8.5話:ローデックという男
ちょっとした箸休めにどうぞ。
え? これじゃ休めない?
……そうですよね
ローデック・デリクセンという男は伯爵家の次男として生まれた。
兄とは十も離れており、遅くに生まれたために母親から相当甘やかされて育ったために典型的なダメ貴族として育った。衛兵隊に入ったのも他に働けそうな場所が無く、法務大臣の側近であった父のコネで捻じ込んで貰ったに過ぎなかったのだ。
そんな男が真面目に衛兵の仕事をするわけもなく、担当が貴族街と言うこともあって小さな事件は無かったことにし大きな事件は上からの指示がない限りは何もしなかった。
どうせ貴族同士のトラブルによる事件など衛兵が出なくても勝手に決着をつけてくれる。そんなことをローデックは考えていたのだ。
ましてや貴族が平民相手に何かしようともここ貴族街では貴族の方を優先してしかるべきと思っていたために、見逃されてきた事件は決して少なくない。もっとも殺人が起きれば放置はできないためにローデックは起きないことを必死に願っていたが。
貴族街衛兵隊の隊長に就任してから二年の間、幸いなことに今まで大きな事件などは起きなかった。あっても貴族同士の小さな揉め事しかなく平民が貴族に殺されたなどと言う事件も起きなかったためにローデックはぬるま湯につかったような日々を送ることが出来ていたのだ。
そんな日々を粉々に打ち砕いたのがアーレンバーグ男爵殺人事件だった。これまで起きたことも無い殺人という恐ろしい事件にローデックは尻込みをしたのだ。
(なぜ私が隊長の時に起きるのだ! 起きるなら私が辞めてからにしてくれ!)
事件は凄惨なもので一人の人間が無残にも上下に引き裂かれており、辺り一面に飛び散っていたのは血と肉片。そんな現場にローデックは何があっても中に入るのは嫌だった。それはもちろん他の衛兵達も同じでそのために捜査はまともに行われなかった。
「ジェスティオ・アーレンバーグ男爵が犯人ですか?」
捜査が遅々として進まないローデックの下へその話がやってきたのは事件が起きてから少し経ったある日のことだ。南の大公家と血縁関係にある侯爵家から使者がやってきて、アーレンバーグ男爵家を継いだジェスティオが犯人だと言い始めたのだ。
「現在一番利益を得ているのはジェスティオ・アーレンバーグ男爵に他なりません。動機がある人物など他にいないでしょう?」
使者の男は長身の神経質そうな男でおそらく家令ではないかとローデックは踏んでいた。
「そ、それはそうですが、なにぶん証拠が無いもので」
「そんなものは本人に自供させればいいのでは?」
さすがのローデックもジェスティオが一応貴族と言うことで無茶な真似をするつもりはない。何かあれば責任を取らされるのはローデックなのだ。
「貴族相手にマズくないでしょうか?」
「ジェスティオ・アーレンバーグ男爵は貴族としての教育を十分に受けていないようです。なのでこちらが無理矢理強気で行けばそれで押し通すことが可能かと」
(なるほど、それならば拘束してひたすら尋問すればいろいろ吐かせることが出来るかもしれんな。所詮相手は男爵家。しかも歴史しかない弱小貴族だ。こちらに強くも言えまい)
「分かりました、それではその通りに」
ローデックはどうしてこんな圧力がかかってきたのかもどうでもよかった。とにかくこの事件をさっさと解決していつものように何もしないで給料がもらえる生活に戻りたかったのだ。
エリスティーファ達を拘束した日の夜。ローデックは珍しく夜遅くまで詰め所にいた。いつもはさっさと帰って飲みにでも行くのだが、今日はそんなことをしている場合ではなかったのだ。
執務室で部下からもたらされた報告書を一心に読みふける。そのたるんだ体を支える椅子が軋みながら悲鳴を上げる。
ローデックの執務室は棚に飾られた酒の瓶が独特の存在感を現していた。他にも狩りで得た獲物の剥製や実用性のない飾りが豪華な剣などが壁に飾られていた。
「この情報は確かだな?」
「はい、オルディン大公家にエリスティーファという令嬢は存在しません。エリオスは大公家の嫡子で女性ではなく男性だということも確認済みです」
「クックックック……アーハッハッハッ!! 最高じゃないか! これであの忌々しい小娘を堂々と捕まえることが出来るというものだ! 貴族の詐称だからなぁ、これは極刑も有り得るぞぉ」
ローデックは部下の報告に喜びを隠す気などなかった。予想通りの報告に自分の鋭さを褒め称えたいくらいだ。
上機嫌にグラスの中の酒をあおる。喉を通るアルコールが心地よかった。
ローデックの脳内には酔いが回ったせいか欲に塗れた都合のいい未来が見える。
(中身は生意気だが見た目は最高の女だったからな。貴族の詐称は極刑すら有り得るのだ。見逃す代わりに私の奴隷になれと言えば従わざるを得まい)
「それではすぐに捕まえますか?」
「いや、待て。少し泳がせておけ」
「何故ですか?……すぐに捕まえても問題は無いと思いますが」
部下の疑問にローデックはフンっと鼻を鳴らす。そして欲に濁った眼がどろりとした光を見せながら部下を見る。
「現状ではジェスティオを犯人にすることは難しくなったからな。それにこの事件をそろそろ解決せんと痛くない腹を探られかねんな。なぁにあの小娘が解決できるのならばさせてやればいい。危険な魔物の相手もな。最終的に手柄は我々のものにすればいいのだからな。グフフフ……アーッハッハッ!」
「なるほど! さすがローデックは様ですね。分かりました、彼女らは監視しておきます」
ローデックはこの情報をすぐさま上に報告するつもりはなかった。オルディン大公家の名を騙る大罪人の事件だ。捕まえるにしても事後報告で問題ないだろうと勝手に判断していた。
事件解決の件も、最悪エリスティーファが失敗して死んだとしてもそれで良かった。
犯人さえ分かればいいのだ。魔物の相手は危険が伴うがわざわざローデックがその危険を背負う必要はない。上へ報告して騎士を派遣してもらえばそれで済む。
上手くいけば脅迫するなり捕まえるなりすればよく、ダメでも事件は解決する。どう転ぼうとローデックには都合が良かったのだ。
(どうせすぐには事態は動くまい。ならばゆっくりと待たせてもらうおうか)
ローデックは満足そうに笑うと新たな酒をグラスになみなみと注ぐと一気に飲み干す。ローデックはそのまま朝まで飲み続けた。
しかし、ローデックの予想に反してエリスティーファ達が動いたのは次の日の早朝だった。
ローデックさんは無能だけど身の程知らずでもあるんです! あれ擁護できない?
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