第9話「暗躍─アンヤク─」
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冥計会という市民団体が存在する。
魔物も我ら人間と共にこの世界で生きる仲間なのだから、無駄な殺生をしてはいけない。
彼らの理念はただそれだけであった。
それは設立当初の話である。
冥計会発足から25年の間に内部の人間が何度も入れ替わり、現在では過激な魔物愛護団体と化していた。例え、人間が犠牲になろうとも、魔物に手を上げてはいけない、魔物の贄になることを喜ぶべきなのだと、彼らは声高らかに主張している。
4月3日、ウィータ王国王都フィーニスで大事件が発生した。
ドラゴンの襲撃である。
彼らは本能に従い、人間の殺戮を繰り返した。
多くの人々は恐怖に駆られ逃げ惑っていたが、冥計会に籍を置く者達は違った。
ドラゴンは、神が遣わした天使なのだと喜び勇んだのだ。
人々を咀嚼するドラゴンに畏敬の念を覚えた彼らは率先して彼らの餌になり、また、逃げ惑う民間人を捕らえて餌にした。
彼らにとってドラゴンによる虐殺は救いであった。
これでようやく、世界が救われると本気で信じていたのだ。
しかし、その思惑は大きく外れることになる。
とある人機が放った白い光が、上空を舞うドラゴンを一掃したとき、彼らは絶叫した。
この世の憎しみと悲しみを混ぜ合わせたかのような、醜い叫びであった。
フィーニス郊外、大聖堂跡地。
ドラゴンの襲撃により一時的に廃棄された区画であった。そこでは黒装束の人々が、小さな明かりが灯った蝋燭を手に、ユラユラと蠢いていた。
その数は、数百はくだらない。
壇上には、初老の男の姿があった。
「人間は、愚かな生き物である」
威厳のある声であった。その男は神の代弁者であった、神と呼ばれる欺瞞の声である。
一昔前までは、街の広場で恥知らずにも大声を張り上げ、自身の神を布教する異常者であった。
そんな男の声を、まるでこの世の至上であるように聞き入る数百の影。彼らは淀んだ眼差しを男に向けつつも口角は上がりきっていた。
「神の御使いであるドラゴン様を、あろうこと虐殺したのだ! 我ら人類の救いを、その手で跳ね除けた! これを愚かと言わず、なんという!」
ざわざわ、と影が揺れる。怒りに揺れる。
闇の蠢きが、黒い波のようであった。
「愚かな人間は、魔物により支配されるべきなのだ。諸君、この世界は誰のものか!」
「魔物のものだ!」
老若男女が声を張り上げた。
蠢く暗闇の中には90を超える老婆から10才にも満たない子供がいた。彼ら、彼女らの瞳は誰も彼も狂気に光っていた。
狂気、発狂に支配された空間だ。
「そうだ」
わざとらしく、仰々しく頷く男。
「杯を!」
男の手にはひとつの杯。数人の女性が、蠢く闇共に同じ杯を渡していく。全てが行き渡ったのを確認すると、中のものを飲み干した。それに倣うように、彼ら、彼女らも飲み込んだ。
「ふ、ふふふっふ!」
杯が落ちる。男の様子が変わった。
肩を震わせて笑っていた。
杯の中は、紫色の濁った液体で濡れていた。
それは、魔石によって作られた麻薬のひとつであった。
それは狂気をより先鋭化させるものだ。
「はははははは! 我らが信徒達よ! 我らが信徒達よ! 神の為、我らがすべきことはなにか!」
男はもうどこも見ていない、この男の眼差しには天へ導かれ御使いのひとりとなる自分が映っているばかりであった。それは、この場にいる老若男女もそうであった。
「粛清!」
「神の為に! 粛清!」
「機士を殺せ! 機士を殺せ!」
「殺せ! 殺せ!」
口々に叫ぶ正常ではない者達。
彼らはいま、天国を見ている。
その地獄のような様を眺める若い男がいた。
「素晴らしい、これこそ最高の仕上げだよ」
4月13日、ドラゴンの襲撃から10日後のことである。
この日、フィーニスを襲ったのは、狂気に満ちた人々であった。




