中があまりにも狭すぎる。弍式よりも遥かに細身であるからこうなっていても間違いはないのだが、14歳の自分がギリギリ乗り込める窮屈さなのだ。正規の軍人はどうやって乗り込むつもりなんだ。と、疑問に思ったのも束の間、新たな疑問が沸いてきた。僕やプエラが先程まで乗っていた弍式心神と同じくシートが二つもついているのだ。
「あの、これ二人乗り」
「いいから、とりあえず人機に火を入れろ。それと、コックピットハッチは閉じるな。いいな」
言葉を遮られた。無性に嫌な予感がする。
だがNOを突き付けることはできない。
ドラム缶の中に押し込められたような体勢でシートに座り、コックピットハッチを閉められないのならモニタは見られないので、計器類を見ながら人機を起動させる。基本的な手順は弍式となんら変わりはない。なので、とりあえずは問題ない──はずだ。ジェネレーター、エンジンスタート。心臓の音に似た鼓動がコックピット内に鳴り響く。人機の全身に張り巡らされた人工筋肉に血が満たされる。計器類の針が一周して止まった。戦闘サポートAIスタートアップ。火器管制システムチェック。バランサ、異常なし。各部動作チェック、正常。システムに問題なし。出力95パーセント。今すぐにでも戦える。そう思った、その瞬間。
「おげぇえっえええ!」
僕はコックピットから身を乗り出して、外に吐瀉物を吐き出していた。昼頃に食べたパンとスープの残骸が胃液と共に格納庫の床を汚す。何がなんだかわからず呆ける僕を嘲笑うかのようにデルタは言い放った。
「ガエンの欠点は、搭乗者の魔力を吸い尽くすことなんだ。その結果、人体魔力欠乏症が起きる。いまのキミみたいにね」
「殺すぞ!」
立場も何もかも忘れて吠えた。
あらんばかりの憎しみを込めたつもりだったのに、デルタはまるでなにごともないかのように大きく笑った。
「ははははは。いやすまない、すまない。キミの戦闘ログを見た限りかなりの魔力を有していたからイケると思っていたんだが、ふむ、無理か。新しい発見だな」
「僕をモルモット扱いするな! ふざけやがって、誰が乗れるんだよこんなもの! とんでもない欠陥じゃないか! なにが第三世代だ、大惨事の間違いだろうが!」
「キミの怒りはごもっともだ。悪かったと思っている。さて、それでは本題に入ろう」
本題? 吐瀉物に濡れた口元を拭う。
これ以上最悪なことが起きるのか。
僕はもうコイツに乗りたくはないぞ。
明らかな欠陥品に搭乗した結果死にましたなんて、笑い話にもならないだろう。
あの世で後悔したって遅いんだ。
「先程キミも気が付いた通り、その人機は二人乗りだ。なぜだと思う?」
「……本来なら、後席は補助を行うもんですよ。レーダから計器類の確認、兵装システム管理まで」
「そうだ。だが、コイツは違う」
違う? なにが?
その疑問が口から出てくる前に、デルタは告げた。
「後席は魔力タンクだよ」
そう言って奴はプエラをガエンの前に突き出した。
「プエラを後席に乗せる」
僕の堪忍袋の緒が、とうとうブチ切れた。




