8:情報は明るみに出る
そろそろ今回の事件の終わりが見えてきました。
エリスティーファ達は繁華街の情報屋の下へと向かっていた。以前依頼した後、情報屋の男はいろいろ調べてみると言っていたので、もしかしたら何か新しい情報が入っているかもしれなかったからだ。
陽も落ち始め繁華街は夜の街へと表情を変える頃、情報屋のいる酒場へ向かうために馬車を降りた時、一人の衛兵が声をかけてきた。
「急に声をかけて申し訳ありませんが、エリスティーファ様でしょうか?」
声をかけてきたのは長い黒髪を背中で一括りにしており、柔和な表情を浮かべた人当りの良さそうな青年だった。
「そうですが……どなたでしょうか?」
制服を見れば胸元に紫の線が入っており貴族街衛兵隊の人間だと分かった。好意的な理由から貴族街の衛兵がわざわざ声をかけてくるとは思えず、エリスティーファが通常よりも少しだけ冷たい言い方になってしまったのは仕方がなかった。
「すみません、たまたまお姿をお見かけしたもので。その、どうしても謝りたかったんです。あ、私はシェルキンと申します」
シェルキンと名乗った青年はそう言って頭を下げた。エリスティーファとマリエールの二人を守るように前へ出てきたジェスティオは油断なく周りを警戒している。
「ずいぶん嫌われてしまいましたね。信じられないかもしれませんが謝罪に来たんです」
「謝罪だと?」
シェルキンの言葉にジェスティオは顔をしかめる。貴族街衛兵隊のこれまでの態度を考えれば素直に信じることは出来なかった。ジェスティオがエリスティーファに視線でどうするかと窺うとエリスティーファは頷いた後一歩前へ出て来た。
「お一人で来たのですか? シェルキン様」
「はい、ここに来たのは私の独断です。この度は本当に貴族街衛兵隊が申し訳ありませんでした。本当はあんな捜査なんてあってはいけないのですが、ローデック隊長を止めることが出来ずにすみませんでした」
「……正直なところあなたに謝られても意味は無いのですが。謝罪はお受けします。ご用件はそれだけかしら?」
エリスティーファは扇で口元を隠しながらシェルキンを エリスティーファ達は繁華街の情報屋の下へと向かっていた。以前依頼した後、情報屋の男はいろいろ調べてみると言っていたので、もしかしたら何か新しい情報が入っているかもしれなかった。
陽も落ち始め繁華街は夜の街へと表情を変える頃、情報屋のいる酒場へ向かうために馬車を降りた時、一人の衛兵が声をかけてきた。
「急に声をかけて申し訳ありませんが、エリスティーファ様でしょうか?」
声をかけてきたのは長い黒髪を背中で一括りにしており、柔和な表情を浮かべた人当りの良さそうな青年だった。
「そうですが……どなたでしょうか?」
制服を見れば貴族街衛兵隊の人間だと分かった。好意的な理由から貴族街の衛兵がわざわざ声をかけてくるとは思えず、エリスティーファが通常よりも少しだけ冷たい言い方になってしまったのは仕方がなかった。
「すみません、たまたまお姿をお見かけしたもので。その、どうしても謝りたかったんです。あ、私はシェルキンと申します」
シェルキンと名乗った青年はそう言って頭を下げた。エリスティーファとマリエールの二人を守るように前へ出てきたジェスティオは油断なく周りを警戒している。
「ずいぶん嫌われてしまいましたね。信じられないかもしれませんが謝罪に来たんです」
「謝罪だと?」
シェルキンの言葉にジェスティオは顔をしかめる。貴族街衛兵隊のこれまでの態度を考えれば素直に信じることは出来なかった。ジェスティオがエリスティーファに視線でどうするかと窺うとエリスティーファは頷いた後一歩前へ出て来た。
「お一人で来たのですか? シェルキン様」
「はい、ここに来たのは私の独断です。この度は本当に貴族街衛兵隊が申し訳ありませんでした。本当はあんな捜査なんてあってはいけないのですが、ローデック隊長を止めることが出来ずにすみませんでした」
「……正直なところあなたに謝られても意味は無いのですが。謝罪はお受けします。ご用件はそれだけかしら?」
エリスティーファは扇で口元を隠しながらシェルキンを見据えた。シェルキンは首を振ると紙の束を差し出してきた。
「実は今日の事件の前に同じような事件が昨日一件起きていました。被害者はやはり力づくで胴体を引き裂かれており、現場は酷い有様でした。これはその事件資料を私がまとめたものです」
「何故こんな事件資料を私に? お詫びにしては行き過ぎかと?」
「今の衛兵隊では解決できないと判断したからです。あなた方なら有効に活用してくれると思っています」
シェルキンは真っ直ぐにエリスティーファを見つめてきた。問題のある行動ではあるだろうが、信念ゆえの行動だと分かる迷いのない瞳だった。
「分かりましたわ。これは有効に活用させてもらいます。それでは調査があるのでこれで失礼します」
シェルキンへと淑女の礼を優雅に決めるとエリスティーファはそのまま背を向けて歩き出した。シェルキンもエリスティーファにそれ以上声をかける気は無いようで一礼をした後この場を去っていった。
情報屋のいる酒場への道を歩きながらエリスティーファは渡された捜査資料を読んでいた。先頭にはジェスティオが立ち資料に夢中なエリスティーファが怪我をしないようにエスコートしていく。
「なんか胡散臭い奴だったな」
「そうね、あなたの言う通りそう簡単に信用は出来ないかもタイプね。でもこの資料は間違いなく本物よ」
エリスティーファはそう言うと全記の書を開いて見せた。そこにはこの資料は衛兵隊の資料と同一であると書かれていた。
「いつの間に調べたんだか。ということは間違いないということだな」
「ええ、それにしてもこの資料には興味深いことが記されているわ」
「興味深いことですか?」
エリスティーファの後ろを歩いていたマリエールが尋ねるとエリスティーファは資料のある部分を指さしした。
「ここに書かれているわ。事件現場には百日花の香りが残っていたと。どうやらエレーヌ様と例の魔術師は同じ場所にいるようね」
情報屋のいる寂れた酒場に着いた頃にはもう陽は暮れてしまっていた。馬車も入れないような狭い路地のある場所なので暗くなるのは早かった。
目当ての人物はいつものように安いエールをチビチビとやっていた。エリスティーファ達に気が付くと嬉しそうに笑った後、親指と人差し指で輪っかを作ってアピールをしてくる。
「そのおねだりに見合う情報はあるわよね?」
「もちろんあるに決まっている。かなりのネタだから弾んでくれよ?」
「内容次第ね」
エリスティーファは情報屋の男の隣に座ると金貨を一枚カウンターに置いた。
「その金貨に見合うだけの情報さ。えっと確か……あったあった」
情報屋の男はそう言って懐からクシャクシャになった紙を取り出した。それをカウンターの上で広げながら手で伸ばしていく。
「あんたらが欲しがっていたアーレンバーグ男爵夫人を付け回していた魔術師の情報さ。名前はベルハンド。隣国ロンバルド王国出身のイカれたジジイで今は指名手配がかけられているな。容疑は違法な魔術実験と人身売買だな」
「違法な魔術実験とは?」
「人と魔物を融合させて新しい兵器を作ろうとしたんだとさ。当然ながらそんな実験は失敗して当然だけどな。人と魔物を融合して兵器にしようなんて実験を大昔はしていたらしいけど、どんな大国でも成功した試しは無かったらしいからな。そのために裏ルートで実験用の奴隷を買って何人も殺したらしいぜ。で、それがバレて国外へ逃げ出したと」
「良くそんなことが分かったわね」
エリスティーファが感心していると情報屋の男は頭を掻きながら少しだけバツが悪そうにしながら言った。
「運が良かっただけだな。ベルハンドが八百屋からリンゴを盗もうとしたらしいんだけどな、相手が老人だということで見逃したらしいんだ。その時に私を誰だと思っている!偉大なる魔術師ベルハンドだぞ!と叫んだらしい。んで、そいつがアーレンバーグ男爵夫人を嗅ぎまわっている人間だと八百屋の店主が覚えていたらしい」
「……随分自己顕示欲の強そうなタイプですね」
「しかも自分の行いを悪いと思っていないタイプの人間だな。」
マリエールとジェスティオが呆れたように呟くと情報屋の男も同意するように頷いた。
「なんでもベルハンドは魔術の名門の出らしくてな、結構有名な魔術師だったらしい。もっとも家は兄が継いだらしいんだが、この家の当主は金剛石の魔術師と呼ばれる土魔術の達人しか継げないらしい。兄に負けたベルハンドは偽りの金剛石と呼ばれて馬鹿にされていたらしい。それもあって違法な研究にのめり込んでいったようだな」
情報屋の男はつまみを食べながらつまらなそうに呟いた。こんな話はありふれている話であり、情報屋の男からすればベルハンドの境遇が彼の行ったことの言い訳にすらならないことは明白だった。
「どうだ? 金貨一枚に見合う話だっただろう?」
「ええ、そうね。思ったよりも有用な情報だったわ。さすが耳屋ね」
「その呼び名は好きじゃないんだがな」
耳屋と呼ばれた情報屋の男は顔をしかめた後、安いエールをあおるように飲み干した。エリスティーファは酒場のマスターにエールを注文して耳屋の前に置いた。
「ところで百日花を使ったお香の情報は無いかしら?」
「百日花? それなら確か失踪した第三墓地の墓守が地下墓地で使う香に入れていたって話だぜ」
「そう、ありがとう。これは報酬よ」
エリスティーファはそう言って金貨を一枚追加して耳屋の前へと置いた。そのままジェスティオとマリエールに声をかける。
「明日の早朝に第三墓地へ行くわ。ジェスティオ、今日はうちに泊まりなさい。明日は早いわよ」
「……了解。ラデリアに連絡しとくか」
耳屋はエリスティーファに何も聞くことは無く金貨を懐にしまうとエールをチビチビと飲み始める。
エリスティーファ達が酒場を出た時は夜の帳が降りており、繁華街からは夜の街の声が聞こえてくる。少しだけ暑くなってきた風が夏が近づいているのを教えてくれている。
「明日、決着をつけるわよジェスティオ」
「……ああ。終わらせよう」
夜空に浮かぶ星々は光を放ちながらエリスティーファ達を見降ろしていた。
オルディン大公家の屋敷に泊まったジェスティオは寝付けないでいた。
明日、一年もの間自分を苦しめ続けてきた事件に決着をつけれると思うと目が冴えてしまうのだ。色々なことが頭の中を巡ってどうにかなりそうだった。気分を変えるために水でも飲もうと水差しを傾けるも中には何も入っていなかった。
「そういや全部飲んだんだっけか」
小腹も空いてきたことだし何か頼めないかと侍女を探すことにしたジェスティオは客室を出た。
すでに遅い時間帯なので誰もいないかもしれないがその時は水だけを貰ってくることにする。
かろうじて屋敷の大まかな部屋取りは頭に入っているので迷うことは無いだろう。使用人を探して歩いていると灯の漏れている部屋があることに気が付いた。
誰かいるのかもしれないと思い中を覗いてみると、そこにはエリスティーファがいた。
ソファーに座りワインを飲んでいるようだ。夏に近づいているために暖炉に火は入っていないが代わりに魔力灯が光を放っている。他には誰もいない様で中にいるのはエリスティーファ一人だった。
(さすがに令嬢とこんな時間に二人きりになるのはダメだな。大人しく寝るか)
一瞬エリスティーファに聞こうかとも思ったが思い直す。音を立てないようにその場を離れようとしたジェスティオに声がかけられた。
「寝れないのなら少しは話に付き合うわよ、ジェスティオ」
エリスティーファが穏やかな表情のまま少しだけ開いたドアの向こうからジェスティオを見ていた。ネグリジェの上にカーディガンを羽織っていた。
「マズいだろう、婚約者でもない女性とこんな時間に二人切りなど」
「大丈夫よ。この屋敷には口の軽い者はいないわ。それにほんの少しの時間なら問題ないわ」
エリスティーファはそう言うとソファーをいそいそと準備をしてそこへ座るようにジェスティオに促した。腕を引かれたジェスティオは仕方なくソファーに座る。
「寝れない理由は明日の不安かしら?」
「不安が無いと言えば嘘になるな。ただ、それは何とかできる。元々騎士だしな」
ジェスティオの前に水が置かれる。気が付けばエリスティーファが飲んでいる物もワインから水に変わっていた。
「でしょうね……エレーヌ男爵夫人のことね。元に戻ることが出来るのか不安なのでしょう?」
その一言はジェスティオが見ないふりをしていたことを突き付けるのに十分な重さがあった。ジェスティオだって理解しているのだ。エレーヌが兄と結婚したときに既に魔物にされていたのだということを。だから元に戻るというのは魔物のままこれからも生きていくことが出来るのかと言うことに他ならない。
「そもそも人を襲うようになった義姉さんが以前のような穏やかな優しい義姉さんに戻れるのかすら分からないのに……捕まえれば元に戻れる方法があるかもと考えてしまう。これ以上の犠牲者を出すわけにはいかないのに……俺は殺したくないと思っている」
「それ自体は何もおかしいことでは無いと思うわ」
「もし戻れないのなら……俺が義姉さんを止めるしかないって思うべきなのに!……兄の愛した女性を斬る決心がつかない!」
――なんとか救う方法は無いのか
その言葉をジェスティオは心の中でずっと叫んでいた。
――二人も殺した義姉を救うことは赦されるのか?
その言葉でジェスティオの理性はいつも踏みとどまる。
エリスティーファのジェスティオはどうすればいいのかもう分からなかった。理性で理解していても感情が追いついていないのだ。敬愛する大好きだった兄が心から愛した女性であろうエレーヌを死なせたくはなかったのだ。
ふわりとジェスティオの頭が暖かい何かに包まれた。閉じていた瞼を開けるとエリスティーファがジェスティオの頭を抱えていた。鼻をくすぐる甘い匂いとスレンダーな体つきがジェスティオをドキドキさせた。
(体を鍛えているのか? 意外としっかりとした体つき……って俺は何を考えているんだ!?)
そんな混乱するジェスティオに囁きかけるようにエリスティーファが話しかける。
「馬鹿ね、そう思うことは罪でも悪でもないわ。大事な家族を救いたいと願うことがどうして罪になるというのかしら。エレーヌ様は被害者でありながら加害者になってしまったわ。でもだからといって救われる権利が無いなんて悲しいことは言わせないわ。罪を償う気があるのならばその機会を与えるべきだわ。だからジェスティオあなたは悩んでも良いから、まずはエレーヌ様の願いを聞き出しなさい」
「願い……だと?」
「エレーヌ様の未来をエレーヌ様の願いで決めるの。本人でない私達が勝手に決めるのは傲慢だわ。斬るかどうかはそれを確かめてから決めなさい」
「……義姉さんの意志か……ありがとうエリスティーファ様。少しはマシになった」
「そう? それなら良かったわ」
エリスティーファはそう言うとジェスティオの頬にそっと口づけた。ジェスティオは予想もしていない感触に顔を真っ赤にしてエリスティーファの方を見た。
「今のはおまじないよ。だから大丈夫、あなたはちゃんと向き合えるわ」
エリスティーファは優しく微笑むと飲みかけのワイン等を持って出ていった。残されたジェスティオは熱くなった顔と止まらない動悸に悩まされる。
「余計に眠れなくなるだろうが……あいつは」
明日は早いのにとぼやきながらジェスティオは部屋へと戻って行く。その足取りは来た時とは違い少しは軽くなっていた。
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