28 瑞原霧視点
部屋に誘われた時に予感があった。
良い予感と悪い予感とそれを覆す予感。
悪い予感が覆るのならいいけれど、良い予感がそうなった時のことを考えると怖かった。
そもそも確定しない未来を感じることはそう多くない。
わからないときはわからない。
自分のことだってわからない。
自分にそういう嗜好があると気付いたのは中学生の時だった。情報が溢れたいまの世の中ではその嗜好に名前が付いていることを知るのは早かった。
知らないままでいれば、あるいはそれを若さゆえに気の迷いとして飲み込むこともできたかもしれない。
だけど知ってしまえばそれは呪いのように自分の体に深く打ち込まれてしまう。知らなかった時の未来がわからなくなった。
自分が普通に青春できないのだと気付いた。
それが異常なことではない、多様性だと人は言う。だけどそれを敢えて主張しなければならないということが、すでにそういうことなのだという意味ではなかろうか?
古い価値観からの脱却?
新しい価値観。
どうでもいい。欲しいのは価値観ではなく幸せなのだから。
最初の恋は中学三年生だった。
相手は近所のアパートに住む大学生。きれいな人だったはずだけど、いまは思い出そうとしてもよく思い出せない。
異世界での苦労のせいか、それともただ同好の士だったというだけなのか?
私が通っていた塾でアルバイト講師をしていた彼女と仲良くなり、彼女の部屋に通うようになったのが中学三年生の時だった。親には受験のことで相談に乗ってもらっていると言っていた。
実際に勉強の手伝いもしてくれていたけど、それよりもそういう関係に溺れている時間の方が多かった。
初めてにはまっていた。
そして油断していた。
夜遅くまで彼女の部屋にいて、帰るときに送ってもらった。誰も見ていないと油断して、別れ際にキスしたところを両親に見られてしまった。
彼女との関係はその夜に終わってしまった。
価値観の多様性というのは全てが存在することを肯定するということで、古い価値観を持つことを否定するという意味ではない。
そして子供の価値観は親の価値観に支配される。
そして価値観との戦いというのは世間の全てを相手にするのではなく、自分の親とさえ戦えばいいのではないだろうかと思う。親という初めてにして最大の否定の圧力を前にして、それでも自分が抱いたものは正しいのだと胸にかき抱いて守ることができるのか、その試練の戦いだけが重要なのではないだろうか。
一人で生きる力さえ身に着けてしまえば、他人の価値観なんてそれこそ多様性の一言で切り捨てて無視してしまえばいいのだ。
だから力が欲しかった。
どんなものをも眼下に置くような圧倒的な力が欲しかった。
異端者を見る家族の視線を押し潰し切り裂き屈服させる力が欲しかった。
だというのに……。
「どうしてなの?」
異世界召喚。
力を授かる奇跡のような瞬間が訪れたのに、自分に授けられたのは占い師という力。現れる嵐に立ち向かうのではなく、ただ嵐が来るぞと叫ぶしかできない。
そんなものを力と呼びたくない。
そして実際、瑞原霧は荒れ狂う戦国の嵐から逃げ続けることしかできなかった。うまく勝利勢力に付けたのはそれこそ運がよかったからでしかない。
占い師が運に頼ったなんて、なんの笑い話だと思う。
「どうしてなの?」
異世界の経験なんて、力なんて、瑞原霧の現状を覆すには何の役にも立たなかった。いっそ異世界と同じだけの時間が流れていればよかったのに、そうでさえなかった。
反抗の戦いはまだ続く。
冒険者ギルドなんてあの場所から逃げる言い訳にしか過ぎなかった。
そんなある日、彼女に出会ってしまった。
いや、彼女を知ってしまった。
封月織羽。
日本で有名なお化けにそっくりな髪型をして世界を閉ざせてしまった少女。彼女もまたいわれのない圧力と戦っているのだと感じていたが、だからといって仲良くなるだけの気力はなかった。
まともに学校生活を送っているという演技をしているだけで霧も精一杯だった。
そんな彼女が、ある日、霧の占いに引っかかった。佐伯公英とインスタントダンジョンを切り抜けた。
そして髪型を変えた。
彼女は世界と戦うための新たな鎧を手に入れたのだと思った。もうあの髪に頼らなくてもよくなったのだ。
羨ましく、そして恨めしかった。
どうして私にはそれが手に入らないのかと。
力が手に入らないのかと。
「力が欲しいのか?」
「え?」
思い出に、想いに、誰かが声をかけてきた。
「影を踏め。なぜなら影は常にそこにいる。常にお前を見ている。お前のなりたいお前を見ている。お前のなりたいお前になっている。怒りのお前、喜びのお前、哀しみのお前、楽しみのお前。乗り越えたお前。敗残したお前。惨めなお前。勝利したお前。お前の未来は前にはない。未来とはただ進むだけの道だ。影は全てを見ている。影は全てを知っている。影を踏め。入れ替われ。乗り越えるとはそういうことだ。力を持ったお前は常に影の中にいるぞ」
影。
常にそこにいる影?
「踏め。なにを踏めばいいかは、影が教えてくれる」
影が教えてくれる?
どこを踏む?
ああ……ここ?
タンッ!
それは実際にした音だったのだろうか?
だけど、瑞原霧はその音を感じた。
そして次に感じたのは風だろうか?
そこら中に嵐のように吹き荒れる風。それが肌に触れた時、痺れるような強さに驚いた。
「な、なに?」
「それが魔力だ」
「魔力」
「自分を変えることができる力だ」
「力……」
「……極めたら変われるかもな」
「っ!」
「それがお前の望む未来の自分ならな」
その声に我に帰った。いままで目を閉じていたのだと気が付いた。
【瞑想】が晴れて、本当の自分の感覚が戻って来る。
だけど、魔力はいまだ感じている。新しく開花した知覚が、炭酸水のシャワーを浴びるような感触を伝えてくる。
線香花火が弾けているような音とかすかな光。
光は幻視だったかもしれない。
だけど、その光の向こうに封月織羽がいた。
「んっ、無事に開いたみたいだな」
そう言って彼女が笑う。
とてもきれいに笑う。
その祝福の笑顔がたまらなくて、霧は織羽に抱きつき、その唇を求めた。
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