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殺意転生─THE END of BIRTHDAY─  作者: 蜜馬豊後
第1章 竜虎相搏
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第11話「喪失─ユクエ─」

 

 夢を見た。


 僕は海岸にいる。

 見渡すばかり海が広がっていた。

 右手には銃を持っている。

 アサルトライフルだ、名前はわからない。

 扱いやすいから、愛用していた武器だった。

 発展途上国に行ったときに、少年兵の死体から手に入れたものだった。彼は僕の目の前で、地雷を踏んで吹き飛ばされたのだ。死体は僕を恨めし気に睨んでいた。

 

 黒光りの銃火器は血で汚れていた。

 違う。僕の身体が血で濡れているのだ。

 波が引いて、押し寄せる。

 生温い海だった。

 膝から下を濡らす海は、真っ赤だ。

 まるで炎のようだった。

 燃え盛る花畑のように見えた。

 黒い太陽が水平線を照らしている。

 潮風が全身に纏わりつく。


「ここは、どこだ」


 記憶にない。

 身に覚えもない海岸。

 どうしてこんなところにいるんだろう。

 頭がズキズキと痛む、気がする。


 どうしてだろうか。

 なぜだか、無性に海へ還りたい。

 地上は僕のいるべき場所ではない。

 そんな感情が沸いて、止まらなかった。


 僕は気が付いた。

 遠くに誰かがいる。

 海に、浮いていた。

 そいつは、沈むことなく、靴の裏で波紋を作り上げていた。

 誰だ、誰だ、誰なのかわからない。

 わからないが、どうしてか、その人に会いたいと思った。


 僕は手を伸ばし、その誰かを求めるように一歩一歩と足を進めた。水の中に沈む足は満足に前へ進んでくれないが、それでも少しずつ近付けていた、だが。


「……ぇあ」


 足を掴まれて、思わず声が出た。

 足だけではない、腕も、胴体も、首も。

 何者かに強く、掴まれている。


「はな、せ。はなせ。離せ!」


 声を張り上げたそのとき。

 僕は海の中に沈んだ。

 身体ごと、深く深く。

 そして、目の前が真っ暗になった。

 身体の感覚が、消失した。


 目が覚めたとき、僕の身体はずぶ濡れだった。

 それは全て汗だった。体内の水を全て出し切ったのではないかと、そう思ってしまうくらいの汗であった。何か、変な夢を見ていた気がする。

 どんな夢だったのかは思い出せないが、きっと悪夢だったのだろう。


「1日の始まりとしては、最悪だな」


 カーテンを開けて朝日を浴びようとしたが、外は土砂降りだった。そういえば天気予報で朝から大雨だと言っていた気がする。沈んだ気分がさらに沈下していくような、重たい感情が胸に澱みを作っていく。カーテンを閉じて、何も見なかったことにし、僕は朝のシャワーに向かった。


 濡れた髪に魔法で熱風を送りながら考える。

 今日一日、なにをしようか。

 入院してからというもの、ドクトルや見舞い客の相手をして時間を潰せていたが、今日は生憎の悪天候だから、客人は誰もこないだろうと思っている。なら、さてさてどうしたものか。

 病院というのは基本的にやることがないのだ。

 他の患者とのコミュニケーションも、僕みたいに人付き合いが苦手な人間には苦痛で仕方がない。相手からしても、僕と話していてもつまらないだろう。恐らくは、だが。

 率先してこの世界の話を聞くべきなのだろうが、その役割はドクトルでいい。彼は割と話したがりな人なのだ、僕とは違って。


「よし」


 乾いた髪を撫でる。左肩を揉んで、手のひらをグーパーして感覚を確かめる。この世界の医療技術には感服する。前世で暮らしていた日本だって、吹き飛ばされた肩と、左腕を元に戻すなんて芸当はできなかっただろう。痛みはまだ若干あるが、それで済んでいるのだから、率直に凄いと言える。傷も無く、こうして自由に手を動かせるのだ、多少の痛みは我慢できるはず。

 というか、痛みには慣れているのだ。

 左肩を吹っ飛ばされても意識を保っていられたのは、それが理由だろう。


「あれもこれも、全て魔法の力か」


 魔法、それはこの世界の生活基盤である。

 この部屋を照らす電気だって、魔法で動いているらしい。詳しい原理は聞いていないが、トーマス・エジソンが電球を開発したわけではないことは確かだ。


「不思議なものだ。僕だってこうして魔法を扱える、それにしたって、どういう理屈なんだ」


 この世界の人間は、詠唱をすることによって魔法を使用できるのだが、僕にはサッパリ意味がわからなかった。詠唱は魔法のオンオフのスイッチのようなものかと思っていたが、僕は詠唱を必要とせずに魔法を扱うことができる。

 頭の中で、炎を出すイメージをすれば炎が現れるし、念じる必要もなく、手を仰ぐように動かせば風を操ることもできた。両手に加えてさらにもう一本、魔法という腕が生えた感覚といえばいいのか、相当強力な魔法でない限りは手足のように自由自在に扱える。ルナが使った、あのイフリートとかいう魔法はどうだろうか。


「いや、いやいや、やめておこう」


 我に帰った。いまこの場であの魔人のようなものを呼び出しかけた。危ない、危ない。

 病院がぶち壊れるだろう。

 叱られるどころの騒ぎではない。

 最悪、人死が出る。


「はあー」


 ベッドに寝転がり、左手の平を眺める。

 とにかく、魔法の原理、理屈がわからない。

 どうやって炎が生まれるのか、雷を生み出せるのか、水や風を操れるのか。

 魔法書や歴史書にも何も書いていなかった。

 結局、誰にもわかっていないのだ。

 なんとなく使えるから、使っている。

 ただそれだけの話か。


「暇だな」


 ひとりで何を考えているんだ、僕は。

 答えの見つからない問いではないか。

 暇を持て余した僕は、廊下に出てみた。

 真っ白な廊下が続いている。

 看護師や患者の姿は見えない。

 皮で出来たスリッパで病院内を練り歩く。

 患者達はレクリエーションルームにいるようだった。将棋やチェスのようなボードゲームやトランプに似たカードが置いてある。患者達はここで暇を解消するのだ。僕はあまり興味がないので立ち寄ったことはない。


 レクリエーションルームで患者の相手をしていた看護師のひとりが僕の元へ駆け寄ってきた。

 なんだろう。僕は遊びに来たわけではないぞ。


「おはようございます。カンケルさん」


「おはようございます」


「あの〜、レウィスさん。見てないですよね」


「見てないです、え、まさかあれから見つかってないんですか?」


 驚いた。どうやらレウィスは僕と会話してからいなくなっているらしい。看護師曰く、夕食を終えて食堂から出るところまでは目撃証言があるが、そこからの行方がまるでわからないのだという。この世界における警察組織で、憲兵隊と呼ばれる王国軍の部隊がある。彼らに連絡をとって捜索してくれるように願い出たようだが、いかんせんフィーニスはドラゴンの襲撃によって治安の著しい悪化を招いており、野盗が火事場泥棒を働いたり、市民による軽い暴動が起きたりと、てんやわんやの状態であるので、機士ひとりがいなくなった程度で連絡してくるなと怒鳴られたという。

 酷い話だと思うが、仕方がないだろうと諦めの気持ちもある。ドラゴンのせいで誰も彼もが苦労しているのだ。ちょうど僕は暇をしているところでもある、腕や肩を治してくれた礼ではないが、手伝えることなら任せてほしいと告げた。


「本当ですか! あ、でも大丈夫なんでしょうか、その」


「僕の左肩なら問題ないですよ。なんだったら良いリハビリになりますから」


「そうですかぁ! ありがとうございます!」


 そう言って、看護師は足早に去っていった。

 さて、どこから探したものか。


「食堂、レクリエーションルーム、玄関、エトセトラ」


 少しばかり考えて、レウィスの部屋に向かうことにした。もしかしたら書き置きがあるかもしれない。医師や看護師が見逃した何か見つけることが出来れば、足取りを追えるかも。

 と思い、やって来たはいいものの。

 特に痕跡は見られなかった。

 書き置きなんてないし、荷物はそのままだ。

 ベッドシーツが綺麗になっていたが、これは看護師がやったのだろう。


「レウィスさん、どこに行ったんだ?」


 どこかにいなくなる理由などあるのか。

 夜逃げ? まさか、彼はアクィラの部下、つまり近衛の機士だ。そんなことをするはずがない。

 彼ら近衛の機士の待遇は他の部隊に比べて格段に良いのだ。給料だって、一般部隊の比ではない、ほとんど貴族のような生活ができる。

 故に、近衛部隊は人気が高いが、アストルム学園でトップクラスの成績を収めた者で、ようやく入隊試験の資格を得るのだ。


「せっかく近衛部隊に入隊できたのに、逃げ出すなんてことあるのか?」


 仕事が嫌になったらならやめればいい。

 わざわざ生活を捨てるまでするだろうか。


「まあ、それは自分から逃げ出したって前提の話か」


 そういえば、ベッドの下はまだ見ていなかった。さすがにこんなところに隠れているなんて思わないが、一応だ。

 地べたに腹を乗せて、覗き込む。

 微かに埃がある程度で何も……。


「なんだ?」


 なにか赤黒いものが床にへばりついていたので、爪で剥ぎ取る。


「血?」


 それは、固まった血液であった。

 

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