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令嬢?探偵エリスティーファの事件録  作者: 月魅
アーレンバーグ男爵家殺人事件
7/13

7:無能は仕事しない方が優秀よ

「それではなぜあの場所にいたのか説明してもらおうか?」


 貴族街衛兵隊の詰め所までエリスティーファ達を連行してきた隊長は、取調室にエリスティーファを通した。ジェスティオとマリエールは別の部屋で取り調べを受けている。


 隊長とエリスティーファはテーブルを挟んで向かい合うように座っていた。エリスティーファは詰め所に連行されても余裕のある態度を崩すことはせず、その態度に逆に隊長の方が余裕を無くし始めていた。


「その前にいつから令状無しに貴族相手に取り調べが出来るようになったのかしら?」


「こ、これは取り調べではなく事情聴取だ。何があったのかを聞かせてもらいたいだけだ」


 エリスティーファの嫌味に言い返すことも出来ない隊長はこれは任意で協力してもらっているということを強調した。


 衛兵は大まかに言えば貴族街とそれ以外の地区を担当する衛兵の二つに分かれている。帝都とそれぞれの大公が治める土地では衛兵もまた別の組織であり、この帝都の衛兵隊の最高責任者は総隊長が務めている。総隊長の上に法務大臣がおり、犯罪捜査や治安維持は衛兵の仕事である。


 騎士は軍事や魔物の討伐などが主な任務であり、犯罪捜査などは基本的には行わない。そんな犯罪捜査をメインとする衛兵だが、貴族を拘束するには最低でも総隊長以上の権限を持つ者の許可を受けた令状が無ければ出来ないことになっていた。


 ジェスティオが一年もの間厳しい取り調べを受けていたのも本来は有り得ないことだった。ジェスティオが衛兵隊に抗議をしていればもっと早く解放されていたのだが、貴族としての教育が足りていないことに気が付いたローデックがそこに付け込んだのだ。


「……そう、なら私は衛兵に協力する善意の協力者ということね。ねぇ、あなたお名前は?」


「……ローデック・デテルテだ」


「デテルテ……伯爵家の人間だったのね。では、ローデック様。何があったのかを説明しようかしら」


 エリスティーファは自分がジェスティオから依頼を受けて事件の調査をしていることを話した。その調査の途中に悲鳴が聞こえたので向かったところにあの惨劇に遭遇したと話した。


「それで魔物と交戦して逃がしたと?」


「恐ろしい相手だったわ。あれ以上の被害が無いだけでも儲けものよ。あなた達が遅れてきたのはむしろ幸運だったわね」


「我々を馬鹿にするつもりか! そもそもあなた方が犯人でない証拠も無いというのに!」


 ローデックは立ち上がり激昂すると机を激しく叩いた。エリスティーファは少しも怯えることなくつまらなそうに髪をいじりながら返す。

 隣からも同じような怒声が聞こえてくることを考えると隣にいるのはジェスティオだとエリスティーファは考える。


 何もしていないとはいえそれを理解してくれる相手ではなさそうだった。ならばこれ以上無駄な時間を過ごす必要も無ければ、ジェスティオを可哀想な目に会わせる必要も無い。エリスティーファはさっさとローデックを黙らせることにした。


「返り血を浴びていない私達がどうやってあれだけの事件を起こせると? 説明してもらえるかしら?」


「ジェスティオが実行犯であなた方は離れた場所にいたから返り血を浴びていないのだろう」


「着替える時間も無かったのに?」


 エリスティーファが呆れたように返すとローデックは顔を真っ赤にさせながら怒鳴り散らした。


「外套を使えば浴びずに済んだはずだ!」


「……その外套は?」


「始末したのだろう。あれだけの血がぶちまけられた場所だ、あの場にでも置いて来れば元々あの場にあった物かどうか区別はつかん」


「そこまで言うということは、もちろん外套は見つけてあるのよね? それともまだ何か他の方法があると主張する気かしら?」


「い、今調査中だ!」


(……探していなかったのね。思ったよりも迷惑なタイプの無能ね)


「ジェスティオ様は体が大きいからそんな人が使っている外套なんてすぐに見つけられると思うわ。ただ賭けても良いけれど、見つかることは無いわよ。そんなものは最初から存在していないのだから」


「仮に外套が無くとも魔術で返り血を綺麗にすれば分からんだろう!」


「……はぁ、そんな魔術無いわ。もしそんな都合のいい魔術があれば今頃洗濯屋が首を括っているわ」


 エリスティーファに反論することも出来ずにローデックは唸ることしか出来なかった。


「うぬぬ……あなたが殺害犯ではないことは認めよう。しかし! ジェスティオ。アーレンバーグが最初の事件の犯人ではないという証拠は無い! 今回は奴は違ったようだが最初に事件に関しては立派な容疑者だ!」


「……だからそうでないということを証明するために調べているのだけれど、話を聞いていないわね」


「ふん、証明できるものならしてみるがいい」


 もっともローデック自身も本気でジェスティオが犯人だと思ってはいなかった。ただ単に都合のいい犯人候補がいたからこのまま犯人ということにして事件の始末をつけたいだけだったのだ。


 そもそもローデックは衛兵としては無能と言ってもいい。貴族の犯行だと思われる事件も積極的に捜査するようなことをせずに、総隊長以上の上役から指示があった場合のみ重い腰を上げるのだ。

 本来は貴族相手にいい顔をしておいて事件など有耶無耶に出来るのが一番だといつも考えているような男だった。


 無能なりに上手くやり過ごしていたローデックだったが、運悪く南の大公家の血縁関係にある貴族からアーレンバーグ男爵が犯人なのではと圧力をかけられてしまう。


 そんな圧力に抗うローデックではなく、今回のようなジェスティオを犯人と決めつけた無茶な捜査を行っていたのだ。相手は貴族とは言え貧乏男爵である。そこまで力があるわけでもなく人脈があるわけでもない。それもあってアーレンバーグ男爵家相手ならば押し切れるとローデックは判断したのだ。


 しかしエリスティーファがジェスティオに入れ知恵をした結果、ジェスティオが貴族としての権利を主張するようになればもう迂闊な手を出すことは出来なくなる。そう言う意味でもローデックにとってはエリスティーファは厄介な相手だと言えた。


 さらに今回のエリスティーファ達の拘束も適当に捕まえてしまったせいで、貴族を令状なしに逮捕しようとしたなどという爆弾を抱えることになってしまった。エリスティーファ達が犯人ではない以上、これ以上は引き留めておくことが出来ない。


「そう言えば今更だがあなたはどこのご令嬢だ?」


 ようやく思い出したかのようにローデックはエリスティーファに名前を尋ねた。エリスティーファは今更な質問に心底呆れはしたが驚きはしなかった。目の前の人物がこの程度だということは既に理解していたのだ。


「今更聞くのかしら? てっきり知っているものとばかりだと思っていたわ……エリオス・オルディンよ」


「……エリオス・オルディン?……オルディン!!?」


 ローデックは頭から血の気が引いていく音が聞こえた気がしていた。オルディンを名乗ることが許されているのはオルディン大公家の直系の人間だけだ。従ってローデックの目の前の人物はとんでもない大物だということになる。


(冗談じゃないぞ!! 適当にジェスティオを犯人にすればいい事件のはずなのに何故、大公家の人間を捕まえそうにならなければならんのだ!!)


「もう質問が無いのならそろそろ帰ってもいいかしら?」


「……どうぞ、お帰り下さい」


 これ以上オルディン大公家の人間を拘束しておくことは避けたかったローデックはエリスティーファに退出の許可を出した。こうして何の成果もあげることも出来ずにローデックは余計な真似をしただけだった。






「お疲れ様です、エリスティーファ様」


「マリエールもご苦労様。衛兵の皆さんは紳士だったかしら?」


「はい、乱暴な扱いはされませんでした」


 取調室を出たエリスティーファを出迎えたのはマリエールだった。先に解放されていたようですぐに出れるようにイレイラに連絡して馬車を用意しておいたのだ。


「ジェスティオは?」


「ここだよ」


 エリスティーファのいた取調室の隣の部屋からジェスティオが現れる。少し疲れてはいるようだったが以前とは違い卑屈な態度は無くなっていた。


「もう、衛兵に絞られても平気そうね」


「勘弁してくれ、あんな無駄な時間をこれ以上過ごしたくない」


 ジェスティオは困ったように笑って肩をすくめた。詰め所の玄関までイレイラが馬車を回してきたのでさっさと馬車に乗り込む。


「イレイラ、時間を無駄にしてしまったわ。孤児院まで行ってちょうだい」


「分かりました、エリスティーファ様。安全かつ迅速に向かいますね」


 イレイラはそう返すと馬に手綱を打ち付けた。ゆっくりと走り出した馬車の窓の外を流れていく景色を見ながら、エリスティーファは曇りだした空がこの事件の未来を暗示しているような気がしてならなかった。






「ったく忌々しい小娘だ! 何がオルディン大公家だ!」


 去って行くエリスティーファ達の馬車を眺めながらローデックは悪態をつく。エリスティーファに言い負かされたことが余程腹が立ったのか、加えていた葉巻を床に叩きつけて足で踏みにじる。


 苛立たし気に懐から新しい葉巻を取り出したローデックは部下に目を向けた。


「しかし、相手は大公家ですよ? 関わらない方が良いのでは?」


 ローデックの部下がそう言って新しく取り出された葉巻に火をつける。もちろんローデックもそれは分かっているのだ。ただそれでも自分より年下に言い負かされたという事実が我慢ならなかったのだ。


「そんなことは分かっておる。しかし、それでは私の気が済まんのだ……そう言えなあの小娘の侍女があの小娘のことをエリスティーファと呼んでおったな」


「エリスティーファですか? 確かエリオス・オルディンだったのでは?」


「……これはもしかしたら使えるかもしれん」


(名を騙っていたとすればそれだけで重罪だ。エリオスという男の名前を名乗った瞬間おやっとは思ったがまさか嘘をついていたとはな。クックックックッ……この屈辱の礼はをさせてもらうじゃないか)


 ローデックはこみ上げる喜びに頬が緩むのを抑えきれそうになかった。にやけそうになる顔を必死で押し殺しながら部下に命令する。


「おい、オルディン大公家のエリオスという令嬢を調べろ。身分詐称の重大な犯罪の可能性がある。誰にもバレないように慎重にやれ」


「は、はい!」


 走り出していく部下を見ながらローデックは上手く行けばこれでオルディン大公家にも貸しが作れるかもしれないと考えながら太った指で葉巻を挟む。ニヤニヤとした笑顔にはローデックはの品性が浮かんでいた。






 エリスティーファ達が孤児院にたどり着いたときはすでに太陽が真上を通り過ぎた頃だった。エレーヌが通っていたという孤児院はありふれた孤児院で、特に代わり映えのしない場所だった。


 この孤児院はカルディナ帝国の国教でもあるラティナ教によって運営されていた。孤児院のを見れば子供達は飢えている様子もなく、健全に運営されているところをみると院長が信用できる人物だということが分かった。


「エレーヌ様ですか? そうですね、優しくて穏やかな方でした。子供達にも決して怒ること無く叱る時は優しく諭すように話される方でした」


 この孤児院の院長であるシスター・ロザンナにエレーヌのことを聞くとそう評した。ロザンナは三十代後半くらいの女性で少し痩せぎすの女性だった。


「エレーヌ様はここで子供達に刺繍などの仕事を教えていたとか」


「はい、文字や計算の仕方まで教えてくれていました。私一人では手が回らないので凄く助かっておりました」


「そのエレーヌ様ですが事件が起きる前に何か気が付いたことなどはありませんでしたか?」


 エリスティーファの質問にロザンナは少し考えた後、そう言えばと言葉を続けた。


「エレーヌ様は昔のことは全く話されませんでしたが、子供達に教えてくれた刺繍の中に隣国のロンバルド王国の形式の刺繍があったと思います」


「ロンバルド王国のですか?」


「はい、私は今でこそラティア教のシスターですがこうなる前は男爵家の娘でした。刺繍が趣味でいろいろな国の刺繍を試していたのでよく覚えていたのです。だから見間違えることはありません」


「そうですか……ちなみに怪しい男性がエレーヌ様を嗅ぎまわっていたと聞きましたが?」


「はい、ローブで顔を隠していて不気味だったので覚えています。夜遅く訪ねてきてエレーヌ様のことを聞きだそうとしてきたので叫び声をあげて追い払いました。その夜は幸いにもすぐ近くに衛兵の方がいらしたようで助かりました」


「何か特徴とかは覚えていますか?」


 エリスティーファの質問にロザンナはしばらく考え込んだ後呟いた。


「……お香の匂いがしました。それも百日花の香りがしました」


「百日花の香ですか?」


「百日花はその名前の通り長く咲くことから鎮魂花として使われることが多いのです。そういう花なので通常お香には使われないと思うので気になって覚えていました」


「もしその香が使われるとしたら墓地でしょうか?」


 墓地では香を焚いていることが多い。ラティア教は火葬なので遺体が腐ることは無いが、それでも独特の匂いはある。その匂いを誤魔化すために香が焚かれているのだ。


「教会では百日花を使った香はありませんでした。ですからもしあるとすれば誰かが作った物かと……」


「そうですか、貴重な情報をありがとうございます」


「いいえ、お役に立てたならば光栄です。あなたの魂に安らぎを(アル・セルナ)


 エリスティーファが淑女の礼を示すとロザンナは胸の前に右手を置いて左手で包み込んだ後、祈りの言葉を唱えた。その所作はとても綺麗できちんとした教育を受けた人間だということが分かるものだった。


 その後、エリスティーファ達はロザンナに別れを告げるとさらなる捜査のため繁華街へと向かうことにした。

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