109 石と遺影
『王国』のオフィスは十階建てのビルだ。新築。
だが、メインはビルよりも隣にある体育館にある。そっちは異世界帰還者が暴れ回っても壊れないようにいろいろと魔法的に強化したトレーニング空間だ。
さすがに俺や亮平、レベル100越えの戦闘職が本気になったら壊れるが、それ以下だとビクともしないぞ。
後、俺が出したり亮平たちが頑張って集めた資金じゃ足りなかったみたいで、エロ爺がこっそり援助していることが判明。
まったく、とことん食らいついてくるな。
千鳳の運転するロールスがオフィスに近づく。
敷地の外には横断幕を持った愉快な方々。
異世界帰還者排除論者たちだ。
なんだか知らんが怒っている人たち。なにを怒っているのかまるでわからない。異世界帰還者が怖いのかと思ったら「我々は異世界帰還者を恐れない!」とか叫んだりする。恐れないならほっとけや。こちとら生まれも育ちも日本人だってな。
いつもはわーわー言っているだけなので放っておく。クラン員を追い回すようなことをした連中にだけはきっちり報復。そいつの耳に名前と住所と人に言えない恥ずかしい秘密を囁くお仕事。俺の【鑑定】を舐めちゃいけないよ。
自分は匿名だから無敵とか思っている連中はこれでなんとかなる。
捨てるもののない本物の『無敵の人』にはもっと別の対処。口に出しちゃいけないことも含めていろいろと。
中には誰かにお金をもらって活動しているプロのクレーマーまでいる始末。
全部に対処すると切りがないがクラン員を守らないというのも悪手なのでやるべきことはやりましょう。
まったく、こちとら忙しいっていうのに。
なんとか言っているだけの人たちを無視してオフィスの前に向かうロールス。
今日はそれに、コツンと音がした。
いや、ゴンだったかな。
石を投げた音。そして当たった音。
見れば顔を真っ赤にした女性が投擲ポーズのまんまで固まっている。
今日は投石抗議ですかと思ったが、石はそれきりだった。
「織羽」
「売られた喧嘩は買う主義なので。千鳳さん、ストップ」
「…………はい」
「やれやれ」
千鳳は命令なので仕方なくという感じ、フェブリヤーナはあきれた風に。
霧の制止は未来が見えたというよりは「放っときなさい」というニュアンスだったので無視です。
ロールスが停まり、俺が出てきたことで横断幕集団がどよめく。
なにか言おうとしているが言えないでいる。俺はすでに軽い戦闘状態。吹き出す威圧に呑まれている。
石を投げたのだけはなんとか赤い顔のまま踏ん張って睨んでいる。
なにをそんなに怒っているのやら?
と、近づいていったら、その女はおもむろにわきに抱えていた額縁を俺に向けてくる。
男の遺影。
「それはどちらさん?」
声が届く距離で俺は立ち止まり、尋ねる。
「兄です。秋葉原で死にました」
「それはご愁傷様」
「あなたが助けてくれなかった兄です!」
声を大にしてそんなことを主張する。
「…………」
ちょっと待ってみるがそれ以外の主張はない。
うーん。
カメラがあちこちで構えられている。こちらでも千鳳さんが記録しているはずだし、俺も魔法で記録しているし、オフィスの防犯カメラも捕らえているはず。
とはいえ、これ、反論したら俺が悪者になるパターンの奴やね。
でもする。
「それで?」
「それで……って、兄は秋葉原で死んだんです!」
「だから、それで?」
挑発したいわけじゃない。女の主張がわからない。
いや、わかってるんだけど。
それだけ言われて、で、どうしろっていうんだ?
「あなたの兄は死んだ。悲しいな。で、それで?」
「だから……」
「俺は秋葉原にいた。だからあなたの兄が死んだのは俺が悪い。あなたの主張はそれでいいのか?」
「…………」
「なら聞くが、兄が死んだとき、あなたはどこにいた?」
「え?」
「どこにいた?」
「それは……」
「秋葉原には来れなかったのか? 俺たち異世界帰還者は、全員、自分の足で、誰に強制されるわけでもなく秋葉原に来たっていうのに、身内が秋葉原にいるとわかってて、あなたはそのときどこにいたんだ?」
「…………」
「答えろ。人に石を投げておいて、都合が悪くなれば沈黙する気か? その程度の気概で他人を責めに来たのか?」
「それは力がある人間の傲慢な言葉よ!」
誰かがヒステリックにそう叫んだ。
それに乗っかって「そうだそうだ!」と声が重なっていく。
「強くてなにが悪い!」
俺はでかい声で言い返す。威圧交じりの声にぶん殴られて、雑多な声はそれで反論できなくなる。
「お前らのために強くなったわけじゃない。俺たちは生き残るために強くなったに過ぎない。その結果をお前たちにとやかく言われる筋合いはない!」
そのまんま畳みかける。
「被害者ゼロで全員救えとでもいうのか? そんなのいまどきヒーロー物の映画でだって実現しないぞ? 俺はそんなやり方は知らない。お前たちは知っているのか? そんな不可能を可能にする方法を知っているなら、どうしてお前たちは秋葉原にいなかった!? どうしてお前たちはなにもしなかった!?」
再び沈黙する連中に近づき、俺は遺影を抱えたその女性を抱きしめた。
「っ!」
「辛かったんだな」
「なっ! 放して!」
おっと、放さないよ。
「身近な人と死に別れる辛さはわかる。それを誰かのせいにしたい気持ちもな。だけどそれを俺たちのせいにされても困る。俺だって守らなくちゃいけないものがあるからな。○○××さん」
最後の名前はぼそっと告げる。
女性は驚いて全身をこわばらせ、抵抗をやめた。
そのまま小声で告げる。
「そいつが兄じゃないことはもう知っている。誰に頼まれた?」
「あっ……うう……」
「そいつの名前を言ったらあんたの情報をリークするのはやめてやる。誰だ?」
「あ、その……通りがかりの人に、お金を渡されて」
「オーケー、そいつの姿を頭に浮かべて」
「うっ……」
「よしよし。そのまま泣いたふりをしな。それでおしまいだ」
「は、はい。う、うう……」
「もう、こういうことはやめな。話したいことがあるなら、聞いてやるから」
「は、はい」
泣いている女性の頭を撫でて、善人ぶったことを言ってそっと放してやる。
さっきまでの威勢はしりすぼみとなって、女性は小走りに去っていく。
よかった、
遺影を放り捨てて逃げられたらどうしようかと思ったよ。
「ほら、無駄だったでしょう?」
「いやいや、この後は敵を見つける楽しい作業が待っているよ」
「無意味なことをする。蠅は目の前にきたら潰せばよかろう」
「蠅が目の前にいるってことは、どっかで蛆が湧いてるってことかもしれないだろ。蛆の元を無視してどうするよ。臭いじゃないか」
霧とフェブリヤーナの諫める言葉にそれぞれ返し、千鳳さんの運転で車は駐車場に入っていった。
世間に知られるって、まったくめんどくさいね。
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